遥か高い空の上から海を見渡す。すると三宅島に向かう漁船を発見した。恐らく大島経由で来たのだろう。近づいて確認してみたところ、乗船している者達が明らかに漁師ではなかった。恐らく民間のデビルハンターだ。
意識を爆撃照準器から機体へと移し、迎撃に向かう。こうして即座に行動できるのも定期的に哨戒しているおかげである。
機体を反転させ、急降下を開始。高度が徐々に下がっていき、やがて相手にも視認できる距離まで近づいた。だが、まだ機銃の射程距離ではない。俺は漁船へ追従するように後ろへ回り、可能な限り近づく。その頃には相手にも気付かれており、知ってか知らずか回避行動を取られた。だが、その焦りこそが禁物だと教えてやろう。
船体の側面を晒した哀れな子羊に、二十ミリ機銃を食らわせる。両翼に内蔵された機関銃から爆音と共に血が吹き出し、船体を蜂の巣にした。乗船していた者達は船体ごと貫かれて絶命しており、生存者を探したが確認できなかった。
ならもう要はない。俺は踵を返し、三宅島へと帰還する。キルスコアだけが伸びていく日常。これで通算六キル目だった。
東京都某所、公安対魔特異課本部の一室。そこには一人の女性が椅子に腰掛けていた。高級そうな執務机に肘を置き、手を組む姿は威風堂々たるものだ。
「面白いね。新たな武器人間が現れるなんて。でも、不思議だな。どうして、世界から忘れ去られた戦争兵器が蘇る?」
赤い髪を後頭部で結んだ女性──マキマは疑問を頭に浮かべたが、小さく笑みをこぼすと目を瞑った。
「まぁそれはいいか。まずは彼を引き入れることから始めないと」
マキマは少しの逡巡の後、携帯を手に取り通話を始めた。話し相手は男だ。二三言話し終えると、新たに通話を始める。それを都度三回繰り返した。
今日も今日とて平和だ。天気は快晴、風向き風速ともに異常はなくとても穏やか。昨日と何も変わらない日常が続いている。
島民が居なくなり、静かになった三宅島。俺は漣の音を聴きながら、古民家の縁側で寛いでいた。そこで棒アイスを扇風機に当たりながら食べるのは格別だ。
そよ風が吹き、風鈴がチリンチリンと音を奏でる。絵の具を塗りたくったかのような青い空と白い雲が前方に広がっており、俺はどこか懐古的な気分を味わっていた。
しかし、異変を見つける。海の遥か向こうから一隻の船がやってきたのだ。俺は一つ舌打ちを漏らすとアイスをかき込む。そして、すぐさま走り出した。
親指を心臓へ突き刺す。たったのそれだけで身体の中の歯車が回りだし、連結し始めた。そして最後に火が走り、俺の頭部が巨大なレシプロエンジンと化したのだ。
プロペラを回し、推進力を生み出す。走りながら両腕を広げると巨大な逆ガル翼へと作り変わり、俺はそのまま大空へと飛び立った。
下半身が流星の後部へと変化していく中、高度を稼ぎながらも船を見定める。今回のはかなりデカい船だ。おそらく観光船。テレビで情報収集をしているが、三宅島に悪魔が出現したのは報道されている。つまり観光客など来るわけがないのだ。ならやることはただ一つ。潰す。
高度二〇〇〇メートルを維持しながら観光船の側面へと回った。今回は機銃掃射で沈めることは出来ないだろう。また五百キロ爆弾は外す可能性が高い。なら、これで終いにしてやろう。
機体の下部に吊り下げる形で細長い爆弾を精製する。弾頭は丸く可能な限り水抵抗を減らした姿で、後部にはスクリューがついている。そう、魚雷だ。
機体を反転させ、急降下を開始する。目指すべき速度範囲は百十ノット、時速四百キロで高度範囲は一〇〇メートルだ。
徐々に近づいてくる海面と観光船。俺は角度の微調整をすると、速度、高度範囲ともに良好の瞬間に魚雷を切り離した。
水しぶきを上げて魚雷が海へと落ちる。そして次の瞬間にはスクリューが回転し、一定の速度で進み始めていた。
観光船は回避行動を取ることもなく、速度を緩めることもない。このまま魚雷直撃コースだろう。俺は気分を良くし、観光船の真上を通り哀れな犠牲者の顔を拝むことにした。
甲板には四人の男女がいた。全員が黒スーツを着ている。十中八九公安のデビルハンターだろう。民間では対処できない悪魔を狩る彼らは相応の実力があるのだろうが、魚雷で船が沈んでしまえば強いも何もない。そのままくたばってしまえ。
観光船を通り過ぎる瞬間、機体が激しく揺れた。何事かと確認すれば、頭部と腕が触手に塗れた怪物が張り付いていた。なんだこいつは!? 少し焦ったが、よく見れば黒スーツを着ている。急いで甲板上を見渡すと三人しかいない。そして、一人を除いて全員が怪物となっていたのだ。
これが公安のデビルハンターなのか? 正直舐めていた。だが、俺に敗北の二文字はない。すぐさま機体を反転させ、バレルロールを繰り返す。しかし触手女はがっちり張り付いていて引き剥がせない。そうこうしている内に爆発音が鳴り響いた。そちらへ意識を向けると、観光船は無傷だったのだ。恐らく何らかの方法で魚雷を爆破したのだろう。
予定変更だ。三宅島でケリをつける。まずはこの触手女を殺して、残りの三人を迎え撃ってやろう。
大空を舞うプロペラ機が高度を稼ぎながら三宅島へと向かっていった。マキマは一難去ったことに安堵の息をつき、二人の部下に話しかける。
「スピア、対処ありがとう。バルエムも動いてくれてありがとね」
「この程度造作もありませんよ。マキマさんにお怪我が無くてなりよりです」
「俺は何もできなかったけどねえ」
槍を持った一本角の武器人間、スピアは大仰に礼をし、両腕が火炎放射器に、頭部が燃料タンクとなった武器人間、バルエムは片手を上げて言葉を返した。
「安全に島へ上陸できそうだけど、ムチコちゃんは大丈夫かな?」
「彼女なら大丈夫でしょう。そうやすやすと倒れる方ではないですから」
「ま、死んでても蘇るから大丈夫でしょ」
強い風が吹き、マキマは髪を抑える。見据える先は誰もいなくなった三宅島。彼を味方に引き込むことは可能だろう。だが、何か一波乱ある気がしていた。
──フフ、キミの実力を見せてくれ。
一向に触手女が離れない。しかし反撃もしてこないため、意外と手一杯なのかもしれない。
俺は機体を損傷させることなく、無事に三宅島へと辿り着いていた。そのためお気に入りの古民家へ突っ込むことにした。
機体を反転させて急降下を開始する。触手女が俺の意図に気付き対処しようとするが、とてつもない風圧に襲われているのだ。しがみつくので精一杯だろう。
高度四〇〇〇メートルからの死のダイブ。機体は回転しながら地上へ堕ちていき、もし墜落すれば原型さえ残らずぺしゃんこだろう。ああ、ゾクゾクするね。
数十秒後、既に地上は目と鼻の先だった。触手女が最後の抵抗にと手を離そうとするが、そうはさせない。俺が機体の外板を変形させて触手女に食い込ませると、小さく悲鳴が上がった。
「さア!! どっちが生き残るか賭けようゼェェエ!!!」
「イカレ野郎ッ……!!」
女から素敵な返事を貰った瞬間──俺は地面に衝突した。
前方で爆炎が上がった。発生源は港にほど近い民家だろう。埠頭に降り立ったマキマは部下の二人へ視線を向ける。
「彼が墜落したようだね。早速向かおうか」
「ムチコちゃん、無茶するなぁ」
「案外、マキマさんの期待に答えようとしてんのかねえ」
部下二人が意外と可愛いところがあるじゃないかと和やかに笑う。マキマもつられて小さく笑うと、二人に追従するよう指示を出し歩き始めた。
辿り着いたのは倒壊した古民家だ。所々に火がついており、機体の破片と思われる金属板や肉片、臓物が散らばっていた。
普通に考えて生存は絶望的。だが、マキマは倒壊した古民家の一点を見つめる。
「バルエム、そっちの納屋にムチコちゃんがいる。蘇生してあげて。スピア、私について来て」
「「了解」」
バルエムが脇に逸れ、マキマはスピアを伴って古民家へと近づく。そして次の瞬間、古民家が爆発し中から武器人間が現れたのだ。
スピアに庇われて無傷であったマキマは彼を見つめる。頭部がレシプロエンジンと化し、両腕両足が武器化した異形の青年を。
「ハハハ! 俺の勝チ!! なんで負けたか明日までに考えとけボケェ!!」
「初めまして、プロペラの武器人間さん」
レシプロエンジンがこちらを向く。すると排気管から白煙が吹き上がり、プロペラが回転しだした。そして有無を言わさず両腕を掲げたかと思えば、こちらへ機関銃を撃ってきたのだ。しかし、スピアが槍を回転させるだけで銃弾を弾いていた。
「……なんで防げんだヨ。可笑しくネ?」
「危ないですねぇ。少しは加減してくれないと死んじゃいますよ」
「ったくあのクソ野郎ッ!! 殺す!!!」
「ムチコちゃん、落ち着いてよ」
無事にムチコは蘇生できたようだ。しかし身につけていたスーツは見るも無残な姿になっており、バルエムが上着だけを貸していた。
これで役者は揃った。マキマはもう一度彼へと話しかける。
「初めまして、プロペラの武器人間さん。無駄な抵抗は止めて私達と来ない? 楽しい毎日が待ってるよ」
「ハッ! もう勝った気でいるならお笑いだゼ。なんで俺がここに堕ちたか、その空っぽの頭でよォく考えるんだナァ!」
彼は両腕を地面へと突き刺した。すると、まるで吸収するかのように両腕が脈動し、レシプロエンジンへと何かが送られていくのだ。
「マキマさん、彼は一体何を……?」
「地下に沢山の死体が埋まってるみたい。きっと、大量の血を吸い取ってるんだね」
「なるほど、ですがそれになんの意味が」
「さぁ? でも見てれば分かるよ」
レシプロエンジンがこれでもかと爆音を撒き散らし、白煙を吹き出す。反トルクを打ち消せずエンジンが激しく振動し、今にも自壊しそうであった。だが次の瞬間、彼の両腕が巨大な翼に変化したかと思えば、大きさはそのままに鋼鉄の腕へと作り変えられていく。下半身も同様に航空機の後部へと変化したかと思えば作り変えられていき、爆弾倉は肋骨になり長い後部は蛇腹状に変化していた。
レシプロエンジンが唸りを上げ、まるで咆哮をするかのように大空へと吠える怪物。前足とも言うべき巨大な腕を振り上げ大地を掻き、蛇腹状の胴体を蛇のようにのたうち回らせる。もはや武器人間という枠を外れた怪物に、さしものマキマも驚いた。
「これはすごい。初めてみたかも」
「マキマさん、下がってください。ちょっと危ないので」
スピアに従い、マキマは距離を取った。彼と相対するのはスピア、バルエム、ムチコ。つまり、今ここには四人の武器人間がいるということだ。プロペラ、槍、火炎放射器、鞭。なんとも珍しいことだとマキマは笑い、剣も連れてこればよかったかなと僅かながらに後悔をした。
『ハハハ! 俺は格が違うんだヨ。そのちんけな体で何ができるってんダァ?』
「テメェを殺すことだよッ!!」
ムチコが突貫し、鞭と化した腕を振るう。しかし鋼鉄の肉体を得た彼には傷一つ負わせられず、反撃として巨大な腕が薙ぎ払われた。
プロペラの推進力と巨体から放たれる瞬発力。どちらもが前へと進み、見た目とは裏腹に俊敏な動きでムチコへと迫る彼。翼が変形して作られた巨大な腕は鋭利であり、あまりにも悍ましい爪を兼ね備えている。そんなものが幾度となくムチコを狙って大地を叩き、そして抉った。
ほんの数十秒の攻防で土地は荒れ果て、砂埃が舞い上がる。また、倒壊した古民家がバラバラに砕け散り、埋められていた死体が辺りに散らばっていた。
スピアが槍を構えると、全身の筋肉を効率的に力へと変えて投擲する。放たれた槍は目視できない速度でレシプロエンジンを貫き、大量の血と炎を吹き出させたのだ。
『ぎゃあァァァァああ!!?』
稼働するエンジンから血と臓物がこぼれ落ち、痛みに悶えてのたうち回る彼。やたらめったら暴れるせいで古民家の残骸が飛んできており、マキマの額に石が当たった。
「痛いかも」
「す、すみませんマキマさん」
スピアが申し訳なさそうに頭を下げるため、マキマは軽く手を上げると部下に発破をかける。
「まだ彼は諦めてないよ! 徹底的に痛めつけちゃって!」
砂埃が舞い上がる先に巨大な影が浮かび上がる。そしてプロペラが回ると、すべてを吸い込んでは後方へと送った。
『テメェら絶対許さネェ……! 皆殺しにしてやルァァァ!!!』
第二ラウンドと言わんばかりに復活した彼に、マキマは思わず笑った。これならいい戦力になりそう、と小さく呟いて。
公安のデビルハンター達が予想以上に強い。かれこれ一時間は戦ってるが、一向に勝利が見えてこない。特にやばいのが槍だ。こいつの貫徹力が強すぎる。それに比べて火炎放射器と鞭は弱い。だが弱いと言っても相性がいいだけで油断はできない。火炎放射器は的確に背後を取り意識を奪われる。鞭は拘束力が高く槍の援護に回られるとまずい。そのため上手く三人を散らしながら戦うのだが、そうすると攻め手に欠けてしまい戦いが長引く。その結果人数差で劣る俺が押される。
時折誰かを捕まえることに成功し、プロペラでミンチにしようとするのだがどうしても邪魔が入る。その度に苛つき、ヤケクソに暴れるのだが奴ら意外と冷静に対処してきやがる。鞭はずっとキレてるが。
仕方がない。燃料もかなり減ってきてしまったため、奥の手を使おう。と言ってもこれはヤケクソ戦術だ。言うなれば五百キロ爆弾でまとめて吹き飛ばそう作戦。とりあえず一人捕まえて残りの奴に爆弾を投げつけるか近くで起爆させるかをする。
作戦を立案してすぐ、なんと槍を捕まえることに成功した。何をしたかというと胴体で大地を薙ぎ払い、後方で観戦している赤髪の女に土砂を弾き飛ばしたのだ。槍は彼女を庇うためにそちらへ意識を向けたため、その瞬間に火炎放射器と鞭を殴り飛ばす。そして槍を意識外から手を伸ばして捕まえたというわけだ。
予定は変更。肋骨となった爆弾倉に手を突っ込み、五百キロ爆弾を取り出すと槍とガッチャンコさせる。爆発する瞬間、槍が焦った声を出したのが最高に笑える。五百キロ爆弾は無事起爆し、俺の両腕もろとも槍を吹き飛ばした。ありゃ復活するのも一苦労だろう。なにせ爆心地ど真ん中で死んだのだ。肉体が蒸発してても不思議ではない。
残り少ない燃料を犠牲にして両腕を生やし、火炎放射器と鞭に相対する。しかし、まずい。血が圧倒的に足りない。戦闘が長引き過ぎたのだ。
「そろそろ諦めたらどう? もうキミは動けないはずだよ」
『黙レ、俺はまだ負けちゃいなイ』
赤髪の女が茶々を入れてくる。強気な言葉を返すが、これは虚勢に過ぎないという事実。最後の力を振り絞って抵抗するが、火炎放射器に燃料を消耗させられ、鞭に両腕を拘束されてしまいものの見事に捕まってしまった。
もはやプロペラを回すことさえできず、鋼鉄の体が崩壊を始める。大地に縫い付けられた俺は、目の前にいる赤髪の女を見つめることしかできなかった。
「キミの選択肢は二つ。悪魔として私に殺されるか、人として私に仕えるか」
仕えるなら、ちゃんと褒美を与えるよ。そう女は言った。
『一つ聞きたイ。お前は何を目指してるんダ。何を成そうとしてるんダ』
「より良い世界を創ること」
俺は笑い声を上げると、女に反抗する意思を無くした。こんなにも馬鹿げた思想を持つ女がいるとは思わなかったのだ。だが、本気でより良い世界を創りたいと願っていると伝わった。
『お前に仕えル。だからしっかりと褒美を用意してくレ。俺は燃費が悪いんダ』
「いいよ、キミは優秀そうだからね。沢山用意してあげる」
女が笑いかけた時、俺は心の奥深くで不思議な感覚を覚えた。
──ああ、初めから仕えておけばよかったな。
オリ要素
・マキマさんの人間味UP
・武器人間ズ強化