飢餓の配下達と戦争の争いは収束を迎えた。それによって日常が戻ってきたが、破壊され尽くした街と人は戻って来ない。
街の復旧作業は今もなお続いているが、愛する家族を失った遺族達が、悲しみに暮れているのが現状であった。
しかし、悲惨な悪魔事件が発生をして大々的にニュースで取り上げられたとしても、やがて人々は忘れ去ってゆく。どれだけ遺族が悪魔被害に対して声を上げようと、当事者でもない人々の記憶からは消えゆくのが世の常だ。
そんなこんなで数ヶ月が経った頃、俺はある問題に直面をしていた。それは──デンジに恋をする、一人の女学生である。
昼食の時間がやってきたため、デンジはレゼと共に屋上へ行こうとした。だが、教室へ出た彼を一人の女学生が待っていたのだ。
「デンジ君、一緒にご飯を食べよ」
「お、おう。分かったぜ、シーちゃん!」
廊下に立っていたのは、薄紫色の髪をした淑女であった。彼女は表情に乏しいが、容姿端麗であるために目を引く。その影響なのか、デンジはクラスメイト達から注目を浴びていた。
「じゃ、屋上に行くか!」
デンジはシーちゃんとレゼにそう提案をすると、廊下を歩き出した。
デンジは両手に花であったので、気分が高揚していた。しかし、レゼがあまり面白くなさそうな表情をしていたことに気付き、すぐに自制をする。
デンジはレゼが好きだが、それと同じぐらい自分のことが好きな人が好きである。簡潔に言えば、デンジはシーちゃんの事が好きであった。
──ポチタ、好きな人が二人できちまったよ。
──レゼとシーちゃん。ポチタなら、どっちを選ぶ?
青空の広がる屋上にて、俺は昼食を食べながらデンジ、レゼ、シーちゃんのグループを観察していた。どうも、デンジとシーちゃんは楽しそうに見えるが、レゼは心なしかつまらなさそうだ。そりゃそうだろう、レゼが先にデンジへ手を出していたんだからな。
「クックック。野次馬根性が捗るぜ……!」
「センカイ君、自分の立場分かってます?」
「リュウセ、自分の立場分かってんの?」
「……すみません」
フミコとアサの二人から同時に責められてしまい、俺は思わず謝ってしまった。なんて肩身が狭いんだよ、なんて思うが、自らがこの選択をしたので後悔はない。だけど、もう少し優しくしてくれませんか。
「俺の事は一旦置いといてだな。キガ、シーちゃんは本当に死の悪魔なのか?」
「間違いないです。私がこの高校へやってきたのも、姉さんがいたからですし」
ちびちびとお茶を飲んでいたキガが、そう答えた。
さも当然のようにキガがいるが、彼女はあの事件から数日後にまた戻ってきたのだ。勿論のこと、彼女は配下を連れていない。しかし、その配下達から護身用の呪物を渡されているらしく、それで自衛をするとのことだ。
「マキマさんの指示は、死の悪魔とは争わないように心掛けること。俺達は一度やらかしてるからな、今度は失敗したくない」
「それで、シーちゃんとやらは何を考えてるんですかね?」
「……チェンソーマンが好きなんじゃないの?」
遠慮がちにアサが自身の考えを述べるが、実際はどうなんだろうか。一度、他の姉妹の意見を聞いてみよう。
「キガはどう思う?」
「えっと、姉さんは昔からチェンソーマンに固執してまして、ずっと追いかけてました。これは私や戦争、支配が生まれる前からですね。なので、単純にチェンソーマンが好きなんだと思います」
「ふむ、なるほど」
キガが言うには、死の悪魔とチェンソーマンはかなり昔から関わりがあるらしい。だが、そうなるとチェンソーってなんだよって感じだ。古代にもチェンソーってあんのか……?
「アサ、ヨルの意見も聞かせてくれないか?」
「分かった。──フン、死の悪魔がチェンソーマンに固執しているのは認めるが、それはアイツを手中に収めたいが為だ。死の悪魔はチェンソーマンと共に、新世界を歩もうとしているに違いない」
「新世界か……。それは何か、根拠があるのか?」
「アイツから聞いたことがある。この世界は一度全てを忘れ去ったとな。そこから推察するに、死の悪魔とチェンソーマンは前時代の存在だ。恐らく、死の悪魔はかつての世界を今一度創り出そうとしているのだろう!」
「な、なるほどぉ。これはまた、判断が難しいな」
新世界だの、前時代だの。急に話がデカくなったぞ。だが、ここで一度冷静になり、マキマさんの意見も取り入れつつ考えてみよう。
まず前提として、マキマさんが言うには死の悪魔は世界を死で彩ることが本望らしい。
それを踏まえて考えると、死の悪魔とチェンソーマンは前時代の存在である。そして、長い時が流れるにつれて多くの悪魔や人間が生まれ、彼らも世界の一部となった。
だが、死の悪魔はそれを歓迎しておらず、ノストラダムスの大予言を利用して世界を死で彩ろうと考えた。その結果として訪れるであろう新世界に、好意を寄せているチェンソーマンを招待しようと企んでいる。
考えてみたが、これはあくまで全ての情報が正しい場合だ。なんというか、話の規模がデカ過ぎる。これもうおとぎ話だろ。
一応情報共有ということで、今いるメンバーであるフミコ、アサ、キガに話してみた。しかし、彼女達は当然ながら半信半疑の様子だ。
「はあ、そうすか。とりあえず死の悪魔を殺せばいいんすか?」
「早計過ぎるわ! あくまで仮説だぞ!」
「マキマさんの指示は、争わない以外にはないの?」
「可能な限り友好を結ぶように言われてる。ちなみに、マキマさんは仕事が忙しくて来れないな」
「ね、姉さんを殺すのは止めた方がいいと思います。ノストラダムスの大予言は恐らく保険も兼ねてますよ。たとえ姉さんを殺しても、新たな死の悪魔が生まれてノストラダムスの大予言は起こります。それでしたら、最も死の力を使いこなせる姉さんと友好を結んだ方が得策ではないでしょうか」
「う〜む、なるほど……」
とりあえず死の悪魔の殺害は除外だ。そもそも、そんな強大な悪魔に勝てる気がしない。だがそうなると、友好ルートとなる。
俺はちらりとデンジ達を見た。すると、死の悪魔ことシーちゃんがデンジの腕へ抱きついては、レゼに注意をされていたのだ。
「……どうしたらいいんだこれ」
「うわ〜、少し前の私達じゃないっすか」
「今もそうだけどね」
「ん? なんすか??」
「別に??」
「お前ら止めろや!?」
俺はすぐさま隣に座っていたアサの手を握り、彼女を落ち着かせた。一応効果はあったようで、アサは少し緊張した様子で俺の手を握り返してくる。
「センカイく〜ん?」
そう言ってフミコが手を差し出してきたので、俺も手を差し出すとフミコは俺の腕に抱きついてきた。もはや慣れたものなので気にしないが、ちゃっかりと体を密着させてくる辺りが流石フミコといったところだ。
「何なのでしょう、この疎外感は。ヒロフミくんが居ないのは、これが理由でしょうか……!」
「申し訳ございません!!」
キガが俺達とデンジ達を交互に見ては、寂しそうな表情を浮かべていた。本当に申し訳ない。今度、フミコとアサにはそれとなく落ち着くように伝えておくよ。だから、余所余所しくしないでくれ。これ以上、人間関係が狭まるのは困るんだ……!
下校時間となった頃、俺は校舎裏でデンジを待っていた。理由は勿論、デンジがシーちゃんをどう思っているのかを聞くためである。
日陰となった校舎裏で時間を潰していると、デンジがやってきた。そのため、労いを込めて彼に缶ジュースを渡した。
「ほら、やるよ」
「お、ありがとな」
デンジと共に缶ジュースを堪能した後、俺は本命であった質問をすることにした。
「デンジ、シーちゃんが死の悪魔って事は話したよな」
「……知ってるよ。シーちゃんはノストラなんちゃらの大予言で、世界をハメツさせようと企んでるんだろ?」
「そうだ」
不機嫌そうな表情となったデンジ。彼が一体何を考えてるかは分からないが、俺は今言うべきことをデンジへ伝えることにしたのだ。
「死の悪魔との敵対は論外だ。だが、それとなく情報を集めろ」
「シーちゃんを利用しろって言ってんのか?」
「デンジ、怒るなよ。そもそもシーちゃんはチェンソーマンが好きなんだ。お前が好かれてるわけじゃない」
「違ぇよ! 俺はポチタとの契約でチェンソーマンになったんだ。それで、シーちゃんは俺の事も含めて好きだと言ってくれたんだよ!」
「お前にはレゼがいるだろ!」
「うるせえ! そういうお前はフミコとアサ侍らしてんじゃねえか! このスケベ野郎が!!」
「んだとコラァ!?」
俺とデンジは空き缶を投げ捨て、取っ組み合いとなっていた。もはや暴力は辞さない。互いに殴り合っては罵倒し、それは日が暮れるまで続くのであった。
──お前には超絶美人なレゼがいんだろが! 何他にも女作ろうとしてんだ!!
──うるせえ! エロいフミコだけじゃなくて、地味に可愛いアサともイチャつきやがって! 前からお前にはムカついてたんだよ!!
──何言ってんだ! レゼとシーちゃんとイチャついてるお前の方がムカつくわ! 死ね!!
──お前が死ね!!
校舎裏で殴り合う二人の青年と、そこから聞こえてくる罵声。それらを屋上から見ていたフミコは、共にいるアサとレゼに話しかけた。
「ほんと、男って単純っすよね〜。女の気持ちを全く考えてないっす」
「リュウセの奴、レゼが一番可愛いとか思ってんの? ちょっと問いたださないといけないかも」
「デンジ君……」
眉間にシワを寄せるアサと、悲しそうな表情を浮かべるレゼ。彼女達を見たフミコは、とりあえずこちらはこちらで問題がありそうだなと思っていた。特にレゼだ。
「レーゼーちゃん。一つ聞きたいんすけど、デンジ君の事は本当に好きなんすか?」
「……好きだよ。私の人生を変えてくれた、私に恋を教えてくれた大切な人だもん」
「そうなんすね。だったら、死に物狂いで手に入れようとしないと。レゼちゃんが優しくするから、デンジ君も調子に乗るんすよ。私みたいに自分好みに調教、じゃなくて性格をイジればいいんです。例えば、毎日体に触って慣れさせるとか、いつも隣に並んでそれが当たり前だと思い込ませるとか」
「な、なるほど」
「レゼちゃんは顔と性格が良いですけど、デンジ君も人間なんで慣れてくるっす。多分、今のレゼちゃんのことは普通だと思われてるっすね。もしくは当たり前」
「普通で、当たり前かあ……」
「要はマンネリっす。だからシーちゃんという新たな刺激に、デンジ君は興奮しちゃってるっすね」
フミコは数々の男を手玉にとってきた百戦錬磨の女である。それ故に、センカイやデンジが何を考えているかはすぐに分かる。
センカイならば、フミコやアサを差し置いてマキマが一番好きであろう。また、彼には歪んだ恋愛価値観がある。どうも、センカイは性交渉をしなくとも恋愛ができると考えている節があるのだ。とても純情で可愛らしい一面ではあるが、フミコからすればセックスとはコミュニケーションである。アホかと。
デンジはもっと単純だ。思春期の時期に武器人間となってしまったためか、彼はチンコで物事を考えている。レゼに恋をしているのは事実であろうが、それ以上に女体やセックスに興味があるのだ。それを利用してやれば、彼の調教は容易いだろう。
「デンジ君を簡単に落としたいのなら、エロいことをすればいいっすね。シーちゃんはそれをよく理解していて、デンジ君に触ってるっす」
「なるほど。でも、エロいことかあ。それはあまり気が乗らないというか……」
「なら、自分が魅力的な女であること、デンジ君のことが大好きであることをアピールしないと駄目っすね。現状では、シーちゃんが一歩上を行ってるっす」
「な、納得しかできない……。フミコ先生、これからもご助言を頂けませんか!」
「いいっすよ」
レゼに手を取られ、深く頭を下げられたフミコは気分を良くした。こうして相手に恩を売り、信頼を勝ち取ることに彼女は快感を覚えるのだ。実際、中々に癖のあったセンカイも今ではフミコを一人の女として見ている。
──人の懐に入り込むのって、気持ちいいっすね〜!
フミコがセンカイに恋をしているのは事実だが、それと同じぐらい彼を屈服させたいとも思っていた。一度だけ彼と強引にヤったフミコであるが、あの時のセンカイは意識が混濁していて記憶がない。一応ビデオカメラにて動画撮影をしているので、それをネタに彼の心をへし折ることはできるだろう。だが、フミコは痛めつけたい訳ではなく、向こうから好意を寄せてきて欲しいのだ。
そのため、いつぞや聞いたセンカイの本音は最高にフミコを興奮させた。できる事なら、あの場で滅茶苦茶にしてやりたいと思っていたぐらいなのだ。だが、流石にアサやキガの前で本性を現すことは出来ないため、フミコは自制をしていた。
フミコはちらりとアサを見る。どうやら、彼女は考え事の最中のようだ。恐らくフミコとレゼの会話を聞いて、自分も行動してみようと考えているのだろう。
「アサちゃん、どうしたんすか〜?」
「いや、別に。ちょっとね……」
「そうっすか〜」
ほんのりと耳を赤らめているアサは、邪なことを考えてるに違いない。フミコはまだまだ青いなと言わんばかりにほくそ笑むと、一番は私だと独白する。
男は自らの手のひらで踊る生き物。フミコはそう信じて疑わない。ならば、自らが好いた男であるセンカイはフミコが一番だと思ってもらわなければならないのだ。そのためなら、どんな手を使っても構わない。もし必要とあらば、他の女をけしかける事だってフミコは選択肢に入れていた。
──センカイ君、絶対に逃さないっすよ♡
ぐふふと悪い笑みを浮かべたフミコは、今一度屋上から身を乗り出し、未だにデンジと殴り合っているセンカイを見つめた。
彼の運命は既に雁字搦めとなっている。決して、フミコからは逃れられないのだ。
死の悪魔とチェンソーマンの関わりはオリ要素です。原作にそのような描写はありません。