出張から帰ってきたマキマは、一人の少年から会いたい旨を伝えられた。そのため、いつもの執務室で会うことにしたのだ。
くすんだ金髪をした青年、デンジがマキマの前に立つ。そして、彼は執務机に手を置くと勢い良く頭を下げた。
「マキマさん! 俺、強くなりてぇ!」
「いきなりどうしたの?」
「俺、聞いたんだ。特異五課はマキマさんのお気に入りだって。それで、そいつらめっちゃ強かった。めっちゃカッコよかった。だから──俺も強くなりてぇんだ!」
「フフ、いいよ。でも、強くなってどうしたいのかな?」
「それは、マキマさんを守りたいっつ〜か、役立ちたいっつ〜か。とにかく、強くなって目立ちてぇんだよ!」
「分かった。なら、教官役を用意してあげる。彼に指導されれば、きっと強くなれるよ」
「っありがとうございまぁす!!」
マキマは腰を浮かし、執務机に乗せられたデンジの手に自らの手を重ねる。そして、彼の耳元で囁いた。
──私は強くて従順な子が好き。デンジ君も、そうなってくれる?
何処までも広がる平原。ここには等間隔に十字架が並べられており、人気のない静かな場所であった。デンジとパワーはマキマに連れられ、この場所を訪れていたのだ。
「マキマさん、なんでコイツもいるんだよ」
「コイツとはなんじゃ! ワシの名はパワー!!」
「知ってるわ!」
「私が連れてきたの。せっかくなら、一緒に鍛えてもらおうと思ってね」
先頭を歩くマキマは、そう話した。
しばらくデンジ達が歩いていると、前方に人影が現れた。彼は一つの墓標の前で立ち尽くしており、マキマは彼へと近づく。
「デンジ君、パワーちゃん。彼の名前は──」
「シー、黙れ」
男にそう言われ、マキマは従った。そして、男が一つ指を立てると問答無用でデンジ達に問いかけてきたのだ。
「俺の質問に答えろ。命を狙われてどう思った?」
デンジとパワーは顔を見合わせると、それぞれの意見を述べる。
「別に〜?」
「狙われた!と思った!」
次に、二本の指を立てた男が問いかけてくる。
「敵に復讐したいか?」
「復讐とか暗くて嫌いだね」
「ワシも!」
最後に、三本の指を立てた男が問いかけてくる。
「お前達は人と悪魔どっちの味方だ?」
「俺を面倒みてくれるほう」
「勝ってるほう」
その返答を聞き、男は振り返った。そして、デンジ達を指差したのだ。
「お前達、百点だ」
「あ?」
「お前達みたいのは滅多にいない。素晴らしい。大好きだ」
デンジとパワーはもう一度顔を見合わせると、パワーが思わずといった様子で呟いた。怖いと。
「マキマ、お前は帰れ。今すぐこいつらは指導だ」
「じゃあ後はよろしく」
「マキマさん!?」
デンジがマキマを引き留めようとしたが、男──岸辺にパワーと共に首を抱かれてしまう。
「俺は特異一課でデビルハンターをやっている。先生と呼ばれると気持ちよくなれるから、先生と呼んでくれ。好きなものは酒と女と──悪魔を殺すことだ」
そして、デンジとパワーが疑問を浮かべた瞬間──二人の首は圧し折られた。
今日も今日とて、俺は悪魔処理のために空を飛んでいた。目的地は神奈川県三浦市にある、三浦半島東南端に位置する岬、剱埼だ。
数日前、公安が襲撃される事件が起きた。だが、マキマさんの指示の元、俺達特異五課が動いたおかげで被害を最小限に抑えることができたのだ。あとは逃げ延びた首魁の女、沢渡アカネを捕まえることと、敵一派を殲滅することだけだ。
しかし、敵の拠点を探し出す必要があり、他部署と協力して事へ当たるため少しの時間を要する。その間、実行部隊である特異五課は暇なので、こうして普段の業務に励んでいるのだった。
「まさか武器人間が、一端のヤクザにいるとは思いませんでしたね〜」
「マキマさんが言うには、悪魔の心臓を移植された存在らしイ。そんな簡単になれるものなのカ?」
「そういうセンカイ君は武器人間じゃないっすか。もしかして心臓を移植されたりしてます?」
「いや、俺は生まれつきダ。武器人間として覚醒したのは、確か十八の時だったカ。それから歳を取っていないナ」
「羨ましいぃ〜! 私も永遠の十八歳で居たいっすよ〜!」
女と他愛のない会話をしながら、海岸に沿って飛行する。やがて目的地の象徴である真っ白な灯台が見えてきた。なお、処理対象である悪魔は海蛇の悪魔で、普段は岬にほど近い海にいるとのこと。
俺は高度を上げて、海方面の偵察へと赴いた。
分厚い雲が天を塞ぎ、視界を覆い尽くす豪雨がこれでもかと機体を叩く。時折鳴り響く雷鳴は腹の底まで響き渡り、眼下で荒れ狂う波は生者を決して逃さないとばかりに渦巻いていた。
真っ黒な海の中にソレはいた。長大な体躯は視界に収まらず、深き海の底から御伽噺の怪物が姿を現す。
海蛇の悪魔。それは、伝説に語られる大悪魔のように遥かに巨大で、そして遥かに強大な悪魔であった──。
「いや無理だロ!!!」
「頑張ってくださいよセンカイく〜ん!!」
「いや無理ダ!! こんな息もできないほどの豪雨じゃ満足に飛べなイ! 俺は逃げるゾ!」
「ちょっと!?」
俺は恥も外聞も捨てて逃げ出した。幸い海蛇の悪魔はこちらを敵と認識しておらず、攻撃されることはなかった。
しばらくすると、嵐を抜けて雲一つない快晴の空が姿を現す。後方へ振り返ると、海蛇の悪魔がいたとされる区域には真っ黒な雲が不自然に存在していた。恐らくだが、嵐を発生させているのだろう。
俺は一度着陸し、本部へと連絡することにした。
本部へ連絡してからすぐに、携帯に着信があった。相手はマキマさんだ。俺はワンコールで通話に出る。
「お疲れ様です、マキマさん」
『センカイ君もお疲れ様。それで、海蛇の悪魔が出たんだって?』
「はい。正直なところ、俺の手には負えません。あれはそれほどまでの化物です」
『ごめんね。たぶん、こっちの手違いで仕事が行っちゃったんだ。海蛇の悪魔は基本放置でいいんだよ』
「そうなんですか?」
『そう。センカイ君は海蛇について知ってる?』
俺は多少知っているため、マキマさんに肯定した。
『海蛇は猛毒を持つことで知られてるけど、温厚な性格をしていて、例え人間を噛んでもまず毒を流すことはない』
「つまり、海蛇の悪魔も攻撃さえしなければ温厚だと?」
『そう言われてるよ。それと海蛇の悪魔は自力で地獄に帰れるから、それもあって基本放置でいいんだよ』
なるほど。しかし、海蛇の悪魔がそれほどまでに強大な悪魔だとは知らなかったな。
『……センカイ君はこんな話を知ってるかな? 地獄で死んだ悪魔は現世に転生し、そして現世で死んだ悪魔は地獄に転生する。いわば輪廻転生を悪魔はしているって』
「聞いたことはありますね」
『なら、面白い話をしてあげる。時折地獄の記憶を持った悪魔が現世に現れるの。そんな彼らの話を少しずつ集めていくと、興味深い話が浮かび上がった。それはね──』
マキマさんが露骨に溜めを作り、間を置いてきた。そのため、俺は真剣に耳を傾ける。
『“海の悪魔”と“軍艦の悪魔”が、日夜地獄の海で戦争を繰り広げている』
「……海の悪魔、それに軍艦の悪魔ですか。そんな強大そうな悪魔が存在するんですね……」
『そう、存在するの。海の悪魔は母なる海を内包した大悪魔で、多くの眷属がいる。海蛇の悪魔がそう。そして軍艦の悪魔は全にして個、個にして全を体現した大いなる悪魔で、地獄の悪魔達からは“孤独な地獄の大艦隊”と呼ばれ、恐れられている』
知らず知らずのうちに眉間にシワが寄っていた俺は、マキマさんの話に聞き入っていた。
『それで軍艦の悪魔なんだけど、彼女は戦争の悪魔の愛娘であり、忠実な下僕でもある。そして海の悪魔と同様に眷属を持っていて、それは……』
「それは……?」
『なんと……!』
「なんと……!?」
ゴクリ……! 俺は生唾を飲み込んだ。ま、まさかそれって……!!
『……アハハハハハハハ!!!』
「え? マキマさん……?」
『ごめんごめん、今話したことは私の作り話なんだ』
「作り話ぃ!!?」
マキマさん!? 今冗談言う場面じゃないでしょ!!?
「勘弁してくださいよ!!」
『ごめんね。あまりにもセンカイ君が真面目に聞くものだから、つい熱弁しちゃったよ』
「はぁ、心臓に悪いことを言わないでください」
『フフフ、洒落たことを言うね』
「そんなつもりで言ってませんよ!」
てっきりプロペラの悪魔が関係してるのかと思って不安を覚えてしまった。しかし、マキマさんの作り話はやけに真に迫っていたな。
俺は彼女を褒めるべきかと思ったが、流石に調子に乗られては困るので黙っていることにした。
『まあそんなところで、海蛇の悪魔は放置でいいよ』
「分かりました。わざわざ報告すみません、ありがとうございます」
『いいよ、ちょうど良い気晴らしになったから。じゃ、センカイ君お仕事頑張ってね』
「はい、マキマさんも頑張ってください。応援してます」
通話が切れたため、俺はガラケーを畳んだ。そして大きく息をつくと、近場で観光している女と合流するために歩き出す。
ここでふと、頭に疑問が浮かんだ。
うん? あれが作り話なら、なんで海蛇の悪魔はあれほどまでに強大なんだ?
少し考えてみたが、よく分からなかった。しかしマキマさんの話は作り話なので、俺は気にしないことにするのだった。
世界観がよく分からなくなったので、一度整理。読み飛ばしてOK。
この世界の人々は、戦争という概念を忘れた。だが、世界には戦車の悪魔が存在しており、厳重に保管されている。このことから、戦車の悪魔は人々に恐れられている存在と思われる。
つまり人々は戦争を忘れたが、戦争兵器を恐れている。恐らく、どういった経緯で兵器が誕生したのかを知らず、そのことについて疑問を持たないのだろう。
ここで肝なのが、人々が恐れているのは現代兵器ということ。何故なら、人々は戦争を忘れたので、戦争の歴史を知らない。つまり、大戦機を知らない。だが、大戦機は確かに存在していた。
恐らく当時の技術者達が、なんか知らんけど存在する兵器を発展させて、現代兵器を造り上げた。その結果、人々は戦争兵器とは知らずに、戦争兵器を恐れることとなり、戦車の悪魔が強大な悪魔となった。
話を一つにまとめる。
人々は戦争を忘れたために、大戦機を忘れた。だが大戦機は存在していたために、当時の技術者達によって現代兵器へと造り変えられた。その結果、人々は戦争兵器とは知らずに戦争兵器を恐れるに至り、戦争によって生まれた戦車の悪魔が、厳重に保管されるほど強大な存在となった。
恐らく矛盾はない。たぶん。
とりあえず言いたいのは、人々は大戦機を知らない。何故なら、戦争を忘れたから。だが、世界に現代兵器は存在する。何故なら、なんか知らんけどあった兵器を改良して造り出したから。
その結果として、戦争とは知らずに争い始めた人類は、やがてすぐに絶滅戦争へと発展してしまった。
私はそう解釈した。