マキマさんとの食事を楽しんだ翌日。俺は早起きをして、いつも以上に気合を入れて支度を終わらせた。すると出勤まで時間が出来たため、飛行場へ出て準備体操を始める。
「あれ、センカイ君早いっすね」
そうこうしている内に女がやってきた。左手にカバンを持っており、右手には缶コーヒーが握られている。恐らく飲みながら来たのだろう。
「早く支度をしろ。始業まであと五分を切ってるぞ」
「まあ、急ぎますけど……何かいいことでもありました?」
「まあな」
女は俺の社宅の隣にある事務所へと入っていった。なお、どちらもプレハブ小屋である。
午前八時となり、事務所に取り付けられたメガホンから開始のチャイムが鳴った。俺は事務所前で直立をし、目の前にいる女へ意識を向ける。
「おはようございま〜す。それで今日の予定なんですけど、五件の案件があるっすね。どれも民間では手に負えないモンスター級っすけど、センカイ君なら余裕だと思うんで張り切っていきましょ〜!」
そう女は言い終わると、ジェリ缶の載せられた台車を押してきた。
「今日は予定が詰まってるんで、早速行きましょうか」
「そうだな」
昨日と変わらずいつも通りの日常だ。しかし、今日の俺は一味違う。マキマさんとの思い出がある限り、俺は無限に戦えるのだ。たとえ応援要請が来ようとも迅速に片付けてやるぜ。
遥か上空を飛んで目的地へと向かう。その道すがら、女が声を掛けてきた。内容としては俺の機嫌が良い理由だ。
「昨日マキマさんに呼ばれてましたけど、何か関係があるんすか?」
「ああ、あの後マキマさんと食事に行ったんダ」
「へ〜。……それだけっすか?」
「そうダ」
「私呼ばれてないんすけど!!!」
「知らんがナ」
女が騒ぎ出し、自分もタダ飯を食べたかったと駄々をこね始める。
「センカイ君のバディである私が、何で呼ばれてないんすか!!」
「知らン。だが、恐らくは最近の俺が疲れてることにマキマさんは気付いていたんダ。それで心配してくれたんだろウ。実際、声をかけてもらって元気になったしナ」
「私だって疲れてますけど!!」
「本当カ? お前、意外と体力あるだロ」
女は納得できないようで、腕を組んで不機嫌そうな顔をしていた。しかし、唐突にニヤつき始めたかと思えば俺を茶化し始めたのだ。
「もしかして〜、マキマさんはセンカイ君のことが好きなんじゃないっすか〜??」
「……それはないナ。俺の事は一人の部下としか見ていなイ」
「ふ〜ん。ちなみに私の方がセンカイ君のことを想ってますよ〜?」
「嘘つケ。だったら俺が今何を考えてるか言ってみロ」
「可愛いフミコちゃんとセックスしたい」
「な訳ねえだろボケ」
女との会話を切り上げ、機体を傾ける。前方にある積乱雲を避けるためだ。俺は目的地までまだ掛かりそうだなと考えながら、ひと夏の大空を舞った。
東北地方、山形県米沢市に位置する西吾妻山。そこでは一級河川である最上川の源流と定められた、火焔滝が有名であった。ぜひとも生で見たいところだが、残念ながら仕事中だ。
「出現した悪魔は猿の悪魔。昔からよく出現をしていて、吾妻の白猿と恐れられてるみたいっすね」
「能力ハ?」
「単純な筋力増強系っす。パワー!っすね」
「なるほド」
眼下に広がる大平渓谷。そこには曲がりくねった川が山を抉るように流れており、なんとも日本らしい景色が広がっていた。
女が無線機で通話をする。話し相手は東北地方を担当する公安のデビルハンターだ。
猿の悪魔は、普段なら東北支部で処理をするらしい。しかし、今回は別件と重なってしまったため本部へ応援要請を出したようだ。
それで肝心の猿の悪魔だが、どうやら見つかっており火焔滝にほど近い温泉宿にいるとのこと。俺は詳細な位置を女に教えてもらうと、機体をそちらへ傾けた。
渓谷にひっそりと存在する温泉宿を発見した。目を凝らすと岩石剥き出しの露天風呂がいくつもあり、湯気が立ち上っている。俺は速度を落とし、一度偵察することにした。
「あ、居た。めっちゃ温泉で寛いでるっすね」
猿の悪魔は露天風呂の日陰部分で寝転がっていた。ピクリとも動かないので寝ているらしい。俺は上昇、旋回をして急降下。そして欠伸を漏らしては寝ぼけ眼を擦る猿の悪魔に機銃掃射をした。
訳も分からずミンチと化した猿の悪魔は死に絶え、露天風呂が血塗れとなる。俺はほんの僅かな罪悪感を覚えたが、すぐに忘れて次の仕事へと向かった。なお予想以上に呆気なかったためか、思わずといった様子で女が呟いていた。
「よわっ!?」
次の目的地は茨城県の鹿島港だ。そこは北太平洋に面した工業港であり、世界各地からの原材料や製品などの輸出入量が多い。そのため日本経済を支える重要港湾に指定されており、悪魔被害が出ようものなら甚大な被害を被ると教えられた。
「応援要請の内容としては、海上に出現した鯨の悪魔の処理っす。早急に対応せよとかなり上の方から言われたみたいっすね」
「なら急ごウ。上の奴らは現場を知らないと相場が決まってル」
「完全同意っす!」
最大巡航速度で空を駆け、俺達は一目散に茨城県へと向かった。
海を割り、大きな波飛沫を上げて巨大な鯨が空を跳ぶ。マッコウクジラを彷彿とさせる四角い頭部にはいくつもの人面瘡が浮かび、それが背中にまで広がっていた。
重力に従い海へと落下する鯨の悪魔は、追跡していた船を下敷きにして着水した。デビルハンターが乗船していたとされる船は木っ端微塵に粉砕され、再起不能へと陥っている。
「ありゃ死人が出たっすね」
淡々とした口調でそう女が話す。俺は言葉を返すことなく急降下をすると、鯨の悪魔へ機銃掃射をした。
胴体から頭部にかけて機銃を薙ぎ払い、上昇をしながらも通り過ぎる。戦果を確認してみると銃痕から血を吹き出しており、人面瘡が絶叫を上げていた。どうやら効いているらしい。だが、思いの外皮膚が硬く致命傷には至っていないようだ。
再度機銃掃射をしようと機体を反転させた時、鯨の悪魔に変化があった。なんとすべての人面瘡がずるりと引き抜かれ、港を目指して泳ぎ始めたのだ。それにより残された鯨の悪魔には数え切れないほどの穴が空いており、生理的嫌悪感が止まらない様相へと変わっていた。
「うわ〜! 無理なやつ〜!!」
「早く報告を上げロ、港に被害が出るゾ!」
「分かってますよぉ!」
女が無線機で報告を上げる中、俺は動きが途端に鈍くなった鯨の悪魔へと接近した。そして二十ミリ機銃からありったけの血と弾丸を吐き出す。鯨の悪魔はろくに抵抗もしなかったため蜂の巣となり、やがて動かなくなった。恐らく息絶えたのだろう。
機体を即座に翻し、港を目指して泳ぐ人面瘡を追いかける。数は百体以上だ。すでに埠頭へ辿り着いた個体もおり、現場のデビルハンター達が処理をしていた。俺は未だに海を泳いでいる個体へ向けて機銃を掃射し、可能な限り数を減らすのだった。
目の前の人型悪魔を斬り捨て、上空を見上げる一人の青年。彼──早川アキは後頭部で結んだ黒髪を揺らしながら、バディであり先輩の姫野に質問をした。
「姫野さん、あれは?」
「特異五課、らしいね〜」
アキはいまいち要領を得ない返答を聞き、再度質問をする。
「特異五課、らしい?」
「そう、らしい。存在はするんだけど、誰がいて何人所属してるのかがさっぱり分からないんだよねぇ。ちなみに直属の上司はマキマさんらしくて、彼女の私兵部隊とか揶揄されてるよ」
アキはエンジン音を轟かせながら、真上を通過する航空機を見つめる。暗緑色をした機体には日の丸が描かれており、所々に悪魔を思わせる肉々しい部品が覗いていた。
「魔人ですか?」
「さあね。多分知ってるのはマキマさんぐらいじゃないかな」
アキの言った魔人とは、人間の死体に悪魔が憑依した者を指す。一見すると人間だが、頭部に悪魔の要素が発現するため、まず見間違えることはない。
「私も初めて見たよ。でも彼?彼女?が特異五課の中で一番知られてるね。確か、名前はプロペラヘッドだったかな」
「プロペラヘッド……」
「特異五課が理不尽な悪魔を処理してくれるおかげで、私達下下のデビルハンターは無駄死にしないで済んでるんだよ。だからさ──そんな銃をぶっ放してるからって、睨みつけるのは可哀想だよ?」
アキは姫野に言われ、ようやく睨みつけていたと気付いた。左手で眉間を揉みほぐすと、熱くなった心を冷ますように息を吐く。
アキにとって、銃とは復讐相手だ。かつて銃の悪魔という強大な悪魔に家族の命を奪われた。その復讐を果たすためにデビルハンターへとなったのだ。
しかし、ここで唯一生き残った弟がアキの頭をよぎる。しかし即座に首を振ると、考えを振り払った。
「俺は銃が嫌いです。それは変わりません」
「そう。でもまあ、あれは心強い味方だからさ。あまり敵視しないであげてよ」
「……分かってます」
アキは今一度空を見上げた。自由に大空を舞う鋼鉄の鳥は、何を思い悪魔を殺すのだろう。そんなことを考えては、唯一生き残った家族のことを思い浮かべていた。
オリ要素
・早川アキの弟生存