転生したらプロペラヘッドだった件   作:卍錆色アモン卍

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39過去には戻れない

 

 

 

 夏の日差しが頂点から降り注ぐある日。アサは孤児院から抜け出し、一人の青年と会っていた。

 

 待ち合わせ先の喫茶店で、彼──海原リュウセと合流したアサは早々に席につく。そして、文句を垂れ始めた。

 

「外暑すぎ、今度から迎えに来てよ」

 

「嫌だよ。自転車で二人乗りでもする気か?」

 

「それいいじゃん、今度やろ」

 

「絶対にやらん」

 

 リュウセはそう言うと、アサの頼んでいた漫画を差し出してくる。そのためアサは目を輝かせ、リュウセから漫画を受け取ると読み始めた。

 

 物静かな喫茶店に、ページを捲る音だけが響く。アサは誰かといる時、沈黙には耐えられない質だった。だが、リュウセといる時だけはそんな事などなかったのだ。

 

 アサは漫画から顔を覗かせ、目の前で同じように漫画を読むリュウセを見つめる。わざわざ自分に会いに来てくれる人、自分の名前を呼んでくれる人、文句を言いつつも自分のわがままを聞いてくれる人。アサにとって、リュウセは失ってしまった母親と同じぐらい大切な存在だった。それ故に、淡い恋心を抱いている。

 

「ねえ、リュウセって好きな人いんの?」

 

 アサは思い切って聞いてみた。勿論、本心がバレないように。それに対し、リュウセはただ淡々と答えを返してきたのだ。

 

「いない。そもそも色事に興味がない」

 

「へー。じゃあさ、私を貰ってよ。きっと一人だから」

 

「お前がよければな」

 

 きっと日常会話の延長だとリュウセは思ってるのだろう。だが、間違いなく受け入れられたのだ。アサはその事に胸が高鳴り、思わず赤面をした。

 

 いつの日か結ばれたいな。それで、幸せな家庭を築きたい。そんな純粋な気持ちを抱いていたアサは、これからも続くだろう日常にささやかな幸せを感じていた──。

 

 

 

 時計の音と共に、アサは目が覚めた。まだ時刻は六時前。

 

 アサは寝返りを打つと、夢にまでリュウセが出てきたことに心が乱されていた。あの頃は幸せだったなとアサは独白するが、それももう終わりだ。何故なら、リュウセと再会したのだから。

 

「リュウセ……」

 

 母親を失ってようやく立ち直れたと思ったら、彼さえもアサの前からいなくなってしまった。その時の絶望は計り知れない。アサは一時期、本当に彼らの後を追おうとした。しかし、死の恐怖に打ち勝つ事ができなかったのだ。

 

 これ以上辛い思いをするのは嫌だ。アサは心からそう思い、それと同時にもう二度と大切な人と離れ離れになりたくないと思った。

 

 その時、アサの心に声が響いたのだ。

 

『──海原リュウセ。あの男を“武器”にしたら、さぞかし強いだろうなぁ』

 

「……ヨルは黙ってて」

 

『私の力は教えただろう? 私は私のものを武器に変える力がある。そして、武器にするものの罪悪感が高ければ高いほどより強い武器となる。海原リュウセは、最も武器に適した存在だ』

 

「そんなことしたら、絶対に許さないから!」

 

 アサは、いつの間にか目の前に立っていた女性に叫んでいた。彼女はアサと全く同じ容姿をしており、着ている服までもが一緒だ。唯一の相違点は、顔に大きな傷がある事ぐらいであった。

 

『早くリュウセを手に入れろ。それがお前の望みだろ?』

 

「……ヨルに武器にされちゃうから、躊躇ってんの」

 

『嘘だな。アサは私自身なんだから誤魔化せる訳ないだろ。ただチキってるだけだ』

 

「チキってないし!」

 

『じゃあ何故行動に移さない?』

 

 アサはそうヨルに問われた時、トラウマが蘇った。それはリュウセに告白をした次の日、彼がいなくなってしまったことだ。もし、また告白をして彼がいなくなってしまったら? 今度こそアサは立ち直れないかもしれない。

 

「そんなに急がなくても、リュウセは受け入れてくれるでしょ」

 

『なあ、なんでアサはリュウセが受け入れてくれる前提で話をしてるんだ……?』

 

「はあ? リュウセは私を受け入れるに決まってんじゃん!」

 

『それは分からんだろ。それにアサも知ってるはずだ。リュウセには義理の姉がいる。あいつがリュウセの事を好きなのは明白だ』

 

「ヨルはこう言いたいわけ? リュウセは可愛い幼馴染より、ぽっと出の女を取るって。そんなのありえないから!」

 

『いや、あり得るかあり得ないかを決めるのはリュウセだろ?』

 

「偉そうに講釈垂れないで! 私の方がリュウセに詳しいの!!」

 

 アサは下唇を噛み、やれやれと首を振るヨルを睨みつけた。何故この悪魔はこんなにも偉そうなのか。アサは苛つきながらもそう考える。

 

『そういえば、リュウセは公安のデビルハンターだと言ってたな。アサはその事を探るべきだ。今のリュウセについて知りたいだろう?』

 

「まあね。ていうか今調べてる」

 

『なんだ、そうだったのか』

 

「東高校にやってきた転校生は、リュウセ、三船フミコ、デンジ、レゼ、吉田ヒロフミの五人。彼らは知り合いで、よく一緒に昼食を取ってる。間違いなく公安所属」

 

『ほう、やるじゃないか……!』

 

 ヨルが感嘆するように頷く中、アサはリュウセ達の目的を聞き出す方法を考えていた。そのためには──リュウセにより近づく必要があるだろう。

 

「今日、リュウセの住んでるトコへ行く。そこで公安の目的を聞き出そうと思う」

 

『やけに積極的だな!──ああ、リュウセの部屋に行きたいだけか……』

 

「ち、違うし! 三船フミコとかいう女が、リュウセとどんな関係なのかを探るだけ」

 

 自己紹介の際に、リュウセの義理の姉を名乗っていた女。アサはリュウセと彼女が同棲している可能性を考えると、強く下唇を噛み表情を歪めた。

 

 ──リュウセ……! 他の女にうつつを抜かしてたら、許さないから!

 

 

 

 今日も今日とて俺はアサに付きまとわれていた。しかし、もはや手慣れたものである。

 

 午前中の授業が終わったため、俺はいつも通り屋上でアサと昼食を取っていた。そんな時、アサがある要求をしてきたのだ。

 

「今日、リュウセの住んでるトコ行くから」

 

「え? なんでだよ」

 

「別にいいじゃん。二人で話したい事だってあるし」

 

「……学校でも話せるだろ?」

 

 アサが俺の住んでる所に来るってことは、フミコも当然いる。流石に女物の服が置いてある所にアサを連れて行きたくないんだが。

 

「なに? やましい事でもあるわけ?」

 

「いや、そういう訳じゃないが……」

 

「じゃあいいじゃん。下校時間になったら即帰宅ね」

 

「そんなに急がなくてもよくないか!? そうだ、喫茶店に寄り道してもいいんだぞ?」

 

「それはまた今度でいい。てか、なんでそんなに焦ってんの?」

 

「そりゃ、俺も男だからな。アサにはカッコつけたいんだよ。汚い部屋なんて見せたくない、そういうモンだ!」

 

「……別に、私気にしないし」

 

 俺から目を逸らしたアサは、前髪を触り始めた。なんだその乙女みたいな反応は。しかしまずいぞ、フミコを先に帰らせて片付けをさせるべきか。あとで伝えて置かなければ……!

 

 

 

 時は流れ、俺はアサと共にマンションの一室へと辿り着いていた。結局、寄り道ができなかった。一応フミコが先についているため、部屋は問題なく片付いてるはずだ。

 

 俺は意を決して玄関扉を開ける。そして、目にしたものとは──制服の上にエプロンを身に付けた、フミコであった。

 

「お帰り、センカイ君♡」

 

「……何してんだ、お前」

 

「え? いつも言ってるじゃないっすか、お帰り♡って」

 

「言ってねえだろ! いつも一緒に帰宅してるじゃねえか!!」

 

 何してんだこいつはよぉ! 俺は間違いなく、フミコに大人しくしとけと伝えたはずだ。にも関わらずこの仕打ち。流石に酷過ぎる。

 

「ねえ、リュウセ。早く中に入れてくんない??」

 

「あ、ああ……」

 

 ゴミを見るかのような目線がアサから飛んでくるが、これは俺悪くないだろ……? あと、アサはしれっと俺を殴るな。

 

 フミコの先導のもと、俺達はリビングにやってきた。そしてソファにアサと共に座ると、テーブルの上に飲み物が用意される。勿論のこと、フミコが甲斐甲斐しく働いているのだ。お前普段そんなことしねえだろ!

 

「じゃ、ごゆっくり〜」

 

 フミコは最後にそう言うと、俺に投げキッスを飛ばして寝室の方へと向かっていった。なお、寝室の扉の前には“YES”と書かれたクッションが置かれており、その隣にはドラッグストアで売ってそうな箱が山のように積まれていた。あんのクソアマ……!! マジで許せねえ!?

 

 しかし、俺は気を取り直す。そしてさも何もなかったかのようにアサへ話しかけたのだ。

 

「……それで、俺と何の話がしたいんだ?」

 

「その前にさ、あの女とどういう関係か教えてくれる?」

 

 アサがこちらを見て、これでもかと睨みつけてきた。ほんの少し泣きそうな表情に見えるのは、俺の気のせいではないのだろう。

 

「その、仕事の同僚だ。かれこれ三年ほどの付き合いになる」

 

「……そう。そうなんだ。私とリュウセの付き合いは三年と八ヶ月。私の方が長いじゃん」

 

「あ、ああ」

 

「私の方が長いのに。リュウセは、あの女を選んだの……?」

 

「選んだ訳じゃ……」

  

「──なんで、なんでなの? なんで私じゃないの……?」

 

 アサが泣きだしてしまった。こちらを必死に睨みつけているが、それも弱々しい。俺は思わず手を伸ばそうとしたが、そんな資格など俺にはないのだ。結局、俺はアサに対して何もしてやれなかった。過去も、現在も。

 

「私の方が先に好きだったのに!! リュウセにとって、私は取るに足らない存在だったの……!?」

 

「違う、そんな事は断じてない! 確かに、始めは両親からの言いつけだけあって面倒に感じてた。でも、アサといる時はなんだかんだ心地よかったんだ。だからずっと一緒にいた。これは本当だ!」

 

 アサが涙を流す中、俺は必死に話した。アサと学校の出来事を語らった事、好きな漫画を共有し合った事、自転車で二人乗りをした事、そして、アサに告白された事。あの頃は間違いなく楽しかったと言える。そして俺は嬉しかったのだ。こんな一匹狼でしか生きられない自分を、アサが好きになってくれて。

 

「アサに告白された時、俺は返事を待って欲しいって言ったよな。あれは将来の事を真面目に考えてたんだ。次の日には、アサに返事を返そうと思ってた!」

 

「嘘! じゃあなんでいなくなった後、何も連絡を寄越さなかったの!?」

 

「そ、それは……分からない。忘れてたんだ。何故か忘れてたんだよ……」

 

「最低!!」

 

 アサから平手打ちを貰う。俺は、甘んじて受け入れていた。

 

 どうして、こんな事になったのだろう。俺が武器人間じゃなかったら。三船センカイではなく、海原リュウセのままだったら。アサと楽しい日々を過ごしていたのかも知れない。だが、それはもう無理な話だ。過去には、戻れないのだから。

 

「アサ、海原リュウセは死んだんだ。俺はもう三船センカイなんだよ」

 

「違う! リュウセは死んでない! 今私の前に居るもん!!」

 

 アサはそう言って、俺に抱きついてきた。俺の首に腕を回し、決して離さないと言わんばかりに強く抱き締めてくる。俺はただ、アサの気持ちを受け止めてやることしか出来なかった。

 

 そんな時、アサが顔を上げたのだ。しかし、雰囲気がどこか変わっている。何よりも──顔に大きな傷が浮かび上がっていた。俺がその事を問おうとした時、いち早くアサが口を開いたのだ。

 

「アサの苦しみ、怒り、そして絶望。私はこれでもかと感じたぞ。なあ、海原リュウセ。お前は──“武器”となるべき人間だ……!!」

 

 その瞬間、俺の意識は途切れていた──。

 

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