爆風と共にプロペラヘッドが駆ける。彼は一歩を踏み出す度に空高く跳び、目にも止まらぬ速さで巨人の悪魔へと迫っていた。
『ギャアーハッハハハァ!! 俺最強オオオオオッ!!!』
プロペラをこれでもかと回し、排気管から白煙どころか火を吹き出す彼は正気ではなかった。現に、彼が今考えている事は巨人の悪魔を止めること、ただそれだけである。
やがて、巨人の悪魔ことゲオマグスの目前にまでやってきたプロペラヘッドは、勢いをそのままに彼の土手っ腹を殴りつける。それによりゲオマグスは大地を滑りながらも後退をするが、彼は腹を一撫でするだけで平然としていた。
『小僧、儂の邪魔をするか?』
背筋を伸ばし、威風堂々とした立ち姿を見せるゲオマグスは、歴戦の戦士を思わせた。また、建物の三階にも相当するプロペラヘッドよりも、一回りどころか二回り以上も大きい。さしものプロペラヘッドであろうと、彼に怖気づく……ことは無かった。何故ならば、正気ではないからだ。
『ギャハハハ! 爺は土の下にでも眠ってろヨ!!』
『全く、なんて口の悪い奴だッ……!!』
全身から業炎を吹き出したゲオマグスが、赤熱した巨大な剣を大上段から振り下ろしてきた。プロペラヘッドは既のところで凶刃を回避すると、大地を強く叩いた剣が大爆発を起こす。それにより、火の海となっていた辺り一帯の家屋が吹き飛ばされていた。
民間人がバタバタと倒れていく中、プロペラヘッドとゲオマグスは一進一退の攻防を繰り広げる。巧みな剣捌きでプロペラヘッドを翻弄するゲオマグス。それに対して、小柄な体格と他者を圧倒する速さを武器とするプロペラヘッド。
彼らの戦闘は膠着状態が続いていたが、その時。プロペラヘッドが声を上げた。
『俺ノ好きな漫画にヨォ、アる名言があるんダ。アサには当たり前でしょ、なンて言われたが、俺は好きなんダヨナァ〜!!』
『何を言っている? 貴様、やはり正気ではないな』
『──“銃は剣よりも強シ”』
ンッン〜、名言だなこれハ。そう呟いたプロペラヘッドは、肋骨となっていた爆弾倉をガバリと開く。そこには──針山と化した銃身が、所狭しと犇めいていたのだ。
『死ネ』
ただ一言、プロペラヘッドが呟いた瞬間──激しい明滅と共に、幾千もの銃身から死の雨が解き放たれた。ゲオマグスは咄嗟に剣を盾にするが、鉛の雨を防げる訳がないのだ。
案の定、ゲオマグスは蜂の巣となる。しかし、巨人故なのか弾丸が体を貫通することはなかった。寧ろ、彼は持ち前の業炎によって次々と弾丸を無効化し、最終的には炎を自在に操っては、いとも容易く処理をしていたのだ。
『──剣は銃よりも強し、とでも言っておこうか……!』
『うるせえエエエエ!! 死ネエエエエ!!!』
プロペラヘッドは幾多の銃で右腕を覆い、肥大化させる。そして大きく振りかぶっては、ゲオマグスに殴りかかった。
下校中に突如として発生した悪魔事件。時間が経つにつれて被害は深刻となっており、多くの民間人が我先にと避難をしていた。
そんな中、デンジはレゼと共に走る。彼らが向かっている場所は、魔女の悪魔が暴れている地区であった。なお、魔女の悪魔と同時に出現した巨人の悪魔はプロペラヘッドが相手取っており、竜の悪魔はマキマが抑えていることを彼らは知っていた。
「デンジ君、いたよ──」
「レゼ、危ねえ!!」
レゼが、上空に対空している魔女の悪魔ことリリスを目視した瞬間。彼女から、彗星の如き力の奔流が解き放たれた。それは青い光を放ちながらも錐揉み回転をし、デンジ達に襲い掛かってきたのだ。
デンジは咄嗟にレゼに飛びかかり、彗星を避ける。やがて背後から途轍もない破砕音が聞こえたため、彼は振り返った。
そこには──巨大な穴が開けられた無数の建物が、軒を連ねていたのだ。
「ありがとう、デンジ君!」
「レゼが無事でよかったぜ……!」
『──人間如きが、私の邪魔をするのかしら?』
いつの間にか、デンジ達の目の前にいたリリス。彼女は足を組んで箒に座っており、冷徹な瞳をデンジ達に向けてくる。
「そうだよ。多くの人が悲しんでる。今すぐにでもあなたを止めなきゃ、もっと多くの人が悲しみに暮れることになるんだから!」
『ああそう。なら、今すぐにでも死になさいなッ!!!』
リリスが長大な杖をこちらへ向けた時には、既に青い光が世界を包んでいた。そして──街を丸ごと消し飛ばすほどの力の奔流が、激流となってデンジ達に押し寄せたのだ。
デンジはレゼと共に武器人間へと変身し、必死になって回避をする。しかし、リリスが杖を薙ぎ払っては、デンジ達を消し飛ばそうとしてきていた。
肝を冷やしたデンジであったが、急激に体が引っ張られたかと思えば、一瞬にして空高く飛んだ。それもそのはずで、レゼが爆破を繰り出し、デンジを抱えて上空へと避難していたのだ。
「た、助かったぜ!」
「さっきのお返しだよ! でも、街が……!」
レゼに抱きかかえられていたデンジは、眼下を見下ろす。
そこには、跡形も無くなった街が広がっていた。人々の姿は当然のように見当たらず、所々に建物の残骸が残っているが、どれもが三階以上のフロアであった。恐らく下の階は、地盤ごとリリスに消し飛ばされたのだろう。
その時、無数の青く輝く剣がデンジ達を襲う。レゼは重力に従って落下をすると、勢いをそのままに空を自由自在に飛び回り、やがてデンジを地上へ降ろした。
「レゼ!!?」
「ごめんね、デンジ君! 私じゃないと彼女を止められない!!」
最後にそう伝えてきたレゼは、これまで以上の爆破を繰り出し、リリスへと迫った。そして、爆弾の力を最大限活用をして彼女へ猛攻を仕掛ける。しかし、レゼの攻撃は尽くが去なされていた。
破壊的な赤い爆発と、幻想的な青い爆発が幾度となく上空で起こり、レゼとリリスの熾烈な争いが繰り広げられる。デンジはただ彼女達を見ていることしかできず、思わず悔しげに呟いた。
「クソッ! 俺に力があれば……!!」
その時、レゼがリリスの隙を突き、より彼女へと迫った。しかし──それはリリスの罠であったのだ。
長杖に幾何学的な文様が浮かんだかと思えば、リリスを遥かに超える大きさの青く輝く剣が生成された。そしてそれは、目にも止まらぬ速さで薙ぎ払われる。
レゼは爆破と両腕を駆使して防御姿勢を取っていた。だが、彼女は根本的に間違えていたのだ。
その結果──レゼは構えた両腕ごと、胴体を両断されてしまっていた。
上下に分かたれたレゼの体が、遥か上空から落ちてくる。そんな中、リリスがレゼの上半身に近寄っては容赦なく剣を振り下ろし、彼女をまたもや二つに引き裂いた。
レゼは完全に息絶え、ただ静かに地上へ衝突する。デンジはすぐさま彼女へ駆け寄ろうとするが、無数の青く輝く剣に阻まれ、近づくことさえできなかった。
「レゼーーッ!!!」
『惨めね。彼我の戦力差を理解できないからこうなるのよ。貴方も、すぐに彼女へ会わせてあげるわ』
デンジを見下ろすリリスが長杖を掲げる。そして、青い光が放たれた。その光は街に甚大な被害を齎した、あの破滅的な力の奔流の前兆であったのだ。
デンジは死を覚悟する。レゼがいなくなった今、彼は避ける術がない。
せめて、コイツに一矢を報いたかった。そうデンジが独白した時、彼の心に声が響いていた。
──デンジ、どうしても力が欲しいかい?
初めは幻聴だと思っていた声。しかし、デンジはその声の持ち主を決して忘れてなどいなかったのだ。
「ポチタ……? ポチタ、お前なのか!?」
──もしも力が欲しいのなら、私が与えよう。
──でも、逃れられない運命がデンジに付き纏うことになる。
──その覚悟が、デンジにはあるかい?
デンジはポチタの声を聞けたことを喜んだ。しかし、今は一刻を争う事態なのだ。そのためデンジは必死に頭を回すが、結論などとうに出ていた。
「ポチタ、俺に力を貸してくれ……!! 俺はレゼを守りてえんだ!!!」
──分かった。なら、私と新たな契約を結ぼう。
──私の全てを捧げる。その代わりに。
──デンジが“チェンソーマン”となるんだ。
その瞬間、デンジの肉体は急激に作り変えられていき──悪魔そのものとなった。