昼と夜が再びに等しく在る日。
秋分と呼ばれるその日の夜、奢覇都は行われる。
月灯りに照らされた森で、魔女たちが大いなる収穫を祝う夜。
濃い色の装束を身に纏い姿を隠す幾人か、魔法円を囲んでいた。
――
――
――
――
大地の上で九つ結びの呪い縄で括られた魔法円の前に、立つ女が居る。
長い黄金の髪が月灯りと篝火を受け、赤銅の如き輝きを纏っていた。
若く見える、だがどこか老成した空気も纏っている。
その手に在る白柄の短剣で大地に
「神秘の夜、輝く月、東、そして全ての方位に、魔女の秘跡を聴き給え」
透き通る声が月光に染まる。
数多の使い魔の瞳が光る中、滔々と、謳われる呪いが夜に溶けていく。
「此処に力を、地水、風火、杖、万能章、剣、我らが願いを為し給え」
用意された供物と、備えを示し神威へと告げた。
「我らの言葉を聴き給え」
収穫の歓びを、魔女たちの平穏を、それは祈りでもあり呪いでもある。
夜の住人たちの守護者への捧げ物を、祈りに乗せて夜に溶かす。
――
――
魔女たちの呪い詩が響く中、途切れる前にと新たな秘文字を刻み、
夜に、月に、豊穣に、守護者に、様々な神へと呪いを捧げていく。
なお、終わった後はBBQである。
令和日本にて行われる、魔女集会の定番であった。
そして魔女サークルから参加している新人の美魔女たちに勧められ、
したたかに痛飲してしまった魔女さんは、結構な前後不覚に陥り、
アパートに帰って辛うじて身体を洗った後、寝台に倒れ込んでしまう。
そんな魔女さんの朝は、猫の肉球ではじまった。
「魔女さーん、朝だよ、朝ですよー」
寝台の上、それなり程度な大きさの胸元を足場にして、
整った顔面をぶにぶにと捏ねまくるのは使い魔の黒猫。
「朝ごーはーんー」
「のぐふぉうッ」
首元への黒猫ダイブに喉を潰され、流石に目を覚ます宿酔いの魔女。
身体を起こせば猫も転げて、掛布団の上にぽすりと落ちた。
寝ぼけ眼のままに。ぼさぼさの長く濃い金髪を撫でつけながら、
冷蔵庫横に立ててある容器からカリカリを猫皿へと注ぐ。
「たまにはちゅーるとか欲しいんだけど」
「いや、あんたアレ食べる時って瞳孔開きっぱなしだし」
怖いから嫌だと断る飼い主に、飼い猫からは抗議のぺしぺし。
そんな使い魔の抗議もふもふどこ吹く風と、軽く頭を回した魔女さんは、
痛飲の代償に軽く眉根を寄せつつ、冷蔵庫から飲料水を取り出した。
がばがばと雑に、肉体の足りない水分を補給する。
「んじゃ、おやすみー」
再び布団に潜り、夢の神の御許に訪れようとする主を止めるべく、
丁寧に胸元に駆け上がり、二又の尻尾でペシリと顔を叩く使い魔。
「せっかくの新しい朝ですよ、所謂希望の朝」
「この使い魔、お化けに対して何を求めていやがるのか」
構えと荒ぶる黒猫に就眠を邪魔され続け、諦めて寝台から出れば、
入れ替わりに寝台の中央に陣取りそのまま丸くなる黒い猫。
「………………」
「すぴょすぴょ」
寝台を占拠した黒い獣に手を伸ばすも、尻尾で祓われる魔女の怪異。
「ねえええぇぇこおおおぉぉぉぉッ」
地の底から響く様な声も、丸い毛玉を僅かも揺らす事無く。
「飽きた眠るぞキミもう起きろ」
「李白並みの身勝手さッ」
つまりは今日も、猫は猫であった。
仕方なしと諦め、身を整えながら屋内の雑事を片付ける。
気が付けば陽も高く、時折に猫は起きて欠伸をする。
そして魔女さんは、朝に続き昼食も抜こうとしている自分に気が付き、
何某かの食をと望むも、手当て荒れた胃の腑は拒絶を主張する。
「さっぱりとして、何か食べ応えの在る物」
空腹のせいか、どうにも矛盾した内容の発言が零れ頭を振る。
何にせよ冷蔵庫の中には大した物も無く、買い物袋を持ち出した。
布団の上、空調の効いた空間でゴロゴロ鳴る猫に外出を告げ、
うどんか肉か、牛か鶏かと胃腸にお伺いを立てながら扉を開く。
暑かった。
何これ暑い只事じゃ無い
この部屋守ってたエアコン偉い
などと打首獄門な感想が知らず脳裏に湧いてくるほどに、暑い。
ともあれと心頭滅却すれば火もまた暑い、ヤバイ。
そんなコウペンちゃんコラボしていそうな晩夏の午後。
もう9月なのにとぼやきつつ、ふらふらと歩み行く金髪の怪異。
してそれは、白昼の悪夢であったか、それとも現実の出来事であったか。
用事があって通ったのか、散歩のみちすがらであったのか、
もはやそれさえぼんやりとして思い出せぬ有様だけれど。
魔女さんは、ある場末の、見る限り何処までも何処までも、
真直に続いている、広い埃っぽい大通りを歩いていた。
―― アップク、チキリキ、アッパッパア…… アッパッパア……
お下げを埃でお化粧した女の子達が、道の真中に輪を作って歌っていた。
アッパッパァという涙ぐましい旋律が、霞んだ晩夏の空気へ溶解して行った。
男の子等は繩飛びをして遊んでいた。
長い繩の弦が、ねばり強く地を叩いては、空に上った。
田舎縞の前をはだけた一人の子が、ピョイピョイと飛んでいた。
その光景は高速度撮影機を使った活動写真の様に、如何にも悠長に見えた。
ふと見れば、子供たちの中に見知った一つ目の小僧が混ざっていた。
「何を哂っているのです、君はお化けとしてそれで良いのですか」
無神経な怪異の肩を叩いて、こう告げてやろうかと思った。
けれど魔女さんにはそれを実行する丈けの気力がなかった。
魔女さんは眩暈を感じながらヒョロヒョロと歩き出した。
行手には、どこまでもどこまでも果しのない白い大道が続いていた。
陽炎が、立並ぶ電柱を海草の様に揺すっていた。
そして商店にて息を吹き返し、帰宅の路でまた白昼夢に襲われる。
日中からお化けが蔓延る様を、これが多様性かと茹だった脳が導き出し、
ともあれと漸くに帰宅の段に至れば、飼い主は扉前で猫に迎えられ。
チュールチュールと強請る使い魔には、安売りだった猫缶を開け。
夕食を作る時間。
そして魔女さんは、厚切りの豚モモ肉を選んだ。
脂身に耐えうる様な体調でも無く、かと言って肉を外すには空腹が過ぎる。
ヒレ肉などでも良かったのだが、単純に値段の差からのモモ肉である。
厚切りモモ肉を扱う店は少な目だが、そこは特に拘りがあるわけでも無く、
無ければ無いでカツ用でも、あるいは塊を買って手頃に削いでも良い。
要は、そこそこの厚さが在れば良いのだ。
そして、やけっぱちの様に胡椒を振る。
フライパンで熱される時に香りが飛ぶが、そんな事は知らぬとばかり。
香りが飛ぼうと物量で押し込み、さらに焼いている最中にも胡椒を振る。
無駄にスパイシーな仕上がりが、魔女さんの好みであった。
そして肉に火が通れば、雑にケチャップを上から搾る。
舎利の上の寿司ネタの様に、豚肉の上にケチャップを積む。
次いでケチャップのコロニーに、ウスターソースを直撃させた。
ケチャップとウスター、ご家庭料理の黄金コンビである、
ここで多く入れるとケチャップ入りのウスター味と成るのだが、
魔女さん的にはケチャップ派なので、分量はケチャップより少ない。
後はふつふつとフライパンに泡が出来る中、肉に絡めて。
熱で乾く前に火を止めて皿に移す。
―― ポークチャップ
ポークチョップと良く似た名前で、要は豚肉のケチャップ炒め。
アメリカより伝わったポークチョップを元に、日本のご家庭が簡素化し、
わかり易い味と簡単さが、昭和の頃合いに人気で在った家庭料理である。
そして炊き立てご飯を茶碗に盛り、がつがつとごはん泥棒で食を進めた。
金髪妖眼白人女性にしては、やたらと堂に入った和風自炊。
実は魔女さんは第二次世界大戦時、ナチスドイツに捕獲された後に脱走し、
当時の同盟国であった日本行き貨物に密航して来日した怪異である。
ぶっちゃけ、そこらの日本人よりも日本生活が長い。
なお、さりげに戦後の混乱期に背取りして日本国籍なども持っていた。
山田ヨネ97歳、毎年敬老の日には公民館で折詰を貰っている。
そして食べ終わり、残った肉は粗熱が取れた後にラップ。
後で食べようと放置して、その内に麦しゅわ缶を冷凍庫に放り込んだ。
脂身が無い肉を選んだのは、ここにも理由が在る。
無駄にスパイシーなポークチャップは、冷めても食えるのだ。
半生乾きのジャーキーの様に、出来立てとは違った魅力を持つ。
「私、お疲れーッ」
軽く氷点下まで冷やされた麦しゅわ缶を開け、体内に淀む熱を吹き飛ばす。
今日は終日ごろごろしていただけな様な気もするが、気にしてはいけない。
基本、お化けには仕事も学校も無いのだから。
「現代では低学歴の引きニートって言わないかな」
「いちいち流行り言葉なんか使わなくても、与太郎で良いでしょ」
かつて闇市で拾った大正生まれの化け猫が辛辣な意見を述べるも、
氷点下の麦しゅわの前では風の前の塵に同じく、何の痛痒も齎さない。
ちなみに昼を好き勝手に動く魔女さんは、近所から夜職だと思われている。
とは言えお化けである以上、それはそれで間違いでは無い。
そして夜は更けて、お化けの時間には熟睡していたケルトの魔女。
そのまま翌日に迷わず身代を潰す勢いで朝寝朝酒朝湯と極めて、
お化けとしての自覚はどうなのと、使い魔に説教された魔女さんであった。