「
夜の中、透き通った色合いの声が月に捧げられる。
「
鮮やかな月の下、女神へと捧げる魔女の祈りは続く。
「
窓から差し込む月の光が、室内を薄らと照らす。
夜の中で祈りを捧げる魔女と使い魔に、窓際の供物の影が伸びる。
月光を受け、左右を季節の植物で飾られた祭壇は淡く浮かび上がる。
そして中央に白々と輝く、奇麗な三角錐に積まれた供物。
月見団子であった。
捧げられている月の女神も、微妙な心持ち仕切りである。
言うまでも無いが、飾られているのは薄であった。
ひとしきり祈り終わった後は、素直に室内灯を点ける魔女。
夜に住むお化けと言う自覚は無いのと、黒猫が呆れた声を出した。
後は適当に団子を食みながら、麦しゅわを冷凍庫に放り込む家主と、
猫皿の乾燥鮭入りカリカリを、前足に引っ掛けもぎゅもぎゅと食らう猫。
そんなとりたてて何事も無い秋の夜長に、来客が在った。
屋内に上がり早々、半溶解しべちゃりと床に倒れ伏す怪異。
蒼々とした碧の黒髪を真っ直ぐに伸ばす、白い着物の女性。
ケフィアであろうか、いいえ化生かと。
同じアパートに住む、雪女である。
「す、涼しくなったからイケるかと思ったけど、無理だわ、これ」
「はい氷」
氷点下に生きるお化けには、秋口の涼しさではまだ足りない。
そんな妖怪と言うよりは溶解と言った塩梅の旧知のお化けに対し、
製氷皿の中身を注ぎ固めつつ、手土産を冷凍庫に放り込むケルトの魔女。
「んー、氷も良いけどさ、在るんでしょ、旬だし」
「んんー、仕方ないなぁ」
乱れた裾を直しながら、凝固して復活した怪異が何事か宣えば、
言われた側も理解った風情で、勿体ぶった表情を見せる。
そして出て来る、氷点下の麦しゅわ缶。
プルリングを押し開き、うぇーいなどと軽薄に意気を合わせながら、
互いに缶を軽くぶつけてから口を付け、一気に呑み干した。
呑み友達である。
「かー、やっぱ旬の麦は何か違うわねーッ」
「どう考えても錯覚だけどねーッ」
ビールの旬は秋だと言われている。
ホップの収穫が8月ごろであるため、その年の新酒、
所謂フレッシュビールが出回るのが9月ごろからになるからだ。
とりあえずの肴に、スティック状に刻んだボロニアソーセージ。
これをオーブントースターで焼き、温泉卵を乗せて黒胡椒を振った。
温泉卵の白身が、熱を受けて軽く固まり出している。
「卵も良いけど、チーズとかも良くない」
「あまりやりすぎると、ごはんが欲しくなるし」
肉は齧られ、ビールが消費された。
そして酒精の気配を避け、寝台の布団に避難した黒猫を背中に回し、
女怪2体は2本目を減らしながら、だらだらと床呑みを続ける。
「何か提灯お化けが魔女に燃やされたらしいわ」
「私じゃないぞー」
犯人は皆そう言うのよと告げる雪女に、太陽が眩しかったんですと、
お化け的にちょっと共感を生みそうな動機で自白する悔恨の魔女。
「いつもセットの人魂を、接触させてみたらどうなるかなって」
「待って、何か犯人のガチ自白っぽくなってきてる」
よく一つ目小僧に運搬されていた、見るからに可燃性の提灯お化け。
そんなお化けの至近には、何故か常に人魂が漂っていた。
「……真犯人がわかったかもしれない」
「普段から機会を伺っていたのね」
なお、唐笠お化けと雪女の周囲にもたまに漂っている。
日常に潜む狂気に気が付いて、戦慄しきりな酔っ払いたちであった。
「んで、提灯お化けはどうなったの」
「骨組み残ってたから、和紙張って顔書いたら復活したわ」
今夜も元気に一つ目小僧に運搬されているだろうと、雪女が語り、
いい加減すぎる生態に、しみじみと頷いて魔女が言う。
「お化けだねえ」
などと話している間に缶も空き。
「そいや、そろそろ冷えてんじゃない」
「ん」
頃合いと促され、冷凍庫に放り込まれていた土産が持ち出された。
果実の沈む液体の入った瓶と、幾つかの小振りな白い容器。
梅酒と牛乳プリンである。
「何この組み合わせ」
「いやね、掛けて食べると美味しいって聞いてね」
これは我が友と共に確かめるべきだろうと思ったと語る雪女に、
おお我が友よと、大仰に抱き着き全身で感激を示す魔女。
既にかなり回っている。
そしてそそくさ、だばっと梅酒を掛けてプリンが消費された。
「あー、これは多めに掛けると駄目だわ」
「梅酒って感じがして、私は多い方が好みかな」
匙を齧りながらの会話。
プリンが甘いせいも在り、酒が多いと梅酒の香りと甘さに隠された、
独特の苦みが表に出て来て微妙だと感想を述べる雪女と。
むしろそこが良いなど、逆の感想を出してくる梅酒好きの魔女。
「私的には、牛乳寒天にソースとして使うぐらいが好みかしら」
「なら杏仁豆腐も、いや、香りが変な事になるかな」
かぱかぱとプリンの梅酒漬けを消費しながら、益体も無い会話。
「そいやさ、いつから牛乳寒天と杏仁豆腐って別物になったのよ」
「元々別物だよ、まあ平成ごろまでは同一視されていたけど」
杏仁豆腐、古代中国より伝わる薬膳料理であり、
日本に伝来したのは大正時代である。
喘息の治療のための、杏仁を使った薬膳料理であったが、
甘味として広がるにつれ、安価なアーモンドで代用される様になり。
そのまま甘味として流行し、後に中国に逆輸入されたせいで、
近年はアーモンドの漢字表記に杏仁が使われる様になってしまった。
閑話休題。
さて平成30年間の変化に、杏仁豆腐の知名度向上が在る。
ラーメン専門店流行の余波など、様々な理由は考えられるが。
缶詰の蜜柑が入っていれば杏仁豆腐、無ければ牛乳寒天。
昭和期に於ける、杏仁豆腐の認識はこうであった。
中華料理、スイーツとしての知名度向上を経て世間一般、
そもそもが別の料理だと認識されたのは、意外に最近の話である。
「話していると、杏仁豆腐食べたくなってきたわね」
「んー、仕方ないにゃあ」
会話のままに食欲が踊れば、千鳥足の魔女が台所に向かい。
冷蔵庫から豆腐を取り出し、水を切って薄く切り分けた。
新しい氷点下麦しゅわ缶を開けながら、酔っ払い二人の調理風景。
薄切りの豆腐を2人分の耐熱容器に敷き、割り下を回し掛けた後、
上にチーズを乗せてからオーブントースターへと放り込む。
「これがッ、私のッ、杏仁豆腐だあああぁッ」
「杏仁どこ行ったあああぁッ」
魔女の断言に、げらげらと笑いながら雪女が受け応えた。
「私の杏仁は既に天地と一つ、故に必ずしも必要では無いのです」
「もしかして冷奴、が出て来なかっただけ温情だったのかしらん」
もはや何を言っているかも自覚できていない状態の妖怪たち。
プリンに掛けて食べ呑んでいたため気が付きにくかったが、
梅酒の様な果実酒のアルコール度数は普通に馬鹿高い。
ストレートでガブ呑みしていたらこうも成ろう、そんな有様であった。
「熱ッ、うまッ、溶け、つか熱すぎッ」
「熱かろう熱かろう、ふははははははッ」
そして焼き上がりをがつがつと喰らう深夜の酔っ払い。
―― 豆腐グラタン
ファミリーレストランジョイフルにかつて存在したメニュー
割り下を掛けた豆腐にチーズを乗せてオーブンで焼いている
好みで大蒜や胡麻油などを軽く混ぜ込んでもかまわない
表面の良く焼けたチーズの香ばしさの下に隠された
オーブンで熱せられた豆腐が灼熱の塊に成る料理である
当然の様に熱は氷点下麦しゅわを用いて冷却され。
消費する度に冷凍庫へと放り込まれる新しい麦しゅわ缶。
いくつもの空き缶が転がる頃には、床の上に屍体も2つ転がり。
朝方に惨状を目にした黒猫が、呆れた表情のまま飼い主を突けば、
返事の無いただの屍と化している状態を確認し、溜息。
諦めて妖術で自分の皿にカリカリを注ぐ、一日の始まりであった。