海原リュウセを抱き締めていた三鷹アサ──ではなく三鷹ヨルは、リュウセを“武器”へと変化させた。それにより人間の姿であった彼は瞬く間に刀剣へと姿を変えられ、ヨルの手に握られたのだ。
“双刃刀リュウセ”。それが、彼の変わり果てた姿であった。
「ッセンカイ君!?」
様子を窺っていたのだろう。フミコが寝室から飛び出してきては、驚愕した表情を浮かべる。だが、すぐさま怒りの表情へ変わると異形へと変貌し、ヨルへ突貫してきた。
「センカイ君に何をしたんですか!! 答えろ!!」
「──私の武器にした。これは、アサを捨てた罰だ……! そして、お前がアサから奪ったんだ!! 惨たらしく死ね!!!」
ヨルは高ぶる感情を力に変え、目にも止まらぬ速さで駆け抜けた。そして、フミコを両断したのだ。それによって彼女は床へ頽れるが、それでもなお諦めずヨルへと迫ってくる。
「こんな事をして、公安が黙っちゃいないですよ……! センカイ君はあの人のお気に入りですからね……!!」
「フン! 負け犬ほどよく吠える」
ヨルは容赦なく双刃刀を振るい、フミコの首を切り落とした。まるで達人のような剣筋を誇るその一刀は、首のみならず床まで切り裂いている。その事実にヨルは唸ると、双刃刀リュウセの出来栄えに思わず感動を覚えていた。
「素晴らしい。これこそが私の求めていたモノだ……!」
ヨルは一度リュウセを抱き締めると、刹那の間に壁を切り刻む。そして、外へと飛び出すのだった。
公安対魔特異課本部の一室。そこで書類仕事をしていたマキマは顔を上げた。そして、小さく呟く。
「“支配”の力が消えた……? どうやら、センカイ君の身に何かあったようだね」
笑みを浮かべることもなく、マキマはそう告げる。やがて携帯電話に着信があったため、彼女はすぐに取った。通話相手はフミコのようだ。
『マキマさん! センカイ君が悪魔に襲撃されました!?』
「フミコちゃん、落ち着いて。センカイ君の身に何があったのか、教えてくれるかな?」
『ぶ、“武器”になったんです! 刀剣になっちゃったんですよ!』
「“武器”……? ああ、なるほど。理解したよ」
一度合流しようか。マキマはそれだけフミコへ伝えると通話を終えた。そして直ちに席を立ち、移動を開始したのだ。
「私の所有物を奪うだなんて、姉には困ったものだね」
目を据えるマキマは、久方ぶりに覚えていた。苛立ちという感情を。
壁の破壊されたマンションの一室へやってきたマキマは、フミコから事情を聴いていた。
センカイを襲ったのは、三鷹アサという名の女子高生。彼女はセンカイの知り合いであり、彼に恋慕していたとか。フミコは彼女の事を人間だと思っていたが、まるで別人のように変わったかと思えば、悪魔の力を使ったというのだ。
それらの話を聞いたマキマは、自身の知識と考察を元に予想を組み立てる。そして、一つの結論を導き出した。
「その三鷹アサちゃんって子は、もう死んでるね。恐らく、“戦争の悪魔”に死体を奪われたんだ」
「えっ? でも……センカイ君とは普通に会話してましたよ?」
フミコの疑問は最もだろう。マキマもまさかこんな方法があるとは思わなかったため、初めは疑問に思ったのだ。
「フミコちゃん、悪魔が人間の死体を乗っ取ると、どう呼ばれるかは知ってるよね?」
「魔人、ですよね」
「その通り。そして前例がないんだけど、恐らく戦争の悪魔は三鷹アサちゃんの意識を残した状態で魔人化したんだ。つまり、人間と悪魔が一つの体に同居してるんだよ」
「そんなことって、できるんですか?」
「存在する以上、できるんじゃないかな」
マキマがそう最後に述べると、フミコが次の質問をしてくる。彼女はまだまだ聞きたいことがありそうな雰囲気だ。
「センカイ君は、元に戻れるんでしょうか……?」
「大丈夫、元に戻れるよ。戦争の悪魔はね、自由自在に武器を作り出しては操れるんだ。彼女の戦い方は、眷属や配下の悪魔達を武器にして常に有利な状態で戦うこと。当然、武器化を解除できるんだよ」
「じゃあ戦争の悪魔を説得すれば、センカイ君は元に戻せるって事ですね。とりあえず、安心しました」
ほっと息をついたフミコが、心底安堵するような表情を浮かべる。だが、すぐさま表情を引き締めるとマキマへ指示を仰いできた。
「これからどうしましょうか?」
「そうだね。高校へ向かわせたメンバーで、戦争の悪魔を探してもらおうかな。もし見つからないようだったら、増援を送るよ」
「大丈夫でしょうか……? 遠くへ逃げられてたら、追えないかも知れません」
「私の予想だけど、戦争の悪魔は何かしら理由があってここに現れたんだ。それに、彼女は性格的に逃げるという選択肢をそうそう取らない。そのせいで──いや、何でもないよ」
マキマは思わず話しそうになった。戦争の悪魔はチェンソーマンとの争いで、体の大部分を食べられ弱体化している事を。もしこの事を話せば、自ずとマキマの出自にも言及されてしまうだろう。それは彼女としては困るのだ。
もし相手がセンカイ君だったら、気兼ねなく話せるのにな。マキマは改めて信頼の置ける部下の事を想い、それと同時に彼を奪った戦争の悪魔に神経が苛立つ。
とっ捕まえたら、抵抗もできないほどに支配してやろうかとマキマが考えていると、フミコがある質問をしてきた。
「マキマさん、センカイ君は過去の記憶を失ってたらしいんですけど、何か心当たりあります?」
「……いいや、無いね」
マキマはただそれだけをフミコに伝えると、部下へ指示を出すために携帯電話を取り出した。
──過去を忘れていた? 私は“支配”しかしていないはず。
──ああ。もしかして、彼かな。
ある路地裏にて、三鷹ヨルは頭を抱えて壁にもたれ掛かっていた。そして苦しげに呻いては、虚空へと向かって叫んだのだ。
「おい、アサ! 私の邪魔をするな!!」
『なんでリュウセを武器にしたの!? 絶対に許さない! 早く体を返してよ!!』
「落ち着け! 武器化は解除できる……! リュウセは死んだ訳じゃない!」
『……いいから、返して!!』
その瞬間、ヨルとアサの意識は入れ替わった。それによって、顔の傷が消える。アサはすぐに双刃刀リュウセを抱き締めると、心の底から戻れと念じた。しかし、アサがどれだけ思いを込めてもリュウセが元に戻ることはなかったのだ。
「なんで、戻んないの……!?」
『フン、戻すにはコツがいるんだ。それに戻してもいいのか? リュウセはアサを捨てた男だ。それならいっその事、武器として使ってやればいい』
「……いい訳ないじゃん!」
『少し考えたな? 言っておくが、アサの考えは筒抜けだ』
腕を組み、こちらを見つめてくるヨルをアサは睨みつけた。リュウセが武器のままなど、アサには認められないのだ。例え自分が選ばれなかったとしても、彼に好意を抱いてるのは純然たる事実なのだから。
『他にも理由はある。リュウセは公安のデビルハンターだ。そして、連れの女は私達が殺した。もう後戻りなんてできない。殺すか殺されるかしか選択肢はない』
「ヨルが殺したんでしょ!? 私を巻き込まないでよ!」
『私とアサは一心同体だ。諦めるんだな』
アサはこれからの人生が碌でもないことを悟る。やがて、全てに嫌気が差した彼女はその場に蹲っていた。
──どうして、私の人生はこうも酷いのだろう。
かつて、アサには横暴な父親がいた。だがある日、母親の手によって事故に見せかけて殺されていた。母が殺した理由は、生活が苦しく浮気をしていたから。
かつて、アサには大好きな母親がいた。しかし、台風の悪魔に襲われた際にアサを庇って亡くなってしまった。母親は、純粋にアサを愛してくれていたというのに。
かつて、アサには恋心を抱く人がいた。母親を失って傷心していたアサに、寄り添ってくれた大切な人。きっとこれからは楽しい人生が待っているのだろう。アサがそんな事を思っていた矢先、彼はいなくなってしまった。
時は流れ、アサは高校生となる。友人や彼氏といった存在はなく、ただ孤独に彼女は生きていた。だがそんな時、アサは謂れもない恨みを買い同級生に殺害されたのだ。その理由は、好きな人がアサに好意を寄せていたから。ただ、それだけ。
そこでアサの人生は幕を閉じた。アサ自身もまた、その顛末を受け入れていた。しかし、彼女には後悔があったのだ。それは──もう一度、人生をやり直したい。また、母親と会いたい。彼とどうしても会いたい。
二度と叶わない願いだとしても、アサは死の間際に強く願い、そして──。
──“生きたいのなら、その体を貰うぞ”。
戦争の悪魔と出会ったのだ。
アサは、目の前で不貞腐れたように立ち尽くすヨルを見つめる。これからの人生は滅茶苦茶だが、彼女のおかげでリュウセと再会できたのだ。なら、もう少し頑張ってみてもいいかもしれない。アサはそう考えた。
「ねえ、私はリュウセと共に生きたいの。ヨルの目的を教えてよ」
『私は、かつてチェンソーマンという悪魔に敗北した。その恨みを晴らすためにやってきたんだ。だが……』
「何? はっきり言って」
『くそ、お前のせいだぞ! アサの感情が私に侵食してくる。そのせいでお前と似たような事を考えてしまう!!』
「そんなの知らないし……」
『チェンソーマンをぶっ飛ばす、これは確定事項だ。だが、それと……アサ、お前とリュウセをくっつける。お前が感じた絶望はあまり心地が良くない。お前が楽しく感じてなければ、私も気が滅入るからな』
「……なにそれ」
アサは自分を気遣うヨルに、ほんの少しだけ照れていた。しかし、その感情は全てヨルに伝わっているのだ。そのためか、ヨルがアサをからかってきた。
『いずれ、お前にはリュウセと幸せな毎日を送ってもらおうか。そうだな、朝はおはようのキスから始まり──』
「ちょっとやめてよ!?」
ヨルが恥ずかしげな事を滔々と語り始める。そのためアサは必死に止めようとするのだが、そもそも実体がないためヨルを止められない。
そんなこんなで路地裏で暴れていたアサは、一人の人影がこちらへやってきていることに気付いた。アサとヨルは共にそちらへ振り向き、警戒をする。
やがて、姿を現したのは──女学生服を身に着けた、レゼであった。
「ありゃ、意外と元気そう?」
「……私を殺しに来たって訳? 言っとくけど私は殺されないし、リュウセも渡さないから!」
「待って待って! 私はさ、アサちゃんとお話がしたいんだよ!」
双刃刀を構え、すぐにヨルと切り替われるようにしていたアサは拍子抜けをした。てっきり命の奪い合いが始まるかと思えば、レゼが両手を上げて降参のポーズを取っていたのだ。
「アサちゃんが辛い思いをしてたら寄り添おうと思ってたんだけど……アサちゃんって強いんだね。少し、妬けちゃうな」
「知った気にならないでよ! 今だって辛いんだから!」
「ごめん……! それで、私ね。酷い人生送って来たんだ。アサちゃんもそうでしょ? だから……一度お話しない? きっと、アサちゃんの力になれると思うんだ」
レゼが懇願するような表情で訴えかけてきた。どうするべきかとアサが逡巡していると、ヨルに相手にする必要はないと囁かれる。しかし──アサは、レゼに乗ることにしたのだ。
『アサ……! これは罠だ! 間違いなく増援を呼ばれるぞ!!』
「私もそう思う。だけど……あの人は、信じてもいい気がする」
『そんな曖昧な……!』
ヨルの言葉を聞き流したアサは、レゼの瞳を見つめる。そこには酸いも甘いも噛み分けたような、達観した感情が浮かんでいた。しかし、その裏に隠された純真さをアサは感じ取っていたのだ。