慈しみの笑みを浮かべる少女。そんな彼女を囲うように、帽子を被った女性、剣を携えた老人、大きな蛇がいた。
そのような彫刻が彫られた巨大な門。それが、地響きを立てて開門をする。
暗闇が広がる門の先は見通すことができない。しかし、星々の輝きが煌めいたかと思えば、一体の悪魔が飛び出してきた。
箒に跨った女性。彼女は鍔の広い三角帽子を被り、夜空を連想させるローブを纏っていた。そして右手には長大な杖が握られ、先端に取り付けられた青い宝石がこれでもかと光を放っている。
──貴方達、早く来なさい! キガちゃんを探すのよッ!!
彼女に続くように、もう一体の悪魔が現れた。その悪魔は、巨大な門と遜色ないほどの──巨人であったのだ。全身に炎を纏い、家屋を轢き潰しながらも歩む彼は、豊かな髭を厳かにも撫でていた。
──戦争め。儂が殺してやる。
巨人の去った門。その外枠に巨大な手が添えられる。それはびっしりと覆われた鋭利な鱗に、悍ましいほどの巨大な鉤爪を兼ね備えていた。そして、暗闇の広がる門の先から──巨人を遥かに上回る大きさの竜が、姿を現したのだ。
蛇の如き長大な首を天に突き上げ、竜が世界に産声を上げる。やがて彼は鎌首をもたげると、地上を睥睨した。
──我等こそが、キガの守護者。仇なす者には死を与えようぞ……!!
キガの配下である、三体の悪魔。彼らが──現世に侵攻する。
小高い丘の上で、俺はマキマさんと会っていた。無事にキガと仲良くなったことを報告していると、視界の端に異変を感じ取る。
そちらへ顔を向けると、巨大な門が顕現をしていたのだ。
「な、なんだ?」
「あのレリーフ。まさか、彼らが……?」
巨大な門が開門したかと思えば、次々と悪魔がやってきた。空を飛ぶ悪魔、巨人の如き悪魔、そして、もはや竜としか思えない巨大な悪魔。
俺が驚いていると、空を飛ぶ悪魔が魔法陣のようなものを虚空に描き、次々と街に破壊を齎した。陳腐な表現になるが、魔法を使ったとしか思えない。それほどまでに非科学的な光景が広がっていたのだ。
「マ、マキマさん。彼らは一体何なんです……!?」
「飢餓の配下達だよ。はぁぁ、きっと戦争がやらかしたね……」
失敗した。反抗の意思だけでなく、悪魔の力そのものを支配するべきだった。そう小さく呟いたマキマさんは、額に手を添えて心底困ったような表情を浮かべていた。
俺は普段見ることの出来ないマキマさんの一面に興味を惹かれながらも、彼女へ問いかける。
「彼らは何者なんですか? あんな強大な悪魔、聞いたことも見たこともありません」
「彼らを知っている者は、地獄にしか存在しないだろうね。そして、彼らを簡潔に言い表すのなら──幻想の悪魔達だよ」
「幻想の悪魔、ですか」
「そう。“魔女の悪魔”リリス、“巨人の悪魔”ゲオマグス、そして、“竜の悪魔”ウロボロス。彼らは人間の想像力によって産み落とされた、遥か昔の悪魔達。順当に行けば、時代の流れと共に消えゆく運命だったんだけれど……何を思ったのか、飢餓が拾ったんだ。救済と称してね」
──それ以降、彼らは飢餓の忠実な下僕となった。
「地獄で飢餓に喧嘩を売る者はいない。何故なら、彼らが決して許しはしないから」
「そんな悪魔が、存在するんですか……」
俺は知らず知らずのうちに固唾を飲んでいた。魔女、巨人、そして竜。まさしく幻想の存在達。今を生きる者は、決して彼らを恐れていないだろう。そもそも、存在を疑うかもしれない。
マキマさんが言うように、彼らは本来ならば消えゆく運命だった。しかし、心根の優しいキガに拾われたのだ。もしも俺がその立場だったら、彼らと同じように忠誠を誓っていたかも知れない。
「それで彼らが暴れてるのには理由があって、間違いなく飢餓が関係してる。大方、戦争がちょっかいを掛けたんだろう」
「ヨルぅ……! というか、それだとアサにも被害が出るじゃないか!」
「それは仕方ないね」
俺はマキマさんと一緒にため息をついた。恐らく考えることは一緒だろう。ヨル、お前は何をしてるんだ……。
「彼らは飢餓を見つけるまで、決して止まりはしない。こうなったら、徹底抗戦しかないね」
マキマさんがそう言うと、背後に巨大な門が顕現をした。そして、開門をする。
やがて大量の海水がなだれ込んできては、俺達を持ち上げ始めたのだ。嫌な予感がした俺は、恐る恐るマキマさんへ問いかけた。
「な、何をするつもりですか? まさか……」
「そのまさかだよ」
大地を砕きながらも、威風堂々たる鋼鉄の船が姿を現した。その船は見紛うことなく──悪魔戦艦、長門であったのだ。
「目標は竜の悪魔。全砲塔を旋回させ、九一式徹甲弾を装填しなさい」
海を操るマキマさんが長門を横向きに変えたかと思えば、四基ある巨大な砲塔が旋回を始めた。そして──。
「斉射せよ」
爆音と共に砲弾が放たれた。思わず耳を抑えた俺が見たものとは──全弾が体に命中しては滝のように血を吹き出す、竜の悪魔であったのだ。
「竜は体が大きすぎて、現世にやってこれない。でも、無理矢理にでも這い出てきたら街が更地になる。私はここで彼を抑えておくから、センカイ君は巨人を抑えてくれるかな」
「……マキマさんの期待に答えたいのは山々なんですが、俺には厳しいかも知れません……!」
俺は悔しげに顔を歪めた。というのも、大地に右手をつけて巨大な剣を生成した巨人は、もはや人の手に余る存在だったのだ。
彼はただ歩くだけで住宅街を火の海に変え、地獄を作り出す。そしてひとたび巨大な剣を振り下ろせば、遥か前方まで炎が押し寄せ、街を破壊していた。
「センカイ君、大丈夫。私が“力”を貸してあげるよ」
──キミはただ、受け入れるだけでいい。
その言葉と共に、俺はマキマさんに胸元を触られた。思わずドキリとする俺だったが、次の瞬間には意識が飛びそうなほどの力の奔流に晒されていた。
「ぐおおおおオオッ!?」
全身を襲う暴力的な痛みに耐えていると、トリガーを引いていないにも関わらず頭部がレシプロエンジンと化す。そしてそれに続くように体全体が変形を始め、鋼鉄の肉体へと作り変えられていった。
やがて、見慣れた異形の姿になったかと思えば、俺はいつもよりも視界が高いことに気付いた。また、鋼鉄の腕が人間らしい形に変化をしており、鉤爪などが無い。
だが、最も大きい変化は──両足が存在することだろう。それは暗緑色をした上半身とは異なり、黒鉄色をしていた。まるで、“あの悪魔”を連想させるような。
『あアア、久しぶりノ感覚ダ。全能感に酔い痴れるル。……だだガ、こレまで以上に心が滾ルゾ!! アあ暴れたイ、マキマさん、オ俺の敵は何処ダァ!!!』
「うーん、精神にかなり影響が出てる。やっぱり──“銃の悪魔”の力は強すぎたのかな」
マキマさんが心配をしてくるが、俺は正常だ。それよりも敵は何処なんだ。ああ、暴れたい、何もかもを破壊したい。さっきから、それらばかりを考えてる。
「まあいいか。センカイ君、これは命令です。生死は問わない、巨人の悪魔を止めなさい」
『ハはい、仰せノままニ!!!』
俺はマキマさんの命令に従い、巨人の悪魔目掛けて突貫した。
電柱をなぎ倒し、道路を粉砕し、家屋さえも轢き潰して進んでいくのは最高に気分がいい。俺は今、幸福の最中にいるんだ!
マキマさん、待っていてくれ。必ずや巨人の悪魔を止めてみせるぞぉ!!