【時を紡ぐ軌跡】〜女神の子と死霊術師とオネエ神、奇跡の珍道中〜   作:えびふぉねら

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第3話 逆転の処刑台

 ドン、と湿った木材が鈍く響き、踏み台が蹴り飛ばされた。

 支えを失った銀髪の男――シードの身体が宙を舞い、麻縄が首を容赦なく締め上げる。黒衣がはためき、足先が虚空を掻く。

 

 それはセラの知る、未来で神となる冷たくも優しい父の姿。だが今、彼は魔力を封じられ、ただの人間にすぎなかった。

 

(お父様……!? ここはあの処刑台……本当に時間が戻ってる……!?)

 

 セラの視界はまだ霞み、頭に浮遊感が残る。現実味が薄れる中、目の前の出来事は幻とは思えなかった。

 

「──いってらっしゃい、二週目ェ〜。出血大サービスよォン」

 

 耳の奥で甘い声が響く。

 ゼオラシュト――セラの髪飾りに宿る時の神は、死の惨劇を観客のようにはしゃいでいた。

 

 気がつけば、セラは処刑場の柵の陰に立っていた。ゼオラシュトの計らいだろう。この距離ならば、救出が間に合うかもしれない。

 木製の柵に群衆の手が重なり、処刑を見物している。縄の軋む音と、首筋の皮膚が削れるような響きが耳にこびりつく。

 

「セラちゃん、頑張って! パパ助けたいんでしょォ?」

 

 セラは答えず、唇を噛み、父の命を蝕む縄を見据えた。

 踏み台はすでに外れている。一刻の猶予もない。

 

(攻撃の魔術なんて使えない。考えて……どうすれば……)

 

 もがき苦しむシードの姿に、目を背けたくなる衝動が襲う。

 だが、セラは白銀の目を見開き、惨状に向き合った。

 

 その時ふと、視線が縄の繊維に引き寄せられる。

 麻――植物。なら、創造の魔術で呼びかけられるかもしれない。

 

(こんなのやったことない。でも、賭けるしかない!)

 

 胸の前で手を組み、息を吐く。

 

 距離、人混み、衛兵の目――失敗すれば次はない。

 

「お願い、応えて……!」

 

 祈りが魔力に変わり、セラの周囲に温かな奔流が巻き起こる。

 春風のような柔らかな力がシードに届くと、ぱしゅ、と乾いた音とともに縄がふわりと解けた。

 

 草に変わった縄は彼の首から滑り落ち、床に舞い降りる。

 

「……っ!?」

 

 落下したシードを、草のクッションが受け止めた。

 彼は咳き込みながら、僅かに息を取り戻す。

 

「……おと……シード様!」

 

 安堵と焦りが混じる清らかな声が、群衆のざわめきを突き抜けた。

 魔術は成功したが、喜ぶ暇はない。衛兵の視線がセラに向く。金属の鎧が軋み、剣が抜かれる音が響く。

 

(隠さなきゃ……!)

 

 処刑台――木、これも植物の成れの果てだ。セラは大地に願いを送る。

 ギシリ、と木材が枝葉に変わり、処刑台は瞬く間に樹木の塊と化した。群衆と兵士の視線を完全に遮る。

 

「やるじゃない、セラちゃん!」

 

 ゼオラシュトの拍手混じりの声を無視し、セラはシードに駆け寄った。

 腕の拘束具を外し、その手を握る。だがシードの足元はおぼつかず、走って逃げられる状態ではない。

 

「君……は……」

 

「こっちです! 急いで!」

 

 セラはシードを引きずり、枝葉の影を抜けて路地裏に飛び込んだ。だが――

 

「いたぞ! 死霊術師シードと白髪の女だ!」

 

 追手の声が響く。複数の甲冑が石畳を叩き、路地の先、左右から別部隊の足音が迫る。挟み撃ちだ。

 

「っ……!」

 

 セラは近くの樽を倒し、木板を蔦で絡めてバリケードを作った。だがそれは数秒の猶予にしかならない。

 金属音が間近に迫る。逃げ道はもはやない。

 

「下がってください」

 

 掠れた声が響く。振り向けば、シードがかろうじて立ち上がり、右手を翳していた。

 路地の石畳が黒く染まり、霊気のような死の気配が溢れる。

 

「くそ……!」「何をしている、逃すな!」

 

 衛兵の一人が怯んだ隙に、セラは地面に手を突き、花と雑草を一斉に芽吹かせた。

 瞬く間に路地は緑に覆われ、追手の足がもつれた。

 

「走って!」

 

 セラはシードの腕を引き、角を曲がった。

 背後で怒号と剣戟が重なり、樹木の枝が折れる音が響く。

 

 シードは焼けるように痛む肺と喉を庇い、前後不覚のままセラに引っぱられていた。

 だが、足を止めれば終わりだ。

 

 路地の隙間から外の光が見える――しかし、その前に一隊の兵が立ちはだかる。

 

(そんな……間に合わない!)

 

 その瞬間、母なる女神の気配が足元を包んだ。

 精霊の風が舞い上がり、二人の身体を持ち上げる。

 枝葉を突き抜け、兵士たちの頭上を越えて飛び抜けた。

 

(これはお母様の力……ありがとう……!)

 

 着地と同時に膝が崩れたが、草原の匂いが鼻を満たす。

 石壁の外――追手の足音はまだ遠い。

 

 セラは肩で息をしながら、シードの手を握った。

 彼は無言だが、体温は温かい。「父」は確かに生きている。

 

「脱出成功ネ。おめでとう、セラちゃん」

 

 ゼオラシュトの笑い声が、追手の怒声に紛れて遠ざかっていく――。

 シードは限界を迎え、意識をゆっくりと手放していた。

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