時は少し遡り、戦争の魔人こと三鷹アサを確保した翌日。俺はマキマさんの執務室で、彼女と会話をしていた。
既にアサの処遇については聞き終わっているため、俺は内容を知っている。そしてその内容とは、反抗の意思を持たないようにマキマさんが支配をする。ただそれだけだ。
しかし、そのおかげでアサはこれまで通りの生活を送れるのだ。無論、戦争の悪魔とは体を共有しているのでそれなりに苦労するだろうが、そこは二人三脚でアサには頑張ってもらいたい。
「戦争の悪魔は、無事にこちらへ引き入れられたね」
「まさか知り合いが、戦争の悪魔に体を奪われていたとは思いませんでしたよ」
「三鷹アサちゃん。随分と、センカイ君の事が好きみたいだね?」
「……男冥利に尽きるというものです」
笑みを浮かべたマキマさんが俺をからかってくるが、正直なところ勘弁して欲しい。俺を取り巻く環境はかなり複雑なんだ。
「それにしても、説明するまで私に気付かないなんて。戦争には困ったものだよ」
「当たり前のことですが、悪魔の性格も十人十色ですね」
「三女は短絡的な性格で、あまり頭が良くないんだ。そのせいで、昔は苦労させられた……」
そう言ってため息をつくマキマさんは、なんとも言えない哀愁を漂わせていた。詳しくは知らないが、かつては相当苦心していたのだろう。
この時、俺は他の四姉妹について知りたくなった。そのため、マキマさんに聞いてみることにしたのだ。
「飢餓の悪魔は、どんな悪魔なんですか?」
「折角だし、教えておこうか。飢餓はね、いつも不安そうにおどおどしているのに、周りの空気を察せられない性格なんだ。その癖、自己評価だけは凄く高い。そのせいで他の悪魔と仲良く出来なくて、いつも彼女を慕う悪魔達と遊んでるんだよ」
「なんというか、随分と個性的な性格をしてますね……」
「はっきり言って社交性が無いね。あと、飢餓はよく死の悪魔に張り付いてたかな。戦争にイジメられてたことも、多々あったね」
マキマさん、容赦がない。そして戦争の悪魔が一番の問題児だ。
こうして考えてみると、頼りない次女、元気な三女、真面目な四女といった構図になる。なら、長女はどうなんだろうか? 俺がその事を聞こうとした時、マキマさんに急用が入ってしまった。そのため、話はまた今度ということになったのだ。
「じゃ、センカイ君。お仕事頑張ってね」
「はい、マキマさんも頑張ってください!」
マキマさんが外出の準備を始めたので、俺は彼女の邪魔にならないように退出したのだった──。
朝、フミコと共に登校をすると校門前にアサが待っていた。いつもの事なので、俺は学生帽子を深く被り可能な限り目立たないようにする。
「リュウセ、何隠れようとしてんのよ」
「違う、他の奴らに見られるのが嫌なんだ。アサは、俺が陰でなんて言われてるか知ってるか……?」
「知らないけど」
「スケベ野郎だよ!!」
女子二人を侍らした男子学生なんて、目立つに決まってる。それも女子が白昼堂々と男を取り合おうとする始末。そのせいで、俺は女子学生からは軽蔑、男子学生からは嫉妬をされる立場なのだ。
俺の蔑称は現在進行系で増えており、スケベ野郎の他には、プレイボーイ、すけこまし、東校のドン・ファンなどがある。誠に遺憾だ。俺は普通に傷付いてるよ……。
教室へとやってきた俺は、クラスメイト達に挨拶をしながらも自分の席につく。一応、クラスメイト達からはそこまで敵視をされていない。恐らくだが、俺が無難に高校生活を送っているからだろう。もしくは、フミコとアサに問題があると思われているのか。
何はともあれ、俺は嫌がらせを受けることもなく平穏な学生生活を送ることが出来ていた。
2-Cの教室。吉田ヒロフミは、ホームルームの時間が近づいてきたため静かに席についていた。時折、仲の良い女子に手を振られるので彼は笑みを浮かべて手を振り返す。
ヒロフミがそんなことをしていると、担任の佐藤先生がやってきた。しかし、いつもと様子が異なっている。というのも彼女は転校生を引き連れてやってきていたのだ。
「皆〜、今日から2-Cの一員となるキガちゃんよ〜。仲良くして上げてね〜?」
「キ、キガです。こんな事を言ってしまっていいのか分からないのですが……皆さん、とってもカワイソウです!!」
「こらこら〜。相手の事をしっかりと考えてから、発言しましょうね〜?」
「ヴ、ヴウウウ〜!! ウヴヴ〜!」
ヒロフミは、自身の人差し指を噛みながらも涙を流す転校生を見つめる。彼からすると彼女は非常に個性的に見え、付き合いの難しそうな雰囲気であった。しかし、ヒロフミにはそれ以上に気になる事があったのだ。
「キガ? いや、流石に偶然かな……」
もしや飢餓の悪魔? いやしかし、そんな分かりやすい訳がない。これはブラフか? 何かしらの意図が、彼女に含まれている可能性を考えるべきなのかな。
顎に手を添えたヒロフミは必死に頭を回す。しかし、やはり情報が足りない。まずは公安のメンバーに彼女の事を共有して、指示を仰ぐべきだろうか。そう考えた彼は、ホームルームが終わると同時に席を立っていた。
午前中の授業が終わったので、俺は公安のメンバーと共に昼食を取っていた。勿論アサも参加をしており、場所は屋上である。
「転校生のキガ……確かに怪しいな。性格がマキマさんから聞いた内容とおんなじだ」
「どうします? マキマさんに報告をするっすか?」
「その前に一つ確認しておきたい。アサ、戦争の悪魔に聞いてみてくれないか? あれは飢餓の悪魔なのかと」
俺の要望に対してアサは頷くと、顔に傷が浮かび上がった。どうやら、戦争の悪魔本人から聞けるようだ。
「あいつは飢餓の悪魔で間違いないだろう。昔はよく一緒に遊んでたものだ。それとリュウセ、私のことはヨルと言え。他人行儀で呼ぶんじゃない、寂しいじゃないか」
「す、すまん」
ヨルに笑いかけられた時、俺はフミコに脇腹をど突かれ、いつの間にか入れ替わっていたアサに冷めた目で見られた。これ、俺が悪いんですかね。
その後、マキマさんに指示を仰ぐとキガと仲良くなるように命令を受ける。なんでも、遥か昔の飢餓の悪魔は強かったのだが、今はそれほど脅威ではないというのだ。しかし注意点が一つあり、それは彼女を慕う三体の悪魔に気を付けること。彼らは飢餓の悪魔の友人兼配下であるらしく、もしも暴れたら甚大な被害が出るとのことだ。
俺はこれらの事を仲間達に伝えると、すぐさま作戦を立案した。その名も、飢餓の悪魔お友達大作戦。内容は単純で、俺達が順番にキガへ話しかけに行って仲良くする。ただそれだけである。
東高校の二階にある女子トイレ。そこの個室でキガは項垂れていた。彼女は、姉に友人をもっと作るようにと言われたのだ。そして彼女の手によって、強制的に現世へと送られてしまった。
「ヴウウ〜! どうして、能力の高い私がこんな目に……!」
『元気出して、キガちゃん!』
いつの間にか、キガの目の前には黒猫がいた。しかし体が半透明である。キガはそのことに疑問を抱くこともなく、彼女へと話しかける。
「リーちゃん。いつになったら、私は地獄に帰れるのかな……?」
『それはキガちゃんのお姉さん次第だよ』
「ギヴウウ〜!!」
『泣かないで! お姉さんは言ったんでしょ? お友達を作るようにって。なら、この機会に頑張ってみようよ!』
「……でも」
キガは躊躇うが、リーちゃんが励ますように声を掛けてきた。そのおかげで、キガは多少なりとも元気を取り戻したのだ。
『私だけじゃない。ゲーちゃんとウーちゃんだっている。もし困ったことがあれば、いつでも私達を呼んでね!』
そして、リーちゃんは最後にこう伝えてきたのだった。
──私達は、貴方に救われたから。次は私達が救う番だよ。
──キガちゃん。たとえ命を賭しても、守ってあげるからね。