東京のある街角をデンジは歩いていた。彼の考えることはいつだってマキマのことだ。
「はぁ、イイトコ見せれなかったなぁ。結局五課にサムライソードやら女やらを取られるしよ〜」
悪態をついたデンジは俯く。そしてマキマに気に入られている特異五課に嫉妬をした。俺もマキマさんに気に入られたい。見てもらいたい。そんなことを思ってはため息をつき、自身の無力さに嘆いていた。
かつて、劣悪な環境にデンジは居た。借金をしていた父が自殺をしたため、借金取りのヤクザにいいように使われていたのだ。デンジは父が死んだ日に親友となった小さな悪魔、ポチタと共にデビルハンターとしてヤクザに雇われ、借金を返す日々を過ごしていた。
だが、ある日。デンジはヤクザに騙され、ポチタ諸共殺された。そこでデンジの人生は幕を閉じた、閉じたはずだった。しかし──ポチタが契約を結び、デンジを救ったのだ。
──私は、デンジの夢の話を聞くのが好きだった。
──これは契約だ。私の心臓をやる。
──代わりに……。
──“デンジの夢を私に見せてくれ”。
そう最後にポチタは言い、デンジの心臓となった。それ故にデンジは夢を追わなくてはならない。そして、その夢とは。
“普通の暮らしをして、普通の死に方をする”。
ただ、それだけのこと。でもだからこそ、デンジは恋をする。何故なら、誰かと恋をして、親友と心から遊んで、そしていつの日か大切な人と愛を育む。そんな普通の暮らしを夢見ているからだ。
考え事をしていたデンジは、肩に落ちる水滴を見てようやく雨が降り始めたと気づいた。どうやら通り雨のようで、すぐさま土砂降りとなり身体を濡らす。
「キャキャ! 水だ水だ!」
「ッビーム! てめえはひっそりしてろよ!」
「ア、ハイ!」
突如として地面から浮き出てきた魔人にデンジは叱った。彼はサメの魔人であり、訳あってバディを離れたパワーの代わりを務めているのだ。彼、ビームは命令通りに地面へ潜ると姿を消した。
大雨が降る中、デンジは避難するために走り出す。すると、電話ボックスを見かけたためそこへ転がり込んだ。
「傘持ってくりゃよかったぜ……」
デンジはそんなことを言ってしばらく待っていると、一人の女性が同じように転がり込んでくる。彼女は雨に打たれて濡れており、困ったように笑っていた。
「わあ、どうもどうも。いやはやすごい雨ですね」
「あ〜、ああ」
彼女が気安く話しかけてきたかと思えば、突然笑いだした。そしてデンジの顔を見て、死んだ犬を思い出したと言ってきたのだ。
「はあ!? オレ犬かよ〜!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
平謝りをする彼女に毒気が抜かれたのか、デンジはそれ以上何かを言うことはなかった。しかし無言でハンカチを取り出すと、彼女へ渡す。
「……え?」
「濡れてんじゃねえか。これで拭けよ」
「ありがとう……」
この時、デンジは初めて彼女の顔を見た。とても澄んだ色をしたエメラルドグリーンの瞳。ほのかに赤く染まった頬。そして、デンジだけを見つめる整った顔立ち。デンジは思わず見惚れてしまい、彼女を見つめ返してしまった。
「あ~! 雨止んだよ!」
空を見上げた彼女はそう言うと、デンジの手を引いて外へ出た。
すっかり雨雲が通り過ぎた空は日が出ており、徐々に気温が上がっていた。所々に水溜まりはあるが、いずれ乾くだろう。
「私、この先の
彼女はそう言うと去っていく。去り際に、「絶対来てね!」とデンジに声を掛けて。
喫茶店、二道。そこは東京のある街角に存在する至って普通のカフェであった。それなりに歳を重ねたマスターが一人で切り盛りをしており、決して大繁盛はしていないが、根強い常連客がいるような隠れた名店であった。
「いらっしゃい」
「あ〜、その。ここでバイトしてる子に、お礼を貰いに来たんすけど……」
「本人から聞いてるよ。空いてる席に座って待っててくれるかな?」
「あ、はい」
デンジがテーブル席に座ると同時に、バックヤードからエプロンを身に着けた彼女が出てくる。そして、すぐにこちらへと気付いた。
「って早〜!? ええ〜? 私より早く来たでしょ!」
「まあ、そういえばそうかな」
デンジは彼女が持ってきた水に手をつけると、素っ気なく言った。
「お礼貰いに来ただけだぜ」
「ふ〜ん」
何を思ったのか、彼女はデンジの隣に腰掛けると密着するほど近づいてきた。
「一緒に飲みますか〜。へいへいマスター! 私と彼にコーヒーを!」
そして、そんなことを言ったのだ。マスターは店員でしょと彼女に伝えるが、口八丁な彼女に丸め込まれ、仕方なくコーヒーを二人分用意していた。
テーブルに湯気の立つコーヒーが置かれる。彼女は嬉しそうにデンジを見て言った。
「お礼はコーヒーでした! コーヒー、好き?」
「……飲む」
デンジは少し躊躇いながらも口をつけ──盛大に顔を顰めた。
「プッ、何その顔〜! 絶対強がってる!」
「だぁって、コーヒーってマズくねえか!? ドブ味だよドブ!」
「あはははは! 子供だ子供! あははははは!!」
彼女は涙を流すほど大笑いをして、デンジの肩に手を乗せてくる。デンジは見惚れた女の子のさりげないボディタッチに心を乱され、思わずたじろいでしまった。
やがて笑い終わった彼女は、デンジを見つめて話し出す。
「私の名前レゼ。キミは?」
「デンジ」
「デンジ、デンジ君……」
何度も反芻し、彼女──レゼはデンジの名前を覚えようとする。そして、最後にデンジを見つめてこう言ったのだ。
「デンジ君みたいな面白い人、はじめて」
それを聞いたデンジは生返事しか返せず、思わず考え込んでしまった。
──どうしよう。俺は俺の事を好きな人が好きだ。
──マキマさん助けて。俺、この娘好きになっちまう……!
既にデンジは恋をしていた。