「週休4日、正社員雇用」なんて美味い話、ある訳ない!   作:ダブル亮禅

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10話 冷やし中華と海の家、始めました 後編

7月中旬と、ちょっと遅めではあったけど、

俺たちの海の家の運営という挑戦は

こうして始まった。

 

他の海の家や組合関係、仕入れ業者さんへの

紹介はお鐘婆さんも付き合ってくれて、

つつがなく終わった。

むしろ「あのお鐘婆さんが何十年も贔屓に

している食堂の若旦那が海の家を継ぐらしい」

という噂が広がっていて、すでに歓迎ムード

だったので、逆にただの手伝いだと訂正する

のに骨が折れてしまった。

アルバイトについてもお鐘婆さんの所の子を

6人ほど貸してもらえる事になった。

シフトで休日を入れても、常時4人は

助っ人のバイトがいてくれる事になる。

家族連れが多いとはいえ、

15卓の店としてはなんとも贅沢な

スタートとなった。

 

流石は評判のお鐘婆さんが仕込んだ

精鋭だけあって、アルバイト達は全員仕事に卒が無い。

特にリーダー格の西村くんなどは我々素人4人に

ついても絶妙なフォローをしてくれた。

その癖、こちらの指示にも嫌な顔せずに従ってくれる。

我々ハイブリッジ企画一同は尊敬の念を込めて、

西村先輩とお呼びしている。

まだ、夏休み前と言うことで、海の家が満席に

なる事はほぼ無かったが、逆に好機と、

油断することなく、俺を始め社長達も

しっかり先輩方の仕事っぷりを積極的に

吸収していった。

ちなみに店のメニューと価格は

元々海の家「美川」で使っているものを

そのまま使わせていただく事にした。

先輩達は我々の時だけではなく、お鐘婆さんの

方でも働いているので、統一した方が

やり易いだろうという理由もあるが、

手間を省いた面も大きい。

あと挨拶回りの時、組合の方や他の海の家の

オーナーから価格帯はあまりい大きく差をつけず

バランスをとってくれると有難いと釘を刺された

という大人の事情もあったり無かったり…。

 

ただメニューも価格も全くそのままだと

いうのは少し芸が足りない。

というか、正直近隣の方々の俺への前評判が

ちょっと高過ぎて、何もしないままだと

居た堪れなくなったというのが正直な所だった。

それに海の家のメニューはスピードが

重視されることが多く、調理も電子レンジ

だけで済むものが多い。

食堂の息子としてはやはり何か

物足りなさを感じざるを得なかったのだ。

一応、うどんなどの汁物に使う出汁は

実家から持ち出した。

多めに作ってもらう為に

「俺も早起きして手伝うから頼むよ!」

と頼むと頭下げたら、今までは俺に

出汁の仕込みだけは触らせなかった父親が、

「寝坊するんじゃねぇぞ」

とだけ言って、やらせてくれたのが有難い。

父親なりに俺の仕事を応援してくれているんだろう。

ただ出汁変えただけだと地味というか

宣伝効果的にインパクトが薄い。

そこで新メニューを、ハイブリッジ企画の時だけ

海の家で出す限定メニューを出す事にした。

それは、

「金時食堂名物 冷やし中華!」

と西村先輩や会社のみんなの前で発表する。

みんな「あー冷やし中華ねー」みたいな反応だった。

こんな事で挫けてはいけない。

夏と言えば夏休み。夏休みイコール店の手伝い

って青春時代を過ごした俺にとって、

人生で一番多く作った料理なんだ!

青春と引き換えに磨いた冷やし中華の味!

何としてでも皆んなに食べて貰いたい!

とさらにセールストークに磨きをかける俺。

「いやいや冷やし中華か…ってなるかも

しれないけど、結構難しいんだよ。

海の家では食材の保存面で嫌厭されがちだし、

そもそも単純な具材とタレと麺の調和が

難しい一品なんだから。

今の所は厨房も余裕あるし、

具材の確保も下拵えも実家で出来る。

何より金時食堂秘伝のタレはどこも

一朝一夕には真似出来ない。

俺の実家の店じゃあ、夏の主力商品なんだからね。

それに海入った後、あったかいのも良いけど、

酸味のあるさっぱりとした麺もいいと思うだよな。」

と一気に説明する。

「そういえばあまり海の家で冷やし中華

見ないっすね。珍しさでお客さん呼べるかも。」

と康治くんは好感触!

他のみんなもちょっと興味を持ってくれた感じだ。

単純に冷やし中華食べたいだけのようにも見えるけど、

アキさんは、

「夕飯、冷やし中華にしちゃおうかな」

とか言ってるし。でも、あと一押し!

「海の家に入口に『冷やし中華始めました』って

貼り紙あったらインパクトあると思わない?」

…ちょっとセールスポイントとしては弱いな。

と、次なる一手を考えていると、

「おお!まさに夏の風物詩!海と冷やし中華!

なんか良いな!」

社長がいつもの如く乗って来て、

見事、新メニュー「冷やし中華」は

採用された。

 

「いらっしゃいませー!

冷やし中華いかがっすかー!

定食屋の本格派っすよー!」

声を張り上げて客を呼び込んでいる

康治くん。

客の反応はまずまず。

やはりちゃんと手の込んだものを

食べたいって客も一定数いるようだ。

海の家「美川」は座敷の利用客の他にも、

料理なら店先でも提供できる。

ラーメンやカレーが500円という価格の中、

680円という多少強気な設定にしてみたが、

ちゃんと需要はあるようだ。

家の中と外からの客で今日の仕込み分は

売り切れそうだ。

店に出す前に、お鐘婆さんにも試食してもらい

「金時食堂の味だ」

とお墨付きを貰っていたのも自信になって

多めに仕込んできたにも関わらず、

売り切れというのはなかなか嬉しい。

これでとりあえず皆んなの期待にも

及第点では応えられたはず!

これで後顧の憂いなく、準備万端整って、

夏休みを迎えた。

 

「はーい、3番テーブルさん、冷やし中華2、

ラーメン1。オーダー入りました」

「お待ちどう様です!ご注文の

カレーライスとイカ焼きです」

「新規さん、ご案内しまーす」

「シャワー室はこちらでございます」

海の家の中を目まぐるしく動き回る社長達。

夏休み前の3倍以上の客が押し寄せる中、

半月の経験と先輩達のご指導の成果もあり、

なんとか店を回してくれている。

俺も、厨房で西村先輩の厚いフォローの元、

なんとかオーダーをこなす。

 

康治くんはいつもの軽いノリが、

真夏の砂浜には不思議とぴったりハマっていた。

「お兄さん、イケメンじゃん!」

「写真、一緒にお願いしまーす」

若いグループ客に乗せられ、

調子良くはしゃぐ余裕すら見られた。

「ここの冷やし中華。滅茶苦茶美味いっすよ」

とさり気ない営業トークで売り上げ増にも

貢献してくれている。

 

アキさんも物腰の柔らかい接客で

小さいお子さんとお年寄りの受けが良い。

泣いている子供をあやす姿には、俺も

「尊い…」

と思わざるを得なかった。

ちなみにアキさんは15時でシフトが終了すると、

そのままりんちゃんと海で遊ぶようになった。

最近出来たというママ友の田辺さんが

学校の学童保育から連れて来てくれるのだ。

「聖ちゃん、こっちだよー」

「ほら波が来た!」

「きゃはは!」

と砂浜で学友ともに駆け回り遊ぶ母娘の姿は、

仕事でへとへとになった俺たちを癒やしてくれた。

遊び疲れたのか、海の家の前に置いてある

テーブルに休憩に来るりんちゃん達。

社長がりんちゃん達にかき氷をご馳走する。

お礼を言いながら、アキさんがぽつりと打ち明けた。

「夫がいた時は毎年夏は海って言ってて、

でも、夫が亡くなってからはりんを海に

連れて来れなくって。」

だから今、この瞬間が本当に嬉しいんだと、

りんちゃんを嬉しそうに見るその目が語っていた。

 

そらからも俺は、連日厨房で汗を流していた。

まあ海の家は週3日間の営業だけど。

それはさておき、

焼きそば、うどん、ラーメン、カレーと

メニュー自体は実家の食堂と大差ない。

けど、

「兄ちゃん、焼きそばマジうまい!」

「インスタにあげよー!」

若者の笑顔と歓声に囲まれて、俺は驚いた。

同じ料理でも、環境が違うだけでこんなに違うんだ。

食堂では見られなかった景色が、目の前に広がっていた。

5番テーブルへ運ぶラーメンを持ちながら社長が、

「なんか青春っぽいな、僕たち」

と少し浮かれた感じで言った。

 

そして、激闘の1ヶ月半を

俺たちは戦い抜いた。

 

八月の終わり、海の家の営業最終日。

砂浜には、最後の客たちの笑い声と、

夕暮れのオレンジ色の光が広がっていた。

「皆さん!2ヶ月間ありがとうございます!」

社長が声を張り上げると、拍手と歓声が返ってくる。

西村先輩達も、まだお鐘婆さんの営業が残ってる

にもかかわらずささやかな打ち上げに参加してくれた。

無事、海の家をやり遂げることができた。

康治くんが発注一桁間違ったり、

西村先輩とアルバイト仲間の山村さんが、

なんか良い感じになっちゃって、西村先輩の

彼女さんが海の家に怒鳴り込んで来たり、

同じくバイトの高志くんがアキさんに告って

玉砕したとか色々あったけど、

終わってみれば、結果は上々!

ちゃんと海の家、出来てたと思う。

康治くんもアルバイト達と打ち解けて

なんかふざけ合っている。

社長も西村先輩と隣の海の家の主人とで

何やら昔のアニメの話で盛り上がっている。

その声を聞きながら、アキさんは隣で小さく笑っていた。

りんちゃんは貝殻を拾って、

「パパにお土産!」と無邪気に叫んでいる。

俺はただ―胸がいっぱいだった。

食堂でもない、会社の事務所でもない。

こんなにたくさんの人に囲まれて、

笑い合いながら料理を作るなんて。

俺が知らなかった“仕事の楽しさ”が、

ここにはあった。

夜、片づけを終えた浜辺。

星空の下で、俺たちは残った缶ビールを

もう1本開け、小さく乾杯した。

「なぁ優。正直言うとさ」

社長が缶を掲げながら言った。

「俺…高校に入るには入ったけど、

ほとんど出席してないから、当然、文化祭とか

出たことないんだよ。だからこういうの

ちょっと憧れてたんだ」

「…はは、文化祭の代わりにしちゃ、

なかなかハードな2ヶ月だったな」

俺は笑いながらも、社長の気持ちに共感していた。

「俺もそういや、クラスの奴らに

任せっきりだったから、あんまり知らないかも。

ちゃんと本気でやってたらこんなに楽しい思い出

つくれたのかな。」

と俺も家の手伝いを優先してた学生時代を思い出す。

「ま、今回本気でやって、今楽しいって思ってるなら

出来てんじゃねーの?青春!」

と言い社長は笑った。

社長は笑っていたが、その笑顔の奥に

あるものを俺は知っている。

社長にとっても、俺にとっても、今回の一件は

ポッカリも抜け落ちた青春時代を埋めるための

挑戦だったんだと思った。

 

数日後。

お鐘婆さんから光熱費の折半分の請求書を

受け取った為、7月と8月の収支決算を

出す事になり、会社のみんなが、

パソコンに向かう早紀さんとアキさんの周りを

ぐるりと囲んで、緊張した面持ちで待っている。

確認した早紀さんが、目を丸くした。

「これ…黒字ですよ!」

「やったー!頑張った甲斐あったっす!」

康治くんが両手を挙げて叫ぶ。

「やったじゃん! 黒字分は少しだけど、

ちゃんと自分たちの食い扶持、稼げたんだ!」

俺も思わず声が弾んだ。

「つまり…我が社の寿命が2ヶ月延びたって

ことだな。まさかこんなに早く黒字化するとは」

社長がにやりと笑った。

馬鹿げた理由で社長が始めた会社。

宝くじを資金に、資金が尽きれば倒産予定の会社。

俺も腰掛け程度、家業手伝いの空白期間のある

職歴を上塗りしようと入った会社。

でも、利益を出せばその分会社は生き延びる。

その事実に、今更ながら胸の奥が熱くなる。

正直、俺はこの会社が楽しくなって来ている。

だから、無くなって欲しくない!

それがちゃんと頑張れば可能なんだと知り、

少し興奮すらしている。

「ちなみにお鐘婆さんからは来年以降も頼む!

と依頼されているので、海の家は夏限定の

我が社の事業となりそうだ」

とさらに嬉しい知らせ。

「ちなみに次の日がお鐘婆さんが店をやる日

の時は念入りに掃除してたのが良かったみたい。

2ヶ月経っても海の家が綺麗だったって

喜んでたよ。」

と付け加える。

今回は西村先輩はじめ人手も充実してたから、

夕方やる事も無いし掃除してたのが功を奏した

みたいだ。

「バイト連中もうちのターンの時は、

人数多くてしっかり接客出来るのが良かった

となかなか評判良かったらしい」

うちは採算度外しで、シフト入って貰った

から、その分サービスに人を回す事が出来た

と言う事だろう。

「何にせよ!来年も海の家やろー!」

と社長の一声。

「おおーー!」

とノリの良い面々。

 

兎にも角にも、俺たちのこの会社は、

まだまだ、続いていく。

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