魔女さんの虚無ごはん   作:しちご

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とりそぼろ

雲の間に魔女が居て、竦然として身を竦め。

 

「それではお願い致します、ウィッチ・ディファナ」

「ええ、ウィッチ・パルン、後はよしなに」

 

僅かな言葉を交わした後に、影が離れる夜の空。

ひとりは空に、ひとりは森に。

 

月の光は音も無く、見てはいますが聴こえない。

 

Eko,Eko,Azarak,Eko,Eko,Zomelak(祈りよ響け 細やかに)

 

黒猫を伴う魔女が、高度を下げながら詠唱(チャント)を謳う。

箒の上を風が走り抜け、使い魔は帽子に必死としがみ付く。

 

Eko,Eko,Cernunnos Eko,Eko,Aradia(豊穣の神に 魔女たちの神に)

 

樹々の狭間に、手配された余所者の姿を見つけた。

幾人かの要人を呪殺し、幾らかの化生を塵と変えた獣。

 

Hail fair Moon,Ruler of night(清らかな月よ 夜を統べる者よ)

 

髪をウィンプルで覆い隠す、夜色の修道服を着た、魔女。

 

Guard me and mine Until the night(我と我が物を守り給え 月光の届く限り)

 

そして空より舞い降りた魔女は、補足した基督教徒へと声を掛ける。

 

「良い夜ね」

 

月はその時、空に居た。

 

返答は無く、修道女は無言で懐から(ワンド)を取り出す。

 

二の腕ほどの長さ、幾つかの惑星の印が彫り込まれた風の象徴。

絡み付く双蛇を示す、黒と白の飾り紐が結ばれた白い杖。

 

「問答が無用と言うのは、少し寂しいかな」

水星(契約)の導きの元、大魔女の骨を以て命ず」

 

従えと、修道服の魔女が下位に対する命令を発するも、

微笑んだまま身動ぎもしない、黒猫と魔女。

 

「な、何故、私たちが調伏した最古の魔女の骨なのに」

 

狼狽する連続お化け襲撃犯の様子に、魔女さんは困ったような表情を見せ、

その帽子の上から、使い魔の黒猫が少し引いた声色で感想を述べる。

 

「ゑ、あのワンドって骨なの」

「聖遺物とか造ってる集団だからねえ」

 

簡単に受け答え、そしてそのままケルトの魔女から表情が消えた。

 

「国境を越えてお痛をする様な、ああそうか、ごめんなさい」

 

言葉を切り、くすりと哂ってから口を開く。

 

「貴方たちが、異教徒との約束を守るはずが無かったわね」

 

対し何事かを言い募る修道女の言動に、魔女はもはや微塵も注意を払わず、

中空の箒に腰掛けたまま、黒猫の使い魔との会話に興じた。

 

「いや国際化社会でそれはどうなの」

「とは言ってもね、昔からずっとそうだったし」

 

戦場で結んだ約束は即座に反故にし、官民女子供も区別無く殺し尽くし、

その肉を鍋で煮込み糧食とし、異教徒は人では無いから許されると嘯き謳う。

 

「かのアンナ・コムネナをして、異教徒(ムスリム)の方がマシとまで言わしめた輩」

 

基督教徒(ラテン人)

 

違うかしらと問い掛けるも、恐慌に至った相手には届かない。

震えながら杖を握り、蒼白な顔で泣き言を零す。

 

「何で、聖具の前では真実しか存在出来ないはずなのに」

「私の知る基督教徒は、真実そうだったわよ」

 

ああ、だから提灯お化けはただの提灯にされたのかと、猫が得心する。

そしてそれでは無く、大魔女の骨の支配下に無い事かと改めて察した。

 

「まあ結局はただの鉄砲玉だよね、どう扱っても知らぬ存ぜぬと」

 

詠唱を繰り返す基督教の魔女を無視して、主従は見識を交わす。

 

相手は魔女集会や様々な宗教勢力、不可侵の協定を破りたいわけでは無く。

ただ単に、幾らかの示威行為とガス抜きでテロリストを放り込んだだけと。

 

「なら話は簡単」

 

考察に至り、魔女は手を叩き華やかな笑顔で結論を述べた。

 

「伊達にして返そうか」

 

後の事は、薄暗がりの中に消えていく。

 

【挿絵表示】

 

やがて何もかもの後、自宅に戻り軽く身を清めた魔女さんが。

髪をタオルで挟む様に水気を取りながら、食卓のボウルを持ち上げた。

 

中に入っているのは、出掛ける前に漬け込んた鶏挽肉である。

 

腿でも胸でもどちらでも良かったのだが、腿肉の脂は嬉しく、

それでいて安価な胸肉と言う利点も見逃し難い。

 

なので両方の小さいパックを買い、混ぜて使っていた。

 

入れられている割り下は、普段ならすき焼きのタレを割った物だが、

今回は多少手間を掛け、砂糖と醤油を日本酒で割った物を使っている。

 

それと、香り付け程度の気持ち少々な生姜。

 

肉の臭み消しとして使われがちだが、市販の新鮮な鶏挽肉を使う以上、

正直そこまで気合を入れて使うほどでも無いかなとの判断であった。

 

そんな漬け込み挽肉を鍋に入れ、火を通す。

 

ぐるぐると掻き混ぜ続ける内に、肉の色が変わっていき。

やがてぐつぐつと汁が泡立つ中に、鶏挽肉が濃く煮込まれていく。

 

砂糖は蛋白質と水分を結び付け保持するため、熱凝固を遅らせつつ、

柔らかく火が通ると同時、繊維に染みた酒精がジューシーさを維持する。

 

などと言う理屈は在るが、肉塊ではなく挽肉なので効果はさほどでも無く。

とりあえず酒精を飛ばそうかと、だらだらと長く火の上で混ぜ続けた。

 

どの程度との好みに関して、魔女さんは酒で割ってタレ多めに仕込み、

煮込む感じで挽肉に味を付け、タレを残す程度で止めるのが好みである。

 

その様に造り、火を止めた。

 

 

―― 鶏そぼろ

 

鶏、古代より瑞鳥として食肉を忌避されていた朝告鳥は

江戸時代に入る頃には、普通に食肉として扱われる様になった

 

飼育技術なども発達し、元々は鶏卵目的の飼育であったが

戦国時代を経て食用への忌避が薄れていたのもあり

 

食肉としての鶏肉が段々と普及する事になる

 

そして微塵に刻み、同時期に生まれた大豆醤油と味醂で味を付けた物

朧よりも粗いそれは鶏の粗朧(そぼろ)と呼ばれ、そのまま現代に伝わっている

 

 

薄らとした色合いの肉を、タレごと掬って炊き立て白米の上に乗せる。

残りは放置して、冷ましてタレを吸い込ませ丁度良い塩梅と狙った。

 

蓋をした鍋の中のそぼろは、冷めるにつれ熱で膨張した身を縮め、

同時に周囲の液体、タレを吸い込んで色と味を濃く変えていく。

 

冷えて固まった味の濃くなったそぼろの塊を、白米の熱で融かす、

などと二日目の食べ方を、期待できる程度に涼しくなった昨今である。

 

そして、米が消えた。

 

「これはもはや、魔法では無いかしら」

 

そんな事を空の茶碗を眺めながらしみじみと魔女さんが悟っていた所に、

窓を妖術でガラガラと開けて、ゴーストに乗った黒猫が戻って来る。

 

「おかえりー」

「さっきのヤツ、回収されていったよー」

 

やたら丸い球状な顔馴染みのゴーストに礼を言いつつ、

棒アイスと交換で黒猫が回収され、布団の上に置かれる。

 

「何か滅茶苦茶自傷していたけど、魔女さん何やったの」

 

ふゆふゆと漂うゴーストを見送りつつ、黒猫が問い掛けた。

 

「真実の信仰に目覚めただけじゃない」

 

信心深そうだったしと、告げながら買い置きの食パンを取り出す魔女。

 

「異教徒は殺せ、その肉は喰らえ、魔女は殺せ、全てを奪え」

 

異教徒を皆殺しにせよ。

 

男も、女も、子供も、老人も、総てを殺し鍋に捨てよ。

異教徒を殺し喰らう事こそが正義であり、神の愛である

 

謳いながら食パンの耳を切り取り、何枚かの白い四角を作った。

 

「私の知るイエス・キリストは、そう言ったわ」

「そんな真実を押し付けられたら、もう日常生活は出来ないね」

 

まさに殉教ねと、魔女はけらけら哂った。

 

そして四角い白パンに鶏そぼろを挟み、四方を包丁の背で潰す。

定規でも何でも、とにかく細く硬い物で圧し潰して圧着する。

 

すると、ヤマザキランチパックの様な外観のブツが出来上がった。

 

「そいえば猫、この骨を良い感じのとこにでも埋めておいて」

 

出来上がった代物をオーブントースターに放り込みながら、

どさくさにくすねた杖から外された、魔女の骨を置く。

 

「実は基督教徒もね、異教徒を見なかった事にする情は在ったわ」

「あんだけ言い募っておいて、それ」

 

限界状況なら信仰は言い訳に使われがちなのよねと述べ。

 

しかしそうでは無い場合。

 

多くは寡婦など立場の弱い者が生きる術として周囲に薦められ、

表沙汰には出来ないが、必要な存在として魔女の道に進む。

 

そもそも宗派も数えきれないほどに在り、異端の数も夥しい。

 

なので集団としては、見えない、気付かない事は公然の秘密であり。

例えば万霊節など、季節柄の行事で意思の統一だけを図って来た。

 

お菓子をくれなきゃ ―― 集団に属し協調しない者は

いたずらするぞ ―― 排斥するがお前はどうする

 

信仰は不問に、集団の生存だけを至上目的とし。

 

狂信に、貧困に、踊らされる様な限界状況でさえ無ければ、

人々はなあなあに、良い加減に物事を回して来た。

 

「そして基督教徒を信じた馬鹿な弟子が、この末路よ」

 

言葉を受け、黒猫が寝台で身体を起こし主の方を眺めるも、

オーブントースターを注視している魔女は背中しか見えない。

 

やがてチンと、焼き上がる音がした頃には普段の魔女さんで。

 

米が消える魔法(鶏肉のそぼろ)は、米が消える魔法ではなくなった」

「ゾルトラーク構文やめれ」

 

そぼろのホットサンドを食んでの会話である。

もう少し大物的なシリアス発言は出来ないのと、使い魔に請われ。

 

「五百年来世上の人、見来たれば皆これ野狐の身」

「長生きの魔女に言われたら説得力が嫌すぎる」

 

ろくでも無い事を言い出して、呆れる猫に苦笑する。

 

「とは言え気が付けば、街灯の灯りに夜の闇も掃われて」

 

そして、ホットサンドを齧りながら謳った。

 

「いつしかお化けも、明るい道を歩ける時代に成って」

「いや堂々と明るい場所を歩くのは、お化けとしてどうなの」

 

しみじみと語る魔女に、白い眼をした使い魔が述べる。

 

「此処は地の国、此の世は地獄、まさに現世はお化け天国」

「開き直ってゴリ押ししてるだけだよねッ」

 

容赦無く普段から昼間に彷徨く魔女の怪異の在り様に、

伝統を大事にする使い魔が嘆き、呵々と笑い声が響いた。

 

やがて猫皿にカリカリが出され、軽い喧噪の中に普段が在る。

 

深夜に灯りも消し、暗い部屋の中で主従は休み。

布団の上に丸まった黒猫を撫でながら、魔女は窓から月を観た。

 

「鐘の聲ですら、夜半の夢を破れないと言うのに」

 

そっと闇の中に魔女の独白が響き、静寂が訪れる。

 

―― 白昼夢の様な現実が、明日も続きます様に

 

声に成らない祈りは、夜に消えた。

 

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