ビルの屋上から地上を見下ろす三鷹ヨルは大爆笑をしていた。何故ならば、眼下に広がる景色がまさしく戦争の跡であったからだ。
「アハハハハハハ!! 見ろ飢餓ぁ!! これがお前の配下が作り出した景色だぁぁ!!!」
「そ、そんな……」
キガは焼け野原や更地となった街に悲嘆していた。だが、それ以上に──。
「リーちゃん! ゲーちゃん!! ウーちゃああん!!!」
「おいおい、現実を受け入れろ! あいつらは死んだんだ!!」
彼女は自身の配下がいなくなったことに、大粒の涙を流していたのだ。ヨルはそれがまた面白く、キガの肩を叩いては爆笑をする。
「プクク、あいつらには感謝してるぞぉ? なんたってチェンソーマンが現れた!! 私の為に死んだ甲斐があったじゃないかぁ! アハハハハハ!!」
「ギヴウウ!! 戦争ぉッ!!!」
「──ん? なんだ、その目は?」
キガに睨まれたヨルは即座に彼女の髪を掴み、至近距離から睨み返した。そして、次のように告げたのだ。
「あいつらがお前の罪を清算した。ただそれだけのことだろう? 私を恨むのはお門違いだ、この間抜けめ」
そう言って、ヨルはキガの髪を毟った。キガは思わず悲鳴を上げるが、ヨルは気にもしない。そんなことよりも、彼女には苛立つことがあったのだ。
「銃に、軍艦に、プロペラだと……? フザケるな!! 全て私のものだというのに!!」
己の所有物が他人にいいように使われている。この事実がどうしてもヨルは許せなかった。しかし、彼女は一度深呼吸をして心を落ち着かせると、含み笑いをしたのだ。
「ククク、まあいいさ。寧ろ都合が良い。……さあ、お前達!! 私こそが主人であるぞ!! 集え!! “銃の悪魔”、“軍艦の悪魔”、“プロペラの悪魔”! そして──“戦車の悪魔”よ!!!」
多くの民間人が死傷したことで、戦争への恐怖が高まった。それ故に、ヨルは以前よりも強くなっていたのだ。
だからこそ眷属が召喚できる。たとえ、異国の地に封印された悪魔であろうと──。
ソ連領、エルブルス山。その西峰には、かつてソ連にて猛威を振るった悪魔が封印されていた。その名も、戦車の悪魔。
真っ暗な部屋に収監をされていた彼は、現世に生まれてからずっと、心にぽっかりと穴が開いていた。しかし、今日この日。彼の心の穴は埋まるのだ。
『アア。ようやく、ようやく出会える。我が主──戦争の悪魔サマ!!!』
彼は歓喜に打ち震えると同時に、エルブルス山を吹き飛ばしては大空を舞っていた。彼は今、尽くすべき主人に呼ばれている、求められている。そう理解した彼の興奮は、止まらなかった。
ビルの屋上にて、眷属を待っていたヨルは腹の底まで響く重低音が聞こえ始めた。それと同時に、断続的にビルを破壊する音が鳴り響く。
やがて姿を現したのは、銃の悪魔と融合したプロペラヘッドであった。彼は、なんとビルを駆け上がってきたのだ。
「ハハハハ! なかなか愉快なことをするじゃないか! それに、その姿も悪くない!!」
嬉しげに笑ったヨルは、プロペラヘッドに指示を出した。自身とキガを抱えて、地上へ飛び降りるようにと言ったのだ。すると、彼は命令通りに二人を抱えてビルから飛び降りる。
「アハハハハ!!」
「きゃあああ!?」
ビルの合間にある外壁を何度も蹴りつけ、勢いを殺しながらも地上へ到達した彼は、ヨルとキガを優しく降ろした。
ヨルは忠実な配下に感動を覚え、鷹揚に頷く。その時、突如として轟音が鳴り響き、大地が揺れたかと思えば軍艦の悪魔がやってきたのだ。
彼女は付近の建物を押し潰しながらも現れ、威風堂々たる悪魔戦艦の姿を見せる。海がないため移動ができないようだが、固定砲台としては十分過ぎる活躍が見込めるだろう。
「さて、後は──」
ヨルが口を開きかけた時、彼女の目の前に大質量の物体が墜落した。
大きな土埃が舞い上がる中、真っ黒なシルエットが変形を始める。戦車の砲塔らしき部分が持ち上がっては両腕が生え、車体そのものが拡幅し、より重厚な印象となったのだ。そしてエンジン音を轟かせ、ついに戦車の悪魔が姿を現した。
従来の戦車よりも、一回り以上大きい悪魔の戦車。彼は暗緑色をした車体色をしており、砲塔の下に隠れたスリットから赤い眼光を覗かせていた。
「……クク、ハハハハハ!!」
役者が揃ったことを理解したヨルは大笑いをすると、軍艦を除く彼らへついてくるように指示を出す。
──今から始めるのは戦争だ。人間達を虐殺し、我らの恐怖を煽ればより強く、より気高い存在になれる……!
ヨルはキガの手を強引に引っ張りながらも、獰猛な笑みを浮かべる。そして、いざ進軍をしようとした時──彼女の目の前に、マキマが現れたのだ。
「そこまでだよ、戦争」
「チッ、支配か。私の邪魔をするな!」
後ろ手を組むマキマは、眷属を従えるヨルに屈してなどいなかった。そのため、ヨルは馬鹿な妹だと罵倒し彼女を脅す。
「そこをどけ! 殺されたいのか!?」
「時間が無いから、簡潔に言おうか。戦争は私に“支配”をされてる。反抗の意思を持たないようにね。だから、諦めて飢餓を渡すんだ」
「なに……?」
ヨルが疑問を浮かべた時、マキマの命令は絶対だと思考が汚染されていた。咄嗟に強く意思を持つことによって、ヨルは抵抗に成功をするが次は厳しいかも知れない。
「戦争、飢餓を渡しなさい」
「ぬおおお!! 絶対に断る!!!」
「早く渡しなさい!」
「嫌だあああああ!!!」
「ああ、もう……!!」
辛うじて抵抗をするヨル。それに対し、マキマは苛立ちと呆れが混じったような表情を浮かべていた。そして、先ほどからやけに焦っているようにも見える。
ヨルはどうにかしてマキマを振り切りたい。そのため、その方法を考える時間を稼ぐためにも彼女へ質問をした。
「さっきから何を急いでる? トイレにでも行きたいのなら、さっさと行ってこい!!」
「……すぐに彼らがやってくる。戦争、これは命令です。飢餓を渡しなさい」
マキマの強大な悪魔の力によって、ヨルはついに抵抗を突破されてしまった。しかし、それと同時に地響きが鳴り響いたのだ。
ヨルとマキマは同じ方角を向く。すると、そこには──。
魔女の悪魔を倒したデンジ達は、爆発によって致命傷を負った彼女へと近づいていた。
「クソ、上手く力が使えなかったな……」
「練習あるのみだよ。今度、私と一緒に訓練しよ!」
武器化を解除した二人は、警戒をしながらもリリスへと近寄る。そして、彼女の容態を確認した。
全身から焦げた臭いを漂わせ、手足が複雑に折れ曲がったリリス。彼女が身に着けている衣服は爆発によってボロボロとなっており、所々に穴が空いていた。
恐らく、リリスの肉体強度は人間と同程度なのだろう。また、レゼが殺さないように注意を払ったと告げてきたが、リリスは明らかに瀕死の重体であった。
「ど、どうしよう……! 血を少し分けてあげた方がいいのかな!?」
「いやでも、生き返ったらまた戦うハメになるぞ……?」
焦った様子のレゼを窘めるデンジは、リリスに違和感を覚えた。そのため、彼女の胸元をよく観察してみると赤い液体で濡れていたのだ。
その時、カランコロンと小気味いい音と共に、砕けた瓶が地面に転がる。
好奇心に駆られたデンジが、その瓶を拾おうとした瞬間。レゼが叫んでいた。
「っデンジ君! その悪魔、もう目を覚ましてる!!」
「えっ!?」
『──〈ショッキング・グラスプ〉』
いつの間にか肉体を再生させていたリリスが、デンジの手を掴む。すると、青白い閃光と共にデンジが光り輝いたのだ。
「あぎゃー!!?」
「デンジくーん!?」
『あなた達に構っている暇はないのよ……!! 〈エターナル・ダークネス〉!!!』
瞬時に魔法の箒を召喚したリリスは、飛び上がると同時に足元に暗黒空間を生み出した。それは今にも意識を失いそうなデンジを引きずり込もうと、周囲一体の物質を次から次へと引き込み始めたのだ。
「レ、レゼぇ! あの悪魔をぉぉ……!」
「追えるわけないじゃんッ!!!」
武器化をしたレゼに手を引っ張られるデンジは、徐々に規模が大きくなっていく永遠の暗黒を尻目に、意識を失った。
灰の降り積もった、住宅街であった場所。そこにはゲオマグスの死体が倒れ伏していた。しかし、首の無い胴体が独りでに動き出したかと思えば、切断された頭部を拾い上げたのだ。
やがて頭部を胴体に繋げた彼は、厳かに喋り出す。
『全く、最後まで話を聞かんか……。儂の意志は──不滅である』
その瞬間、ゲオマグスの全身から業火が吹き出していた。再び火の手の上がる住宅街を踏み締め、ゲオマグスは歩み始める。目指すは戦争の悪魔、ひいては自身を殺害した、プロペラヘッドの元であった。
巨大な門付近で息絶えていたウロボロスは、体の再生を終えたため再び息を吹き返した。まるで寝起きのような感覚を覚えた彼は、身体をほぐすように首を振る。
『──数千年ぶりに死を体験したな。だが、それが何だというのだ』
竜は体が大きすぎて、現世にやってこれない。マキマはそう予想をしていたが、実際は違った。ウロボロスは自らの体を粉砕し、無理やり現世へやってきたのだ。
『我は竜の悪魔、ウロボロス。完全を体現した、大いなる悪魔である』
大量の血と鱗が扉によって削られ落ちていくが、すぐさま再生が始まっては元通りとなっていく。彼の言葉通り、竜の悪魔とは完全を体現した存在であった。
──死は終わりではなく、始まりに過ぎない。
円環を為せば、無限を象徴する彼に恐れは存在しない。何故ならば、彼は不死身であるからだ。