魔女さんの虚無ごはん   作:しちご

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あげだしどうふ

 

英尺(フィート)の赤い紐を使う。

 

(センチ)で言えばだいたい270程度と成るが、それは国際英尺、

1958年に締結された単位での話であり、実績の数値ではない。

 

ケルトの魔女的には元々の単位、足の長さで考えるべきかもしれないが、

そんな人によって変わる数値でどうしろと言う話でもあった。

 

洋の東西、尺にしろ英尺にしろ、人体を基準にする数値は曖昧である。

現在でこそ30糎程度に規定されているが、古代には数値は少なく。

 

年代、土地に因るがだいたい22~28程度で曖昧に運用されていた。

 

やってられねえという話である。

 

なので過去には頑張って自分の足で測っていた魔女さんであったが、

最近はもう3(メートル)から適当に差っ引いた、だいたいの長さで使っていた。

 

「ひとつ結べば呪いはじめ」

 

そんな紐の、端を結ぶ。

 

「ふたつ結べば真実と成れ、みっつ結べば少しでも」

 

結び目に力在る言葉を唱えながら、反対側と中央も結ぶ。

 

「よっつ結べば力を蓄え、いつつ結べば御霊が籠もる」

 

後は最初と同じ順番に、結び目の間の中央あたりを結ぶ。

 

「むっつ結べば呪い定め、ななつ結べば膨らんで」

 

結ぶ順の方向は変えず、外側の結び目の内側の狭間を結ぶ。

 

「やっつ結べば幸い招き、ここのつ結んで成就せよ」

 

まだ結んでいない中央付近の2つ狭間を、同じ順で結び。

九つの結び目の呪い、魔女が造る願望機の呪い紐であった。

 

これが結構、良く売れる。

 

最近にサークル参加してきた新人魔女でもお守り程度には成るのに、

ケルトの上位存在と誓約を交わしているガチ魔女製など、次元が違う。

 

精度の差を生んでいるのは、力在る言葉であった。

 

古来よりも呪い、極東で言えば狗神や狐憑きなど様々なそれは、

実に悍ましい儀式や行為などで絢爛と語られがちではあるが。

 

実の所、その大半は威嚇や権威付けのための演出でしか無く、

たいていの呪術に於いて、実務部分は単純かつ露骨な代物である。

 

如何にして現実に影響を与えるほどに、想念を凝縮し行使するか。

 

そのために呪うモノを追い込んだりもするが、それはもう様々で、

その在り様に関しては一概に言える様な代物では無い。

 

とは言え様々な恨み辛みを集めるにしろ、長き呪いで生気を捧ぐにしろ、

そのような呪術の限界として、術師と呪物の存在そのものが上限と成る。

 

多少並外れた所で結局は、人間1体分の出力しか生み出せないのだ。

 

なので魔女さんの様な本職は、上位存在と契約を交わしている。

それは神で在ったり仏で在ったり、或いは悪魔や呪いかもしれない。

 

歴代の呪霊を継ぐなり、10万の祈祷を以て神霊に接続するなり、

はたまた儀式に因り契約を結ぶなり、それもまた千差万別ではあるが。

 

月神の名を魔女名に借り受けている魔女さんは、月夜に強く、

神、宗教に因っては悪魔と呼ばれるそれの力で呪いは行使される。

 

毎年冬の始まり(サーオィン)の奢覇都で行われるバザーの、人気品目であった。

 

国内魔女の元締めの係累からも依頼されており、大祭前の現在、

夜鍋してせっせと紐を量産している魔女さんが最近の状況である。

 

日本国内に於ける魔女さんの立ち位置は、異様に強く、奇妙に弱い。

 

最源流であるケルトの大魔女であり、とても下に置ける存在では無い。

しかし国内魔女としては、昭和に参加した新参者でもあった。

 

基本上座に飾られ、国内名家が海外に対して、ウチ、ケルトのあの方が

所属してるんですけどおと、よくマウントをとったりしているが。

 

それはそれとして何か実権があるわけでも無く、名誉職な魔女さんである。

 

【挿絵表示】

 

なので今日ものんびり暮らしつつ、紐を結んでいる次第。

気が付けば呪い紐もこんもりと小山に成り、夜もそこそこな更け具合。

 

来客が在った。

 

少し古風な洋装に身を包み、黒髪を短か目に刈り込んでいる白人男性。

常に目を細める癖を持つ、彫りが深く整った鼻筋な西洋のあやかし。

 

旧知のバンパイア(吸血鬼)である。

 

かつて魔女さんたちと共にナチスドイツの研究所から脱走したお化けであり、

流れ水こと海を渡る際に灰と化し、魔女さんに蘇生させた過去が在る。

 

以降は縁在って山の上の神社に居候し続けている身の上だが、

その折に改宗し太陽と十字架を、根性で大蒜を克服していた。

 

時折天照大御神サイコーなどと嘯くが、実は神社の祀神は天宇受売命だ。

 

「や、氏子さんから貰ってね」

 

そんな来客の目的は、試製な地ビールのおすそ分けだと告げた。

 

お化けの来歴的に常温で呑みそうな互いであったが、そこは日本歴も長く、

何の躊躇いも無くビール瓶を冷凍庫に放り込み急速冷却を試みる塩梅。

 

「ラオホなら燻製かな」

「肉なら持ってきたよ」

 

持ち込まれたビールは燻製麦芽を使用した物で、所謂スモークビール、

バンパイアの縁と助言で造られたドイツ式のラオホビールであった。

 

「最近、ここらのお化けから少し物騒とよく聞くんだけど」

「何か余所者がうろついているとか、魔女集会で言ってたかな」

 

四方山話を積みながら、ベーコンと燻製チーズを炙り皿に乗せ。

やがて冷凍庫で適度に冷やされた燻製ビールの瓶が、軽く開けられた。

 

「まあ何にせよ終戦直後よりはマシだろね」

「比較対象がおかしい件」

 

このバンパイア、来日してからの経験として。

 

進駐軍には負け犬の白豚がと射撃され、復員兵には毛唐許さじと斬撃され、

極道には余所者がとドスで刺され、学生運動時には角材で集団暴行され、

不良たちにはヤベエ外人だ英語わかんねえと遠巻きにされていた。

 

段々と平和的に成っていったと、戦後を語る。

なお、リーゼントの不良たちには缶珈琲を奢って貰ったらしい。

 

そして杯に注がれ互いに口にすれば、独特のスモーキーさが鼻に抜けて。

そのままに燻製された鶏の肉塊を、黒柄の小刀で削いで口に放り込んだ。

 

煙の属性の酒だけに、肴もまた煙々尽くしが無難に合う。

 

削いだ肉の合間に燻製チーズなども挟み、黙々と呑み進める内。

ふと、話のネタにとバンパイアが最近に問われた疑問を述べた。

 

「そいやさ、魔術と魔法の違いって何なんだ」

 

何故か最近、若い氏子に良く聞かれる機会が在ると続く。

お化けなら知っていそうとか言われても、本職でも無し少し困るなど。

 

「まあ私も魔術(クラフト)なら本職だけどね」

 

とりあえず日本語的には、技法と体系の違いかなと魔女さんは語った。

某RPGで言えばメラは炎の魔術で在り、メラ系魔法の一種であると。

 

「創作なら伊賀忍法、木の葉隠れの術みたいなもんか」

「とは言え術も法も厳密に分けられる事など、まず無かったけど」

 

刀術、刀法、拳術、拳法、厳密な言葉でこそ区別は出来るが、

歴史上に好き勝手曖昧に使われ続けていた物で、定義など出来はしない。

 

「そんな言語側では無く、実務の話で言えばそうだね」

 

ちびりと燻製ビールを傾けながら、魔女(ウィチカ)魔術(クラフト)の使い手は断言した。

 

「値段かな」

「値段」

 

鸚鵡に返した吸血鬼に、魔女が深く頷いて言葉を繋げる。

 

「魔術、この場合は何でも、黄金の夜明けあたりの魔術(マジック)でいいか」

 

一冊の魔術書が在り、それを日本語訳した場合。

 

「5百円ぐらいの文庫だと、魔術と訳される」

 

古本屋で埃を被って50円ぐらいで売っている感じのヤツである。

 

「2千円程度のクリエイター向け資料本だと、魔法と訳される」

 

何か良い感じに人気イラストレーターの挿絵なんかが在るタイプ。

 

「雑誌の通販に在る1万越え豪華装丁とかだと、魔導とか神秘術とか」

 

革張りシリアルナンバー入り、万能章付き分割払い対応的な。

 

「どれも原本は同じ魔術書で、元の単語もマジックなんだけどね」

「本職に聞くと身も蓋も無いという事だけは、よくわかった」

 

などと酒精のせいか、舌も軽く益体も無い会話は続く。

 

やがて燻製肉と酒が尽き、最後に酒造に伝える感想を受け取り、

古馴染みの吸血鬼は魔女の住処から暇を乞うて去っていった。

 

気が付けば宵も更け、夜に染まったお化けの時間。

 

そして席を片付けきる前に、魔女さんは少しお腹をさすって呟いた。

 

「何か胃腸に酒と肉と隙間が在る感覚」

 

チマチマと肴を削り、チビチビと杯を傾ける様な酒宴。

少なくとも、腹が膨れる様な行いでは無い。

 

とりあえずと冷蔵庫を開ければ、見つかる絹ごし豆腐。

 

これを器に開け、天つゆ的な出汁汁を注ぎ掛ける。

 

要は麺つゆなのだが、魔女さんは麺つゆでは無く割り下派なので、

こういう時は適当に混ぜ割って麺つゆ的に加工する必要が在った。

 

そして冷凍庫から使い掛けの天かすを取り出す。

 

常温や冷蔵の保存だと、油の酸化から出火する可能性が在るため、

使い掛けの天かす袋などは基本、冷凍庫の方に放り込まれていた。

 

最後に振りかけるのを好む人も居るが、魔女さんは先に少し注ぐ。

つゆを吸ってぶよぶよになった衣が好みだからだ。

 

そしてレンジで軽く2分ほど。

 

熱に茹だった豆腐の上に、改めて天かすを注ぎなおす。

ぶよぶよとカリカリの両取りを狙いつつ、あおさを軽く振れば。

 

 

―― 揚げ出し豆腐

 

戦前吉原帰りの旦那方が、朝方の小腹を満たすために好まれた品。

軽く摘まんで、朝風呂浴びてサッパリとして帰るのが流れである。

 

類似のレシピ自体は古代から存在しており、起源は曖昧であった。

 

 

の様な気がしてくる微妙に雑な温豆腐。

 

大体似た様な材料であり、近似値の料理ではある。

しかし全体に油が回っているわけでも無く、やはり違う代物であり。

 

「まあ違う料理として楽しめば、これはこれで」

 

肉と酒で偏っていた胃腸を豆腐で癒やしつつ、魔女さんは嘯く。

カリカリとぶよぶよの天かすなど、違う楽しみも在るのだからと。

 

そして食べ進む内、布団のなかで丸まっていた黒猫が起きてきた。

 

「チーズや塩分は駄目だっけ」

「いやまあ、一応はあやかしだから結構大丈夫だよ」

 

使い魔の言を受け、猫皿にカリカリが積まれ余り肴が多少と乗る。

 

「めっさ煙い」

 

それはそれとして、燻製の香りは気にする黒猫の感想が夜に響いた。

 

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