【時を紡ぐ軌跡】〜女神の子と死霊術師とオネエ神、奇跡の珍道中〜 作:えびふぉねら
焦茶の髪を潮風に靡かせ、顎髭を整えた精悍な顔。
灼けた肌に刻まれた無数の古傷は、彼がいかに荒波と剣戟をくぐり抜けてきたかを物語っていた。
背に負うのは愛剣一振り、従えるのは百戦錬磨の部下たち。
海賊団〈黒き牙〉を束ねる船長――ロウガン・バルナック。
その眼は濁りなき橙の光を湛えている。獲物を射抜く猛禽のごとき視線。
幾多の嵐を読み抜き、敵船を斬り伏せ、数え切れぬ修羅場を勝ち抜いてきた男にして、海そのものに選ばれた存在。
だが、彼に問えばこう答えるだろう。
航海において最も必要なものは何か、と。
練り上げた戦術でも、鍛え上げた剣腕でもない。
――「運」だ。
時に順風満帆を呼び寄せ、時に死地から救う。
誰にも支配できぬこの力こそ、荒海を生き残る唯一の鍵であると。
そして、その「運」を試すために、彼は海賊札の卓をこよなく愛していた。
* * *
荒くれ者たちが取り囲む甲板の中央に、酒臭い卓が置かれた。
木箱をひっくり返して作った粗末な盤。そこに並べられるのは「海賊札」と呼ばれる古びたカードだ。
「ゲームは嬢ちゃんにやってもらう。執事のアンタは口出し無用だぜ」
バルナックの豪快な笑いが響く。
「……承知しました」
シードは徐に一歩下がった。黒い燕尾服に包まれた長身の体躯と、氷のような銀の双眸が、静かな威圧感を放つ。
セラは、白銀の瞳を潤ませ、ドレスの裾を握りしめながら震える声で答えた。
「は、はい……! 私、頑張ります……!」
その耳元で、ゼオラシュトの甘やかな声が囁く。
『キャーッ、セラちゃんカッコいい! でも安心して、アタシがついてるんだから♡』
――ルールは単純。
互いの山札からカードを引き、船を出し、砲撃を繰り返し、相手の「旗艦」を沈めた方が勝ち。
ただし山札には「嵐」「座礁」「反乱」など致命的なハズレ札も潜む。
セラの手元には――どう見ても「博打にしか使えない」爆発力一点狙いの
運が悪ければ瞬殺、運が良ければ一撃必殺。
「嬢ちゃんに渡されたのは『運試しデッキ』だ!」「そりゃ早々に沈むな!」
周囲の笑いが潮風に混じった。
「デュエル開始の宣言をしろ! イソール!」
バルナックが、波音もかき消すほど声も高々に叫んだ。
イソールと呼ばれた手下が両者の着席を確認すると、右手を掲げ声を上げる。
「……デュエル開始ィ!!」
こうして、セラにとって圧倒的不利な「海賊札」ゲームが開始された。
セラはおずおずと三枚の初手を引く。
【小型船】【座礁】【黒帆船】――
(うぅ……な、なんだか全然強そうじゃない……!)
『セラちゃん、アタシに見せてごらんなさい? ……ふむふむ、なるほどね』
すると、ゼオラシュトが髪飾りからするりと現れ、バルナックの席へ滑り込む。相手の手札を覗き、指先で髪を巻きながら小悪魔めいた笑みを浮かべた。
『ふふん、相手の手札は【大砲船】【追い風】【修理】。わざわざ並べて見せびらかすんだから♡序盤から攻めてくるわヨ』
(えっ!? ゼオラシュト!? 何してるんですか!?)
『このぐらい当たり前じゃなぁい。セラちゃん、アナタ、こうでもしなきゃ勝てないデッキを渡されたのよ。……さぁ、相手が【大砲船】を出したら、迷わず【座礁】で止めてやんなさい♡』
セラは複雑な面持ちのまま【小型船】のカードを場に出し、【座礁】のカードを伏せる。
案の定、バルナックは豪快に【大砲船】を叩きつけた。
甲板がどよめく。序盤から火力の高いカードを出すのは、まさしく攻めの構え。
「俺のターン。どーんと出すぜ! 嬢ちゃんの小舟なんざ一撃で粉砕だ! さらに……!」
そしてそのまま迷いなく【追い風】のカードを重ね、船の火力を上げてくる。
海賊たちが笑い声をあげる中、セラは慌てて卓のカードを裏返して置いた。
「わ、私は……伏せカードオープン、【座礁】で、その船を止めます!」
【座礁】は、相手の大型船を一時的に行動不能にするカードだ。
ざわっ、と笑いが止まった。
「なんだと……」
バルナックの眉がぴくりと動く。彼はセラを一瞥し、橙の瞳に探るような光を宿した。
『ナイスよセラちゃん♡そのまま時間を稼ぎなさい!』
「妙に読みが鋭いな、嬢ちゃん。まぁ、運がいいってだけか?」
(うっ、怪しまれてる……!)
『ほらネ? 相手の次の動きがわかってれば楽勝でしょ♡』
(こ、これって……完全にズルですよね!?)
『ズルじゃないわヨ、知恵と愛嬌♡さぁ次はコンボの準備よ!』
二ターン目。
「私のターン、ドローです……!」
セラが引いたのは【禁断の砲弾】。旗艦を一撃で沈める、必殺コンボの起点となる強力なカードだが、発動には別のカードが必要だ。
(これって……! でも、条件が揃わないと……)
『当たりぃ♡【黒帆船】にこれを積めば、一撃で旗艦撃沈よ! ただし条件を揃えるまで我慢ね』
ゼオラシュトの甘い囁きに、セラの胸が高鳴る。
赤くなった頬を必死に隠しながら、カードを伏せてターンを回す。
バルナックは【修理】を出し、【大砲船】を再稼働させる。
「これで嬢ちゃんの動きを封じるぜ。次の引きがハズレなら、終わりだな!」
その瞬間、ゼオラシュトが歌うように囁く。
『バルナックちゃんの山札、ちょーっと覗いてきたけど……次の引きはハズレ札【嵐】よ。運が悪いわねェ〜』
実際、バルナックが山札を引いた瞬間、顔をしかめた。
「……くそッ、【嵐】か!」
荒くれ者たちがどよめき、笑いが広がる。
(ゼ、ゼオラシュト……私やっぱりこんなこと……)
『大丈夫♡時の神のアタシを味方につけた時点で、セラちゃんの運はマックス大爆発なんだから!』
三ターン目。
セラは祈るようにカードを引く。
――【追い風】
『よしッ! これで条件揃ったワ! 【黒帆船】を出して、【禁断の砲弾】を装填、【追い風】で射程強化――はい、コンボ完成♡』
ゼオラシュトが腰をくねくねさせながらセラの手札を指差す。
「わ、私は【黒帆船】を出します! さらに【禁断の砲弾】を装填……! そして【追い風】で――!」
セラが勢いでカードを並べると、卓上に視線が集中する。
「な、なんだと……!」
「【黒帆船】と【禁断の砲弾】のコンボ……!? 馬鹿な、三ターンで揃うなんて……!」
『さぁセラちゃん、言ってあげなさい!』
彼女は震える唇を噛み、声を張った。
「バルナックさんの旗艦に、
ドン、と卓の駒が倒れる。
旗艦、撃沈。
海賊たちが一斉に息を呑んだ。
やがて、笑い声ではなく歓声が爆発する。
「や、やりやがった! 三ターンキルだ!」
「嬢ちゃんの小舟が……旗艦を沈めちまったぞ!」
バルナックはしばらく目を剥いていたが、やがて腹を抱えて笑いだした。
「はははッ! おもしれぇッ! 嬢ちゃん、てめぇ運だけじゃなく、度胸もあるじゃねぇか!」
セラは耳まで真っ赤にして両手を胸に押し当てる。
「ち、違います……! わ、私なんて……!」
『ウッフフ、アタシの助けもちょっとあったけど、セラちゃんの勇気よ♡』
ゼオラシュトの艶っぽい声が、セラの頬をさらに熱くした。
バルナックは笑いを収めると、橙の瞳に鋭い光を宿したまま、ふっと声を落とした。
「いいぜ、嬢ちゃん。運で旗艦を沈めた度胸は認めてやる。だが――海は運だけじゃ渡れねぇ。次は……剣でも賭けてみるか?」
バルナックの右手が、背負った剣のつかを握った。
その言葉に、セラはびくりと肩を震わせる。
笑い声に紛れていた海賊たちの空気が、一瞬にして張りつめた。
――その刹那。
卓の横から、静かに影が差す。
シードが一歩、前に出ていた。冷たく鋭い銀色の瞳がバルナックを射抜く。
まるで、彼女に手を出すなら容赦はしない、とでも言っているような視線だった。
周囲の荒くれ者たちが息を呑む。
その圧だけで、潮風すら止まったかのようだった。
バルナックはしばしシードを睨み返し――やがて、ふっと破顔した。
「……はは。おっかねぇな、執事サマは。今のは冗談だぜ!」
わざとらしく両手を広げ、甲板に再び豪快な笑い声を響かせる。
緊張が解け、海賊たちもつられてどっと笑った。
セラは胸に手を当て、安堵と共に小さく息を吐く。
だが、彼女の胸には新たな決意が芽生えていた。
(次は……もっと自分の力で、戦ってみせる!)