翼を得た少女は自由の意味を探す   作:ココア@レネ

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第42話:受け継いだホシノ。残されたエリス

 ヒナさんに放置プレイをされ、帰ろうとしたら夜に会いたいとホシノさんに呼ばれ、一人悲しくカツカレーうどん定食を食べる。

 

 トリニティ内でカレーは中々食べる事が出来ないのと、珍しかったので頼んだものの、どう食べるかとても悩んだ。

 

 カレーとカツでご飯を食べるのか。それともカレーうどんとご飯を食べるのか。

 

 あるいは残った汁にご飯を入れて食べるのか……。

 

 悩んだ末三人前頼んで全て試してみた。そしてとても美味しかったものの、カレーの匂いを漂わせたままホシノさんに会うわけにもいかず、一度家へと帰って着替え、仮眠を取ってから家を出た。

 

 向かう場所はホシノさんのアパートであり、折角なので夕飯を一緒に食べる予定となっている。

 

 なので、向かう途中にスーパーで食材を買っておく。

 

 お昼に重い物を食べたけれど、背が低く胸も無いホシノさんのために、ハンバーグとクリームシチューを作る事にした。

 

 本当はカレーにしたかったけど、昼と夜もカレーを食べるのはちょっと辛い……匂いも付くし。

 

「こんばんはホシノさん」

「やあエリスちゃん上がって~」

 

 呼び鈴を鳴らすと直ぐにホシノさんが出て来て、部屋の中に案内される。

 

「呼び出したのはおじさんなのに悪いね」

「気にしないで下さい。直ぐに夕飯を作りますので、待っていて下さい」

 

 ホシノさんの家で料理を作るのは慣れたものであり、手際よく用意を進める。

 

 昼間は気にしていなかったけれど、ホシノさんの様子が少しおかしい気がする。

 

 表情や動きは全く変わらないけれど、中身は変わっている気がする。

 

 私に相談がある時点で少し理解していたけれど、これは間違いなく厄介ごとの匂いがする……。

 

「お待たせしました。ハンバーグとクリームシチューになります」

「美味しそうだね~」

「ありがとうございます。それではいただきましょう」

 

 高い食材で作っただけあり、とても美味しい。

 

 しばらくお互いに無言のまま食べ進める。

 

「……エリスちゃんにはさ」

「はい?」

「色々とあったけどさ、エリスちゃんには感謝してるんだ」

 

 お互いに半分くらい……私の方は大体ホシノさんの倍食べているけれど、急にホシノさんが語りだした。

 

「アビドスに入ってくれなかったのは少し悲しかったけど、それでも色々と助けてくれてさ。あった頃はあんなに仲の悪かったセリカちゃんとも打ち解けて。試作品でいらないからってあんな武器もアビドスにくれてたさ」

「私がやりたかったからやってきただけです。ホシノさん達とは違い、私には何もありませんから」

 

 記憶は今も戻らず、たまに変な夢を見たり、私に混ざっている俺や私が語り掛けてきたり。

 

 モニターの男の人が言っていた自由も、まだ理解できたとは言えない。

 

 あの日。あの時。ホシノさんに出会い、アビドス高校を知った事が私の始まりだとも言える。

 

「それでも、立派になったと思うよ。おじさんとは違ってね」

「ホシノさんは立派な方だと思いますよ。シロコさんも色々とお話ししていましたし」

「エリスちゃんは優しいねぇ~」

 

 優しい……か。

 

 そう思ってもらえるのは嬉しいけど、私は多分優しくは無い。

 

 私は今の私の人生が本物だと、今一実感がない。

 

 だから、やれることをやりながら自由について考えている。

 

「それで、態々私を呼んだのはどうしてでしょうか?」

「……エリスちゃんは先生……大人の人ってどう思う?」

 

 先生……それに大人……私にとって最初に思い浮かぶ大人は、あのモニターの人だ。

 

 生まれたてのヒナさん……じゃなくて雛が最初にみた存在を親と思うのに似ているかもしれないけど、あの人は間違いなく私の恩人だ。

 

 私の中の私は、あの人が居たから最後まで銃を手放さない道を選んだ。

 

 だが、世の中には悪い大人が多いのを俺も私も知っている。

 

 だから、大人とはどう思うかと聞かれれば、信用出来ない存在だと答えられる。

 

 そして先生については……。

 

 俺の部分は先生を嫌っている。私の部分は無関心に近い感じだ。

 

 実際に話した所感としては…………多分嫌いなのだと思う。

 

 他の人の話から、先生がいい人なのは分かる。

 

 けど、どうしても好きになれない。

 

 私から銃を向けるとか、敵対するような事は無いけれど、シャーレに誘われても嫌と答えるくらいには嫌いだ。

 

 だから、私はあんなことを口走ってしまったのでしょう。

 

「そうですね。私は……」

 

 

 

 

 

 

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「――分かった」

「物分かりがよくて大変結構。ところで、あれとは随分と仲が良いみたいですね。あれの正体を知りたくありませんか?」

「……」

「クックック。そう怖い顔をしないで下さい。そうですね……キヴォトスで最高の神秘を秘めているのはホシノさんですが、最も神秘を秘めているのがあれです。更に言えば、あれは私達に近い存在でしょう。おっと、銃を向けないで下さい」

「どういうこと?」

「まだ仮説ですが、あれは所謂システムの様な存在です。審判、調停。善でも悪でもなく中。あれは生徒でも大人でもない。かと言って自己が確立しているわけでもない。心当たりがあるでしょう?」

「……それがなに?」

「あれに頼るのは止めておいた方が賢明です。あれが齎すのは最良の結果でも最悪の結果でもなく――ゼロです。クックック、あくまで仮説ですので、違う結果を齎すかもしれませんが、あれはこのキヴォトスにとって不純物。そう、私達と同じ……」

「――それを決めるのはあんたじゃない。あの子を知りもしないで語るな!」

「ふむ。それを言われると痛いですね。そろそろ手を伸ばしてみるのも良いでしょう。先生ともその内会うことですしね。それでは、私はこれで失礼します。またお会いしましょう。――ホシノさん」

 

 自分の目の前でハンバークを食べているエリスを眺めながら、今日あった会話をホシノは思い出していた。

 

 これで良い。この選択こそが、皆のためになる。

 

 もしかしたらまだ間に合うかもしれないが、ホシノは先輩と同じく自分が犠牲になる道を選んだ。

 

 疲れてしまった……いや、頼る事を選べなかったからこその選択。

 

 だが、あの大人である先生が何もしないとはホシノは思わない。

 

 セリカの件で、先生は生徒を全力で助ける存在なのだと頭で理解している。

 

 感情と理性。相反するが故にホシノは苦悩し、エリスを呼んだ。

 

 いつもと変わらずエリスは食事を作り、笑みを浮かべて一緒に食事をしている。

 

 エリスが普通じゃないのは、黒服に言われる前からホシノは分かっていた。

 

 いや、おそらくエリスと関わった全員がエリスは普通では無いと理解しているだろう。

 

 ゲヘナに味方をする事もあれば、トリニティ生として生活をし、トリニティ生でありながら一度トリニティを火の海にしている。

 

 カイザーや大人が運営している企業の味方もするし、裏切って壊滅させる事はあるが、これまで大怪我をさせたことは一度も無い。

 

 故に災禍。天の害は人を焼くのではなく、無差別にゼロへと帰す。

 

 ゼロからまた始めることが出来る。

 

 無論こんな話は全て嘘であり、調停者についても運悪く古の文献に残ってしまっていた事故だ。

 

 黒服が手に入れた情報もナギサが持っているものと差異は無く、だからこそあんな仮説に辿り着いてしまっている。

 

 だが、唯一一点だけは黒服の言葉も当たっていたが、それを今知る者は誰も居ない。

 

 黒服が属している組織――ゲマトリア。

 

 別世界とは言え、エリスはそのゲマトリアの大人の下に居た。

 

 なので、私達側と言う言葉は間違ってはいない。

 

 記憶も無く、新しい人生とはいえ、エリスの道はモニターの男から受け取ったものだ。

 

 想いがゼロに帰ることはない。

 

 そして想いとは――受け継がれていくものだ。

 

「……エリスちゃんは先生……大人ってどう思う?」

 

 そんな質問をしたホシノだが、本当はこんなことを聞く気はなかった。

 

 けれど、知っておきたいと思ってしまった。

 

「そうですね。私は……」

 

 食べていた手を止めたエリスは、真っ直ぐにホシノの目を見る。

 

 ホシノにとって大人とは敵である。

 

 しかし、大人の手を借りなければ何も出来ないとこの学生生活で理解している。

 

「私は大人……いえ、細かく言えば先生は嫌いですね」

「へぇ~。エリスちゃんがそんなことを言うなんて思わなかったよ」

 

 似ているようで、少し違う答え。

 

 優しいエリスならば、自分とは違う答えを出すと思っていたホシノは少し驚いた。

 

「その思想や行動はきっと皆から称賛されるものなのでしょう。シャーレが活動を開始してからあまり経っていませんが、噂はよく耳にしています」

「う~ん。良いことのように聞こえるけど?」

「私はしっかりと先生と話したことはありませんが、おそらく先生はホシノさんだけではなく、全てを救う……またはそれに近い発言をしませんでしたか?」

 

 していた。そして助けられた。

 

 今も借金の問題は解決していないものの、懸命に解決しようと動いてくれている。

 

 だが、エリスの言い方ではまるでそれが悪いように聞こえる。

 

「していたみたいですね。それ自体は悪くないことです。ですが、その考えではいつか――犠牲を出すことになるでしょう」

 

 決して好きではないが、まるで先生は愚者だと語るエリスに少しカチンときた。

 

 いや、過去を思い出してしまったから、エリスの言葉が胸に突き刺さった。

 

「ホシノさん。見捨てるのと、助けられなかった事。どちらの方が辛いと思いますか?」

「あっ……」

 

 ――思わず言葉が詰まった。

 

 まるで過去の出来事を知っているのかと疑いたくなるが、一度としてホシノは過去の罪をエリスに話していない。

 

「選ぶのと選べなかった事。物語なら百人中百人救えるでしょう。しかし、現実でそれはありえません。必ず犠牲が出てしまいます。望む、望まないにしてもです。それはこのキヴォトスなら尚のことでしょう。だからこそ皆先生を慕い、助けようとしているのでしょうが……」

 

『従うならその命を助けてやろう』

『神秘……これならば、神にも……』

『間に合わなかったか……ああ、これがあれと同じ感情か……』

『終わってから成功か。だが、私もこれで終わりか』

『今の君を縛る物は何もない』

『君の未来に幸あらん事を願う』

 

 ノイズとしてエリスの頭に走る言葉。

 

 エリスは選ばれてしまった側の人間だ。

 

 記憶は無く曖昧だが、エリスは犠牲の上で自分が生きているのだと理解している。

 

 だからだろう。何故先生が嫌いなのかエリスはしっかりと理解した。

 

(なるほど。助けるためには我が身をって事ですか。それは好きになれるはずも無いですね)

 

 そこまでやるのかは今はまだ分からない。しかし、エリスはホシノの反応からその日が訪れるかもしれないと思った。

 

「纏めますと、自己犠牲をする人が嫌いなのです。あっ、別にだからと言って助けないとか、見捨てたりはしないですからね? 因みに、大人についてですが、シロコさん風に言えば銀行と言ったところでしょうか?」

「……急に大雑把過ぎない?」

「大きな企業とは何回も戦っていますからね。変な名前をつけられる位には……」

 

 あまりの急変にホシノは気が抜け、罪悪感に駆られる。

 

 けれど、ホシノは選んだ側の人間だ。

 

「お願いについてだけどさ、先生を含めてシロコちゃん達に何かあったら、一度だけ助けてあげてくれない?」

「今の話をしておいて、そのお願いをします?」

「それはそれってやつだよ。少しきな臭いからね。エリスちゃんならなんとかなるでしょ?」

「砂漠でなければ基本的に大丈夫ですね」

 

 色々と出来るエリスだが、唯一砂漠での戦いは苦手であった。

 

 現状の重量軽減装置では、砂漠での使用は想定されていないため、下手に砂の上に降りれば重さのせいで、そのまま埋もれてしまう恐れがあるのだ。

 

 頑張って飛んでいれば大丈夫だが、エリスだって限界がある。

 

 或いは砂漠の上を跳ぶように走れば問題ないが、その状態で戦うのは難しい。

 

「何も起こらないのが一番だし、あくまで保険だよ」

「分かりました。依頼料はあの日助けて頂いたので、今回は無しにしておきます」

「悪いね。おじさんだけだと全部を守れるか分からないからさ。エリスちゃんなら任せられるし、頼んだよ」

「お役に立てるか分かりませんが、その時が来たならば、依頼のお願いを叶えます」

 

 今すぐにでも胸を押さえ、苦しみを紛らわしたくなるのを我慢し、ホシノは笑みを浮かべる。

 

 ホシノの胸に中で燻る後悔。

 

 見捨て、託され、受け継いだもの。

 

 少し踏み込んだ事で知ることが出来た、エリスの胸の内。

 

 選ばれ、託され、残されたもの。

 

 エリスはホシノに一度も何故と、どうしてとは聞かない。

 

 それをホシノは既にアビドスの事を知っているからと解釈した。

 

 もしも、もっと前に、誰かを頼る事が出来たのならば。

 

 エリスの申し出を突き返さず、受け入れていれば。

 

(先生と、エリスちゃんが居てくれればきっと、きっと上手くいく……)

 

 もっといいことが……そう、言い聞かせる。

 

 そんな苦悩を隠すホシノとは違い、エリスは深く考えていない。

 

 それよりも、先生が嫌いな理由が分かりスッキリとしている位だ。

 

(自由になったからこそ、知らない過去に縛られていた訳ですね。うーん。先生の行動を見守るのも一興でしょうか?)

 

 力が無いから助ける事が出来ないのだから、力さえあれば助ける事が出来る。

 

 圧倒的な力に対抗できるのは、同じ圧倒的な力のみだ。

 

 先生の味方をする気は無いが、先生の怠惰により誰かが苦しむのはエリスとしても気分が良くない。

 

 前回は守られたのだから、今回は守る側になる。

 

 それも一つの自由の形だのだろう。

 

 そして犠牲が必要となるならば、既に死んだ自分こそが……。

 

『どこから来て、どこへ向かうかを明確に理解すること』

『成し遂げた結果が、どれほど尊いものか……』

『――守り抜くのを望んだはずだ』

 

 ノイズ。記憶なのか、記録なのか。それともただの幻聴なのか……。

 

「ご馳走さま。今日も美味しかったよ」

「それは良かったです。いつも通り、洗い物はお願いしますね」

「勿論。今日はもう帰るの?」

「はい。明日は朝から授業がありますので。先生とシロコさん達に宜しくお伝え下さい」

 

 夕飯を食べ終えたエリスは、ホシノの家から飛んで自宅へと帰る。

 

「……もしもし?」

 

 エリスが夜空を風を切って飛んでいると、着信が入り、一度ビルの屋上に降りてから、電話に出る。

 

『初めましてエリスさん。私は黒服と呼ばれている者です。――良ければ少しお話をしませんか?』

 

 

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