『自由とは、選び掴み取る事だ。ある意味君は、私に拾われた時点で自由だったのかもしれんな』
……ふむ。夢か。
生前に恩人の男と会話した……その時の一言だろう。
似たようなことを録画でも言っていた気がするけど、自由なんてそんなに必要なものなのだろうか?
なんとなくだけど、私にはそこまで自由は崇高なものには思えない。
……自分を包んでいた翼をどけて、布団から起き上がる。
カーテンの隙間から薄っすらと太陽の光が見えるが、昇りきるにはまだかかりそうだ。
ホシノさんはベッドで丸くなって寝ている。
ヘイローが消えているので、今も夢の中なのだろう。
ホシノさんには悪いが、シャワーを借りさせてもらうとしよう。
髪はそこまで問題無いが、翼が所々逆立ってしまっている。
梳かすよりも、一度洗ってしまった方が楽に直せそうだ。
学校へ通うようになったら、朝は早起きしないとだろうな……大変だ。
シャワーを浴びた後、頑張って翼を毛繕いしている内に、太陽が完全にこんにちはした。
しかしホシノさんはまだ寝たままである。
……ご飯でも作ろうかな。
料理が出来るか分からないけど、ネットのレシピ通り作れば大体のものは問題なく食べられるはずだ。
生前の私は、決められたものを決められた通りにこなすのが得意だった気がする。
一応ホシノさんには、朝は適当に食べて良いよと言われているので、問題無いはずだ。
「冷蔵庫の中には……案外ありますね、それに、インスタントの類も……」
思っていたよりも冷蔵庫の中や、棚の中には色々と食材がある。
ホシノさんは自炊しているのかな?
米を砕かないように洗い、炊飯器に入れる。
まな板まで斬らないように注意しながら、余っているっぽい野菜を切り、鍋で茹でる。
流石に豆腐は無いけど、ネギがあったのは嬉しい所である。
ご飯が炊きあがる時間を確認しながらスマホでネットサーフィンして情報を仕入れ、良い感じの時間になったら野菜を茹でた鍋に味噌を溶かしながら入れ、おかずとなる卵焼きと、良く分からないけど賞味期限は問題ない肉を焼く。
「うん? 良い匂いがするね~」
「おはようございます。折角なので朝食を作らせて頂いています。もう出来ますので、待っていて下さい」
丁度出来上がったタイミングで朝食が出来たので、ホシノさんにはテーブルに座って貰う。
分量通りに作り、しっかりと味見までしているので、食べられない料理が出来るなんて事は無い。
自分だけで食べるならばともかく、人に食べさせる時はしっかりと味見をしなければならない。
ささっとテーブルに並べ、頂きますをする。
「うーん。普通に美味しいね。料理とかしたことあったの?」
「いえ、ネットで調べた通りに作っただけです。お世話になったので、少し位は恩返ししようと思いまして」
「良い子だね~。初めてでこれ程なら、将来は良いお嫁さんになりそうだよ」
「ありがとうございます」
ゆっくりと朝食を食べ、食後はホシノさんがお茶を淹れてくれた。
ホシノさんと別れるのは名残惜しいが、会おうとすればいつでも会えるので、悲しくはない。
「ごはんありがとうね。エリスちゃんはこれから何所に行くの?」
「先ずはミレニアムに行ってみようと思います。治安もそこまで悪そうではないみたいなので」
「あ~。アビドスも、いつもは平和だよ?」
日常的に銃撃戦がある世界は、そもそも平和とは呼べないのかもしれない。
……まあアサルトライフル程度なら少し痛い程度で済むので、襲われない限りは平和と定義しても良いのかも?
食べ終わったお皿を洗い、出掛ける準備を済ませて、昨日買ったバッグを持つ。
そろそろ出るとしよう。
「よいしょっと。それではお世話になりました」
「おじさんこそ学校ではありがとね。入学届けを準備しておくから、いつでも連絡してね~」
ホシノさんのジョークに小さく笑い、玄関に置いといたゼロカスタムを持って外に出る。
ミレニアムでのタスクは技術屋を探すのと、学校を見て回ること。
いざ、出発!
1
小さな音を立てて、ホシノの前で玄関の扉が閉まる。
約一日。
それがホシノとエリスが、一緒に居た時間だ。
一日一緒に居て、ホシノがエリスから感じたのは、大量の違和感だった。
記憶喪失でありながら、スマホと電子マネーを持っている。
ここまでは良いのだが、モモトークをインストールする際に見たスマホには、一つとして連絡先が登録されていなかったのだ。
親が居るならば、最低でも親の連絡先がなければおかしい。
いつ手に入れたスマホなのか……。
話の内容から、記憶喪失なのは本当なのだろうとは思うが、それにしては謎が多い。
特にホシノの注意を引いたのは、持っていた銃だ。
身体能力が高いシロコがまともに持つことが出来ず、威力は校庭にクレーターを作るほどである。
銃弾を使わない特殊な銃だが、発射するタイミングで、背筋に悪寒が走るのを感じた。
撃たれたヘルメット団達には何故かほとんど怪我はなかったが、もれなく全員気絶しており、一体何を射っているのかが気になる。
「ふわ~」
欠伸を一つ漏らし、学校に行く準備を始める。
考えたところで答えは出ず、エリスが良い子なのは確かなので、それで良いだろうと思いながら靴を履き、愛銃を持って家を出る。
本当に身寄りがないかだけは調べて貰っているが、ホシノの勘が見付かることは無いだろうと告げる。
何せ一人だというのに、あまりにも悲しそうにしていなかったのだから。
「――ねえ、居るんでしょ?」
学校に向かう途中、誰もいないはずの暗い路地に向かって、ホシノは声をかける。
眠そうな目は鋭くなり、剣呑な雰囲気を纏う。
「クックックッ。はい。勿論居ますよ」
コツンと革靴がアスファルトの上で音をならし、黒いスーツを纏った一人の男……異形なる存在が姿を現す。
頭部は黒く無機質であり、亀裂が走っており、眼となる部分は白く怪しく光り、口は三日月を描いている。
「何度でも言うけど、契約するつもりはないよ」
「クックック。今日も振られてしまいましたね。ですが、本日はその件ではありません」
「……」
異形はわざとらしく悲しそうな素振りをするが、直ぐに姿勢を正す。
「本日は少し忠告……いえ、正確には質問をしに来ました」
「私が答えるとでも?」
「ホシノさんが拾った少女ですが、随分と面白いものを秘めているみたいですよ」
銃を構えようとするが、寸前のところでホシノは思い止まる。
「まだそれ程観察した訳ではないですが、ホシノさんを最大の神秘とするならば、あれは神秘そのものと表現するのが妥当でしょうか? まさか神秘その物を撃ち出す銃があるとは、私としても驚きです」
「神秘そのもの?」
「ええ。常人ならば昏睡してもおかしくない量の神秘を圧縮して放つ。一体誰が考え、誰が作ったのか……生徒なのは確かでしょうが、外から来た訳でもなさそうですし、とても面白いですね。クックック」
何が面白いんだとホシノは内心で愚痴り、異形が言った事を自分なりに考える。
自分と同じく普通では無いのは確かであり、銃が何を撃ち出しているのか分かった。
原理は分からないが、それならば銃弾は無くても撃つことが出来るのだろう。
しかし、異形の言う通りならば、エリスは……。
「何か知っているのでしたら教えてほしいのですが……勿論対価は支払いますよ」
誰が教えるかと言葉を発しようとした時、異形は一枚の紙をホシノに見せる。
端的に表せば、エリスの情報を何でもいいので教えれば、相応の金額を払うと書かれていた。
ただの情報に支払う様な金額ではなく、ホシノの足元を見た悪質な
思わずホシノは強く睨みつけるが、異形は笑うだけで、何も言わない。
「あれはホシノさんとは違い、既に私達の様な存在が関与している可能性があるので、直ぐに手を出す事は出来ませんが、だからと言って調べないのは私の矜持に反しましてね。何でも良いのです。取るに足らない何かを語るだけで、ホシノさんはこのお金を手に入れる事が出来る。とても魅力的な契約とは思いませんか?」
とても甘く、甘美な調べ。
ホシノの置かれている状況には、膨大なお金が必要だと分かっているからこその提案。
別にエリスを裏切る訳でも、売り渡す訳でもない。
ちょっと魔が差すだけで、アビドス高等学校が抱えている問題が僅かだが良い方向に向くのだ。
だから……ホシノは――契約書を銃で撃ち抜いた。
「……残念ですね」
「私が何であろうと契約するわけないでしょ――黒服」
「あんな存在を守ろうとするホシノさんの考えは分かりませんが、今日は帰るとしましょう。次は色好い返事が聞けるのを、楽しみにしています。クックック」
耳に残る様な、嫌な笑いを残して黒服は姿を消す。
そして、うなじから僅かに流れてきた汗をホシノは拭い、学校へ向かう。
心が動かなかった……なんてことはない。
ホシノは自分が弱いとしっかりと自覚している。
だからこそ、例えどんな小さなことでも、仲間や友達を売りたいとは考えないようにしている。
しかし、もしも……もしも自分を売る事以外の選択が、取れない未来が来たとすれば……ホシノはそれを選択してしまうのかもしれない。
「うへ~、今日も暑くなりそうだね~」
日差しの暖かさで冷えた心を温めながら、ノノミたちが居るアビドス高等学校に入るのだった。
2
「此処がミレニアム……ですか」
ホシノさんの自宅から出てバスに乗り、電車で揺られる事数時間。
ミレニアムサイエンススクール前までやって来た。
何と学園内にはモノレールが走って居て、とても広い。
どうやら新興校らしいのだが、SNSの写真で見た限り、一番技術が発展しているように見えた。
制服はまるでスーツの様だが、見かける一部の生徒は改造していたり、学校のではなくて、部活の服を着たりしている。
白や青を基調にしていて、見た目的に涼し気だが……。
「ねえ、あそこの子って……」
「あれは銃? にしては、形状が……」
「小さいのに、とても大きいわね……」
見た目とは裏腹に、狂気に満ちた目をしている生徒が多い。
しかもそれは私に向けられているので、とても居心地が悪い。
急いで学校まで行くとしよう。
受付さえ済ませれば、そうそう襲ってこようなんてしないだろうし。