レゼとシーちゃん。デンジはどちらを選ぶかを数日間悩んだが、最終的にはレゼを選ぶことにした。やはり、彼女と過ごす日々はかけがえのないものであるとデンジは思い至ったのだ。
しかし、シーちゃんの想いを無下にすることは彼にはできなかった。ならば、どうにかして二人を説得するしかないだろう。デンジは傲慢であることを自覚しながらも、そのように結論を出した。
いつものように屋上で昼食を取っていたデンジは、シーちゃんが席を外した時にレゼへと話しかけた。
「レゼ、大事な話があるんだ」
「なに?」
「俺……レゼの事が好きだ。これからも、ずっと一緒にいて欲しい」
「フフ。もう少し雰囲気を作ってほしいところだけど、いいよ。私も、デンジ君の事が好きだから」
「っありがとう!」
告白にしては軽かったが、デンジは喜びを隠せずに満面の笑みを浮かべた。それにつられて、レゼも嬉しそうに笑う。
こうして、二人は幸せなキスをして終了といきたいところだったが、そうは問屋が卸さない。デンジは緊張した面持ちで、レゼの機嫌を伺いながらもあるお願いをした。
「その、こんなことを頼むのは誠実じゃないってのは、分かってんだけど……」
「もしかして、シーちゃんのこと?」
「あ、ああ。俺が一番好きなのはレゼだ、これは絶対に変わらねえよ。だけど、シーちゃんがチェンソーマンが好きなのは深い理由があって。なんというか、ほっとけないっていうか……」
顔を伏せていたデンジが、恐る恐るレゼを見上げると彼女は仕方なさそうに笑っていた。
「もう、デンジ君は優しいんだから。でも、一つだけ聞かせて」
「な、なんだ?」
「シーちゃんに誘惑されても、私が一番って絶対に言える?」
「当たり前だ! 俺は絶対に言えるぜ!」
「絶対?」
「絶対!!」
デンジは真剣な眼差しをレゼに送る。すると、彼女は納得してくれたのか小さく笑った。そして、デンジと同じように一つお願いをしてきたのだ。
「デンジ君の覚悟が本当なら、私にキスをして欲しいな」
「キ、キスぅ……!?」
「そう、デンジ君から私にキス。できるよね?」
「ででで、できらぁ!!」
思わず動揺をしてしまったデンジであったが、ここは男らしく決めたいと思った。そのため、緊張をしながらもレゼと向き合い、彼女の唇を一心に見つめる。
瑞々しいレゼの唇は血色が良く、艶めかしかった。そのことにデンジは生唾を飲み込むと、ちらりとレゼの瞳に視線を移す。
エメラルドグリーンの瞳が、期待をしているかのようにデンジをじっと見つめていた。そして、頬を染めるレゼにデンジは気付き、彼女と同様に頬を赤らめてしまう。
「……レゼって、綺麗だよな」
「恥ずかしいよ……。でも、嬉しい」
心臓が嫌というほど高鳴る中、デンジはついに覚悟を決めた。
「レゼ、好きだ」
「デンジ君、好きだよ」
デンジは意を決して、レゼにキスをする。言葉にしてしまえば、ただ唇を重ねただけ。しかし、デンジはかつてないほどに、気分が昂ぶっていた。また、レゼのことを愛おしいと感じていたのだ。
もっとレゼのことを知りたい、感じたい。デンジが本能的にそう思った時、彼はレゼを押し倒していた。
「きゃ!?」
「レゼ……!!」
地面に横たわるレゼは髪が乱れ、驚いた表情を浮かべていた。しかし、次第に全てを受け入れるような、こちらを誘っているかのような蠱惑的な笑みを浮かべたのだ。
「デンジ君──いいよ?」
「あ、あぁ!」
デンジは我慢ができなかった。今にもレゼに襲いかかりそうであった。だが、その時──シーちゃんに声を掛けられたのだ。
「二人で、何してるの?」
「おわーっ!!?」
「シ、シーちゃん、戻って来てたんだね……!?」
無表情であるが整った顔立ちなため、シーちゃんに見下されると迫力がある。そのため、デンジは一瞬で素に戻った。また、レゼは雰囲気に流されていたのか、慌てた様子で起き上がっていた。
「それで、二人で何をしてたの?」
「いやっ、ちょっと、なんすかね〜!?」
「その、ね! ちょっとしたじゃれ合いかな!!」
「……流石に、学校でシようとするのは感心しない」
シーちゃんはそう言うと、ある方角を指差した。そこには双眼鏡を手に持つセンカイと、そんな彼に暴力を振るうフミコとアサがいたのだ。
「多分、見られてたよ」
「うおー!!?」
「いやー!!?」
デンジは精神状態がまともではなかったことに後悔をし、もしシーちゃんに止められてなかったら、キスどころではなかったかも知れないと戦慄する。
そしてそれは、レゼも同様なのだろう。彼女は両手で顔を隠しては、体を小さくしていた。しかし、顔と耳が真っ赤なのが丸わかりであり、普段の彼女からは想像もつかないほどに取り乱しているのが見て取れる。
「そういうことは、家でシた方がいいよ」
「忠告ありがとな!?」
「うぅ……失敗した……!」
デンジはレゼと共に顔を赤らめては、二度とこんなことは無いようにしようと心に誓った。しかし、レゼとの距離が今まで以上に縮まったことに、デンジは得も言われぬ喜びを感じていたのだ。
下校時間となった時、デンジは屋上でシーちゃんを待っていた。彼がシーちゃんを呼び出した理由は、一番に選ぶことはできないと彼女へ伝えるためである。しかし、一緒にいることはできると伝えるつもりであった。
やがて、屋上に繋がる扉が開かれるとシーちゃんがやってくる。そして、デンジと対面をした。
「話って、なに?」
「……シーちゃん、ごめんな。俺、レゼが好きなんだ。シーちゃんを選ぶことはできない」
「……そう。そんな気はしてたよ」
顔を俯かせたシーちゃんは拳を握り締めていた。そのことに気付いたデンジは胸が痛んだが、まだ言うべきことがあるのだ。
「でもっ! シーちゃんさえよければ、俺と一緒にいてくれよ。俺はさ、シーちゃんの気持ちに答えたいのは本当なんだ!」
デンジがそう言った時、シーちゃんは顔を上げた。しかし──彼女に、喜びという感情はなかったのだ。
「──ノストラダムスの大予言。私が、なんでこんなことを企てたと思う?」
「え?」
「それはね、盛大な自殺なの。長い長い時の中で、私はもう疲れてしまった。もしも、この予言までにチェンソーマンと居られなかったら。私は全てを無に返して、新たな世界を創ろうと考えた。そして、その世界に私は存在しない」
シーちゃんは、ただ淡々と語る。
「でも、私の意志と、チェンソーマンの意志だけは受け継がせる。私は新たな自分に託そうと思った。この想いを。そしていつの日か、彼と添い遂げられたのなら。私は満足なの」
「っシーちゃん、それは間違ってる!!」
「間違ってなんかない。私は死の悪魔であり、かつてはこの世の神として君臨していた存在。たとえ神の地位を失おうとも、私が絶対の存在であることに変わりはない……!」
そう宣言したシーちゃんの背中には、巨大な黒翼が生えては真っ黒な光輪が浮かんでいた。そして次の瞬間、世界が急激に暗くなっていく。
空を見上げたデンジが見たものとは、日食のように黒く染まった太陽であった。
「たとえ予言がなくとも、私は世界に終末を齎せる。デンジ君、それでも私を選ばないの?」
デンジは焦った。しかし、レゼを裏切ることなどできない。ならば、なんとしてでもシーちゃんを説得するしかないのだ。
「シーちゃん! チェンソーマンはそんなこと望んでんのかよ! シーちゃんの為に、自分を投げ捨てて助けてくれたんだろ!? そんだけ、シーちゃんに生きてて欲しかったんじゃないのかよ!!」
「……うるさい。彼はもういないの」
「シーちゃんが、彼は死んでないって言ったじゃんよ……! もし死んじまったら、もう二度と会えなくなるんだぞ!? 何が私の意思は受け継がせるだよ。そんなの、自分の気持ちを誤魔化してるだけだ!!」
「うるさいッ!!」
巨大な黒翼を羽ばたかせ、シーちゃんが肉薄してきた。しかし、デンジは避けることはせずに彼女を受け止める。それによって二人は揉みくちゃとなるが、やがてシーちゃんがデンジに跨る形となっていた。
「シーちゃん。俺はシーちゃんのことを見捨てようとか思ってねえよ。一緒に生きようぜ」
「……死の悪魔である私に、生きろというの? かつて死の運命から逃れられなかった私に、生きろと言っているの?」
「チェンソーマンは生きろと言ってくれたんだろ? なら、今度は俺から言わせてくれ。シーちゃん、生きようぜ!!」
「何故、その事を……」
「そりゃ、俺はチェンソーマンだからな!」
デンジはチェンソーマンの人生を知らない。だが、男ならこう言うだろうと思っていた。惚れた女にはカッコつけたいものなのだ。それが、自身の全てを捧げてでも守りたい女ならば。
「なあ、シーちゃん。俺と一緒に今後を考えよう。生きてりゃ楽しいことだってある、美味いモンだって食える。俺は毎日が楽しいと思ってんだ。だってレゼは勿論、シーちゃんと一緒にいられるんだからな!」
「……私も、デンジ君と過ごしてて楽しいよ。それに、美味しいものを沢山食べると、幸せな気持ちになれる」
「だったら、今度一緒に出かけよう。俺がシーちゃんが満足するような食いモンを、いーっぱい食わしてやるよ!」
「……分かった、約束」
いつの間にか世界は元通りとなっており、シーちゃんの背中には黒翼も光輪も無かった。だが、先ほどの出来事は間違いなく現実だったのだ。
デンジは危うく世界滅亡の引き金を引きかけたが、無事に危機を脱した。そのことに安堵をするなんてことはせずに、彼はただ純粋に、シーちゃんとまた遊べることに喜ぶのだった。