【時を紡ぐ軌跡】〜女神の子と死霊術師とオネエ神、奇跡の珍道中〜   作:えびふぉねら

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第11話 夢のような

 魔術書のページをめくる音だけが、無機質にただ響く。

 その単調な音の中で、ふいに沈黙を破ったのはシードだった。

 

「……僕が誰かのために祈り、他者の命を救って死んだ、ですか」

 

 彼は冷笑するように言い放ち、本から視線を逸らし目を伏せた。

 

「自己犠牲など、僕にとって最も不合理な選択です。死霊術師としては致命的な失策。……ありえない話だ」

 

 シードの銀の瞳がセラに向けられる。 その中には過去の記憶がちらついているようだったが、彼はその感情を外に出さなかった。

 感情を抑え、事実だけを見つめる――それが、今の彼のあり方だった。

 

「……でも、私はあなたの生き方を誇りに思っています」

 

 セラの声には温もりと強さが宿る。

 言葉の意味以上に、彼女の目が語っていた。 尊敬と、憧れと、そして父への深い愛情が。

 

 シードは淡々と口を開く。

 

「――それで、その『奇跡の巻物』とやらに、僕の協力が必要だと?」

 

 声には僅かに興味が混ざっていた。 だが、彼らしく、論理の網を張って彼女の言葉を吟味しようとする思考の気配が見え隠れする。

 

「はい。巻物は、旅の中で『絆の軌跡』を刻むことで力を得ていきます。あなたと共に歩み、あなたの足跡をなぞることが……条件なんです」

 

 セラの説明は簡潔だったが、その語り口には決意が滲む。 彼女はかつて同じように、人間と共に『絆の軌跡』を刻む旅に出ていたことがある。その道は決して楽なものではない。

 

 シードはしばらく黙り込んだ。風の音だけが二人の間に流れる。 そして、静かに吐息をついた後、やや呆れたように口を開いた。

 

「……くだらない。死んだ者を蘇らせることに意味などあるのですか? 生命とは有限であるがゆえに価値を持つ。とりわけ、死は終焉ではなく、ただの遷移。否定する道理はない」

 

 彼の声には、教義のような厳密さがあった。

 

「僕がどのように死のうと、それが定められた未来であるのなら、ただ受け入れるだけのこと」

 

 彼の言葉は、自分の存在さえ変数として見なしているかのようだ。

  祖国ロスリエス教国の「死は再生の礎である」という教えが、彼の中に未だ深く根付いている証拠だった。

 

「でも、私にとっては……それが『終わり』だったんです」

 

 セラの声は確かな熱を帯びていた。風を越えて、その想いはまっすぐに彼へと届く。

 

「あなたがいない世界は……冷たくて、色のない夢みたいでした。誰も『あなた』の代わりにはなれなかった。だから……」

 

 彼女はシードの手をそっと握りしめ、言葉を継ぐ。

 

「もう一度会って、今度こそ、ちゃんと伝えたいんです。『ありがとう』って……そしてあなたに、生きていて欲しいって」

 

 沈黙。

 シードは握られた自らの手を見やり、静かに目を伏せた。

 

 彼は「祈り」や「感謝」といったものに意味を見出す性質ではない。 だが、目の前の少女――セラが語った「奇跡」のような願い。

 死霊術師として忌み嫌われ、処刑されるはずだった自身の存在が、誰かに深い意味を持つ可能性。

 そして、死者を蘇らせるという話に、ほんの僅かだが、心を動かされていた。

 

(死んだ者を、生き返らせる……そんなお伽話が本当に可能だと?)

 

 理性は疑いを向ける。しかし、彼を突き動かしたのは、純粋な興味だった。

 ありえないはずの未来に、仮にそれが「事実」として存在するのなら。 そこに価値を見出す理由は、十分にある。

 

 視線を上げて、シードは口を開いた。

 

「意味はあるのかとは言いましたが……」

 

 陽光が彼の横顔を照らす。 その声音には、冷静さの奥に微かな迷いと――別の感情が混じっているようだった。

 

「……『無意味』だとも、断じていません。君がそれほどまでに信じるというのなら……付き合う価値はあるのかも知れません」

 

 それは承諾というには曖昧だったが、彼にとっては十分な決意だった。

 その言葉に、セラの瞳が一瞬にして輝いた。 今にも涙が溢れそうな顔を伏せ、彼女は深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます……! シード様」

 

「……シードで構いません」

 

 冷たいようでいて、どこか寂しげなその顔を緩めたように見えた。

 

「君の名は……セラと言いましたか」

 

「はい」

 

「セラ、か……」

 

 シードはその名を口にしながら、手にしていた魔術書の最後のページを閉じた。書きかけのまま、ほぼ空白のページだった。

 再び訪れる沈黙。 だが、今のそれは先ほどより柔らかく、何かがほどけたような穏やかさを孕んでいた。

 

「……君はこれを『読んだ』だけではなく、応用して見せた。現代の魔術師でさえ苦しむ抽象構造を、君は自然に扱っている」

 

 シードは、処刑場でセラが使った魔術を思い出す。そして彼の瞳がまっすぐセラに向けられた。彼女の白い髪、白銀の瞳を射抜くように。

 

「君の中にある術理……それは、誰かに『教わった』ものではない。生まれながらにして宿った……血に刻まれたもの。違いますか?」

 

 セラは驚いて目を見開いた。

 

(お父様……私は……)

 

 言葉を返せず、ただ黙った。今は何も答えられないが、否定することもできずにいた。

 

 シードはほんの一瞬だけ目を細める。

 そこに宿る面影は、自らの血を受け継ぐ者を見つめる時のものに近かった。

 

『ちょっとォ! シードちゃん、セラちゃんの正体に気づいちゃってない!?』

 

 髪飾りからゼオラシュトの慌てた声が響いた。 セラは眉をひそめ、軽く頷く。

 

「いや……まさか、な」

 

 聞こえるか聞こえないかの小さな声が、シードの唇から漏れた。 だがその表情は、すでにいくつかの仮説が組み上がっているかのような冷徹な術者のものだった。

 

「……気にしないでください。僕も疲れている……」

 

 そう言って、シードは魔術書をセラに返し、近くの岩場に腰を下ろした。 首元に触れ、こうべを垂れる。

 まだ、処刑時の肉体的、精神的な疲労が回復しきっていない様子だった。

 

 それでも、セラの表情には希望の熱が確かに灯っていた。

 「父と旅ができる」そんな夢のような奇跡に胸を躍らせて。

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