【時を紡ぐ軌跡】〜女神の子と死霊術師とオネエ神、奇跡の珍道中〜   作:えびふぉねら

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第19話 勝負は時の運

 

 焦茶の髪を潮風に靡かせ、顎髭を整えた精悍な顔。

 灼けた肌に刻まれた無数の古傷は、彼がいかに荒波と剣戟をくぐり抜けてきたかを物語っていた。

 

 背に負うのは愛剣一振り、従えるのは百戦錬磨の部下たち。

 海賊団〈黒き牙〉を束ねる船長――ロウガン・バルナック。

 

 その眼は濁りなき橙の光を湛えている。獲物を射抜く猛禽のごとき視線。

 幾多の嵐を読み抜き、敵船を斬り伏せ、数え切れぬ修羅場を勝ち抜いてきた男にして、海そのものに選ばれた存在。

 

 だが、彼に問えばこう答えるだろう。

 航海において最も必要なものは何か、と。

 練り上げた戦術でも、鍛え上げた剣腕でもない。

 

 ――「運」だ。

 

 時に順風満帆を呼び寄せ、時に死地から救う。

 誰にも支配できぬこの力こそ、荒海を生き残る唯一の鍵であると。

 

 そして、その「運」を試すために、彼は海賊札の卓をこよなく愛していた。

 

 

   * * *

   

 

 荒くれ者たちが取り囲む甲板の中央に、酒臭い卓が置かれた。

 木箱をひっくり返して作った粗末な盤。そこに並べられるのは「海賊札」と呼ばれる古びたカードだ。

 

「ゲームは嬢ちゃんにやってもらう。執事のアンタは口出し無用だぜ」

 

 バルナックの豪快な笑いが響く。

 

「……承知しました」

 

 シードは徐に一歩下がった。黒い燕尾服に包まれた長身の体躯と、氷のような銀の双眸が、静かな威圧感を放つ。

 セラは、白銀の瞳を潤ませ、ドレスの裾を握りしめながら震える声で答えた。

  

「は、はい……! 私、頑張ります……!」

 

 その耳元で、ゼオラシュトの甘やかな声が囁く。

 

『キャーッ、セラちゃんカッコいい! でも安心して、アタシがついてるんだから♡』

 

 

 ――ルールは単純。

 互いの山札からカードを引き、船を出し、砲撃を繰り返し、相手の「旗艦」を沈めた方が勝ち。

 ただし山札には「嵐」「座礁」「反乱」など致命的なハズレ札も潜む。

 

 セラの手元には――どう見ても「博打にしか使えない」爆発力一点狙いの山札(デッキ)が手渡された。

 運が悪ければ瞬殺、運が良ければ一撃必殺。

 

「嬢ちゃんに渡されたのは『運試しデッキ』だ!」「そりゃ早々に沈むな!」

 

 周囲の笑いが潮風に混じった。

 

「デュエル開始の宣言をしろ! イソール!」

 

 バルナックが、波音もかき消すほど声も高々に叫んだ。

 イソールと呼ばれた手下が両者の着席を確認すると、右手を掲げ声を上げる。

 

「……デュエル開始ィ!!」

 

 こうして、セラにとって圧倒的不利な「海賊札」ゲームが開始された。

 

 

 セラはおずおずと三枚の初手を引く。

 

 【小型船】【座礁】【黒帆船】――

 

(うぅ……な、なんだか全然強そうじゃない……!)

 

『セラちゃん、アタシに見せてごらんなさい? ……ふむふむ、なるほどね』

 

 すると、ゼオラシュトが髪飾りからするりと現れ、バルナックの席へ滑り込む。相手の手札を覗き、指先で髪を巻きながら小悪魔めいた笑みを浮かべた。

 

『ふふん、相手の手札は【大砲船】【追い風】【修理】。わざわざ並べて見せびらかすんだから♡序盤から攻めてくるわヨ』

 

(えっ!? ゼオラシュト!? 何してるんですか!?)

 

『このぐらい当たり前じゃなぁい。セラちゃん、アナタ、こうでもしなきゃ勝てないデッキを渡されたのよ。……さぁ、相手が【大砲船】を出したら、迷わず【座礁】で止めてやんなさい♡』

 

 セラは複雑な面持ちのまま【小型船】のカードを場に出し、【座礁】のカードを伏せる。

 

 案の定、バルナックは豪快に【大砲船】を叩きつけた。

 甲板がどよめく。序盤から火力の高いカードを出すのは、まさしく攻めの構え。 

 

「俺のターン。どーんと出すぜ! 嬢ちゃんの小舟なんざ一撃で粉砕だ! さらに……!」

 

 そしてそのまま迷いなく【追い風】のカードを重ね、船の火力を上げてくる。

 

 海賊たちが笑い声をあげる中、セラは慌てて卓のカードを裏返して置いた。

 

「わ、私は……伏せカードオープン、【座礁】で、その船を止めます!」

 

 【座礁】は、相手の大型船を一時的に行動不能にするカードだ。

 ざわっ、と笑いが止まった。

 

「なんだと……」

 

 バルナックの眉がぴくりと動く。彼はセラを一瞥し、橙の瞳に探るような光を宿した。

 

『ナイスよセラちゃん♡そのまま時間を稼ぎなさい!』 

 

「妙に読みが鋭いな、嬢ちゃん。まぁ、運がいいってだけか?」

 

(うっ、怪しまれてる……!)

 

『ほらネ? 相手の次の動きがわかってれば楽勝でしょ♡』

 

(こ、これって……完全にズルですよね!?)

 

『ズルじゃないわヨ、知恵と愛嬌♡さぁ次はコンボの準備よ!』

 

 

 二ターン目。

 

「私のターン、ドローです……!」

 

 セラが引いたのは【禁断の砲弾】。旗艦を一撃で沈める、必殺コンボの起点となる強力なカードだが、発動には別のカードが必要だ。

 

(これって……! でも、条件が揃わないと……)

  

『当たりぃ♡【黒帆船】にこれを積めば、一撃で旗艦撃沈よ! ただし条件を揃えるまで我慢ね』

 

 ゼオラシュトの甘い囁きに、セラの胸が高鳴る。

 赤くなった頬を必死に隠しながら、カードを伏せてターンを回す。

 

 

 

 バルナックは【修理】を出し、【大砲船】を再稼働させる。

 

「これで嬢ちゃんの動きを封じるぜ。次の引きがハズレなら、終わりだな!」

 

 その瞬間、ゼオラシュトが歌うように囁く。

 

『バルナックちゃんの山札、ちょーっと覗いてきたけど……次の引きはハズレ札【嵐】よ。運が悪いわねェ〜』

 

 実際、バルナックが山札を引いた瞬間、顔をしかめた。

 

「……くそッ、【嵐】か!」

 

 荒くれ者たちがどよめき、笑いが広がる。

 

(ゼ、ゼオラシュト……私やっぱりこんなこと……)

 

『大丈夫♡時の神のアタシを味方につけた時点で、セラちゃんの運はマックス大爆発なんだから!』

 

 

 三ターン目。

 セラは祈るようにカードを引く。

 

 ――【追い風】

 

『よしッ! これで条件揃ったワ! 【黒帆船】を出して、【禁断の砲弾】を装填、【追い風】で射程強化――はい、コンボ完成♡』

 

 ゼオラシュトが腰をくねくねさせながらセラの手札を指差す。

 

「わ、私は【黒帆船】を出します! さらに【禁断の砲弾】を装填……! そして【追い風】で――!」

 

 セラが勢いでカードを並べると、卓上に視線が集中する。

 

「な、なんだと……!」

 

「【黒帆船】と【禁断の砲弾】のコンボ……!? 馬鹿な、三ターンで揃うなんて……!」

 

『さぁセラちゃん、言ってあげなさい!』

 

 彼女は震える唇を噛み、声を張った。

 

「バルナックさんの旗艦に、全弾斉射(ダイレクトアタック)ですっ!!」

 

 ドン、と卓の駒が倒れる。

 旗艦、撃沈。

 

 海賊たちが一斉に息を呑んだ。

 やがて、笑い声ではなく歓声が爆発する。

 

「や、やりやがった! 三ターンキルだ!」

 

「嬢ちゃんの小舟が……旗艦を沈めちまったぞ!」

 

 

 バルナックはしばらく目を剥いていたが、やがて腹を抱えて笑いだした。

 

「はははッ! おもしれぇッ! 嬢ちゃん、てめぇ運だけじゃなく、度胸もあるじゃねぇか!」

 

 セラは耳まで真っ赤にして両手を胸に押し当てる。

 

「ち、違います……! わ、私なんて……!」

 

『ウッフフ、アタシの助けもちょっとあったけど、セラちゃんの勇気よ♡』

 

 ゼオラシュトの艶っぽい声が、セラの頬をさらに熱くした。

 

 バルナックは笑いを収めると、橙の瞳に鋭い光を宿したまま、ふっと声を落とした。

 

「いいぜ、嬢ちゃん。運で旗艦を沈めた度胸は認めてやる。だが――海は運だけじゃ渡れねぇ。次は……剣でも賭けてみるか?」

 

 バルナックの右手が、背負った剣のつかを握った。

 その言葉に、セラはびくりと肩を震わせる。

 笑い声に紛れていた海賊たちの空気が、一瞬にして張りつめた。

 

 ――その刹那。

 

 卓の横から、静かに影が差す。

 シードが一歩、前に出ていた。冷たく鋭い銀色の瞳がバルナックを射抜く。

 まるで、彼女に手を出すなら容赦はしない、とでも言っているような視線だった。

 

 周囲の荒くれ者たちが息を呑む。

 その圧だけで、潮風すら止まったかのようだった。

 

 バルナックはしばしシードを睨み返し――やがて、ふっと破顔した。

 

「……はは。おっかねぇな、執事サマは。今のは冗談だぜ!」

 

 わざとらしく両手を広げ、甲板に再び豪快な笑い声を響かせる。

 緊張が解け、海賊たちもつられてどっと笑った。

 

 セラは胸に手を当て、安堵と共に小さく息を吐く。

 だが、彼女の胸には新たな決意が芽生えていた。

 

(次は……もっと自分の力で、戦ってみせる!)

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