台風の悪魔の周囲で幾度となく爆破と火花が舞い散り、それらは暴風によってすぐさま流れ去ってゆく。そんな中、アキは高速道路の電灯にしがみついていた。
「くそ、これは大人しく観戦してるしかないか……!」
突風と猛雨に晒されるアキはそう悔しげに呟く。だがその時、天使が悲鳴を上げた。
「わ!?」
彼はアキの目前にある車にしがみついていた。しかし、強風が吹き荒れた事によって体が浮き上がり、地上から離れてしまったのだ。
アキは即座に天使の胸元を掴み、必死に耐える。だが、台風の悪魔がより力を強めたのかますます風は強くなり、アキ自身もまた引き剥がされそうなほどの暴風に襲われていた。
「う……ぐうう……!」
「いいんだ……いいんだ! 手を放していい!」
天使が必死の表情でアキへ訴える。そして、全てを悟ったかのように話し出した。
「死ぬなら死んでいい! 今日が死期だったんだ! 大丈夫……! 死ぬ覚悟はずっとできている!」
アキはもう限界だった。だが、決して離すまいと必死に耐える。しかし──天使は空を舞ってしまった。
天使が運命を受け入れ、目を瞑る。それをゆっくりとした世界の中で見ていたアキは、かつて銃の悪魔によって両親が殺害されたことを思い出していた。
──雪の降り積もった田舎町。そこへ建つ一軒の家。アキは弟のタイヨウとキャッチボールをしていた。そこへ突如として現れた強大な悪魔。それはただ、移動していたに過ぎなかったのだろう。しかし、両親の居た家は引き潰され──何もかもを奪い去っていった。
また、失うのか。アキは絶望しそうになる。だが、弟のタイヨウだけは生き残っていた。何故ならばアキが引き止めたからだ。ただの偶然ではある。しかし、アキが救ったというのは事実だった。
なら諦めてたまるか! アキは何がなんでも天使を救うと決意を改め、必死に腕を伸ばした。そして──天使の手を掴むことに成功したのだ。
「おおおおおおお!!」
「なぁっ……!」
アキは裂帛の気合とともに天使を引っ張り上げる。そして彼を決して離さぬようにと、強く抱き締めた。
「何っ……なっ、なんで僕の手を触った!? 死にたいのか!?」
「死にたいワケねえだろ!! 今のでどれくらい寿命減った!?」
天使が心苦しそうに、二ヶ月くらいと呟く。それを聞いたアキは一瞬放心するが、すぐに考えを振り払い天使へと告げた。
「死にたいなら、どっか遠くで死んでくれ……。目の前で死なれるのだけは……もう御免だ……」
アキの痛切な思いを聞き、天使はただ──彼を受け入れた。
暴風の吹き荒れる嵐の中、デンジはビームに跨り台風の悪魔を切り刻んでいた。
『ギャアアアアアアアア!!?』
「俺ぁラクでい〜ぜ〜! 馬鹿みたいにチェンソー回してりゃいいだけだからなあ〜!!」
台風の悪魔が嵐を起こせば起こすほど、デンジ達はより輝いていた。そして、ついに──。
『くるなああアアアアア!!』
デンジ達は台風の悪魔の顔面へと辿り着き──何もかもを切り刻んだ。
台風の悪魔が死に絶え、嵐がはたと止んだ。それにより分厚い雲に覆われていた夜空には星々が浮かび始め、大きな月が姿を現す。
「レゼはどこだ!?」
「あ!? チェンソー様!!」
レゼを探していたデンジ達は、上空から迫る彼女に奇襲を受け、建物の屋上へと叩きつけられた。
「いってぇ〜……! 助かったぜ、ビーム……」
「きゃ……き……」
レゼがデンジ達に遅れて着地をする。そして、彼女は話し始めた。
「デンジく〜ん、そろそろあきらめない?」
「ん〜、やだ」
デンジの答えを聞いたレゼは指先から稲妻を飛ばし、彼の右腕を貫いた。そしてその右腕を吹き飛ばす。
「がっ、た!! ああああ……!」
「いい加減面倒だから、さっさと死んでくれないかな」
「だったら、初めて会った時にさっさと殺しとくんだったな……!」
思わず黙り込むレゼ。しかし、彼女は気を取り直すかのように話し出した。
「もう逃げ道はないよ」
「ど〜かな」
そう言ったデンジは背後へ振り返り、月明かりに照らされた夜の海へと視線を向ける。
「俺に泳ぎ方を教えたのは間違いだったな〜」
「え〜泳ぐの〜?」
二人は黙り込み、静寂が訪れる。だがその時、デンジがスターターを引き、それと同時にレゼが稲妻を飛ばした。
唯一残っていたデンジの左腕が吹き飛ばされる。しかし、引き千切れた腕にはチェーンが繋がっていた。そのことにレゼが驚くと、デンジがその一瞬の隙をついて彼女へチェーンを巻きつけた。
「なっ!?」
「シケてても爆発できるのかア〜?」
そして、二人は海へと落下する。やがて大きな波しぶきを上げた二人は、海底へと沈んでいった。
真っ暗な海の中は静かであり、そこで死を待っていたレゼは走馬灯を見ていた。
これまでの辛く、苦しい人生が風のように流れていく。だが、最後のページにはデンジと過ごした記憶があった。偽りの人生を送っていたレゼだったが、デンジと過ごした日々には嘘偽りのない本心が現れていたのだ。
レゼは死の間際に思い出す。何も知らないデンジへ、泳ぎ方を教えていたことを──。
漣の音、海鳥達の鳴き声、そして暖かな朝日。レゼは暗闇から浮かび上がるような感覚と共に、目が覚めた。
「信じられない……どうして私を蘇らせたの……?」
レゼの隣には、ぼんやりと朝日を眺めるデンジがいた。
「……オレは素晴らしき日々を送っている。何回もボコボコにされて酷い目に合って死んでも、次の日ウマいモン食えりゃそれで帳消しにできる。でも……」
デンジが躊躇いながらも、続きを話す。
「ここでレゼを捕まえて公安に引き渡したら、なんか……魚の骨がノドに突っかかる気がする。素晴らしき日々を送っていても、時々ノドん奥がチクってなりゃあ最悪だ」
「今、私に殺されても同じこと言える?」
レゼがそう聞くと、デンジは気にした様子もなく彼女へ笑いかけた。
「殺されるなら美人にってのが俺の座右の銘」
「っぷ、あはははははは!! はああ〜! あ〜」
レゼは笑い終えると表情を消した。そして、冷たい眼差しでデンジを見つめながらも話し出す。
「もしかして……私がまだキミを本気で好きだと思ってるの? キミと会ってからの表情も頬の赤らめも全部嘘だよ。訓練で身につけたもの」
デンジがショックを受けたような表情でレゼを見つめ返してきた。それを見たレゼは視界に収めたくないとばかりに後ろへ振り返り、歩き出す。
「私は失敗した。……キミと戦うのに時間をかけすぎた。じゃあ私は逃げるから」
レゼはただ静かに立ち去ろうとする。だが、立ち上がったデンジが話しかけてきたのだ。
「一緒に逃げねえ?」
「へ?」
「俺も戦えるから逃げれる確率上がるぜ」
「私はたくさん人を殺したよ? 私を逃がすって事はデンジ君、人殺しに加担するって事になるけどわかってる?」
「仕方なくねえけど仕方ねえな。まだ俺ぁ好きだし。それに全部嘘だっつーけど──俺に泳ぎ方教えてくれたのはホントだろ?」
レゼはデンジと向き合い、彼と見つめ合った。そして、彼へと近づいては手を伸ばし──首の骨を折ったのだ。
「あっ!? あっ……」
「もう少し賢くなったほうがいいよ」
レゼは砂浜に足跡をつけてその場を立ち去る。背後から聞こえるデンジの心の叫びに、耳を傾けながら。
──なあっ、レゼ!! 今日の昼に……!
──あのカフェで待ってるから!!