アズサさん。本名は白洲アズサ。
トリニティに転校してきた生徒であり、いつも一人で行動をしている。
友達や知り合いはおそらく居ない。
一言で言えば浮いている生徒であり、少しだけ親近感が持てる。
私の場合、一部の生徒からは完全に危険物扱いされていたり、授業の際は必ず一番後ろの席に座る様に圧力を掛けられたりしている。
…………まあ少し粉飾した言い回しだけど。
危険物扱いとは、私に前からぶつかると重量差で吹き飛ばされるので、皆私とぶつからないように注意している。
授業については、私が前に座ると後ろの人が、翼のせいで見えなくなってしまうので、後ろに座るようにしている、
私の事はともかく、単眼鏡で遠くから見守る限り、アズサさんが虐められたり、逆に虐めているような事はしていない。
時折隠れて電話をしているみたいだけど、そこまでは私の関与することではない。
とりあえず本人と周りに問題はないみたいなので、少し範囲を広げて探るとしましょう。
そうとなればイチカさんに会いに行くついでに、正実で聞き込み活動といきましょう。
1
「あまり変わらないっすねー」
正義実現委員会の本部の一室。
そこでイチカは書類を書く手を止め、ペンで頭を掻いて愚痴を吐く。
連邦生徒会が機能不全に陥り、シャーレの活躍により犯罪率は低下を始めたものの、トリニティ周辺はまだまだ下がっていなかった。
主な原因はゲヘナからのちょっかいなのだが、トリニティ内でも様々な事件が起きており、イチカは多忙な日々を送っていた。
「ティーパーティーは動きが遅いし、シスターフッドは引きこもり。頼みの綱の救護騎士団は団長が不在。嫌になるっすねー」
周りに誰も居ない事を良い事にイチカの愚痴は止まらず、両手で頭を掻きむしる。
悲しい事に正実とシスターフッド以外は人員が一部欠けているため、その負担が全て正実に降りかかっていた。
本来なら書類仕事は全て副委員長であるハスミが引き受けているのだが、シャーレとのやり取りがあるためどうしても本部にずっといる事も出来ず、名目上は一般部員であるイチカがハスミの代わりを務めている。
どちらかと言えば外回りの方がイチカは好きなのだが、誰かがやらなければいけない以上、仕方なく仕事をこなしていた。
「まあ救護騎士団はまだマシなほうっすかねー。色々と動いてくれてるし、負傷もしっかりと治療してくれているし。これもエリスのおかげっすかね」
団長であるミネが行方を眩ませたせいで戦力が大幅に低下したが、救護騎士団のバックにはエリスが居ると噂があるお陰か、救護騎士団に無体を働くトリニティ生はほとんどいない。
小康状態。それがトリニティに当てはまる状況だ。
「さて、少し休憩にするっすかね。その後は巡回して報告書を書いて……で、終われば良いけど……」
「こんにちは」
「うげ」
書類を纏め、軽く休憩を取ろうとしたところで、あまり聞きたくない声を聞き、イチカは顔をしかめる。
「うげとは酷いですね」
「エリスのせいで散々酷い目に遭わされてるっすからね。態々本部に来るなんてどうしたんっすか?」
初めて会った日以降、イチカは何度もエリスと共に暴徒の鎮圧やテロの鎮圧を行った。
潜入任務や捕まえた暴徒の尋問も。
様々な任務を一緒に行ってきたが、八割位の確率でイチカは酷い目に遭っていた。
イチカの銃はアサルトライフルに分類され、通常中距離での狙撃に使われるのだが、エリスと組む場合は近距離で拳や脚を使うことの方が多かった。
更に言えば毎回寡兵……と言うより基本的に二人で二桁を越える敵と戦わされ、その手柄もイチカに放り投げられるせいで、ツルギの後継者なんて呼ばれている。
「珍しく時間が空きましたので、イチカさんに会いに来ました。良ければこちらをどうぞ」
「あっ、どうもっす」
嫌いな相手でも、お土産を差し出されると受け取ってしまうのは仕方のないことだろう。
その嫌いも悪友に向ける様なものであり、本心からの嫌いではない。
イチカはお土産のロールケーキを皿へと分け、ついでに紅茶を淹れて座る。
「いつもロールケーキっすけど、何か理由でもあるんっすか?」
「内緒ですが、ナギサさんの好きな食べ物がロールケーキなので、自分で作った物をお店の物と言ってナギサさんに渡して反応を楽しんでます」
「へー自分で作ってるんっすね……あっ美味しい」
「ありがとうございます」
エリスの前半の言葉を全て聞かなかった事にしながら、イチカはロールケーキを食べる。
味はお店の物と言われて出されても分からない程であり、使われていた箱の包装もしっかりとしていた。
これを見抜くのは無理だろう。
「最近正実の方はどうですか? シャーレが活動を始めてから少しは楽になりましたか?」
「あまり変わらないっすねー。ハスミ先輩がいない事が増えたし、ハスミ先輩がいないとツルギ先輩は上手く使えないっすからね……」
「大変そうですね。転校生とかも来たそうですが、問題とか起こしていませんか?」
「転校生っすか? そう言えばティーパーティーから書類が来てたっすね。私が知る限りは何もないっすね」
「そうですか」
今のところは問題を起こしていない。
そう解釈したエリスだが、表沙汰になっていないだけで裏で何か起こっている可能性を捨ててはいない。
どちらかと言えばトリニティでは表沙汰になっている事件の方が可愛げがあり、表に出ない裏の方が危険視されている。
派閥間でのテロ行為や、クラスのカースト下位への虐め。
部活間での裏取引や、裏オークション。
トリニティに潜む闇は黒く、そして淀んでいる。
「エリスの方はどうっすか? シャーレの先生にも会ったみたいっすけど?」
「先日大口の依頼がありまして、新しい装備を作ることが出来そうです」
「まだ増やすんすか?」
「あれが重すぎるので、色々と対策をしないといけないものでして……」
「威力が凄いのは認めるっすけど、せめて片方にしたらどうっすか?」
ゼロカスタムは二丁で一丁の銃なのだが、基本的に一丁だけでも過剰火力なので、わざわざ重い銃を二丁持ち歩く必要はないとイチカは考える。
視覚による威圧効果はかなり高いが、それにより機動力が削がれてしまえば本末転倒だ。
そしてその二丁のために使っている額の一部を知っているイチカは、呆れていたりする。
火力を上げたいから火薬を増やし、火薬を増やした結果銃身を分厚くし、冷却が足りないからヒートシンクを増設し……なんてイタチごっこをしている。
愛銃を整備していると言えば聞こえは良いが、そろそろ増やすのでは無く減らす方向で動いた方が良いのではと思っている。
「片方だけだとバランスが悪いですから。それに、稼いだ分はしっかりと回さないと経済に悪影響を与えてしまいます」
「随分とミレニアムと仲が良いみたいっすけど、大丈夫なんっすか?」
「基本は追加兵装を作って貰っているだけですし、しっかりと契約書を交わしているので大丈夫です。これについては一応機密としていますので」
ゼロカスタムの脅威は学校だけではなく企業でも有名である。
災禍と呼ばれる事が多いエリスだが、一部ではヒナ二号なんて呼び名をされている。
それほどエリスという存在は恐れられ、その武器であるゼロカスタムについても研究しようとしている組織がある。
その事を遠回しにイチカは聞き、エリスは調べたところで問題は出てこないと遠回しに話したのだ。
ウタハもゼロカスタムの試射や解析を行ったが、最終的に再現は不可能だと判断している。
その代わり、原理とエリスのおかげで出来た予算でとある物を作っているのだが、そこまではエリスも知らない。
なんならその技術が、ミレニアムスクールで起こる事件に関わってくるなんて知るはずもない。
「トリニティの治安を脅かさないなら良いっすけど…………おっと、もしもし……えっ、こんな時にっすか? あー、空いてるのはいないっすね……。了解。今から向かうので耐えていて下さいっす」
トリニティが平和ならばそれで良いと言ったところで、イチカはかかってきた電話に出る。
そして眉間にどんどん皺が寄っていき、電話を切ると共にため息を吐く。
「エリス」
「はいお付き合いしますよ」
悩むことなく答えたエリスに対して、イチカは少しだけ微笑む。
「トリニティ内の銃専門店にて強盗が発生したっす。犯人は大型トラックにて逃走中っすが、盗んだ銃器の弾幕が厚く、近づく事が出来ないようっす」
「なるほど。トラック自体が爆弾の様な状態になっているのですね。作戦としては、イチカさんが陽動して、私が空から奇襲し、運転手を倒す感じでしょうか?」
「そうっすね。出来そうなら私もトラックに乗り込んで無力化するっす」
「ルートはどの様に?」
「それは……」
打てば響く。既にイチカは気にしていないが、相手は一応年下であり、更に正義実現委員会の部員ではない。
なんならエリス側も依頼を受ける際は先に依頼金の交渉をするのだが、イチカに対してはそこまで依頼金に拘っていないので、後程適当に貰う気でいる。
軽く作戦を決めたイチカは、部屋の片づけを一年の部員に頼んでから車に乗って移動を開始した。
エリスはゼロカスタムを装備し、空を飛んで目標地点を目指す。
2
「もっとスピードを出せ!」
「分かってるよ! おい! 前の奴らを吹き飛ばせ!」
「任せろ!」
公道を大きなトラックが走り抜ける。
トラックには星印が描かれたヘルメットを被った少女達が乗っており、大声をあげながらトラックを走らせ、目的地へと向かう。
その後ろにはジープや装甲車が続き、銃やロケットランチャーにて銃撃戦が行われていた。
「どうにかして止めろ! あれだけの銃器が盗まれると副委員長に怒られる!」
「今はイチカさんに連絡を入れたので、時間だけでも稼いでください!」
様々な犯罪が行われる中でも、今回行われた強盗事件はかなり大きな物であり、相当数の銃が盗み出された。
あまりにも大きな事件のため動ける正実の部員は全員駆り出されているが、今もトラックを止めることは出来ず、焦りだけが募っていく。
「マシロ!」
「タイヤ周りの装甲が厚すぎます!」
トラックを止められないのは銃撃が激しいのもあるが、タイヤに装甲がついており、撃ち抜く事が出来ないのが一番の要因だった。
その装甲を吹き飛ばせれば良いのだが、犯人達はロケットランチャーを優先的に排除しているため、それも上手くいかない。
スナイパーライフルによる一点突破や、隙間を撃ち抜こうと頑張ってはいるものの、それも上手くいっていない。
「連絡来ました! 次の交差点で仕掛けるようです!」
「分かった! 各位に連絡を入れておけ!」
気合を入れ直した正実の部員達は再び銃を構え、トラックに向けて発砲する。
その様子を、エリスはビルを飛び移りながら確認し、無線を手に取る。
「こちらエリス。予定通り交差点で強襲します」
『了解っす。こちらも確認しだい飛び移るっす』
自分の足でトラックの速度に合わせているエリスとは違い、イチカは交差点にて準備をしていた。
乗っているのは装甲車や車ではなくバイクであり、エリスが攪乱している間に乗り込む予定となっている。
「運転は頼んだっすよ」
「はい! イチカさんもご武運を!」
乗り移るにあたり運転手は別に用意してあり、運転手である部員は緊張からか軽くエンジンを吹かす。
そしてトラックが交差点に通りかかり、爆発音をあげながら道を曲がろうとしたその瞬間に、空から白い鳥が急降下してきた。
「なっ!」
「失礼します。そして、さよならです」
その鳥とはエリスであり、窓ガラスにされている装甲用の金網を突き破って突入してきた。
そして運転手をドアごと蹴り飛ばし、オマケとばかりにエピオンを額に一発撃ってから運転を代わる。
トラックの運転はマニュアルであり、訓練を積まなければ運転するのは難しい。
それなのにエリスは的確に操作して、公道を走って居る他の車の邪魔にならないように運転しながらあらかじめ決めていた目的地へと走り出す。
この場で止めてしまえば他の建物や道にダメージを与える事になるので、広い駐車場にトラックを向かわせる作戦となっている。
「おい! バイクが来てるぞ!」
「撃て! 撃って近寄らせるな!」
エリスの行動は交差点で注意が逸れる瞬間に行われた事であり、トラックの荷台に居る犯罪者の仲間達は気付く事が出来なかった。
トラックのドアガラスが破られた時に大きな音がしていたが、トラックのエンジン音や爆発音などで気付く事が出来ないでいた。
「相変わらず無茶苦茶っす……ねっと!」
「ぎゃあ!」
バイクから跳んだイチカはトラックの上へと着地し、同時に犯人の一人を蹴り飛ばす。
ついでにイチカの乗っていたバイクを運転していた正実の部員は、頭を撃たれて横転してしまったが、なんとか他の車両とぶつかる事は無く、部員も受け身を取りながらバイクから落ちたため、軽傷で済んだ。
「こ、こいつは!」
「相手は一人だ! ここを凌げば何とかなる!」
「一人ねー」
イチカは放たれる銃弾を避けながら、トラックが不安定になるタイミングで一人ずつ倒していく。
エリスが意図してハンドルを切るタイミングをイチカは掴んでおり、正に阿吽の呼吸と言えよう。
これまで幾多の
そして全員をイチカが倒し、その様子を見ていた正実の部員達は改めてイチカの凄さを確認した。
残念な事にバイクを運転していた部員や、今も運転をしているエリスは表立っていないため、誰がどう見てもイチカが大立ち回りをしたようにしか見えない。
銃撃も止み、トラックは目的地である駐車場に止まり、イチカはトラックから降りる。
そして追いついてきた部員達と共にリアドアを開けて中を確認する。
「これはまた凄い量っすね」
「はい。せめて逃げられる前に止められれば良かったんだけど……」
「雇い主については?」
「今護送車内で取り調べしています。それにしても流石イチカさんですね。一人で解決してしまうなんて」
「いや、ちゃんと仲間は居るっすよ。ほら運転席に……」
運転席に視線を向けると、既にもぬけの殻であり、羽の一つも落ちていない。
ふとイチカがスマホを見ると、一件のモモトークが届いており、先に帰るとだけ書かれていた。
「誰もいませんね」
「いや、それはっすね……」
「ささ、後は私達に任せて先に帰っていて下さい。あっ、イチカさんの雄姿はちゃんと伝えておくので」
「えっ」
やいのやいのとイチカ本人を置き去りにして話は進み、事件を解決に導いた存在として更に名声を手に入れる事になる。
無論後程イチカはエリスやハスミへ色々と話をするのだが、ほとんど相手にされる事は無く、マシロへと愚痴を零すのであった。