魔女さんの虚無ごはん   作:しちご

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まるたばっく

 

何かの折にお化けたちが集まる様な事が在れば、

記念にと自作自演の心霊写真を撮ったりする事も在る。

 

そんな中で魔女さんが年齢も弁えず、きゃるーんなどと

どこかの黒猫娘の様な可愛らしさを前面に押し出していれば。

 

使い魔である本職の黒猫が、とても冷たい目をしていた。

 

「                     

 

                      

                    うん」

「物凄く言いたい事を呑み込んだ空気が在るわね」

 

主として使い魔の背中を毛並みと逆方向に撫でる刑を執行すれば、

本気で嫌がる気配が歯形と爪痕に変わって魔女さんの腕に残る。

 

そんな主従が、ついでの買い物などを済ませて帰宅した誰そ彼刻。

 

換気を兼ねて動かしたエアコンの音が部屋に響く中、

食材の類を冷蔵庫に入れながら家主が嘯いた。

 

「まだ梅雨前なのに、夏みたいに暑いわねー」

 

極東の湿気を伴う酷暑は、何年経っても慣れないと言うのに、

近年の異常気象はどうした物かしらん、などと嘆き。

 

「私の故郷なんか、夏場でも凍死者が出るぐらい涼しかったのに」

「いや魔女さん、それ単なる小氷期」

 

14世紀までの温暖期に、人類は北方に向かってその生存圏を広げ続け、

以降に突入したプチ氷河期に地獄を見たと言う、お寒い歴史が存在する。

 

言いながら烏天狗から受け取った、いつぞやのトマトのお礼を並べた。

 

七味唐辛子。

 

七味唐辛子、七味唐辛子、七味唐辛子、七味唐辛子、七味唐辛子、

七味唐辛子、七味唐辛子、七味唐辛子、七味唐辛子、七味唐辛子。

 

食卓の上にずらりと七味唐辛子の小瓶が並ぶ。

 

「あの烏、大丈夫かしらね」

 

食卓に並んだ大量の七味唐辛子の瓶を眺めながら魔女さんが問うも、

黒猫は遠い目をして、壁の向こう側の何かを凝視するのに忙しい。

 

どうぞと渡された袋には大量の七味唐辛子が入っており、

渡して来た烏天狗の手元には、同じ様な袋が幾つか下げられていた。

 

何でも、様々な処理が一段落してようやくに自宅へ帰還した所、

使い切れていない賞味期限がアレな卵を幾つか発見し。

 

期限が切れてはいる、だがしかし切れてすぐなのでまだイケる。

 

そんな判断を下し、深夜に玉子焼きを造ろうと試みたらしい。

 

器に卵を割り、表面が乾いたマーガリンを大きく掬ってフライパンに。

賞味期限を深く考えたくない、余ったハムやベーコンも放り込んで。

 

ふと、卵を溶きながら思ったと語った。

 

塩気は在るが、白米に合わせるには少し味が丸くないかと。

まあどうせケチャップなり何なりを掛けはするのだが、それでも。

 

なので目についた、七味唐辛子を放り込んだ。

 

放り込んだ。

 

放り込んだ、放り込んだ、放り込んだ、放り込んだ、放り込んだ、

放り込んだ、放り込んだ、放り込んだ、放り込んだ、放り込んだ、

放り込んだ、放り込んだ、放り込んだ、放り込んだ、放り込んだ。

 

はたと気付いたら、何故か溶き卵が真っ赤になっていたそうだ。

 

「米に好く合ったって」

「待って、注目すべき点はそこで良いの」

 

そんな現代社会が生んだ闇の様な七味玉子焼きのレシピを聞き、

せっかくだからと卵とベーコンを買い、試してみようと魔女は語った。

 

「所詮魔女は冥府魔道の住人、闇こそが我が住処よ」

「待って、その闇は何か絶対に違うヤツ」

 

闇色の使い魔が止めるも主は聞く耳を持たず、

炊飯の傍らで、溶いた卵に七味唐辛子の瓶を傾けた。

 

「とりあえず初心者は、瓶の2割から3割程度で試すべきらしいわ」

「瓶の、割合で語っているあたりに疑問を持って欲しいなあ」

 

そして赤く染まった卵が、溶けたマーガリンの上に注がれる。

 

「おお卵強い、何か普通に玉子焼き色」

 

フライパンの中で固まっていく卵を見ながら魔女さんが言えば、

もうそっと他猫の顔をした使い魔はカリカリを齧りながら問う。

 

「それで、オムレツにでもするの」

 

特に動かず、フライパンを眺めながら魔女さんは応えた。

 

「マルタバック、アラビア語でムタッバクと言う料理が在るわ」

 

 

―― マルタバック

 

折り畳まれた物と言う意味で、13から16世紀

インドはデリー・スルターン朝の時代の料理である

 

それが海路、陸路、交易路を介してレシピがオリエント世界に広まり

様々な地方で、様々な形で定着して現代にまで伝わっている

 

 

「卵や生地、何でも良いからとにかくふたつに折るのよ」

 

【挿絵表示】

 

鍋、鉄皿、鉄板、様々な調理器具で作られるそれの共通点であった。

 

「七味を入れた卵、これは日本式マルタバックと言うべきかしら」

「つまり、オムレツの形を整えるのが面倒だったんだね」

 

上部が半熟の所を二つ折りにした半月状の玉子焼きを皿に乗せながら、

しみじみと語った魔女さんに対し、使い魔は無情な感想を述べる。

 

「いいじゃない、何か結構見栄えも良いしー」

 

良い感じの焼き色が付いた半月に、だばだばケチャップを掛けながら、

炊き立ての米を器に盛り、冷凍庫から麦しゅわを取り出した。

 

「んじゃ、蒸し暑い極東の今に」

 

魔女が適当な言葉で麦しゅわ缶を開け、氷点下の液体を喉に流し込み、

食べ終わり寝台で毛繕いをはじめた猫の耳に、缶を置く音が届く。

 

「おおお、これは米が消える、消える」

「何か意外にも良い感じなのかな」

 

要は少々刺激が在るオムレツだと、魔女さんが食べながら語った。

卵とマーガリンが刺激を包むせいで、思ったよりもかなりマイルドと。

 

「あと七味だから、刺激のベクトルが分散されてるせいも在るわね」

「一味だったらまた違った感想だったのかもね」

 

これが丁度良い米泥棒だから、試す気には成らないわねと、

猫の感想を受けて、主が白米のお代わりを継ぎながら述べる。

 

そんなひとり暮らしで余りがちな卵の消費手段を、

良い感じに増やす事が出来た、梅雨前の宵の口であった。

 

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