【時を紡ぐ軌跡】〜女神の子と死霊術師とオネエ神、奇跡の珍道中〜   作:えびふぉねら

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第12話 お食事の時間

 その時だった。

 

 ――ぐぅ。

 

 唐突に響いたのは不協和音のような音。 発したのはセラの腹の虫だった。

 

「……あっ」

 

 セラは頬を赤らめ、両手でお腹を押さえた。神としての矜持など、空腹の前には無力である。彼女は必死に取り繕うように言葉を紡いだ。

 

「あの……す、すみません。この世界に来てから、まだ何も食べていなくて……」

 

 声は消え入りそうに小さく、しかし恥ずかしさは隠しきれない。 彼女は慌てて道具袋を探り、紙袋の底から少し硬くなりかけた食パンを取り出した。

 

「えと……私、食パン二枚持っているんです。よければどうぞ……」

 

 差し出したそれは心ばかりのもの。焼きたての香ばしさはなく、味を楽しむ余地もない、ただ人を生かすための糧。

 

「バターも、マーガリンも、ジャムもありませんけど……」

 

 そう言うと、シードは黙したままパンを一瞥し、思案する素振りを見せた。

 

「……ふむ。それだけでは味気がありませんね」

 

 冷徹とも取れる淡々とした声色。だが、彼女を責めるわけではなく、あくまで事実を述べるのみ。

  彼は背後の大森林を指し示した。

  

「あの森で『マヒムシダケ』を採りに行きましょう」

 

 セラは瞬きを繰り返した。

 

「ま、マヒムシダケ……ですか?」

 

 耳慣れぬ響き。だが語尾の「ダケ」からして、どうやらキノコの一種らしいと察する。

  彼女はてっきり「パンに塗るペーストにでもするのだろう」と解釈したが、心の奥には不安が芽吹いていた。

  

『ウッフフ、マヒムシダケねェ〜。名前からして怪しいけど?』

 

 髪飾りの中からゼオラシュトが含み笑いをもらす。何か知っているのだろう。

 セラは自らに言い聞かせるように思考を締めくくった。

 

(お父様が言うなら……きっと大丈夫。大丈夫、だよね……?)

 

 森は朝霧がゆるやかに晴れ、清らかな風が静けさを運んで来る。鳥のさえずりが反響し、広がる青空に溶けていく。

 

 

   * * *

   

 

 セラとシードは並んで森へ足を踏み入れた。

 小道は馬車が通れる程度に踏み固められており、左右には膝丈の草花が茂る。少しでも逸れれば、鬱蒼とした「ダンジョン」と化すであろう濃緑の世界。

 

 ――ヴァルグレア大森林。 大地の豊穣と精霊の息吹が眠る場所。

 

「豊かな森ですね……。地精霊の声で満ちているのが分かります」

 

 セラは胸いっぱいに空気を吸い込み、思わず呟いた。

 

「君は精霊の声を聴けるのですか。巫女の素質があるのかもしれませんね」

 

 振り返らずにシードは答える。

  巫女シャーマン――精霊と人とを繋ぐ特別な職。時に神意に触れる者。

 女神であるはずの自分が「巫女の素質」と言われることに、セラは妙な感覚を覚えた。

 

『ウッフフ。セラちゃん、女神なのに巫女候補だなんて、二重職業? ねぇ、どんな気分?』

 

「……ちょっと……複雑です」

 

 セラはゼオラシュトの囁きを無視するように、軽く応じた。

 

 シードは一定の歩調で森を進む。やがて小道を外れ、膝上まで草が伸びる密林へと足を踏み入れた。

 

「あの木の麓を見てください。あれがマヒムシダケです」

 

 指差した先には、どぎついピンク色の笠を持つ大きなキノコが群生していた。紫色の斑点が散りばめられ、見るからに毒々しい。

 

「え、あれが……」

 

 セラの顔が引きつる。 どう見ても「食べてはいけない色」をしている。

 

 だがシードは迷いなく近づき、手早く二つもぎ取った。片方をセラに差し出し、自らはもう片方の笠をかじる。

 

(え……? すり潰して塗るんじゃなくて、かじるの……!?)

 

 セラは固まった。誰もが毒と断ずる色合い。

 だが彼は表情ひとつ変えずに咀嚼し、飲み下している。

 

「君も食べてください。すぐに来ますから」

 

 命じるような調子ではないが、拒否を許さぬ確信の響き。

 

「あ、はい……」

 

 セラは恐る恐る震える指でキノコを掴み、意を決して口を開いた。

 そして――そっと笠をかじる。

 

「うっ……!?」

 

 瞬間、身体がゾクリと跳ね、舌が痺れるような衝撃に襲われた。

 甘さ、苦さ、辛さ、酸味――あらゆる味覚がごちゃ混ぜになり、喉を駆け抜ける。胃が拒絶し、背筋が総毛立つ。

 

「うううう……!? こ、これって……」

 

「セラ、我慢して飲み込みなさい」

 

 シードの声は冷静そのもの。だがその眼差しは、確かに彼女を見据えている。

 セラは涙目になりながら、どうにか喉を通した。 次の瞬間――。

 

 全身を駆け抜けるのは、熱。 凍えるような冷気の中で焚かれた炎のように、身体が拒否反応を起こす。

 

(うぇぇぇっ……ま、まずい、吐き出したいっ……お父様っ……!)

 

 セラの運命や、いかに――。

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