未だ日の出ていない早朝。公安対魔特異五課専用の滑走路には、一人の人影があった。
黒鉄色の頭部から、天を衝く短剣を生やした異形の女。彼女はゆらりとした足取りで、一つのプレハブ小屋を目指して歩いていた。
音を立てずに歩行する様は暗殺者を思わせる。そのような女は目的のプレハブ小屋へ辿り着くと、懐から鍵を取り出した。そして鍵穴に挿し込み、回す。
──カチャリ。
僅かな物音を立て、扉が開かれた。室内には簡素な脱衣所やキッチンなどがあるが、殆どがリビングを占めている。そして、最奥には女が目的としていたシングルベッドがあった。
そろりそろりとベッドへ近づき、女は握り拳をつくる。すると、手首の内側から短剣が生えてきたのだ。そして女は布団を掴み──思いっきり剥ぎ取った。
「天誅ーーー!!!……あれ?」
女は大きく腕を振り上げたが、異変に気づく。ベッドに誰もいない。女が疑問を浮かべたその時。
背後から物音がした。それはトイレを流す音だ。女は勢い良く振り返り、そして──。
「天誅ーーー!!!」
「うおっ」
凶器を掲げて走り出した。目標である男は気だるげな雰囲気を纏っており、こちらに気付くと素直に驚く。
「ふん!」
「あべしっ!?」
あと一歩、そんなところで女は捕らえられた。彼女は男に手首を捻られては、地面へと押さえつけられてしまう。
「いたたたた!? ギブギブ!! ギブっすよ〜!!?」
「人ん家に勝手に入りやがってこの痴女め。俺が引導を渡してやる……!」
「ちょっと待って! センカイ君気付いてるでしょ!?」
「住居侵入罪でお前を豚箱にぶち込んでやるからな……! 覚悟しろ!」
「ひ〜!? 許してぇ!!?」
その後、女──三船フミコは武器化を解除し、目標であった男、センカイに土下座をするのだった。
空が白み始めて明るくなってきた頃、俺はソファに深く腰掛けて寛いでいた。そして、対面に座る女と言葉を交わす。
「──で、お前は武器人間になったと」
「そうなんすよ〜。私、特別な存在なんで? 選ばれちゃったっていうか?」
「なんでお前が特別なのかがよく分からん。マキマさんに声を掛けられただけだろ?」
「まあ〜そうなんすけどね〜!」
女は武器人間となっていた。なんでもマキマさんに声を掛けられ、悪魔の心臓を移植されたとか。それがどう特別なのかがよく分からないが、マキマさんに声を掛けられたことが特別だというのなら納得だ。
「よかったじゃないか。お前、一人だけ人間だったの気にしてただろ」
「まあね〜。そりゃ特異五課で一人だけ人間だったら、気にするっすよ。センカイ君以外で話しかけてくるの、ミリ君だけですし……」
女は寂しそうに笑う。だが、すぐさま自信に溢れた顔に変わった。
「でも、もう違うっす! 私は晴れて、武器人間になったんですから!!」
バン! 突如としてドアが開き、二人の来客が訪れた。
「フミコ君!!! 武器人間化おめでとう!!!」
「姉貴、おめでとうございまぁす!!!」
「今何時だと思ってんだ!?」
バルエムとソードが断りもなくやってきた。そして女を囲うと祝いの言葉を投げかける。やれ新しい同志の誕生だの、これで本当の家族だの。確かに喜ばしいことだとは思うが、ちょっと待ってくれ。
バルエムさん、今何時か知ってるか? 俺がそう問いかけると、バルエムはケータイを取り出し時刻を確認する。そして、さも当然のように口を開いた。
「朝七時だね!」
「早いわ!!」
バルエムは大口を開けて笑うと、俺に一つ謝罪をした。しかし、反省をした様子が一切ない。間違いなく口だけだ。
「いや〜本当にごめんねえ、プロペラヘッド君。でもマキマさんから聞いたんだよ。フミコ君の武器人間化が成功したって!」
そんなの居ても立ってもいられないじゃないか! バルエムはそう言うと、大仰に手を広げていた。なお、その隣でソードが頭を下げている。
「すみません、兄貴! どうしても、姉貴に祝いの言葉を送りたくてッ……!!」
「いや、それはいいんだが。ちょっと早くないか?」
俺は言外に、かなり早くないか?という意味を込めて質問をした。だが、その時。新たな来客が訪れたのだ。
「おや、皆さんお揃いみたいで」
「オラ、後輩のツラ拝みに来てやったぞ〜」
「なんでお前らまで来るんだよ……!?」
スピアとムチコまでやってきた。朝七時なのに!!
「確か、コードネームはナイフでしたっけ? 改めてよろしくお願いしますね」
「腕を磨きたかったら、声を掛けてくれよ。先輩として導いてやるぜ?」
「スピア先輩、ムチコ先輩! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
「おお! スピア君、ムチコちゃん。朝早くにすまないね!」
バルエムさんが呼んだんかい! しかし、本当にちょっと待ってくれ。今、俺の家には自分含めて六人いるのだ。いくら何でも狭すぎる。
対面のソファにはソードが座り、その両脇にバルエムと女が立っている。そしてその女と和やかに話すスピアと、こちらのソファにどっかりと座ったムチコ。いくら何でも狭い。俺は立ち上がると、声を張り上げて全員の注目を集めた。
「お前ら! 朝、食いに行かないか……?」
そして、朝食に誘うのだった。
午前八時過ぎ。俺達特異五課は勢揃いで、バルエムさん行きつけの喫茶店へやってきていた。なんでも、最近来れていなかったので顔を出したかったとか。俺達はそのことに不満などなかったので、快く了承をした。
入り口の扉を潜ると、来店のベルが鳴る。そして、既に入店をしていたバルエムが声を上げた。
「マスター! 久しぶり!」
「おやおや、バルエムさんじゃないですか。お久しぶりです」
「ははは、マスターは変わりなさそうだねえ」
「ほほほ、それはバルエムさんもですよ!」
和気あいあいと会話を楽しむバルエムは、マスターとの話に花を咲かせている。その後、彼は引き続きマスターと話したいようで、俺達だけで食事を取って欲しいと言ってきた。
そのため、バイトと思われる若い女がこちらへやってくる。
「お客様〜、どうぞこち──ぶふぉっ!!?」
「ん? 大丈夫か?」
「あ、あはは。ごめんなさい、ちょっとむせちゃって!」
彼女は恥ずかしさを覚えたのか、顔を隠してそそくさと案内を始めた。俺は不安を覚え、身嗜みを確認する。カッターシャツに皺はなく、ボタンの掛け違いもない。ネクタイも確認してみたが、問題は見当たらず。ならばとスーツパンツに目を通すが問題はなく、チャックが開いているといったこともなかった。
「どうしたんすか?」
女が話しかけてきたので振り返ると、こちらもしっかりとスーツを着こなしており、問題はないように思える。
「いや、何でもない」
ならただ単にむせただけか。俺はそう思い、店員の指示に従った。