薄暗い部屋の中、俺は段々状になった客席の中央付近に座っていた。自分以外に人影はなく、孤独に感じる。しかし、特段不安に思うことはなかった。何故なら、前方にある巨大なスクリーンにアサとレゼが映し出されていたからだ。
俺はいつの間にか映画館にいた。恐らく、幻のようなものなのだろう。よく分かってないが。
特にやることもないので、俺はアサとレゼの会話を静かに聞いていた。どうやら、互いにこれまでの人生について語り合っているらしい。どちらも中々に辛い人生を送ってきたようで、あまり聞いていて心地の良いものではなかった。
アサ、本当に申し訳ないと思ってる。俺がもっとアサに関心を持っていれば、ほんの少しでも力になれたかもしれないのに。結局、俺は自分の事しか考えられない男だった。でも、少しでも変わる努力をしてみるよ。俺は、自分を変えてみたいと思ったんだ。
レゼ、お前の人生ハードモード過ぎるだろ。血の繋がった家族は存在せず、名前すら与えられない。幼少期から国家に尽くす兵士として教育され、道具のようにぞんざいに扱われてきた。そんな事実、俺は知りたくなかった。でも、レゼはいつも元気に振る舞ってるよな。今のお前は生き生きとしているように思う。願わくば、幸せに生きて欲しい。
二人の人生を知った時、俺のメンタルはボコボコであった。鬱といってもいい。だが、これこそが他人に興味を持つと言う事なのだ。ならば受け入れよう。俺は自分の事だけじゃなく、フミコやアサの事をもっと知りたいと思ったのだから。
それはそれとして、俺は気分が滅入ったので背もたれに深くもたれ掛かっていた。そんな時、いつの間にか現れた異形の男がこちらへやってきていたのだ。
公安のスーツを身に纏った、一人の武器人間らしき人物。彼は手足が普通の人間ではあったが──頭部が巨大なレシプロエンジンと化していた。それは胴体にまで食い込んでおり、明らかにバランスの悪い風体であったのだ。
『こうして、お前と会うは初めてだナ。オレは──“プロペラの悪魔”ダ』
「……とりあえず、座れよ」
俺は彼の正体をなんとなく察していた。なにせ俺の心臓となっている悪魔なのだ。初めは驚いたものだが、彼から敵意を感じることはなかったため俺は慌てなかった。
プロペラの悪魔が隣に座り、静かにアサとレゼの会話を聞く。そんな時、彼が口を開いた。
『リュウセ、すまなイ。オレの力がなければ、お前は普通の人間として生きられたのニ』
「いきなり何だよ。もしかして負い目でも感じてるのか?」
『お前の、三船センカイとしての人生をずっと見ていた。お前は楽しそうにしていたが、実際はどうなんダ。海原リュウセで在りたかったとは、一度も思ったことはないのカ』
プロペラの悪魔はやけに感傷的であった。恐らくだが、人間である俺の心に引っ張られているのだろう。俺はそんな事を考えつつも、彼に返答をした。
「もしも人間のままだったら。ああ、確かに最近考えたよ。だがな、俺はお前のおかげで人生が大きく変わったんだ。どこにでもいる脇役から、主役になったような気分を味わえたんだよ」
俺は初めてプロペラの悪魔の力を使った時、興奮を覚えた。そして、この力を振るえる者は自分しかいないと、この力を持つ自分は特別なんだと思えた。やがて時が経ち、俺はマキマさんを始めとした、特異五課のメンバー達と出会うことさえも出来たのだ。
「お前と出会えた事に後悔なんてない。寧ろ感謝してるんだ。お前のおかげで俺は変われた。そして今もまた、俺は変わろうとしてるんだ」
『リュウセ……そう言ってくれて、ありがとウ』
プロペラの悪魔が感謝を伝えてきた。その後、彼は自分の事を語らせて欲しいと言った。そのため、俺は了承をしたのだ。
意を決したように、プロペラの悪魔が語り出す。どうして──俺の心臓になったのかを。
『オレは軍艦の悪魔の眷属として、ずっと地獄で戦ってきタ。時に大きな戦果を上げては軍艦に褒められ、時に大怪我を負っては軍艦に心配されたりと、オレは軍艦の悪魔とは切っても切れない関係だっタ。勿論、それ自体が嫌な訳じゃなイ。オレを見てくれる人がいるんだからナ』
一度話を区切った彼が、再度口を開いた。
『だが、オレの世界は限りなく狭かっタ。時折思ってたんダ、他の生き方をしてみたいト。しかし、そんな事を軍艦の悪魔に知られたら、きっと彼女は悲しム。オレは迷いに迷っタ。そして、それが仇となってしまったんだろウ。オレは海の悪魔の眷属に致命傷を負わされ、死にかけてしまっタ』
プロペラの悪魔は語る。その後、軍艦の悪魔によってどうか生き延びて欲しいと願われ、現世に送られたと。そして、現世にやってきた彼は知ったのだ。人間の世界を。
『未知の世界が広がっていタ。オレは思わず興奮をして見て回ったヨ。そして、幾許かの時が経ったある日。──お前の両親と出会ったんダ』
──彼らは、自分の子供が出来ない事に苦悩していた。
──彼らは、悪魔と契約してでも子供が欲しかった。
『オレは迷ったが……人間として生きてみたいと思っタ。だから、彼らと契約を結んだんダ。正直なところ、契約できるかは不安だったが──無事に履行されタ。二人の命と引き換えにナ』
「嘘、だろ……?」
『本当サ。契約内容は、母親が子供を一人孕むこト。その代わりに、オレが子供の心臓となル。そして子供が十八歳となった時、両親の命と引き換えにオレの力が覚醒すル。リュウセ、お前はショックかも知れないが……これがお前の原点なんだヨ』
俺は放心してしまった。そんな事があって、俺は生まれたのか。だから、俺は転生なんてしてたのか。きっと悪魔の力が働いたのだろう。それで俺が選ばれたんだ。
もっと、今世の両親に関心を持っておくべきだった。俺にいつも優しく接してくれていた母親に、俺と対話をしようと時間を作ってくれていた父親。俺は……何もかもを間違えていた。彼らにとって、俺は己の命よりも望まれた存在だったのに。
「すまない……母さん、父さん。もし生まれてきたのが俺じゃなかったら、もっと幸せだっただろうに……!」
『リュウセ、悔やむ必要はなイ。彼らは幸せだっタ。お前が十八歳となる前日、彼らは満足そうな表情を浮かべていたヨ』
俺は涙が止まらなかった。こんな自分に、無償の愛を捧げてくれた両親を失った悲しみに。そして、どこまでも愚かな自分に。
俺は変わらなければならない。もう二度と、こんな後悔をしたくはないから──。
ようやく涙が引き、心が落ち着いてきた頃。プロペラの悪魔が躊躇いながらも、俺に話しかけてきた。
『それでだナ……リュウセは、過去の記憶を失っていただろロ?』
「ああ、お前が何か関係してるのか?」
『怒らないで聞いてほしいんだが、それはオレが原因なんダ……』
プロペラの悪魔が大変申し訳なさそうにしている。というのも、先程から身じろぎが凄い。なんというか懺悔をしそうな雰囲気だった。
『リュウセが武器人間として覚醒した後、オレは不安だっタ。もしオレの存在が拒絶されたらと思うと、怖かったんダ』
「それで俺の記憶を消したのか。悪魔には、そんな便利な力があるんだな」
『いや、無イ。その……お前が寝てる間に脳味噌を食ってタ』
「何してんだお前!?」
『仕方ないだロ! これ以外方法が思いつかなかっタ!!』
「だからって人の脳味噌食うなや!!」
コイツ信じられねえ! 曲がりなりにもお前の契約者の子供だぞ!? お前の半身なんだぞ!!?
「お前っ、この野郎!! お前のせいで俺はアサにマジビンタされたんだぞ!? そのこと分かってんのか!?」
『悪かったと思ってル!! オレはお前の心臓なんダ! 嫌というほど理解してるっテ!!』
「嘘つけぇ! なら好意を寄せられてた女に泣きながらビンタされてみろや!! 痛ぇよ! 心が!!」
『相当リュウセに響いたんだよナ! 分かってル、分かってるかラ! 一旦落ち着いテ!!』
俺は席を立ち、プロペラの悪魔に掴みかかった。そんな中、彼は必死に俺を宥めようと言葉を掛けてくる。だがそんなことで! 俺の怒りが収まるわけねえだろッ!!
プロペラの悪魔に殴る蹴るの暴行を加えた俺は、どっかりと椅子に座っていた。流石に暴力は辞さなかった。こいつのせいでアサとの関係が拗れたんだ。この程度の報いは受けて当然だろう。
『お前、容赦なさ過ぎだロ……』
「うるせえ。そんなことよりどうやってここから出るんだ」
『ああ、そういえば現状を説明してなかったナ。まずは、リュウセを取り巻く環境から教えてやろウ──』
その後、俺は知った。アサは戦争の悪魔に死体を奪われた魔人であること。三鷹ヨルこと戦争の悪魔が、フミコを一度殺害したこと。俺が武器になった影響で支配の力が消えたため、間違いなくマキマさんが動いていること。
それらを静かに聞き終えた俺は、ただ一言呟いた。
「やめてくれ、降参だ……」
『彼女達はリュウセを巡って争ってル。これを止めるためには、お前が動かなきゃならなイ。覚悟を決めるんダ』
「……そうだな」
俺は変わると決めたのだ。なら、プロペラの悪魔の言う通り覚悟を決めよう。しかし、プロペラの悪魔とは言いづらいな。
「なあ、お前の名前を考えてやろうか?」
『いや、長かったらプロペラでいい。ただ、その代わりに……オレとお前で、“三船センカイ”と名乗らせてくれ』
「何当たり前なことを言ってんだ。俺は元より、そのつもりだったぞ?」
『なんだ、そうだったのカ。そいつは聞いて悪かったナ』
俺とプロペラは顔を見合わせると、共に笑い合った。それと同時に、幻であった映画館が崩壊していく。もうここに用はないのだ。俺の向かうべき場所は、幻想なのではなく現実なのだから。
なあ、プロペラ。お前と会話が出来て本当によかったよ。また、会おう。
──リュウセ。あなたを一人にさせてごめんね。
──でも大丈夫。お前は強い子だ。
──私達は、いつまでも願っているよ。
──リュウセが、空高く羽ばたいていくことを。