【時を紡ぐ軌跡】〜女神の子と死霊術師とオネエ神、奇跡の珍道中〜   作:えびふぉねら

10 / 19
第10話 Harvest of Bonds 〜絆の軌跡〜

 

 翌朝、夜の冷気がまだ森を包む時刻。

 朝霧が木々の間を漂い、淡い陽光が葉の隙間から柔らかく差し込んでいた。遠くで鳥のさえずりが響き、小川のせせらぎが静寂に寄り添っている。

 

 ミーティアは肩に小さな荷袋を担ぎ、隣では妹のエルネアが眠たげな目をこすっていた。彼女の小さな手は、姉の袖をしっかりと握っている。

 ミーティアはふぅと息を吐き、遠くヴァルグレアの国境門へと視線を投げた。

 

 黒い瞳には、故郷への未練よりも、新たな一歩を踏み出す決意が宿っていた。

 

「あんたらには世話になった……俺も、もうお尋ね者だな。ここには、いられない」

 

 その声は乾いており、ただ現実を淡々と告げている。だが、内に潜むのは妹を守るために全てを捨てた覚悟。

 

 セラは唇を結び、エルネアの手を見つめた。少女の小さな指が姉の袖を握る姿に、どこか懐かしく、温かな同情が広がる。

 ミーティアは妹を見やり、柔らかな笑みを浮かべた。彼女の顔には、疲れと安堵が混ざり合い、妹の無事が心の重荷を軽くしていた。

 

「行こう。国境まで出れば、あとはどうとでもなる」

 

 シードとセラは、二人を国境まで見送ることにした。

 街道に足音だけが静かに響き、四人はしばらく言葉なく歩いた。森の空気はひんやりと肌を刺し、椋鳥の群れる声が旅の寂しさを和らげていた。

 

 

 やがて、国境を示す苔むした石柱が霧の先に現れた。その古びた表面は、長い年月の重みを物語っていた。ミーティアはそこで足を止め、振り返った。

 

「……また、どこかで会うかもな」

 

 その言葉は別れの挨拶というより、微かな希望のようだった。

 命を奪おうとした相手に、家族を助けられた。その礼もできないもどかしさが、ミーティアの進む足を少しだけ遅める。

 彼女の瞳には、未来への不確かな期待と、別れの寂しさが混じっていた。

 

 セラは小さく微笑み、深く頷いた。彼女の笑顔には、二人の旅路が無事であるよう、祈りを込められている。

 

「はい。お二人とも……どうかお元気で」

 

「あのっ……ありがとうございましたっ!」

 

 エルネアが弾むような声で言い、ぺこりと頭を下げた。ミーティアは妹をそっと促し、二人は霧深い森の奥へと消えていった。

 その背中が木々の影に溶けるまで、セラは静かに見送った。胸の奥でそっと再会を願って。

 

 

   * * *

   

 

 二人の姿が完全に消えた後、シードがぽつりと口を開いた。

 

「……君とは、話の途中でしたね」

 

 セラはその声に顔を上げた。

 シードを処刑から救い、逃げ延びた直後の会話の続きだった。彼女の心は、緊張と決意で高鳴っていた。

 

「はい」

 

 一瞬の躊躇の後、セラは息を整え、言葉を紡いだ。

 本当のことは伝えられないが、父の前で嘘はつけなかった。そんなものは簡単に見抜かれてしまうだろう。

 

「信じてもらえないかもしれませんが……私は、未来から来ました」

 

 シードの銀色の瞳が僅かに細められる。驚きというより、探るような観察の視線。だが、その奥には微かな興味が揺れていた。

 

「ほう……それで?」

 

「シード様。あなたは……私のいる未来で命を落としました」

 

 その言葉を口にするだけで、セラの胸は締め付けられるように痛んだ。

 彼女が生まれた時、すでに父はこの世にいなかった。女神とは言え、セラはまだ幼い。その寂しさが声音にありありと滲み出ている。

 

「あなたを蘇らせるため、この巻物に力を込めなければならないんです」

 

 セラは道具袋から「奇跡の巻物」を取り出した。ひょんなことからゼオラシュトから譲り受けた、失われた命を取り戻す、神界の秘宝。

 巻物は淡い光を放ち、金色の軌跡が表面に浮かんでいる。その輝きは、まるで命そのものが宿っているようだった。

 

「……あれ?」

 

 セラは息を呑んだ。真っ白だった巻物の表面の一部が、いつのまにか光を刻みこんでいたからだ。驚きと期待が彼女の心を駆け巡った。

 

 ――その時、上から軽やかな声が響いた。

 

『あら、気づかなかったのォ?』

 

 しばらく静かだった時の神が何か言いたげに髪飾りを震わせる。

  

『さっきシードちゃんがエルネアちゃんを助けた時、巻物がピカーッて光ってたわよ〜』

 

 ゼオラシュトの声は、どこか楽しげだった。セラは小さく首を振って気持ちを切り替え、シードを真っ直ぐに見据えた。

 

「あなたと旅をすることで、この巻物は力を取り戻します。どうか……私を連れて行ってください」

 

 そう言ってセラは、再び自分の道具袋に手をやった。そこには、ずっと胸の奥で重みを感じていた一冊の本がある。

 

 ――魔術書だ。革張りの表紙は使い込まれ、角がすり減っていた。ラナスの居城の書斎で見つけ、読み耽っていた大切な本。

 そして、セラとシード、過去と未来をつなぐ架け橋のような存在。

  

「未来であなたが書いた魔術書……これが証拠です」

 

 シードはそれを受け取り、手のひらでその重みを確かめるように持ち上げた。

 静かにページをめくり、指先がある行で止まった。

 

「……なるほど。初見の術理ばかりですが、構成に見覚えがあります。詠唱構文の簡略化、補助術式の配置……そしてこの筆跡、訂正の癖。僕自身のものと一致している」

 

 彼の目はさらにページを追い、眉間に僅かな皺を寄せた。

 

「この定着術式……少なくともこの時代には存在しない。しかし、ここには完全な応用例が記されている。未来の魔術というわけですか」

 

 ふと首を傾げ、彼は呟いた。

 

「しかし……死霊術師が綴ったにしては、あまりに優しい」

 

 そこに記されていたのは、癒しや守りに特化した術ばかりだった。

 自分がこんな偏った内容に手間を惜しまない違和感に、驚きと戸惑いが混じる。

 

「まるで……子どもに読み聞かせる物語のようだ」

 

 セラは言葉を返せなかった。

 それは未来で、彼女が母の腹にいた頃、父としてのシードがまだ見ぬ子のために書き残した魔術書だったのだ。

 

 彼女の胸は、懐かしさと切なさで締め付けられた。

 

『さっすがシードちゃん、賢くて鋭いわァ』

 

 ゼオラシュトが茶化すように言った。

 

『人間の時は冷酷な死霊術師だったのに、神になったら立派なパパしてて……アタシ、感動!』

 

 だが、その声はシードには届かなかった。彼はセラを見据えて言った。

 

「……君は、未来を変えようとしているのですか?」

 

 はい、とセラはまっすぐ頷いた。彼女の瞳には、揺るがぬ決意が宿っていた。

 

「未来で、あなたは……事故から子供を庇って命を落としました。あなたを取り戻すために、この巻物に『絆の軌跡』を刻むこと。それだけが私の旅の理由です」

 

 森の奥からそよぐ風が、木の葉を擦れ合わせた。二人の間に沈黙が満ち、朝の光がその間を優しく照らした。

 

 シードは再び魔術書に目を落とし、低く言った。

 

「ならば、せめて教えてください。未来の僕が、この術を書いた理由を」

 

 その声には、先ほどの冷徹さとは異なる、微かな温もりが混じっていた。まるで、知られざる自分を探ろうとするかのように。

 

 セラは視線を落とし、静かに答えた。

 

「……あなたは、誰かのために祈ったんです。その人が、優しくあってほしいと」

 

 再び沈黙が降りた。

 だが、それは冷たいものではなく、人としての小さなを温もり含む静寂。

 

 椋鳥の声が遠くで響き、朝霧がゆっくりと晴れていく。

 

 シードは夜の闇が残る中、魔術書のページを一枚、また一枚とめくり続けた。

 まるで、未来の自分がどんな存在だったのか、その答えを追い求めるように。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。