三鷹アサと再会してから数日後、俺は事あるごとに彼女に付きまとわれていた。授業の合間といった時間ならいいんだが、トイレにまでついてくる始末。流石に中までは入ってこないが、入り口で待機をするのは切実にやめて欲しい。
昼食の時間となり、俺がいざ移動しようとするとアサが隣にやってきた。これでは仲間達と合流できない。そのためフミコへアイコンタクトを送ると、俺は彼らとは別々で昼食を取ることにした。最近はこの流れが定着しつつあるのだ。
屋上でアサと共に昼食を取る。俺達から離れた場所では公安のメンバーが集まっており、時折こちらをチラ見してはひそひそと話をしていた。特にフミコとレゼが。
「ねえ、いい加減なんで生きてるかとか教えてよ」
「アサが知る必要はないだろ。そんなことより見ろ、今日は天気がいいぞ?」
「うざ、露骨に話そらさないでよ」
「……お前、結構擦れたな」
昔はもう少し純粋だったんだが。流石に話題逸らしは通じないらしい。そんな事を考えていると、アサが俺を睨みつけてくる。
「私の気持ち分かってる? お母さんが悪魔に殺されて、仲良くしていた一家も全員悪魔に殺されて。私の前から何もかもが無くなったんだよ。ねえ、リュウセは私の気持ち分かってんの?」
「す、すみません」
「リュウセには責任があると思うんだけど。なんで生きてたのに連絡一つ寄越さないわけ? 私ってその程度の存在なの?」
「……違います。ちょっと、忙しかったというか」
「言い訳しないで。どうせ、私なんてその程度の存在だったんでしょ」
鼻を鳴らしたアサが、不機嫌そうな顔でパンにかぶりついた。物凄く……居心地が悪いです。ただ、これは俺が原因なのだ。そのため甘んじて受け入れるのだが、どうすればアサの機嫌を直せるか。やはり、三船センカイのことを話すべきなのか……?
「なあ、俺が生きてるのはある事情があるからなんだ。それで海原リュウセは死んで、俺は三船センカイになったんだよ」
「リュウセは死んでないし。そもそもセンカイってなに? 名前ダサっ」
「名前貶すのは違うだろ!?」
「リュウセの方がかっこいいじゃん。それに見た目はリュウセのままだし」
くそ、駄目だ。当たり前ではあるが、アサは俺の事を海原リュウセとしか見ていない。あまり気乗りしないが、本当の事を話そう。
「アサ、聞いてくれ。俺は……体の半分が悪魔になったんだ。だから生きてる、だから見た目が変わってないんだ」
「……そうなの?」
「そうだ。それで、俺は今公安のデビルハンターとして働いてるんだ。この学校に来てるのも仕事の一環なんだよ」
「じゃあこの仕事が終わったら、また私を置いてどっかに行くわけ?」
「そうじゃなくて──」
「じゃあ私も連れてってくれるの?」
「いやっ、そういう訳じゃないんだが……!」
くそおおお! なんでこんなに悩まなくちゃいけないんだ!! これが俺の罪なのか!? アサが他人だったら、こんなにも悩まないのに!!
俺はうんうんと頭を悩ませ、ただひたすらにアサの言葉に振り回されていた。
サンドイッチを齧るフミコは、恨めしそうな表情でセンカイと三鷹アサを見つめていた。彼らは知り合いのようで、最近はもっぱらあの二人で行動している。そのせいで、フミコはセンカイと関わる事が難しかったのだ。
「もぉ〜! なんでセンカイ君に女が現れるんすか……! 絶対モテないでしょ!!」
「あはは、はっきり言うね?」
レゼの返事を聞き流すフミコは、悔しげに呟くとサンドイッチを頬張る。そして、怒りと焦燥を力に変えて飲み込んだ。
「あとでセンカイ君には、きっちりと問い詰めないといけないっすね……!!」
「程々にしてあげてね……? 彼、そんな悪いことしてないと思うから」
フミコは女学生服のスカートを握り締めると、三船センカイ、ひいては三鷹アサを睨みつけた。
アサの猛攻を無事に凌いだ俺は、マンションの一室へと帰宅していた。ここは学校生活を送る上で借り受けた部屋なのだ。なお、経費削減のためにフミコと同居となっているが、今更そのことに不満を抱く事はなかった。
「今日は一段と疲れたな……」
ソファに深くもたれ掛かった俺は、そう独り言を呟く。そして、目を瞑った瞬間──フミコが俺の上に跨がって来たのだ。
「っおい! なにを──」
「センカイ君。私と真面目な話、しましょ?」
フミコはそう言うと、手首の内側から短剣を伸ばしては俺の首に突きつけてきた。それにより刃先がほんの少し首に食い込み、俺は痛みを覚える。
「……なんの真似だ」
「いや〜、自分でも分かってるでしょ? 仕事放ったらかして、女子高生とイチャイチャしてるじゃないっすか。私はどうかな〜って」
「イチャイチャはしていない。それにアサは知り合いなんだよ」
「ふ〜ん、センカイ君らしくないっすね。どうして突っぱねないんすか?」
フミコがやたらとアサに食ってかかってきた。なんとなく理由は察するが、俺はただ本心を話すしかない。もし誤魔化そうものなら、容赦なく首を刺されるだろうな。
「負い目があるからだ。俺はアサと知り合いだったが、何故か忘れてしまっていた。そのせいで、アサはずっと俺が死んだと思ってたんだ」
「センカイ君は他人に興味がない質っすよね。アサちゃんは他人じゃないんすか?」
「……知り合いだな。あいつとの思い出を語ってやろうか?」
「いや、聞きたくないっす」
フミコは短剣を納めると、俺の両肩に手を乗せてじっとこちらを見つめてくる。そして、口を開いたのだ。
「私はセンカイ君が好き。初めは利用しようと企んでましたけど、いつからかセンカイ君に惹かれてました。他の女には取られたくない、私はそう思ってます」
「なんで俺が好きなんだよ。趣味悪いぞ? デンジやヒロフミと結ばれた方が幸せだろ」
「……私は、皆が思ってるより性格が悪いんです。普通の人とは違うなっていつも感じるんですよ」
フミコはそう言うと、自分の事を語り出した。
「私が小さい頃、近所に仲の良い友達がいたんです。その子は犬を飼ってて、よく大切な家族だと豪語してました。私も彼らと一緒になって遊んでまして、実際に楽しかったです。でも、ある日。交通事故に巻き込まれて犬は死にました。友達はその事に耐えきれなくて、自殺しちゃったんです。センカイ君、もし私の立場だったらどう思いますか?」
「自殺することはないだろ」
「私も同じ考えですよ。死んだのはペットじゃんって思ったんです。なんで犬が死んだ程度でそこまで悲しめるのかが分からなかった。私は自分さえ生きてればいいじゃんって思いました。そこで、自分が歪んでる事に気付いたんです」
「別に、そこまで歪んでないと思うが」
「違うんですよ。私はよく遊んでいた犬が轢かれて死んでも、仲の良かった友達が自殺しても、ああ、自分じゃなくて良かったなって思ったんです。そして、そう思った時。ある悪魔と出会いました」
フミコは語る。悪魔とは性病の悪魔で、もし契約すれば自身が消えることはなくなると。例え何度死のうとも、必ず契約者は生き続けられると。
「私は性病の悪魔と契約しました。その際に処女を失いましたね。それから私はヤリまくって、悪魔の力で三船フミコという存在を増やし続けたんです。今、センカイ君が話してる私も三船フミコではありますが、オリジナルではありません。オリジナルはとっくの昔に死にました」
「なあ、俺が好きな理由を今話してるんだよな? 知りたくなかったんだが」
「……センカイ君には、私の事を全部知って欲しいんです」
フミコが多大な罪悪感を孕んだ表情で俺を見つめてくるが、もし罪悪感を感じてるんだったら今すぐこの話をやめろ。世の中には知らない方が幸せなことが沢山あるんだよ。
「私は出来た人間じゃない。自分が生き続けるためなら、悪魔とセックスしても見知らぬ人とセックスしても構わないんです。そんなだから、普通の人とは相容れない」
「ちょっと待て。その理論で行くと俺が普通じゃないんだが?」
「センカイ君、クズでしょ? 私と同じで。それに、センカイ君はこんな私でも受け入れてくれると思ったんです」
「……これ、受け入れなきゃ駄目なのか?」
勘弁してくれよ。そんなヘビーな話を聞かされた俺の身にもなれよ馬鹿が……!
「今苛ついたでしょ。でも、私の事を気持ち悪いとは思ってない」
「いや、思ってるぞ。悪魔とセックスはドン引きだ」
嘘。フミコはそう一言告げると、俺に軽いキスをしてきた。思わず表情を歪める俺だったが、それとは対照的にフミコは蠱惑的な笑みを浮かべていたのだ。
「センカイ君。私のこと、嫌いになりました?」
「……何も変わらん。お前の過去なんてどうでもいい。そもそもお前のことで頭を使いたくない」
「フフ、そう言うと思ってました」
フミコは今一度俺にキスをした。そして、腰を前後に揺らしては胸元を指でなぞってくる。なんだか嫌な予感がするな。
「ねえ、センカイ君。私とセックスしませんか? 絶対に満足させてあげられますよ?」
「性病の悪魔と契約してるお前とヤってたまるか」
「大丈夫です、最も強い性病の力は純粋な人間にしか効きませんから。それに──もう確定事項です」
フミコがそう言った瞬間、俺の意識は混濁していた。それと同時に体が火照り、動悸が激しくなってくる。俺は視界がぼやける中、何をしたのかとフミコへ問いかけようとした。しかし、その前に俺の意識は途切れたのだ。
──センカイ君、私も自分が好き。
──だから、私も自分のしたいように生きるの。