確実に報われるのであれば、
誰でも必ず挑戦するだろう。
報われないかもしれないところで、
同じ情熱、気力、モチベーションをもって
継続しているのは非常に大変なことであり、
私は、それこそが
才能だと思っている。
- 羽生善治 -
(日本の将棋棋士、十九世名人 / 1970~)
「いくらなんでも無理し過ぎよ!」
それは突然だった。
いつも通り勉強していた僕に、更識先輩は怒ってきた。どうしてだろうか。
「言ったでしょう。僕は無理し過ぎないといけない立場にいるって」
「それでも、そのままじゃ倒れるよ!?」
「この程度、まだまだですよっ」
三日徹夜したくらい、なんてことない。
徹夜と言っても、十数分くらいは仮眠したし、問題なんてない。
先輩には隠していたつもりだったのに……一日中勉強していたことがどうやらバレたらしい。でも、だからといってやめる気は毛頭ない。
「……先輩、やらせてください。お願いしますよ。僕には、僕には頑張るしか他ないんですよ。ここでやめたら、僕はおかしくなってしまいそうなんです」
「で、でもこのままじゃ藤井くんが……」
「ありがとうございます。やっぱり、先輩は優しいです。こんな僕の心配もしてくれるんだから。でも、僕の心配なんかしないでください。お願いします。優しくしないでください。貴女のその優しさに、また甘えてしまいそうで怖いんです…………」
もう、甘えたくはない。
何もできないままこの人に甘えて終わるなんて、そんなのは嫌だ。
「逃げるわけにはいかないんです。ここで逃げたら、僕はどうしたらいいんですか。どうやって生きていけばいいんですか。教えてくださいよ。もう、何もかもが分んないんですよ。…………だから、だから全力でがむしゃらに努力するしか、ないんですよ僕は。全力で頑張れば、何かわかるような気がするから」
「……でも、世の中にはいくら頑張っても、全力を尽くしてもできないことはたくさん────」
「世の中にいくらでもあるからって、なんですか。そんなの知りませんよ。まるで、ガキみたいっすけど……その全力でダメなら、もっと全力を尽くすんですよ!それでもダメなら、もっと頑張って、頑張って頑張るんですよッ!!」
「……ッ!!」
ふと、僕の脳裏に一抹の不安が過る。
────もし、頑張って頑張り尽くしたとして……その先にすら答えがなかったら?
……ッ!だめだ、考えるな。そんなこと、考えちゃいけない。
「…………そこまで言われたら、私には何もできないわ。でも、私は貴方の心配をするし、優しくもするわ」
「えっ────」
突然、視界が真っ暗になる。
それが更識先輩に抱きしめられたからだと気がつくのには、時間がかかった。
「このまま突き進んでも、心の支えが無い状態の貴方じゃ必ずいつか折れてしまうわ。だから、私が貴方の心の支えになる」
「…………やめて、ください。また、貴女に甘えてしまう……」
抗おうと、心では思ってる。
でも、彼女の温もりからどうしても離れたくないという気持ちの方が強く、身体が動かない。
「いいのよ。時には甘えなさい。たくさん甘えた後に、また頑張ればいいんだから」
「せん、ぱい…………」
「貴方はよく頑張ってるわ。私が保証する。他の誰が何と言おうとも、私は貴方がとても頑張っているということを知っているから」
「う、うああ…………」
自然と、涙が流れた。
溢れ出てきた。
とめどなく流れる涙は先輩の制服を汚してしまう。
でも、それでも僕は泣くことをやめることができなかった。
しばらくして、僕は泣きやんだ。
泣き止むと、とてつもなく恥ずかしさが込み上げてきて、顔を真っ赤にして先輩から慌てて離れた。
「ご、ごごご、ごめんなさいっ」
「ふふふ、いいのよ?もっと甘えても」
「い、いや!だ、だだ大丈夫ですっ」
ああ、ああ、僕はなんてことをしたのだろうか!!
恥ずかしすぎて死にそうだ。穴があったら入りたい…………ッ!!
「そうねー……こんなのはどうかしら?」
「へ?」
「私が藤井くんのお姉ちゃんになってあげる♪」
「………………へっ?」
先輩の突然の提案に、僕は間抜けな声を出す。
「君の心の支えとして、私が藤井くんのお姉ちゃんになってあげる!うん!いいわね、これ。私も妹はいるけど、弟はいなかったから。ちょうど欲しいとも思ってたし♪」
「え、ええぇ〜ッ!?お、お姉ちゃん、ですか!?」
そ、それはその……嬉しくもあり、しかし一男としては悲しくもあり。
やっぱり、更識先輩は美人だから彼女だったらいいなーとか、そういうことを考えてしまうわけで。
…………まあ、僕じゃ釣り合わないことなんて分かりきってるけど。
っていうか!この歳でお姉ちゃんっていうのは、恥ずかしいような!?
「それとも…………嫌?」
「ヴッ」
嗚呼、どこにこんな可愛い人の上目遣いでの頼みを断れる男がいようか。少なくとも僕には無理だ。
「その、お願いします…………?」
「やった♪よろしくね、藤井くん!」
「は、はいいっ」
こうして僕は、初めて心の支えというものを手に入れたのだった。