朝、目覚まし時計の音で目が覚める。俺はツインベルの部分を叩いて音を静め、身体を起こそうとした。しかし左腕が重いためそちらへ視線を向けると、女が抱き着いてじっとこちらを見つめていたのだ。
「おはよう、センカイ君♡」
「オラァ!!」
「いてー!?」
女をベッドに叩きつけ、トイレへ向かった。そこで出すものを全て出し、次は洗面所へ。俺は洗顔料を使って顔を洗うと、用意されていたタオルで優しく拭き上げた。
リビングのテーブルに座る。しかし、未だに朝食が用意されていなかった。そのため俺は舌打ちを漏らす。
「おい、朝食はどうした」
「ちょっと待ってくださいよ〜」
遅れて洗面所から出てきた女が冷蔵庫へ向かうと、ミルクとジャムを取り出した。そしてキッチンに置かれていた食パンを袋から出し、ポップアップトースターに二枚突き刺す。
「はい牛乳、トーストはあと一分ぐらい待ってくださいね」
女から奪うようにコップを持つと一気飲みをする。やがてすぐに中身がなくなったので、俺は冷蔵庫へ向かい牛乳を追加した。
席に戻り、目の前に並べられたジャムを見定める。いちごジャム、ブルーベリージャム、マーマレード、りんごジャム、レモンジャム。合計五つ。
「あと二瓶追加しろ」
「分かりましたよ」
今日は土曜日であり、休日だ。だからといってどれにするかは決まってないが、俺はなんとなくレモンジャムを選んだ。
食パンが焼き上がり、女よりトーストが平皿に乗せて提供される。俺はジャム瓶の蓋を回して外すと、五つあったジャムナイフのうち最も綺麗なものを選んでジャムを掬った。
二回に分けて掬うことが大切だ。一度に取る量は十グラムで、合計二十グラム。ジャムをトーストに乗せたあとは均一に塗り広げるのだが、その際に一分の狂いもないように神経を注いだ。
ジャムナイフを可能な限り綺麗にして平皿に立て掛けると、俺は満を持してトーストに齧り付く。
「六十点。市販の食パンだな。それに買ってから四日は経過してる。次からはパン屋で食パンを買え。もし三日経過したら捨てろ」
「はいはい。じゃあ後で買いにいくっすよ。私と一緒にね」
女へ返事を返すことなく三口食べ、牛乳を流し込んだ。それを何度か繰り返し、俺は朝食を終えた。
午前八時頃。昨日のスーツを身に纏い、俺は女と共にパン屋に来ていた。そして開店と同時に入店し、食パンを購入する。
「他のパンは見ないんすか?」
「食パンを買いに来ただけだ。見る必要はない」
俺は会計を終えて外へ出ていた。しかし、女が来ない。そのため仕方なく待っていると、五分ほど経ってから女は出てきたのだ。
「いや〜、美味しそうだったからつい買っちゃったっすよ〜」
「今食うのか。太るぞ」
「今じゃないっすよ! お昼です〜」
「そんなことより帰る。食パンを早くキッチンに置きたい」
「はいはい」
歩き出すと女が隣に並んだ。そのため、俺は一つ鼻を鳴らすと足を早めたのだった。
昼を過ぎた頃、俺は飛行場にあるプレハブ小屋へと戻ってきていた。鍵が開いていたので中へ入ると、ソファに二人の男女が寛いでいる。
「お邪魔してますよ」
「よぉ。相変わらずムカつく顔してんな」
「ソファに臭いをつけるなよ。捨てる羽目になるからな」
スピアとムチコだ。俺と同じ特異五課の武器人間で、二人はバディを組んでいる。なお今日は休日らしく、俺に会いに行くと先ほど連絡があった。
なんの用かと問えば、一緒に体を動かそうとのことだった。ただしランニングや筋トレなどではなく、殺し合いを所望らしい。俺は了承し、諸々の用事を済ませるとカッターシャツを脱ぎ上裸となった。そして外へ出て深呼吸をする。自然に囲まれたこの場所は居心地が良く、今から汚れてしまうのが残念でならない。
左胸に親指を突き刺す。それと同時にスピアは首の後ろから槍を引き抜き、ムチコは指を鳴らした。
頭部がレシプロエンジンと化し、四肢が武器化する。残りの二人も変化し、人外となっていた。
「それでどうすル。三人で殺し合うのカ?」
「二人ずつ殺し合いましょうか。あとはローテーションを組みます」
ムチコが俺の前に立ちはだかる。殺る気十分といったところだ。俺は一歩前へ出てムチコと相対すると、スピアは空気を読んで距離を取っていた。
「テメェの動きはだいたい分かった。初戦の恨み、晴らさせてもらうぜ」
「負けるつもりはなイ」
ムチコが突貫してきたため、俺もそれに答える。やがて互いの獲物がぶつかり合うと、戦いの火蓋は切られたのだ。
何かと充実した休日を送り、月曜日がやってくる。ちなみに金土日は女の家に泊まることとなった。そのため今日も女の家におり、そこで朝の支度をしているのだ。
俺は姿鏡の前でカッターシャツに腕を通し、ボタンを止めた。次にネクタイを付けると、スーツパンツを履いてベルトを締める。最後に袖をきれいに折りたたんでは捲り、髪を整えた。
「完璧だな」
「自画自賛っすか〜?」
カッターシャツのみを着た女が話しかけてきたので無視をし、俺はリビングのソファへと座った。テレビをつけると悪魔被害の報道をやっている。なんでも三人死んだらしい。
「毎日人が死んでるのを聞くと嫌になっちゃうっすよね〜」
着替え終わった女が隣に座り、体を預けてくる。俺はやめるようにと睨みつけるが、女はこちらに笑いかけるだけ。しまいには腕を絡ませ、空いた手で太ももを撫でてきた。
時計を確認した俺は立ち上がり、玄関へ向かう。そろそろ出勤の時間なのだ。
「行くぞ」
「は〜い」
昨日のうちに磨いた革靴を履き、俺は扉を開けた。そして女を待たずして、エレベーターへと向かったのだ。
今日は快晴とは言えず、雲が所々に浮かんでいる。晴れといったところだろう。相も変わらず操縦席には女が座っており、悪魔処理のために空の旅をしている最中だ。
「今回の目的地は〜信濃川の上流で〜す。フナの悪魔が出たんで〜ぶっ殺しちゃってくださ〜い」
「真面目にやレ」
女に悪魔の能力を聞き出せば、水を操る力があるそうだ。それによって水害を引き起こし、近隣住民に被害が出ているとのこと。
「覚えてます? 川じゃなくて地上で処理するの」
「覚えてル。万が一悪魔の死体を下流に流すと、二次被害が出るんだロ?」
離陸前に女に伝えられていた内容だ。理屈はともかく、面倒くさいことこの上ない。そのことを愚痴れば意外な答えが返ってきた。
「なんか空を飛ぶらしいんで大丈夫っすね」
「……そうカ」
なんだよ空を飛ぶって。悪魔ってのは何でもありだな。俺は自分のことを棚に上げて悪魔を非難した。
大空を悠々と泳ぐフナの悪魔。全長十メートルはありそうなほどの巨体であり、大きな鰭と赤い体色が特徴的であった。
「あれフナっていうか、金魚じゃないっすか?」
「金魚はフナだロ。同じ扱いなんじゃないカ」
太陽に照らされた鱗がキラキラと煌めいており、大きな尾鰭をゆったりと仰いでは空中を泳いでいる。俺は何度か目の前を横切ってみたが、フナの悪魔は無反応だった。どうやら気性の荒い性格ではないらしい。しかし未だに信濃川の上空にいるので、意識を向けさせるために尾鰭を撃ち抜いた。
無事に釣れたようでこちらへやってくる。奴を川から引き剥がすため、山の方へと逃げると素直に追従してきた。
このまま遠くまで移動しようとした矢先、フナの悪魔に異変が起こる。なんと魚特有のギョロついた目玉が膨張し、今にも破裂しそうになったのだ。そしてそのまま爆発するかと思いきや、引き千切れては空に浮かび、はたまた鰭が生えたかと思えば自由に泳ぎだした。それが何度も繰り返され、奴を安全圏まで連れてきた頃には目玉の群れが出来上がっていた。
「普通に気持ち悪いっすね」
普段張り付いた笑みを絶やさない女が、ひきつった笑みに変わっている。俺はそれを見れただけでも満足だ。しかし、数が多いと対処が難しいため、方法を考えないといけない。だが幸いなことに相手は弱い悪魔なので、時間を掛けてでも確実に処理することにした。
機体を反転させてフナの悪魔へ突撃。そして機銃掃射をした。目玉が次々と血を吹いては堕ちていく。順調に数を減らしていくが、フナの悪魔が危機感を覚えたのか目玉を一斉に襲わせてきた。
目玉達は突撃以外の選択肢を持ち合わせていないようで、翼に潰されるかプロペラでミンチにされるかして数を減らす。機体が血まみれになるため、燃料について考えなくていいのは僥倖だ。
それから何度か機銃掃射をして目玉の数を減らした。しかし、フナの悪魔が常に目玉を量産しておりキリがなかった。また、次の一手を取ってきたのだ。
目玉達が二匹、または三匹同士で合体し始める。それによって、体の大きいデメキンと異形のデメキンといった風貌になった。
始めは侮っていたが、二ツ目は単純に硬くなり、衝突する度に速度が落ちるようになってしまった。そして三ツ目は血をレーザーのように発射し機体に傷をつける。もしこれが風防に当たってしまえば、中の女に被害が出るだろう。
厄介だな。俺はそう呟き、頭を回す。数秒考えた結果、本体を叩くという結論が出た。
「今からフナの悪魔に突っ込ム。シートベルトをきつく締めとケ」
「……安全は保証してもらえます?」
「無理ダ」
「……目玉に阻まれて、辿り着けないんじゃないすか?」
「そうだろうナ。この機体は機敏とはいえ無イ」
「じゃあ止めましょうよぉ!!」
「黙レ。なら、機敏な機体になればいいことダ」
変形後の姿を想像して機体を変化させる。エンジンが一回り小さくなり、逆ガル翼がまっすぐに伸ばされては縮む。そして長い後部が短く切り詰められ、二人乗りから一人乗りに変わった。
「えっ? えっ?」
「零式艦上戦闘機、所謂ゼロ戦ダ」
前方から迫った二ツ目を機敏な動きで避け、エンジンを回し最大出力を発生させる。先ほどとは加速力が変わり、襲い来る目玉達を機銃掃射で潰しては避け続けた。
何度も機体を傾け、時には空中で横滑りをしながらフナの悪魔へと迫る。目玉達とは速度の次元が違い、一度追い抜けば再び追って来ることはなかった。
機体が血まみれになる頃にはフナの悪魔は目前であり、俺は女の汚い悲鳴を聞きながら奴の眼窩へと突っ込んだ。一面が赤に染まる中、プロペラを回して突き進む。そして翼を腕に変形させては掘り進み、ついには反対側へと貫通した。
腹を突き破り、再び大空を舞う。後方では大きな穴が開けられたフナの悪魔が地上へ堕ちていき、それに伴い目玉達も次々と堕ちていく。
「終わったゾ」
「はぁ〜、死ぬかと思いましたよ〜」
フナの悪魔を処理したので再び流星へと変形し、飛行場へと進路を変えた。あとは帰投するだけだ。