【時を紡ぐ軌跡】〜女神の子と死霊術師とオネエ神、奇跡の珍道中〜   作:えびふぉねら

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第13話 魔蜂巣窟グルメ戦線

 セラの耳に、シードの突飛な作戦が告げられた瞬間、彼女は思わず聞き返した。

 

「……え?」

 

「わざと捕まるのです」

 

 シードの声はあまりにも落ち着いていて、その淡々とした響きが逆に耳に刻み込まれるようだった。

 

「……ええええええっ!?」

 

 森の奥に、女神の絶叫が響き渡った。澄んだ空気を切り裂く声に、小鳥が驚いて飛び立ち、木々の枝葉がざわめいた。まるで森全体が彼女の驚愕に共鳴しているように。

 

 だが、シードは表情一つ変えず、黒衣の外套を整え、木の幹に背を預けた。緑の光と影に佇む姿は理知の魔術師そのもので、どこか孤高の気配を漂わせていた。

 

「このあたりに棲む魔蜂は、接触した生物を即座に巣へと搬送します。目的は餌。すなわち、幼虫たちの栄養源です」

 

「だからって! わざわざ捕まる必要あります!? 普通に退治すればいいじゃないですか!」

 

 セラは身を乗り出す。長い白髪が勢いよく揺れた。額に汗がにじみ、彼女の心臓は不安と混乱で早鐘を打つ。

 シードの計画はあまりにも無謀で、彼女の常識を突き崩していた。

 

「それでは巣の攻略が困難です。蜂の巣の外壁は極めて堅牢で、外からの侵入は効率が悪い。内側からなら均一な加熱処理が可能です」

 

「……加熱……処理?」

 

 セラは口を半開きにし、瞬きを繰り返した。言葉は理解できても、その意味が頭を素通りしていく。シードの横顔はまるで何事もないかのように平然としていた。

 彼女の胸の奥で、呆れと恐怖がせめぎ合った。

 

(お父様って、どうして命のやりとりを料理の下準備みたいに説明できるんだろう……!?)

 

 心の中で頭を抱え、セラは混乱に呻いた。だが、シードの目は揺るがず、議論の余地はないようだった。

 

 

   * * *

 

 

 数分後――

 

 森の奥から低い羽音が響き始めた。ブゥゥンという重低音が空気を震わせ、木々の間を不気味に満たした。

 現れたのは、人の背丈を超える巨大な魔蜂だった。琥珀色の甲殻が朝陽を反射し、節くれ立った脚が獲物を捕らえるために蠢き、鋭い毒針が冷たく光を放っていた。

 

 五体、いや、六体か。群れとなって旋回し、二人を包囲するように迫ってきた。セラの背筋に冷や汗が伝った。

 

「魔物ですっ! 私、戦います!」

 

 セラは身構えたが、シードの冷静な声がそれを制した。

 

「必要ありません。針に敢えて刺され、巣へ搬送されるのを待つのです」

 

「そ、そんな……!」

 

 理屈は分かる。だが、毒針に刺されるなど、常識の枠を遥かに超えている。セラの足は恐怖に縛られ、動けなかった。

 蜂の羽音が耳をつんざき、鋭い針がぎらりと光る。

 

 蜂たちは容赦なく間合いを詰めてきた。次の瞬間、背中に鋭い感触が走った。

 

「きゃああああっ……あれ?」

 

 反射的に悲鳴を上げたセラだったが、痛みはちくりとした程度で止まった。恐怖に震える心が、意外な軽さに戸惑った。

 

「マヒムシダケを摂取した効果です。この種の毒を無効化します」

 

 シードは、蜂の鎖のような脚に捕らわれながら、落ち着き払って告げた。セラは彼の言葉に一瞬安堵したが、すぐに複雑な思いが胸をよぎった。

 

(あの不味いキノコが、こんな役に立つなんて……)

 

 蜂に持ち上げられ、風を切る羽音が響く中、視界が揺れた。地面が遠ざかり、落ちればひとたまりもない高さに、セラの心臓が縮こまった。

 

「ひっ……」

 

「落ちて死にたくなければ、じっとしていることです」

 

 シードの低い声に、セラは慌てて口を噤んだ。恐怖で震える身体を必死に抑え、彼女は目を閉じた。

 

 

 やがて、森の奥に巨大な構造物が現れた。

 

 黄色と褐色の外壁が塔のようにそびえ、六角形の模様が不気味な城塞を形成していた。

 人間の手では決して築けない、異形の迷宮だった。働き蜂が出入りするたび、羽音が地鳴りのように響き、セラの心臓はさらに激しく鼓動した。

 彼女は目を瞑り、恐怖を押し込めた。

 

 

   * * *

 

 

 投げ込まれたのは、湿った灰褐色の空間だった。壁はねっとりとした粘液に覆われ、足元にはぬるりとした液体が溜まっていた。

 蒸し暑い空気は温室のようで、甘ったるい匂いが鼻をついた。セラの肌にじっとりと汗が滲み、胸の奥で嫌悪感が渦巻いた。

 

「なんですか……ここ……?」

 

「幼虫の育成空間。栄養の貯蔵庫であり、温度管理の場でもあります」

 

 シードの言葉に、セラはぞっとした。つまり、自分たちは「幼虫の餌」としてここに運ばれたのだ。

 シードの目は冷ややかに空間を観察し、その視線の先に白い塊が蠢いていた。

 

 ――蜂の幼虫だ。

 

 人の腕ほどの白い軟体が壁際にいくつも蠢き、吸盤のような口がぱくぱくと開閉していた。セラの背筋に冷たい恐怖が走った。

 

「い、いやぁ……っ!」

 

 彼女は思わず壁に背を押し付け、顔を蒼白にした。吐き気がこみ上げるのを必死に抑える。

 

 ぐにゃ、ぐにゃ、ぐにゃ。

 

 幼虫の不気味な咀嚼音が響き、まるで「ごちそうだ」とでも言うかのように這い寄ってきた。セラの喉が締め付けられ、息が詰まった。

 だが、シードは一歩も退かず、足元に魔方陣を走らせた。

 

「……来ます。均一加熱開始」

 

 静かな声が響いた瞬間、セラの耳に聞き慣れない詠唱が届いた。

 

「内圧制御式・低温発火展開術式――」

 

 おそらくはシードのオリジナル魔術だろう。空気が揺らめき、熱気が一気に迸った。幼虫たちは異変に気づく間もなく、皮膚がパリッと焼け始める。

 

「ぎゃぁぁ……?」「あっつ……」「とろける……」

 

 そんな声が聞こえてきそうだ。白い軟体が崩れ、濃厚な甘い香りが広がった。まるで焼き菓子のようで、鼻腔をくすぐる匂いは恐怖と矛盾するほど魅惑的。

 

 ――焼きプリンだ。

 

 セラはそんな形容を思いつき、混乱した。恐ろしい光景が、食欲をそそる香りに包まれていた。

 

 

 巣の奥は静寂に支配され、焼かれた幼虫と湯気だけが残った。

 

「……焼き上がり完了です」

 

 シードは呟き、魔力で生成した清潔な容器を取り出した。慣れた手つきで、焼かれた幼虫を蜜と共に丁寧に詰めていく。

 

「え……え……っ?」

 

 セラは呆然と見つめ、恐怖と嫌悪、そしてなぜか微かな期待が胸を占めた。

 

 

   * * *

 

 

 森のはずれ、涼やかに風が吹く開けた空間で、二人は焚き火を囲んだ。時刻はちょうど昼時と言ったところ。シードは容器を掲げ、落ち着いた声で告げた。

 

「――『ハニーロースト・インセクト』。皮は香ばしく、身は柔らか。蜜袋が甘味を保ち、栄養価は高タンパク・低脂肪。保存性も良好です」

 

「……やっぱり食べるんですね……」

 

 セラは容器を覗き、眉をひそめた。ぷるぷると震える肉片に、黄金色の蜜が絡んでいる。

 恐る恐るフォークを刺すと、すっと通り、ぷにっとした弾力が返ってきた。彼女の心は好奇心と抵抗感で揺れ動いた。

 

(……ぷにぷにしてる……でも、まろやかな甘い匂いが……)

 

 意を決して口に運ぶと、とろりと広がる甘味が舌を包んだ。キャラメルに似た香ばしさと、柔らかな舌触り。

 嫌な匂いはなく、まるで極上のスイーツのようだった。セラの頬が思わず緩んだ。

 

「……なんか悔しいけど……おいしい……」

 

「魔蜂種の幼虫は蜜を栄養に変換して蓄える性質があります。調理すれば良質な食材です。あの巣は自然が備えた、最適な温室兼オーブンと言えます」

 

「言ってることはわかるけど、理解したくないです……」

 

 そう言いながら、セラはもう一切れ口に運んだ。

 焚き火のそばで、あの硬くなりかけの食パンに塗られた蜜がきらりと光り、贅沢なデザートに早変わりした。

 

『ちょっと! アタシの分も残しておきなさいよォ!』

 

 髪飾りのゼオラシュトが金切り声を上げた。

 

「あなたは実体を持たない神だから、食事はできないと思いますが……」

 

 セラはシードに聞こえないよう、小さく囁いた。彼女の声には、ゼオラシュトの茶化しに対する軽い苛立ちと、どこか愛らしいやり取りへの微笑みが滲む。

 

『ンもう〜! でもシードちゃんてば、いい主夫になれそうよねェ〜。セラちゃんファミリー、羨ましいワ♡』

 

 

 風が甘い香りを運び、奇妙な晩餐が幕を閉じた。セラは蜜を指先で拭い、ふと呟いた。

 

(この旅……歴史を変えてしまうかもしれない危険な旅なのに、こんな美味しさも生まれるなんて……)

 

 胸の奥で微かな熱が疼いた。マヒムシダケの後遺症か、あるいは、未来を変える決意と、目の前の小さな幸せが交錯する温かさか……。

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