午前中の授業が終わりを迎えたため、デンジはレゼと共に廊下を歩いていた。行き先は2-C。そこに在籍している飢餓の悪魔ことキガと、デンジは友好を深めようとしているのだ。無論、これはセンカイの立案した作戦の一環である。
「デンジ君、何か手はあるの?」
「あるぜ。俺ぁこいつを持ってきた!」
レゼの疑問に対し、デンジは自信満々に答えた。そして、両手に抱えていた物をレゼに見せる。それは風呂敷に包まれた、大きな弁当箱であったのだ。
「こいつはアキに作らせた特製ステーキ弁当だ! めっちゃ良い肉を使ったって聞いてるぜ!」
「へえ〜! 昼食の時間だからこそ実行できる作戦だね。流石はデンジ君、天才!」
「ヘヘ、まあ〜な!」
レゼに煽てられて気を良くするデンジ。彼はこれさえあれば、キガと仲良く出来るだろうと考えていた。何故なら、もしも自分がステーキ弁当を分けてもらえたら相手とはもうマブダチだからだ。
デンジは期待を胸に前へと進んだ。きっと、うまく行くだろうと信じて。
デンジのステーキ弁当に釣られたキガは、屋上で彼と共に昼食を取っていた。その最中、デンジの連れであるレゼが何度も話しかけてくる。
恐らく、私と友達になりたいのだろう。そう思ったキガは、特別な自分に相応しい殊勝な心掛けだと気分を良くしていた。
「私の為にステーキ弁当を用意するとはやりますね!」
「おう! ただ、俺の分も残しといてくれよ……?」
「それはできません。能力の高い私が、最も多く食べるべきなので」
「何でだよぉ〜!?」
デンジから悲しみの目線が送られてくるが、キガは気にもせずステーキ弁当に食らいつく。やがて、全てを平らげた彼女は満足そうにお腹を撫でるとデンジを指差した。
「よくやりました。今日からあなたはキガのお友達です! 明日から、毎日ステーキ弁当を持ってきなさい!」
「え〜!? 毎日は無理だぜ!?」
「それなら、焼肉弁当で勘弁してあげましょう。私は寛大ですから!」
自信ありげに胸を張ったキガは、レゼに怒られてしまった。流石に酷いと。それによりキガの涙腺は緩み、涙が溢れてしまう。
「グヴウウ〜! 何故ですかぁ……!」
「わー!? 泣かないで! キガちゃん、お友達っていうのはね? お互いに尊重をする関係なんだよ。キガちゃんが美味しいって思えた時は、デンジ君にも共有してあげないと」
「尊重……? この私が人間に? それは難しいです」
「う、う〜んそうかあ。困ったなあ〜?」
「レゼ! ここは一時撤退だあ!!」
デンジが手早く弁当を片付けると、レゼの手を引っ張って去っていった。屋上でただ一人、取り残されたキガ。彼女は寂しさからか、涙を流した。
「ヴウウ〜! 私は結局一人……! どうして、こんなにも上手くいかないんですか!」
『キガちゃん! あの人間の言葉を少し思い出してみて!』
「リーちゃん……分かった」
いつの間にか隣にいたリーちゃんの指示通り、キガはレゼの言葉を思い出すことにした。
確か、彼女はお互いに尊重をする関係こそが友達だと言っていた。キガがそう思った時、リーちゃんが口を開いたのだ。
『私も人間に対して思うところはあるけれど、全ての人間が嫌いな訳じゃない。それと考え方は似ていて、友達とは特別な存在、つまりは嫌いになれない存在なんだ。そこに人間だからとか、悪魔だからとかは関係ないんだよ。キガちゃんは、私達のことを下に見てる?』
「見てない! リーちゃん、ゲーちゃん、ウーちゃんは私とおんなじだよ!」
『そう、私達は対等。だからお互いに尊重出来るんだ。キガちゃん、今度は相手が人間だからとか、気にせずに接してみて?』
「分かった!」
リーちゃんに励まされたキガは、笑みを浮かべて立ち上がった。
なんだか、少し友達について分かった気がする! キガは気分を良くすると、今度こそ友達が出来そうと希望を持つのだった。
翌日。デンジ達からフィードバックを貰ったヒロフミは、登下校をしていたキガをデートに誘った。彼女に美味しいデザートを奢ると伝えれば、キガは思い通りについてきたのだ。
喫茶店へとやってきたヒロフミは、親身となってキガと接していた。これも全ては、キガが自身を特別だと思っているから。こういった人物は下手に出ていれば上手くいく。ヒロフミはこれまでの人生で、そう学んでいた。
「食べたいものがあれば、遠慮なく頼んでいいからね」
「あ、ありがとうございます」
キガはやや困惑気味であったが、ヒロフミは予定通りに計算し尽くされた笑顔を彼女へ送る。この笑顔を見せれば、大抵の相手はヒロフミに心を許すのだ。実際、クラスメイト達からの受けは良かったと彼は認識している。
時折会話を挟みながらも、穏やかな時間が過ぎていった。その際に、キガが予想以上に大人しいことにヒロフミは驚く。デンジ達に聞かされた内容からすると、彼女はもう少し傲慢な性格をしているはずなのだ。
一体、一日でどういった心境の変化が? いくら何でもキガ一人で変われたとは思えない。もしかして、誰かと連絡を取り合っているのか?
頭の片隅でそんなことを考えていたヒロフミだったが、一度深呼吸をして心を落ち着かせる。そして、意を決して口を開いた。
「キガちゃん。もしよかったら、オレと友達に──」
「あ〜!!? ウヌはワシのモノじゃろうが!! なんで浮気しとるんじゃ!!!」
「パ、パワーちゃん……!?」
突如として現れた血の魔人パワーに、ヒロフミは抱き着かれた。彼女とはいつぞやの親睦会で仲良くなった日から、週に一回のペースで会っていたのだ。
何故ここにいるのかとヒロフミが問いかけると、パワーはあっけらかんと言ってきた。
「近くに用があってのお! そん時にウヌの匂いがしたんじゃ。だから会いに来てみれば──なんで浮気しとるんじゃ!! ワシのデンジはレゼに取られたんじゃぞ! ウヌまで取られてたまるかぁー!!!」
「パワーちゃん、落ち着いてくれ!」
ヒロフミは必死にパワーを引き離そうとするが、彼女はびくともしない。むしろ、抵抗をすればするほど体が密着させてきたのだ。そのせいで、ヒロフミはキガと友達になるどころではなかった。
しばらくして、ようやくパワーが離れてくれたと思ったらキガはいなくなっていた。机に、『美味しかったです』と書き置きを残して。
「く、くそ!?」
「誰がクソじゃ!! ええい、もう許さんぞぉ!!!」
「違う! そういう意味じゃなくて……!」
ヒロフミは怒りの表情を浮かべたパワーにのしかかられたため、必死に抵抗をする。しかし、健闘も虚しく首元に噛みつかれてしまった。
その後、傷だらけとなったヒロフミはデザートを何個か奢ることで、パワーの溜飲をなんとか下げることに成功したのだ。
騒がしい喫茶店から退店したキガは、とぼとぼと一人寂しく歩いていた。彼女が思い出すことは、先ほどの出来事だ。
仲良さげに遊ぶ二人の男女。恐らくだが、二人は恋仲なのだろう。キガは友達以上の距離感を彼らから感じていた。それと同時に、異性同士であんなに密着するなんて破廉恥過ぎる!とも思っていた。
「あれも、友達っていうのかな……?」
『友達以上、恋人未満だね。私の目に狂いはないよ』
「リーちゃん、凄い自信……!」
キガの隣を歩くリーちゃんは、理知的な瞳をしていた。流石は唯一の頭脳派担当だ。
キガが尊敬するような眼差しを彼女へ向けていると、リーちゃんがボソリと呟いていた。
『悪魔と人間の恋。そんな魅力的、じゃなくて冒涜的なことは断じて認められないわ。でも、キガちゃんが人間と愛を育むというストーリーも悪くはない。慎重に検討すべきかしら……?』
「リーちゃん! 聞こえてるよ!!」
『あっ、ごめんねキガちゃん! つい本音が!』
お茶目な様子でリーちゃんが謝罪をしてくるが、キガは普段の彼女を知っている。そのため、なんとも言えない表情を浮かべた。
勿論、どうしてそんなキャラを作っているのかとは決して聞かない。以前、ゲーちゃんとウーちゃんがそのことについて小言を漏らした時、二人は彼女の手によって半殺しにされたのだ。
キガはその時の事を思い出し、身震いをする。リーちゃんは優しいが、怒らせたら怖い。キガはそのことをしっかりと学んでいるのだ。