長杖を構え、極大魔法を放とうとしていたリリスは異変を感じ取った。なんと目の前にいた悪魔の青年が、悍ましい姿へと変貌したのだ。
全身がはち切れんばかりの筋肉に覆われ、自らの腸をマフラーの如く巻きつけたチェンソーの悪魔。リリスはこれまでとは格が違うと感じ取り、すぐさま極大魔法〈ルミナス・レイ〉を放つ。そして、それと同時に後方へと下がった。
長杖より、全てを消し飛ばす力の奔流が解き放たれる。その威力は折り紙付きで、直撃しようものならどんな悪魔だろうと塵さえ残らず消滅をする。しかし、手応えが感じられない。また、チェンソーの悪魔は忽然と姿を消していたのだ。
一瞬の迷いが生じたリリスであったが、この程度で動揺するほどヤワではない。彼女は瞬時にその場で一回転をし、周囲一帯を薙ぎ払った。
青白く輝く極大の光線が、瞬く間に街を更地に変えていく。それは道も、家屋も、人間も、等しく無に帰す破滅の光。
やがて〈ルミナス・レイ〉を放ち終わったリリスは、状況確認をするために空高く飛び上がる。そこで、彼女は冷や汗を流すことになった。なんと、チェンソーの悪魔と先ほど殺したはずの爆弾の悪魔が攻めてきていたのだ。
『ヴァンヴァアア──じゃなくて、レゼは無理をするなよ!!』
「む、無理はしないけど、デンジ君のその姿はなに!?」
爆弾の悪魔ことレゼは、爆破を応用して空を飛んでいる。それはまだいい。しかしチェンソーの悪魔ことデンジは、持ち前の筋力だけで空を跳んでいたのだ。さしものリリスでも彼が非常識に映り、思わず声を上げた。
『化物め……!』
しかし、言葉とは裏腹にリリスの行動は早かった。彼女は即座に長杖を掲げ、魔法を唱えたのだ。
『〈ルミナス・ブレード・ファランクス〉!!』
三桁を軽く超える青く輝く剣が、リリスの周囲に顕現をする。そしてそれらは、もはやレーザー光線となってデンジ達に襲いかかった。
青い残光を尾に引く幾多の剣が、雨のように降り注ぐ。しかし、レゼは巧みな爆破捌きで紙一重の回避を見せており、デンジは地上を目にも止まらぬ速度で走り回っては、次々と輝く剣をいなしていた。
リリスは気に食わないとばかりに表情を歪めると、新たに魔法を唱える。
『〈メテオ・シャワー〉、〈ルミナス・グレートボウ〉……!!』
天上に巨大な魔法陣が浮かんだかと思えば、青く輝く流星群が地上に破壊を齎した。それは強大な魔力を秘めた隕石群であり、地上へ堕ちた側から大爆発を起こしては大きなクレーターを形作ったのだ。
しかし、リリスの魔法はそれだけでは終わらない。彼女の長杖が光り輝く大弓と化せば、リリスは魔法の矢を番えて弦を引く。やがて、レゼに狙いを定めると矢を解き放った。
眩い光と共に、青く輝く矢がレゼに襲いかかる。どうやら彼女はその矢を最大限警戒しているようで、迎撃ではなく回避を試みていた。しかし、それは無駄な足掻きなのだ。
青く輝く矢は次元の違う機動力でレゼに迫っており、一度は彼女を通り過ぎたものだが、弧を描きながらも再び戻ってくる。そう、〈ルミナス・グレートボウ〉とは、魔力が尽きるまで決して獲物を逃さない矢を放つ、凶悪な魔法であったのだ。
リリスが第二射、第三射を射っていると、地上より敵意を感じ取った。即座にそちらへ振り向いたリリスは、すぐ目前にまでデンジが迫っていることに気付く。
『っ〈ルミナス・ブレード・メガーロス〉!!』
大弓と化していた長杖が、今度は巨大な剣と化していた。そして、リリスによって大上段より振り下ろされる。
魔力によって形成された刃は、物理的な力ではなく概念的な力を秘めていた。そのため、防ぎたいのであれば魔法耐性がなければならない。しかし、そんな都合のいい耐性を持っている者など、幻想に属する悪魔達しかいないのだ。
それ故にリリスは強い。もはや幻想など極限られた者しか扱えず、存在さえしないのだから──。
青い残光と共に振り下ろされた魔法の大剣は、デンジを真っ二つに引き裂いていた。だが、リリスは異変を感じ取る。彼女は自身の勘に従って異変を探ろうとした瞬間──地上へと落下したのだ。
『ぐっ!?』
リリスが即座に跨がっていた箒を見やると、それはバラバラに切断されていた。恐らく、デンジの仕業だろう。
ほんの少しだけ焦ったリリスであったが、たとえ魔法の箒が無くとも自前で飛行が可能だ。そのため、リリスは飛行魔法〈フライ〉を唱えようとした。だが、それがいけなかった。僅か一秒にも満たない時間ではあったが、彼女はレゼから意識を逸してしまったのだ。
『〈フラ──』
「ようやく、隙を見せたね……!!」
いつの間にか背後に回っていたレゼ。彼女は両腕を構成していた導火線を操り、まるで縄のようにリリスに巻きつけてきた。
リリスは逃れようと必死に藻掻くが、身動きが取れない。このままでは不味いと判断した彼女は、自爆覚悟で魔法を放とうとするが──既に勝敗は決まっていたのだ。
「デンジ君とムチコ先輩から着想を得た私の新技……! その名も、“チェーンマイン”だよ!!!」
リリスに巻き付いていた導火線から火花が散り、それは真っ赤に赤熱する。
ああ、不味い。このままでは。リリスは死を覚悟したが、彼女が最後に考えることは、ただ一つであった。
『キ、キガちゃん……!! 今、助けに──』
次の瞬間、大爆発が起こり──リリスの意識は途切れた。
地獄と見紛うような景色が広がっていた。そこは閑静な住宅街であったはずだが、今では業火に包まれており、挙げ句の果てには二体の悪魔がしのぎを削っていたのだ。
初めは互角の戦いを見せていた彼ら。しかし、勝敗の行方は一体の悪魔に傾いていた。その名もプロペラヘッド。彼は銃が効かないと見るや、頭部のプロペラで相対していた悪魔、ゲオマグスを斬り刻んでいたのだ。
『ギャーハハハハハ!!! 死ね死ね死ね死ネエエエ!!!』
『ぐおおおおおおッ!!!』
ゲオマグスの腹にプロペラを突っ込み、体の内側から破壊するプロペラヘッド。対するゲオマグスはプロペラヘッドの体を殴りつけるが、彼は意にも返さずプロペラを回していた。
やがて、次々と臓物がミンチにされてしまったゲオマグスは片膝をついた。彼はもはや意識を保つことさえままならず、荒い息をつく。だが、決して屈指はしないという強い意志を込めて、プロペラヘッドを睨みつけたのだ。
『おのれ……!!』
『お前ノ首をォ、マまキマさんの手土産にしてやるゼエ!!!』
『その程度で、儂を殺せるなどと思うなよ……! 儂の意志は──』
『うるせエよ!』
幾多の銃とプロペラブレードで覆われた右腕を薙ぎ払い、プロペラヘッドがゲオマグスの首を斬り落とした。それにより切断された首から噴水の如く血が吹き出し、プロペラヘッドは大笑いをする。
「ギャハハハ! 噴水みてえダア!! ギャ、ギャハ、ギャハハはは!!」
倒れ伏したゲオマグスの体を踏みつけ、高らかに笑うプロペラヘッドは気付けなかった。レシプロエンジンから、異音が鳴り響いていることに。
数え切れないほどの砲撃を繰り返した、悪魔戦艦長門。マキマは一度砲撃を取りやめると、巨大な門付近で息絶えた竜の悪魔を見つめた。
「ふう、ようやく片がついたか。些か頑丈だね。流石は竜と言ったところかな」
後ろ手を組んでいたマキマは満足気に頷くと、次は戦争の悪魔を探そうと考えた。既に魔女の悪魔と巨人の悪魔との決着はついているためだ。
「……戦争め、この代償は高くつくよ」
焼け野原となった住宅街や更地となった街並みを見渡したマキマは、額に僅かな青筋を浮かべる。普段は微笑みを絶やさない彼女であったが、今回ばかりは怒りが収まらなかった。
やがて、気を取り直したマキマは悠然とした足取りで街へと向かった。後は一刻も早く戦争を捕らえるだけ。そう小さく呟いた彼女は、どんな処遇を戦争に下そうかと思案するのだった。