デンジとレゼ、そしてヒロフミ。彼らは作戦に失敗してしまった。しかし、その失敗から気付きを得ることができた。それはキガの性格の変化だ。恐らくだが、キガ自身が変わろうと努力しているのだろう。
ならば最後は俺、フミコ、アサの三人体制でキガと決着をつけよう。俺の予想では、普通に接するだけで彼女と仲良くなれるはずなのだ。
「よし。お前ら、行くぞ!」
「はいっす!」
「そんな気合入れなくてもよくない? まあ、頑張るけど」
2-Cの教室。そこの扉に手を掛けていた俺は、勢い良く開け放った。
今日も快晴の空が広がる屋上。そこで、俺達はキガと一緒に昼食を取っていた。
「キガは何を食べてるんだ?」
「クリームパンです。美味しいですよ? 少し分けましょうか」
「いいのか? なら、俺の卵サンドをやるよ」
キガからクリームパンの欠片を貰ったため、俺はお返しとして卵サンドを齧らせた。うむ、クリームパンが美味い。
「センカイ君、私のも美味しいっすよ〜?」
「そうか、なら分け合いっこでもするか?」
「するっす!!」
満面の笑みを浮かべるフミコから、あんぱんを少し分けてもらった俺は卵サンドを差し出す。そして、フミコに齧らせた。どんどんと、卵サンドが無くなっていく……。
「リュウセ、私のパンも食べなさいよ」
「……分かった」
アサから強引にメロンパンを齧らされたので、俺は再三卵サンドを差し出した。その結果、卵サンドは半分以下になってしまった。
「なあ、俺だけじゃなくてキガにも分けてやれよ」
「当たり前じゃないっすか! はいどーぞ、キガちゃん!」
「ほら、あげる」
「あ、ありがとうございます……!」
照れた様子のキガであるが、喜んでいるのが見て取れる。どうやら、上手く事が運んでいるようだ。このまま順当にいけば、作戦は無事に完了することだろう。
そんな事を思っていた矢先、昼食を食べ終えた俺にフミコが抱き着いてきた。俺はさり気なく引き剥がそうとするのだが、フミコはがっちりと組み付いてきている。こいつ、計画的犯行だ……!
「キガちゃ〜ん、センカイ君って優柔不断なんすよ〜。やっぱり物事ってはっきりさせたくないっすか〜?」
「そうですね、曖昧だとあまり気分がよくありません」
「だって? センカイ君?」
そう言ってフミコがこれでもかと笑いかけてくる。俺は今じゃなくていいだろ!と小声で彼女に伝えるが、フルシカトをされた。
その時、アサもこの話題に入ってきたのだ。
「いつまでもこのままって訳にはいかないから。リュウセ、ちゃんとはっきりさせてよ?」
「……ハイ」
俺の気分はどん底だった。なんでキガと仲良くなる場面で俺がこんなに詰められるんだよ。普通につれえよ。
「センカイくん、凄く落ち込んでますね……。これは救済が必要かもしれません!」
「救済……? まあ、出来ればこの空間から救済されたいところだな」
「それってどういう意味っすか?」
「リュウセ、変なこと言ったら怒るからね」
二人がじりじりと俺に近づいてくる。というかフミコに関しては俺に抱きついていて、アサは既に俺の隣だった。これ以上近づくのは無理だろ。
「ちょっと、リュウセに引っ付き過ぎ。早く離れてよ」
「アサちゃんにはまだハグは早いっすもんね。嫉妬しちゃう気持ちも分かるっす」
「はあ!? 別に早くないし! 出来るもん!!」
アサはそう言うと俺に抱きついてきた。なあ、二人に聞きたいんだが、俺の意思は関係ないのかこれ。トロフィー扱いは誠に遺憾なのだが。
「あれあれ〜? アサちゃん、顔が赤いっすね〜? やっぱりまだ早いんじゃないっすか〜??」
「うるさい、この泥棒猫!! 死ね!!」
「なんてこと言うんすか!! もう許さないっす! 私センカイ君とヤってま〜す!! 非処女で〜す!!」
「おいフミコおおお!!? それだけは話題に上げるなああああ!!!」
俺は即座に立ち上がり、二人から距離を取った。フミコはアサを睨みつけているようだが、アサは下唇を強く噛んでは俺を睨みつけてくる。
不味い。アサが下唇を噛んでる時は本気で機嫌が悪い時だ……! その証拠に目元が引き攣ってる!?
「ア、アサ! 話を聞いてくれ!! 俺はフミコと一回しかヤってないんだ!!」
「一回ヤってんじゃないのよ!!!」
「ぎゃああああ!!?」
アサが懐から定規を取り出しては武器に変化させ、俺に斬りかかってきた。なんだその流麗な太刀筋は。俺を殺す気か!?
「アサさん、落ち着いてください!」
「落ち着ける訳ないじゃん!! リュウセの奴、私がいるのに他の女とヤってたんだよ!!?」
「きっと事情があったんですよ! 一度話し合いをしましょう!!」
キガが間を取り持ってくれたおかげで、なんとか俺の命は繋がった。しかし、フミコとアサの二人から、俺は睨みつけられるハメになってしまった。なんで、こんなことに……。
「事情はなんとなく分かりました。センカイくんは二人が好き。アサちゃんとフミコちゃんはセンカイくんが好き。これは三角関係というものですね!」
「……その説明だと、俺がクズになるんですが」
「クズでしょ、センカイ君」
「あんたは黙ってて」
「……ハイ」
俺は大人しくしていることにした。余計なことを言って火に油を注ぐことになれば、本気で俺は殺される。そんな気がしたのだ。
「えっとですね。これを解決する方法は、センカイ君がどれだけ二人の事を好いているのかを説明すればいいんです!」
「説明、ですか。それで本当に解決するのでしょうか?」
「はい! リーちゃん、じゃなくて私の見解によりますと、アサちゃんとフミコちゃんは、本当にセンカイくんに好かれてるのかと不安に思ってるんです。だから、二人は焦ってるんですよ」
「……なるほど、理解しました」
二人にちらりと視線を向けると、図星なのかそわそわとしていた。確かに、俺から二人に対して好意を寄せたことはあまり無い。無論、その理由は恥ずかしいからだが、それが問題なのだろう。
「分かりました。分かりましたが……つまり、俺は今から二人のどこが好きなのかを、発表するということですか……!!」
「そうです!」
そうですじゃねえよ!? 恥ずかしいわ!! だが、言うしかないのか。くそ、覚悟を決めよう……! これも俺の為だ!!
「……まずは、フミコから話させてくれ。フミコとの出会いは、あまり良いものじゃなかった。というのも俺の性格がクソだったからだ。何度も強く当たったが、フミコは嫌な顔を一つせず俺に接してくれた。正直、今でも俺には勿体無い女だと思ってる。でも、こんな俺を好いてくれて本当に嬉しいと思ってるよ。そ、それと──」
俺は、今から話す事を間違いなく後悔するだろう。だが、伝えるべきだと冷静な部分が判断したのだ。さらば、俺のハートよ。また、会う日まで──。
「フミコって、可愛い顔してるよなッ……! お前の笑顔って、綺麗だよな! 髪が少し癖っ気なのを気にして、朝いつも時間をかけて直してる、俺に見られないように。俺は気にしねえよ! そこもお前の良さだよ、十分可愛いよ!! あと、サバサバした性格をしてるけどよ、所々の仕草が女らしくてぐっとくるんだ! まだあるぞ、フミコって意外と華奢だよな。お前に抱きつかれた時とか、手を握られた時とか、俺はドキドキしてんだ!!」
ぐあああああああ!!? 誰かっ! 俺を殺してくれえええええ!!!
俺は汚れることも厭わず、その場でのたうち回っていた。フミコの顔など見たくない。というか見られたくない。頼む、誰も俺を見ないでくれえ!
「す、すごいフミコちゃんの事好きなんですね……! 私にもよく伝わりました! 次はアサちゃんについてお願いします!」
「悪魔かお前はぁ!?」
体を起こした俺はキガに叫ぶが、アサが期待を込めて俺を見ていることに気付いた。そのため、俺はその場で膝をつき、またもや覚悟を決めて話し出す。
「……アサとは、三年以上の付き合いがある。それまでの間、俺達が付き合っていた訳じゃない。でも、アサと過ごした日々はかけがえのない物だと思ってる。今でも思い出せるんだ、アサと何かを共有したり、共感したりした事を。そして、なんだかんだ俺の中で印象に残ってるのは、アサと自転車で二人乗りをしたことだな。悪いことをしてる背徳感というか、そういうのもあってドキドキしてた。こんな日々が続いたら幸せなんだろうなと、俺は当時思ってたよ」
ちらりとアサを見ると、頬を染めながらも続きを話すように促してきた。間違いなく、本音を求められてる……!
「それと……アサって美人だよなッ! 数年前のアサは髪も短くてあまり意識してなかったけど、今は違う。俺はさ、今のお前を……女としか認識できないんだ! 俺は自分が許せない、アサのことをそんな目で見たくない。でも、アサにどうしても惹かれてしまう、アサが欲しいと思ってしまう! 俺は、アサの純粋な性格が一番好きだ。でも、それと同じぐらい。お前の容姿に惹かれてるんだ……!!」
──俺は今、何色をしているのだろう。きっと、灰色だろうな。思い出に残る日々は、あんなにも虹色なのに。どうして、今の俺は灰色なのだろうか。ああ、いっその事。白色に戻りたい。
「アサちゃん、フミコちゃん。センカイくんはこんなにもあなた達の事が好きなんです! どうか、彼のためにも仲良くできませんか?」
「……リュウセが、そんなにも私に惚れてるんだったら。少しは譲歩してあげてもいい。でも、フミコとヤったことは一生根に持つからね」
「アサちゃんと、仲良くしてあげてもいいっすよ。……センカイ君、私のこと可愛いって思ってくれてたんすね。本当に嬉しいです」
二人が俺に寄り添ってくれる。だが、俺のハートは今砕け散ってるんだ。フミコ、アサ。広い集めてくれないか。俺は今、動けないんだよ──。
下校時間がやってきた。その頃には俺の心も落ち着いてきており、なんとか平静を保てている。しかし、思い出したくもない黒歴史が更新されてしまった。ここ数ヶ月は、間違いなく俺の脳裏をよぎるだろう。
校門前で、俺は夕日に照らされるキガへ話しかけた。
「キガ、俺達の間を取り持ってくれてありがとな。かなりの荒療治だったのが玉に瑕だが、本当に感謝してるよ」
「お気になさらず。私はただ、救済したいだけなんです!」
「救済か……。キガは、良いやつだな」
俺は笑みを浮かべると、キガに握手を求めた。すると、彼女がおずおずと手を差し伸べてきたため、俺は多少強引にだがキガの手を取ったのだ。
「俺達は友達だ。また明日、遊ぼうぜ」
「──はいっ!」
満面の笑みを浮かべたキガ。彼女は心優しい性格の持ち主であった。これが悪魔とは、俄にも信じられない。だが、悪魔も千差万別なのだろう。
その後、俺は僅かな罪悪感を感じながらもキガと別れたのだった。
──マキマさん。作戦は無事に完遂しました。
──今から、報告に行きますよ。
夕日に照らされて、真っ赤に染まる路地。そこをキガは歩いていた。彼女は友達を手に入れて気分が上がっており、楽しげに笑っていたのだ。
「リーちゃん、リーちゃん! 私、友達出来たよ!」
『よかったねキガちゃん! 私も嬉しいよ!』
半透明ではなくなったリーちゃんが、キガに飛びついては頬ずりをしてくる。そのため、キガは彼女へ答えるように頬ずりを返していた。
そんな時、一人の女学生がキガの前に立ちはだかったのだ。
黒い髪。整った顔立ち。そして──顔に刻まれた、大きな傷。彼女は勝ち気な笑みを浮かべると、気安くキガへ話しかけてくる。
「久しぶりだな、飢餓。いつぶりだ? チェンソーマンと争った時以来か?」
「誰……?」
「おいおい、忘れたとは言わせないぞ? 私だ、“戦争の悪魔”だ」
キガはその名前を聞き、思わず竦んだ。戦争の悪魔とはそれなりに長い付き合いがあるのだが、あまり良い関係性とは言えないのだ。
「戦争が、私になんの用……?」
「用? そうだなあ。お前、私の配下となれ。共にチェンソーマンをぶっ飛ばそうじゃないか」
「なんで、私が……」
「なんで? そんなの──」
戦争の悪魔こと、三鷹ヨルがキガへ近づいてくる。そして肩に腕を回されると、耳元でこう囁いてきたのだ。
「お前が弱いからだろう? チェンソーマンと争った時、お前は何もしなかった。そのせいで私は食われたんだぞ? もしかして、私が死んで清々したとか思ってたか?」
「そんな事思ってない!」
「どうだか。しかしまあ、お前の配下は私の事が嫌いだな」
キガの足元では、リーちゃんが威嚇をしていた。しかし、ヨルは鼻を鳴らして小馬鹿にするだけであった。
「あの時、お前が配下を連れてこれば私は助かった。だが、お前は失うのが怖いと言って連れてこなかった。結果、どうなったと思う? 私は力の大部分を失い、大切な子供である“核兵器”を食われた。そして“銃”と“戦車”は殺されて現世に転生し、唯一残った“軍艦”は悲しみに暮れて地獄で戦争を始めた」
──お前のせいだ。お前が殺したんだ。
「ち、違う! 私は……」
「言い訳をするんじゃない。これはお前の罪だ。償え」
その言葉とともに、ヨルがキガの首を絞めてくる。キガは必死に抵抗をするが、自らの罪として半ば認めていたのだ。それ故に、途中で抵抗を諦めてしまった。
『キガちゃんを離しなさい!!』
「フン、本体でもないお前に何ができる? せいぜいそこで、ご主人様の醜態を見てるんだな!」
邪悪な笑みを浮かべて、リーちゃんを嘲笑するヨル。それに対し、リーちゃんは血涙を流しながらも呪詛を吐いたのだ。
『戦争ォ……! お前だけは許さなイ、殺しテヤル、ナぶり殺しにシテヤル!!!』
リーちゃんの姿が掻き消えるとともに、世界に暗闇が訪れる。キガは薄れゆく意識の中、夕焼け空が広がっていた方角を見つめた。
そこには──見上げるほどに巨大な門が、顕現をしていたのだ。
──ククク。さあ、始めようじゃないか!!
──“戦争”を!!!
遥か昔。黒猫。貴方に救われた。人間に対して思うところはある。三体の悪魔に関係しているワード。