「週休4日、正社員雇用」なんて美味い話、ある訳ない! 作:ダブル亮禅
海の家の片付けも落ち着いて、
「久々に事務所でゲームでもしてゆっくりするかー」
などと社長が軽口を叩いている。
しかし、そんな事も言っていられない。
ちんどん屋をやった時に配ったチラシの反響が
チラホラとあったのだ。
我々が海の家にかかりっきりになっている間、
早紀さんが電話番をしてくれていたらしい。
早紀さんは一応法律事務所に所属してはいる
ものの、忙しい時や補助的なサブメンバーな
扱いらしく、主には直接携帯で依頼を受ける
携帯弁護士という働き方をしている。
だから、この事務所も実は半分以上、
早紀さんが使っていたりする。
まあ、その代わりに電話番をしてくれている
のだから助かる。
海の家が終わるのに間に合わないような依頼は
断ってくれたが、時間に余裕がありそうな
依頼もあったからストックしてくれていたのだ。
大き目のコルクボードに依頼された仕事内容が
書かれた紙が何枚か貼ってある。
異世界転生モノではお馴染みの冒険者ギルドの
イメージなのだろう。多分、社長の趣味だ。
社長の満足気な顔が全てを物語っている。
「ふむふむ、空き家の草刈りに、倉庫の棚卸し、
市役所から河川敷の掃除、ヘェー農協からの
依頼で果樹園の収穫手伝いもあるね」
今日の依頼は何を受けようかなと誰に聞かせる
でもなく呟いている社長。
「はい!はい!草刈りなら、俺やるっす!
田舎でよくじいちゃんに手伝わせられてたんで。」
と康治くんがノリ良く手を挙げる。
意外な所に経験者がいた。
人手が増えると受けられる仕事にも
幅が出来るんだなと改めて感心する。
ひとまず康治くんは草刈り、
俺と社長とアキさんで河川敷の掃除でも
しようかと言うことになった。
ちなみに、今回はお断りすることになって
しまった急ぎの依頼ってどんなのが来ていたのか
気になって早紀さんに聞いてみると、
多かったのは配達の仕事だったらしい。
どうやら配ったチラシに助っ人宅急便という
コピーを書いていたのを、
「助っ人をお届けする」って意味ではなく、
「宅急便の助っ人」って意味で受け取った人が
少なからずいたようだ。
うん。確かにそう読める。
むしろその解釈の方が普通かもしれない…
深夜まで考えて、思いついた時には
なかなか良いコピーだと自画自賛したものだが、
やっぱり深夜テンションでおかしくなっていた
のかもしれないと反省する。
などとヘコんでいても仕方がない。
むしろ配達の仕事だってウェルカムだ!
と密かに心の中で自分を慰めていると、
事務所の電話がトゥルルルとなった。
受話器を取り、
「はい、ハイブリッジ企画の市川です」
と電話に出る。
「もしもしうちは鈴木鉄工所の鈴木だけど、
おたくに配達頼みたいんだけど、急ぎで」
電話口からかなり急いでる様子が感じ取れる。
ちなみに鈴木さんも実家の店の常連だ。
ネジとネジを締める時の輪っか、ワッシャー?
を作ってる商店街近くにある鉄工所さん。
「あ、鈴木さん。優太です。金時食堂の。
配達って、どこまでです?あまり大量だと
運ばないんですが、どれくらいですか?」
金時食堂の名前を出すと不安げな様子だった
鈴木さんの声が少し柔らかくなる。
「ああ優太くんか。そういや再就職したって
言ってたね。おめでとさん。いやー昼までに
納品しなきゃいけない部品を発送し忘れてさ、
俺、今朝、腰やっちゃって、動ける奴、
今いないんだ。
ちょっと荷物お願い出来ないかな?
納品先は隣町の毎朝製造所の浅川さん。
ダンボール一箱分で5、6キロくらいの
荷物なんだけど。」
依頼の内容を社長に伝えると、
「それくらいなら僕一人で大丈夫」
と依頼を受けることになる。
「鈴木さん、ご依頼承りました!
すぐにうちの者を寄越しますので、
荷物の準備をお願いします」
と伝えると電話口の鈴木さんは
「助かるよ!ありがとう!」
と喜んでくれた。
「とりあえずコージーは、空き家の草刈りに
行ってもらおうかな。
優とアキさんは市役所に行って河川敷の清掃
受けといて!」
と皆んなに指示を出してから、
自分の自家用車で出かけようとする社長を
早紀さんは、
「配達行くなら私の軽自動車にしておいて」
と自分の車の鍵を社長に投げる。
「了解」
と鍵を受け取り社長は出かけて行った。
社長を見送った後、俺は社長から預かった
社長の自家用車で康治くんを目的地まで連れて
行った後、市役所に行き、河川敷の掃除に
精を出した。
その日の作業を終え、アキさんを最寄りの
バス停でおろした後、康治くんを拾ってから
事務所に戻ると、事務所には既に社長がいた。
「どうよ河川敷の掃除は?」
と聞いてきたので、
「いやあ市役所の仕事なんで期待してなかった
けど、報酬はまさかのQUOカード。
市役所的には地元の有志がボランティアで、
みたいな感じで広報紙に載せたかったみたいで。
清掃業者の都合で平日になったから参加者
少なくて作業自体は大変だった。
まあおかげで余ったQUOカード沢山くれたから
アキさんと2人で5,500円ってとこ」
と説明する。
「がっはっは。役所にしてはくれた方だね。
コージーはどう?」
と康治くんに振る。
「こっちは5,000円っす。まあ草刈機と燃料は
相手持ちだったし、お昼にお弁当も買って
くれたんで、ラッキーっすねー。
あと、他にも家とか田んぼ持ってるらしいから、
そっちも頼みたいって帰りしなに言われたっす」
と満足気な顔の康治くん。
「おー昼ご飯出たんだ。あの辺、店あんまり
無いから、ちょっと心配してたんだ。」
とアキさんと俺、2人分近いの金額を稼いできた
康治くんをねぎらう。
「社長はどうだった?」
と配達の成果を聞いてみる。
「いやあ奮発してくれてさ、8,000円くれた。
それでもバイク便より安いってさ。ついでに
もう一件頼まれてくれって言われたから、
受けたら、更に5,000円。」
とドヤ顔の社長。
おお!と盛り上がる康治くんと俺。
…しかし、何となく今までとは違う。
今までなら3件も仕事来て、万単位のお金貰えた
なんてことがあった時にはもっと、こう、大喜び
していた。
俺たちスゴいぜ!って自画自賛しまくっていた。
だけど何だろうこの感じ。
なんかすごくショボく感じるのだ。
「そんなもんか」と軽く落胆すらしている。
1日に3件も依頼をこなし、
万単位の売り上げを稼ぎ出したにも関わらず。
それもそのはずだ。
俺達はこの夏に海の家を経験したのだ。
稼ぐと言うことを知ってしまったからだ。
正直、今日の上がりなんて、
海の家の売り上げと比べれば1/10以下だ。
それだけ稼ぐ体験をしてしまった俺たちには
以前の様には戻れないのかと悲しい
気持ちになった。
そんな気持ちに少しの間、呆然としてから、
我に帰る。
いかんいかん!
ちょっと黒字を出したからと調子に乗って
しまっている様だ。
まだ入社して4ヶ月目の癖に稼げる気に
なっちゃダメだ!と気持ちを切り替える。
はじめは10年経って宝くじの当選金が無なり
次第会社を閉めると言われて、まあ次の仕事
を探すまでの繋ぎだと割り切って入った会社。
それが、今の支出なら30年はいけると
定年まで働ける可能性を聞き、欲が出た。
しかも、稼いだ分、会社を延命させられる
事に気付いて、このペースなら1年は延命
させられる、いや2年だと一つ一つの仕事が
とても大事な物に感じる様になっていた。
むしろ、週休4日という週に3日しか働けない
事にもどかしさすら感じていた。
仲間が増えた時も嬉しい反面、
支出が増えるなと頭の隅で会社の余命を
計算していた。
それが海の家で黒字を出した事で、1年や
2年なんて通過点程度に考えてしまっている。
なに俺なんかが調子乗ってんだ!
前の職場でミスした時の同僚達の顔をあえて
思い出す。あの時の感情がフラッシュバックし
胃の中身が迫り上がってくる。
出来る気になって無理して分不相応な儲け話
に足突っ込んだら、結局あの時の二の舞だ。
まずはコツコツと目の前の依頼を一つ一つ
こなして行こう。焦っちゃダメだ。
時間にすれば一瞬の事だったが、
何とか気持ちを持ち直す事が出来た。
一瞬黙り込んだ俺を怪訝な顔で見ていたが、
「とりあえず、配達と草刈りは明日以降も継続
出来そうで良かった!後は農協からの依頼も
いくつかあるし、はじめた当初から考えたら
信じられないくらい順調じゃん!」
と多少のカラ元気も混ぜ込みながらも、
客観的事実でもあるので、ノリノリで
言ってみると、社長もいつも通り乗って来て
「なんだかんだで僕達だけじゃ手が回らなく
なって人手不足〜とか言い出すのも時間の
問題かもな!」
なんて言い出す。
俺と康治くんはまだ気が早くない?と
と同時にツッコむ。
「えーまだ早いかなあー」
と社長は笑って誤魔化していた。
その日からしばらくは、草刈りや、農作業
などの合間に配達をしたり、商店街の雑用
頼まれたら、何かと忙しく過ごした。
そんな、ある日。
事務所に戻ると、社長が見慣れない
中年男性を連れてきていた。
「今日からこの人ね。リョーさん。
新しい仲間だ!」
「…へ?」
俺も康治くんもアキさんも思わず固まる。
「昨日、飲み屋で隣の席になってな。
なんか気が合っちゃってさ。
失業中って聞いたから、スカウトしてきた!」
社長はドヤ顔だった。
「いやいや、そんなノリで社員増やすなよ…」
俺が頭を抱えると、中年男性は苦笑いを浮かべた。
「えっと、自分、司馬といいます。
前職は電化製品メーカーで、エンジニアを
やってました」
低く落ち着いた声。背筋は真っ直ぐで、
酒場でスカウトされたとは思えないほどの
風格があった。
「エンジニア!?」
アキさんが目を丸くする。
「どうして辞めちゃったんですか?」
アキさんが恐る恐る尋ねる。
司馬さんは少し黙り込んでから、
短く答えた。
「……見たくないものを見て、
黙ってられなかった。ただ、それだけです」
それ以上は多くを語らなかった。
でも、その背中からは“曲げられない正義感”
みたいなものが滲み出ていた。
俺達はそれ以上は聞かなかった。
エンジニアと聞いて考え事をしていた
康治くんが、
「ちょっと待ってて欲しいっす!」
と立ち上がり、奥からこの前動かなくなった
扇風機を持ってきた。
「これ、この前急に動かなくなったやつ
なんすけど……直せないっすか?」
司馬さんは慣れた手つきで工具を取り出し、
分解を始めた。
そして数十分後――
「……直りましたよ」
回り始めた扇風機の風が事務所を駆け抜ける。
みんなの口から同時に
「おおおおおっ!」
と歓声が上がった。
皆んなの喜ぶ様子を見て、俺は気づいた。
電化製品の修理って、ニーズあるんじゃないか?
扇風機一台が直ったことから、
ハイブリッジ企画は更にパワーアップした。
実家に貼ってあったポスターには
新たに
"家電修理やります!"
と書き足した。
町内にチラシもばら撒いた。
事務所の前には
“家電修理承ります"
と大き目の板に書いて置いて置いた。
事務所も入り口の方をパーテーションで
区切って、簡易の接客兼修理スペースを作った。
「マジでお客さん来るんすかね〜?」
農作業の依頼をこなしながら康治くんも
不安そうに言っていたが、
数日後、本当に最初のお客さんが来た。
古い炊飯器を抱えたおばあちゃん
「これ、まだ使えると思うんですけど…」
司馬さんは受け取り、工具を取り出す。
分解、確認、はんだ付け。
黙々と作業する事、三十分―
「直りました」
試運転で「カチリ」と炊飯器が鳴った瞬間、
おばあちゃんの目が潤んだ。
「ありがとう、おじいさんがこの炊飯器で
炊いたご飯のおにぎり食べたいって。
ボケて色々忘れてる癖に、昔食べた味は
覚えてるみたいでね。困ったもんだよ。」
言葉では迷惑がっているみたいだが、
言葉の端々におじいさんにおにぎりを
食べさせたいという優しさが滲んでいる。
俺は心底良かったと胸が熱くなった。
その後も依頼は増えた。
アキさんがママ友ネットワークで
「安く直してくれる会社がある」
と広めてくれた。
りんちゃんと過ごす時間が増えるのに
比例して、ママ友との時間も増えて、
休みも多いから、仕事を休めないママ友の
お子さんを預かったりも出来る様になった
事で、ちょっとしたカリスマ化しているとか。
康治くんもジャズバーのお客さんやジャズ仲間
への宣伝をしてくれた。
社長もSNSで発信したりしているらしい。
俺も及ばずながら、店の客や商店街の人達に
宣伝を手伝って貰った。
そんな地道な活動のおかげもあって、
修理の依頼は徐々に増えていった。
事務所もちょっとした修理工房になった。
これまで通り、配達や農作業などの依頼を
こなしつつ、司馬さんのフォローを行う。
週休4日の会社なのに、何だか忙しい日々が
続いたが、それでも毎日多くの人達と関わり、
多くの人達の喜ぶ様子を見ることが出来る事に
皆んな活き活きとした顔で働いた。