微睡んでいた意識が急速に浮上していた。やがて俺の視界は明瞭となり、路地裏を捉えたのだ。
周囲を見渡すと、驚いた表情を浮かべるアサとレゼが立っていた。俺はただ無言でアサの前へ移動をすると、優しく彼女を抱き締める。そして、アサに思いの丈をぶつけた。
「──アサ、すまん。俺が間違ってた。海原リュウセは死んじゃいない。今を生きてる。そして、アサだって死んじゃいない。今を生きてるんだ」
「いきなり、何なの……。勝手に戻ったと思ったら、今更私の事を気にし出して。前もそうだったよね。私の前から、勝手にいなくなってさ……!」
「反省してる」
「リュウセっていつも自分勝手! その自覚あんの!?」
「ある。そのせいで、俺は大事なもの取りこぼした。だから……しっかりと向き合うことにしたんだ」
俺はアサの瞳を一心に見つめ、本心を語った。
「俺はアサを失いたくない。またアサと笑い合いたい。昔のようにとはいかなくても、またアサと共に生きていきたい。……駄目か?」
「──駄目な訳ないじゃんっ……! 馬鹿! 気付くの遅すぎ!!」
アサが涙を流しながら、俺を強く抱き締めてくる。それに答えるように、俺もアサを決して離さないようにと強く抱き締めた。
「ずっと、孤独だった……! ずっと、誰かの温もりが欲しかった! リュウセ。もう二度と、私を一人にしないで……」
「アサを一人になんかしない。俺が、ずっと側にいる」
嗚咽を漏らすアサの声が、路地裏に響いていた。物悲しい雰囲気ではあったが、間違いなく俺とアサは未来へ向けて前進したのだ。
俺達は、過去を乗り越えて生きていきたいと思ってる。その願いが叶うことを、二人で祈ろう。
アサが落ち着いてきた頃、俺は彼女から離れようとした。その時、路地裏に声が響いたのだ。それと同時に、金属を擦る音が鳴り響いた。
「センカイく〜ん。感動の再会、おめでとうございま〜す……!」
金属バットを地に擦り付けながらやってきたのは──青筋を浮かべたフミコであった。間違いなくキレてる……!? 原因は俺とアサが抱き合っていることだろう。これは非常に不味い展開だ!!
「フミコ……! 今いいところなんだ! ちょっと待ってくれ!!」
「待つわきゃねえっすよねえ……!?」
「──私もいるよ、センカイ君」
突如として聞こえた声。俺が背後へ振り返ると──マキマさんが立っていた。それもすぐ近くに。
「マキマさぁん!? お疲れ様です!!」
「お疲れ様、センカイ君。それで、随分と大変な目に遭ったようだね? 大丈夫、私が助けに来たよ」
俺に微笑むマキマさんは相も変わらず美しいが、今は安堵よりも緊張が勝っているぞ……! とりあえず、二人からアサを庇わなければ!
「フミコ、マキマさん……! 一度落ち着いてくれ。アサはそう悪くないんだ!」
「そうだよ、一旦落ち着いて!」
レゼが俺達の味方をしてくれている。本当にレゼは聖人だな……!
「ふ〜ん。まあ、私を殺したのはアサちゃんじゃなくて戦争の悪魔ですし? その点はいいですよ。──でもねえ! センカイ君と仲良くしてる所が気に食わないっす!!」
「それはお前の私情だろ!?」
「だからなんすか! 戦争の悪魔を確保するのが私達の役目でしょ!!」
「ぐっ!?」
フミコに痛いところを突かれてしまった。そうなのだ。俺達公安は戦争、飢餓、死の悪魔の情報を集め、彼女達を確保するのが最優先目標。戦争の魔人であるアサを捕らえるのは、必然なのだ。
「──先程からごちゃごちゃと。私を悪者扱いとは、些か気分が悪いな」
その時、アサの顔に傷が浮かび上がると雰囲気が変わっていた。間違いない。彼女こそが戦争の悪魔だ。
「おい、それ以上私達に近づくなよ? もし近づけばリュウセを武器にする。言っておくが、元に戻せるのは私しかいないからな」
「おい! 状況を悪化させるな!?」
「リュウセは黙ってろ。それとお前の右手が私のお尻に当たってる。少し気になるから、ずらしてくれないか?」
「あ、ああ。すまん……」
ずっとアサと抱き合っている状態のため早く離れたいのだが、戦争の悪魔こと三鷹ヨルが離してくれない。そのせいで、フミコとマキマさんの機嫌がどんどんと悪くなっていっている。誰かー、助けてくれー!?
もはや打つ手なしかと思われたその時。俺達に救いの手が差し伸べられた。
「全員動くな。もし動けば──クァンシが対処する事になる」
「ん……」
なんと、岸辺とクァンシがやってきたのだ。俺は思わず二人を拝んでしまった。本当にありがとう、岸辺、クァンシ……!!
「マキマ、お前らしくないな」
「……そんなことはありませんよ」
そう岸辺と会話を交わしたマキマさんは、一度息をつくと俺達に歩み寄ってきた。そして、戦争の悪魔へと話しかける。
「悪いようにはしないから、一度ついてきてくれないかな?」
「フン! 私が人間の指示に従うわけが無いだろう!!」
「“センカイ君を離しなさい”」
「どわー!? 体が勝手に!?」
恐らく呪言の悪魔の力を使ったのだろう。ヨルは俺を離すとその場で直立をした。そして、マキマさんの指示に従って彼女と共に去っていったのだ。
「マ、マキマさん! 俺も同行していいですか!!」
「いいよ。ついてきて」
「センカイ君が行くなら、私もついてくっすよ!!」
俺はフミコと共にマキマさんを追いかけ、やがて彼女に追いつくのだった──。
激動の日々から数日後、俺は東高校の屋上でフミコとアサと共に昼食を取っていた。そんな時、フミコが口を開いたのだ。
「センカイ君、いい加減はっきりして欲しいんですけど。どっちを選ぶんすか?」
「……選ぶって、なんだ?」
「リュウセ、とぼけないでよ。この女と私、どっちを選ぶのかって話!」
俺はこれでもかフミコとアサから見つめられたため、小さく笑みを浮かべた。そしてその場で立ち上がり、二人に背を向ける。
「──今日は、天気が良いな」
「はあ? なに話逸らしてんすか!!」
「ちょっとリュウセ! こっち見なさいよ!!」
「……天気が、良いよな」
頭上に広がる青空。それは何処までも澄んでいて、自分がちっぽけな存在だと教えてくれる。そして時折心地良い風が吹いては、俺の頬を優しく撫でていった。
なんて気分が良いのだろう。きっとささやかな幸せってのは、こういう事を言うんだろうな。
なあ、プロペラ。お前と出会えたこと、お前と話し合えたこと。俺は本当に感謝してる。でも……俺の記憶を消したこと、一生恨むからな! 今も映画館から俺の事見てんだろ!? なあ!!
──強く生きろヨ、リュウセ。
──オレはずっと、お前の事を見ているゼ。
戦争の魔人編、終了