「筋が良いっすね。両手でも片手でも照準がまったくブレてないっす」
「ありがとうございます」
イチカさんと射撃場に来た私は、軽く銃の打ち合わせをしてから撃ち方を見て貰っている。
銃に付いてはイチカさんは中々な物だと太鼓判を押してくれたのが嬉しかった物の、そのせいで違法品の事や私がカスタムしたわけではないと言いそびれてしまった。
まあ実害は無いし、気にしなくても良いか。
「しっかりと狙った所を撃てるのは才能っすね。体幹がしっかりしている証拠っす」
「体幹ですか……おそらく背中のせいですね」
「背中……あーなるほどっすね。それだけ重い物があれば、そりゃあ安定するっすね」
扱うのがロケットランチャーやスナイパーライフルならばともかく、ハンドガン位の反動は翼と背負ったままのゼロカスタムで受ける事が出来る。
翼だけの重量は分からないものの、五百キロを背負っていれば、姿勢が崩れる事もない。
「それって何キロ位あるんすか?」
「片方約二百五十キロですね」
「……っは?」
「片方で約二百五十キロになります」
「……いや、まあ確かにその大きさならばあってもおかしくないんすかね?」
オーパーツの素材は分からないものの、鉄の比重で重量計算をすると大体二百五十キロ位になるので、ある意味見た目通りの重さと言える。
まあザックリとした計算となるので、オーパーツは大体鉄以上の重さでステンレス以下の重さとなる。
「とりあえず通常の撃ち方は大丈夫そうっすから、次はリロードと構えまでの流れをやって、それから軽く模擬戦でもやってみるっすか?」
「良いんですか?」
実際の戦いまでやらせてもらえるのは、私としてはとてもありがたいけど、イチカさん側が大丈夫なのか少し不安がある。
ハスミさんの様子から、私にあまり正実に居て欲しくない雰囲気があったし。
「大丈夫っす。私に一任されてるのと、ただ撃つよりは撃ち合った方が身になるっすから。それに本格的にやる訳でもないっすからね」
イチカさんは最後に「お詫びの意味もあるっすけどね」と少し申し訳なさそうに笑う。
戦って貰えるならばそれに越したことはないので、まずは言われた通りリロードと構えの練習をしよう。
1
イチカのレクチャーによる、基礎訓練は二時間ほどで終わり、エリスはイチカの提案通りに、模擬戦をすることになった。
模擬戦をするにあたり、イチカは模擬弾の使用を提案したが、これをエリスは蹴った。
やるからには実戦の様に戦いたい……という訳ではなく、翼が汚れるのを嫌ったからだ。
使われるペイント弾は洗えば落ちる物ではあるが、だからと言って洗うのは簡単ではない。
エリスならば、一時間以上は掛かるだろう。
なので実弾をマガジンにセットし、イチカは模擬戦用の広場で銃の確認をしていた。
正実は基本的にスリーマンセルでのチームワークを重視しているが、個人での戦いが出来る広場もしっかりとあるのだ。
いくつかの遮蔽が置かれ、中距離から近距離での戦いが出来るようになっている。
(さて、とりあえずは様子見っすかねー)
相手が年下とは言え、イチカは慢心せずに愛銃を構える。
今回はあの惨状を生み出した銃を使わないにしても、あの惨劇を生み出す選択を出来る胆力は凄いものだ。
更に命中精度や動体視力も目を見張るものがあるので、気を抜けばやられる……そう思わせる雰囲気があった。
広場に開始のブザーが響き、イチカは走り出す。
今回の使って良いものは銃のみであり、先に相手を見つけた方が有利を取れる。
遮蔽から遮蔽に移りながら、イチカはエリスが居るである方を見る。
そして、大きな翼が遮蔽から見えているのを見て、一瞬だけ真顔になる。
遮蔽はそれなりの高さがあるが、それ以上に高さがあれば意味がない。
見て見ぬふりをするか、とりあえず撃つかで、イチカは銃を撃った。
間違いなく痛いだろうが、これも一つの教訓になるだろう。
そう思っていたが、イチカが引き金を引くと共に、エリスの翼が見えなくなり、弾は何も無い空間を突き抜けるだけとなる。
「……誘いっすか!」
イチカは直ぐにその場から飛び退くと、エリスが発砲した音が響く。
今回エリスはゼロカスタムを背中に装備していないため、ゼロカスタムの重さによって押さえつけられていた足の速さを十全に生かす事が出来る。
車と並走し、その走っている車に飛び乗ったり、建物の壁を走る事も出来る。
その足の速さを利用し、一気にイチカの隠れている遮蔽物の側面まで移動したのだ。
イチカは飛び退きながらも視界にエリスを収め、威嚇の意味も込めて撃ちながら体勢を整える。
いつもならば翼ガードを使って弾を防ぐエリスだが、ここは素直に遮蔽に隠れて弾をやり過ごし、マガジンに減った分の弾を補充してスライドを引く。
撃ち切ってからマガジンを交換するのもありだが、ハンドガンは装填出来る弾の数の関係で、出来る限りマガジン内の弾を上限まで装填しておいた方が良いとイチカから教わっている。
余裕があればとも言われているが、打ち合いの時にリロードを挟むのは明確な隙となるため、注意しなければならない。
イチカはそのハンドガンとしての弱点を知っているので、先手を取られたならば直ぐに反撃に移るのだが、今回は一拍時間を空けている。
あくまでも模擬戦であり、戦い方を知るためだからだ。
互いに隠れては撃ち、相手の死角に回り込んで撃ったりと、被弾することなく続く模擬戦に、イチカは少しずつ背中に冷たいものを感じ始める。
エリスの動きは目に見えて良くなっていき、イチカが後手に回る事が多くなり始めた。
また、明らかに見てから避ける事も増え始め、狙って撃っている筈なのに、影すら捉えられなくなり始めた。
話している時はポヤポヤとしていたエリスの表情も、時間と共に無機質な物に変わり始め、このままではまずいとイチカは考える。
このまま雌雄を決したい思いもあるが、イチカは終了の合図のために信号弾を撃つ。
「とりあえずここまでっすよー」
声を出しながらイチカは遮蔽物から身を乗り出し、エリスへと声を掛ける。
「……ありがとうございました。ちゃんと出来ていましたでしょうか?」
イチカの顔を見てエリスの表情は柔らかいものに戻り、構えを解いてイチカから模擬戦を始める前に貰ったホルスターへと戻す。
「直ぐに実戦部隊に入れるくらいにはちゃんとしてたっすよ。いやー来年が楽しみっすね」
軽く煽てながらも、エリスは正実に入らないだろうと、イチカは先程の戦いから感じ取っていた。
武器の事もあるが、まるで機械の様に戦うエリスの根底にあるものをなんとなくだがイチカは感じ取ったからだ。
(一体どんな生き方をしてきたっすかねー。なんで時間が経つにつれて、戦いから熱が失われていくっすかね?)
「誉めて頂きありがとうございます。ですが、まだ入学するかは悩んでいますので」
「進路は本人の自由っすからね。実際に動いみてどうでしたか?」
「そうですね……」
戦いが終わった事に気付いたのか、空から無数のシマエナガが降ってきて、エリスの翼に止まる。
あまりにも自然であり、その事を気にしないエリスを見てイチカは歪だと感じ、自分に似ていると思った。
「結構よく動けたと思いますが、やはりこれが問題ですね」
「あー、確かに下手な遮蔽では丸見えでしたっすからね。畳む事も無理そうっすから、大変そうっすね」
エリスの翼は横方向と縦方向に生えているのだが、縦方向の翼はどうしても自身の頭よりも上にきてしまう。
また、ゼロカスタムを装備時は更に酷くなるため、隠れるのが更に難しくなる。
「出来るかは分からないっすけど、ツルギ先輩の戦いとかを参考にすると良いかもしれないっすね」
「ツルギさんですか……」
「そうっす。来年は……」
イチカがツルギについて話そうとすると、イチカのスマホが鳴った。
一言断わってから電話に出るイチカだが、その表情は微妙の一言である。
ハスミからエリスを任されてはいるが、電話の内容が内容だったため、断る事も出来なかったのだ。
トリニティは他の自治区に比べれば事件は少ないものの、トリニティの高級品を狙った事件が定期的に起きている。
その定期的な事件が起きたのだ。
「私の手も借りたい程なんっすか?」
『ツルギさんとハスミさんは別件に出払っていまして。今は拮抗していますが、それも時間の問題です。他の委員にも応援を頼んでいますが、出来れば……』
イチカは眉を八の字にしながらも、直ぐに向かうと言って通話を切った。
「すみません。少し仕事が入ってしまっす……」
「あの、良ければお手伝いしましょうか?」
「いや、それは……」
エリスの申し出に、イチカは悪いと思いながらも、少し考えてしまう。
通話の内容から現場はかなり緊迫しており、一人でも多くの手が必要だ。
先程の模擬戦いでエリスの実力は十分だと理解したし、大聖堂にクレーターを作った銃もある。
自分から頼むのではなく、エリスからの申し出であり、トリニティの平和を守るという観点あら見れば……。
「……申し訳ないっすけど、お願いするっす。けど、私の命令には従ってもらうっすからね」
「はい」
エリスはウェポンハンガーとゼロカスタムを装備し、ウェポンハンガーにハンドガンのマガジンを幾つか装備する。
ウェポンハンガーのメイン機能はゼロカスタムのマウントと受け渡しだが、ウタハがそれだけの機能しか搭載しないなんて事は無い。
自動で受け渡しは出来ないものの、小物ならば装備させることが出来るのだ。
イチカとエリスは正実の車を一台借り、現場に向けて急行する。
場所はトリニティ総合学園内にある、生徒向けにお菓子を販売しているテナントの一角だった。
強盗達はテナントにトラックで突っ込み、お菓子や金銭をトラックに積み込みながら防衛線を張り、正実が入って来られない様に応戦をしている。
場所が場所のため正実側は爆弾の類が使用できず、強盗のトラックを壊そうとはしているものの、装甲車並みに外部の補強がされており、タイヤをパンクさせる事すら出来ていない。
「急げ! ハスミやツルギが来る前に積み込むんだ!」
「絶対に逃走を阻止せよ! 正義を見せよ!」
完全に正実側が劣勢であり、無理に前へ出ようとした者からグレネードの雨を降らされ、戦線を離脱させられている。
「これは困ったものっすねー」
「凄い規模ですね」
現場を見たイチカは直ぐに状況を見極め、このままでは逃げられるだろうと眉をハの字にする。
どうせ銃撃でボコボコになるのだし、さっさと爆発物を使えば良いのにと考えるものの、一年のイチカではそんなことを言うことは憚られた。
対応してるのは一年と二年生が主であり、数人の三年生が指揮を取っている。
その中の一人がイチカに気付き、近寄ってきた。
「来てくれたのね……そっちの子は?」
「あー……秘密兵器的なものっす。状況は悪いみたいっすね」
「ええ。運悪く盾持ちの子が一気にやられちゃってね。下手に爆発物を使えばまたティーパーティーから怒られるしで、困っちゃってるのよね……」
「それは何とも……」
三年生はため息をつき、イチカは言葉を濁す。
犯人さえ捕まえられればそれで良いと言えないのが、正実の辛いところであった。
これがゲヘナならば、戦車で纏めて吹き飛ばしてから捕まえるなんて方法も取れるが、壊したら壊した分の責任やら書類やらを処理しなければならないので、大変なのだ。
「何か良い案とかない? イチカなら何とか出来ない?」
「そうは言われてもっすねー……」
流石のイチカも、集中狙いをされたり、グレネードの直撃を受ければ辛いものがある。
ここにツルギ先輩が居ればとイチカは考えるが、それは無い物ねだりでしかない。
奥の手としてエリスの銃を使ってもらう手もあるが、その場合は塵も残らない可能性がある。
「あのー……」
イチカが考えていると、エリスが控え目に手を上げる。
緊急事態な事もあり、視野が狭まっていた三年生はエリスの存在に気付き、声にならない悲鳴を上げた。
エリスの事は端的に言えば危険人物なので決して怒らせるなと現委員長から言われていたため、どうしてこんなところに連れてきたのだと驚いたのだ。
「どうしたっすか?」
「私に少し考えがあるのですが」
エリスはふと思いついた作戦をイチカへと話した。
作戦は単純で、エリスが空で気を引き、その間にイチカに一気に殲滅をして貰うというものだ。
イチカは威力について問題の声を上げるが、調整できるので問題ないとエリスは話す。
突入するのがイチカだけなのかと三年生が疑問を呈するが、少人数の方が気付かれる心配がなく、他に人が居るのならばイチカでなくても構わないと、エリスは控えめに話す。
時間的な余裕は無く、直ぐにでも行動しなければならない状況のため、三年生はイチカとエリスに作戦の決行をお願いした。
決行された作戦は…………。
――イチカの伝説を作る結果となるのだった。