「週休4日、正社員雇用」なんて美味い話、ある訳ない!   作:ダブル亮禅

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14話 金時食堂の若旦那

 

朝から仕込みを行い、おおよその開店準備を終える。

出汁の仕込みから何まで最初から一人でするのは初めてだった。

それでも小さい頃から店を手伝っていたからやる事は分かっていた。テーブルの箸や調味料の確認、釣り銭の準備、具材や薬味の小分け等々、バラバラにやらされていた事が、一人で一貫してやってみる事で、一つの流れの様な、そんな感覚が嬉しかった。出汁の仕込みも、海の家の一件のおかげで最近はちょいちょいやらせて貰う様になっていた。全く一人でやるというのは初めてだったけど、

「タイミングが遅い!」

「火がキツすぎる!」

等、作業の所々で親父に怒鳴られた記憶が頭の中で自動再生されるので、不思議と不安なく出来た。

それでも父親がいつも起きる時間より2時間早く起きたのに、作業が一段落した時には開店までもうそれほど時間は残っていなかった。

 

なんとか間に合ったなと、ホッとしていると、店の戸がガラッと開き、社長と康治くんが入ってくる。

昨日、社長に今日の事を相談した時、社長から

「人手が欲しいなら僕らに依頼しろよ。社員割引で安くするぜ!」

と提案をされて、是非にとお願いしていたのだ。

恐らく、普通に手伝うって言っても俺が遠慮して断ると踏んで、頼みやすくしてくれたんだと思う。いつもながら社長の気遣いには感謝しかない。

何はともあれ夏の海の家で培われた接客力とチームワークを再びこの金時食堂で発揮して貰おうと、来て貰った。

これで準備は整った。

社長と康治くんに今日はよろしくお願いしますと目配せした後、俺は店の暖簾を店先に掛けた。

 

意気込んでオープンはしたものの、開店直前から行列が出来る人気店とは違い、いきなり客でごった返すという事は無い。はじめの一時間はポツリポツリとお客さんが来る程度だった。康治くんも

「海の家で鍛えられた俺たちには緩いっすね」

なんて余裕をかましていた。

しかし、11時を過ぎたあたりから客がひっきりなしにやって来る。

うちは商店街に一角で細々とやっている小さな食堂だ。

席が空いていないからと並んで待ってくれる客なんていない。店を覗いて席が埋まっていれば、お客さんは他の店に行ってしまう。

これがなかなかに悔しい。

お客さんを逃すのを目の当たりにしているからという事もあるが、何よりもお客さんをがっかりさせているのが嫌なのだ。

折角来てくれたお客さんを逃さない為には席を無駄に遊ばせないようにしなきゃいけない。回転率勝負と言ってしまえばその通りなのだが、うちは常連さんに支えられている店だから、お客さんを急かすような真似はしたく無い。

なら出来る事は素早くオーダーを取り、迅速に調理を済ませ、速やかにお客さんの元へお持ちする。そしてお客さんが席を立たれたら、間髪入れずにテーブルの上を片付け、次のお客さんを案内出来るようにする。

それだけである。要するに店側が頑張るという事だ。

店の状況から、社長も康治くんも察してくれたようで、テキパキと対応してくれている。流石に先程までの余裕はないようだだったけど、初めて働く店でここまで的確に動いてくれるのは本当にありがたい。

そんなこんなで1時半を過ぎて、客足が落ち着くまでこの状況は続いた。

そして、山場を乗り越えてホッとしている所に常連客の一人、池波さんが店に入ってきた。

 

池波さんは常連客の中でも味に厳しい事で有名だ。

自身もここから2駅の場所で日本料理の店をやっている板前さんだと言う。

親父の料理を気に入ったらしく、自分の店の休み時間にわざわざ2駅離れた場所から自転車に乗ってちょくちょく来てくれる。

親父が出汁の食材選びの時、

「こっちの安い方でいいんじゃ無い?」

と言っても、

「うちには池波さんみたいに舌の肥えたお客さんもいるんだから、そんな所で手を抜いちゃいけねえ」

と言うほど父が気にしていたお客さんだ。

商店街でも池波さんが行って、一度箸をつけただけで食べ残して帰った店は3ヶ月以内に潰れるとか噂されているようだ。

そういう人がうちの常連にいる。

俺もこの店の一員として、その事が少し誇らしい。

親父も多分そう思ってると思う。

そんな人がよりによって親父がいない今日に来るとは。

俺の仕込みで、俺の調理した料理。

一切言い訳なんて出来ない。

それを父親が守り続けたこの食堂の料理として客に出す。

もし、その料理を食べて池波さんが店に来なくなったら?

そんな恐怖が今更ながらに襲って来る。

弛緩しかかった緊張感が再び引き締められる。

「親子丼とかけうどん、一丁!」

池波さんのオーダーが通る。

「あいよ!」

プレッシャーをはね除ける様に、元気に返事をする。

一度、大きく深呼吸してから調理に取り掛かった。

 

池波さんのテーブルに親子丼とかけうどんが運ばれる。

池波さんは手を合わせて

「いただきます」

と小声で言うと、うどん鉢を両手で持って汁をすする。

一口すすって口の中で何を確かめている。

その後、割り箸を割り、うどんを食べる。

2、3筋すすり、目を閉じて咀嚼している。

その後、親子丼に手を伸ばし、箸で一口取り、それを上から下から横から見回した後、口の中に入れる。

これも目を閉じて口の中でしばらく噛んだ後、飲み込む。

目を閉じたままの池波さんはそのまま一瞬手が止まる。

俺は厨房からその様子を一人固唾を飲んで覗き見ていた。

「ダメだったか!」

わざわざ遠くから来てくれた池波さんへの申し訳なさと父親への申し訳なさ。その2つが頭の中でグルグルしている。

「親父、すまん!」

なんて頭の中で父親へ謝罪をしていると、再び池波さんが動き出した。

うどん鉢を片手に持ち、うどんを

ズゾゾゾッ、ズゾゾゾッ

と豪快にすすり、親子丼を

ガッ、ガッ、ガッ

と口の中に放り込む。

どんぶりに残ったご飯粒を一粒残らずさらい、最後は残ったうどん出汁を

ゴクリ、ゴクリ

と飲み干した。

そして爪楊枝咥えると、近くにいた社長に何やら話をした後、厨房を覗き込んで、

「優太くん、美味しかったよ!また来るね」

と言って帰って行った。

池波さんが帰ると、社長がやってきて、

「あれは一体どんな人?只者じゃ無いよね」

と聞いてきた。

俺が池波さんについて教えると、

「なるほどな。あの爺さん、今日は親父さんがいない事気付いてたよ。『今日は店、優太くんがやってんのかい。良い料理人になったな』ってさ」

それを聞いて、先程までの緊張が緩んだのか、俺は涙が出そうになったが堪え、心の中で池波さんに頭を下げたのだった。

 

その後は何事も無く無事終了した。

5時からは康治くんには定時だからと帰ってもらったが、

「社長は残業つかないから」

と社長は閉店までいたくれた。おかげで夕飯時もなんとか乗り切れる。

2日目は社長とアキさんが店に来てくれた。

そうして、なんとか父親の依頼である食材を使い切るというミッションをやり遂げる。

 

暖簾をしまい、店を閉める。

下ろしたシャッターに貼り紙で

「店主、療養の為、しばらく休ませていただきます」

と書いて貼っておいた。

ちなみにアキさんは15時に時間だからと強引に帰らせた。うちの会社の性質を知っているアキさんは渋々ながらも承知してくれ、申し訳なさそうな様子で帰った。

社長はなんやかんやで閉店まで付き合ってくれた。

ぐったりと椅子にもたれかかる社長に缶ビールを出す。

社長、プシュっとプルタブを開け、一気に飲む。

「くーっ!この一杯のために生きてるな!」

半分冗談、半分本気で言っている。

「どうだ、僕の接客もなかなかレベルアップしてきたっしょ」

ビールを美味そうに飲みながら、自分で自分を褒めている社長。

でも、実際本当に助かった。

社長やハイブリッジの皆んながいなかったら、

俺一人では店を回せなかっただろう。

「本当に昨日と今日は助かったよ。おかげで材料もダメにせずに済んだし。」

素直に感謝を伝える。

一度感謝を口にすると、これまでの事も一度に思い出し、

それについても感謝せねば!という気持ちになった。

「それにこれまでも色々ありがとう!俺なんかを会社に雇ってくれて、いつもなんやかんやで社長にはいつも頼りっぱなしで、俺はおんぶに抱っこだ。本当に申し訳ない」

少しギョッという顔をした社長が、

「いやいや謙遜するなよ。俺の思いつきで始めた会社が今まで色々出来たのは全部、優のおかげじゃんか」

謙遜はどっちだよと

「猫探しの時だって社長が見つけてくれたし、海の家だって社長がやろうって言わなきゃ、俺はやろうとは思ってなかった。やってなかったら奇跡の黒字って経験は出来なかった。」

社長はあれ?何かおかしいぞという顔になり、

「猫探しの仕事見つけてきたのは優だし、

海の家、優がいなきゃ店まわらなかったろ?」

そんな大袈裟なと思い、

「猫探しはたまたま店の常連さんが誘ってくれただけだし、

店を回せたのだって俺はいつも通りやってただけで、皆んなが接客してくれたからだろ」

社長は一度顔を青くすると、

もたれかかってた椅子にちゃんと座り直し、

俺の方を急に真面目な顔でみる。

そこには似合わない真面目な顔するなよと茶化させない迫力があった。

「いいか優。猫探しの話はお前だからおじいさんは話したんだ。

それに山田さん、優が名乗った途端に歓迎してくれた。普通はいきなり猫探しましょうか?なんて知らない人が言ってきたら警戒するだろ?でも家に呼んでくれた。孫のしのぶちゃんまで同席して。

それにその後、やった便利屋も、優の名前があったから皆んな色々頼んでくれたんだ。海の家もそう。あんなのいきなりやったら普通パニックだよ。それを優がしっかり指示をくれて、皆んなを誘導してくれたから上手くいった。優がいなきゃ何も上手くいかなかったんだ。」

と、真剣な目でしっかりと話してくれる。

俺はもう逃げ出したいような気持ちで

「おいおい買い被りすぎだよ。だって俺は前の仕事をミス連発で辞めたようなやつだぜ」

ミスをしてうんざりする同僚達の顔を思い出す。

「それだって普通はどっちか手を抜くんだよ。自分が潰れない様に。適当な所で見切りをつけて手を抜く。優はそれをしなかったからそこまでヘトヘトになってたんだろ!」

俺はキョトンとして、社長の買い被りを正そうとしたが、ヘトヘトになっていた頃の自分を思い出して思い止まる。確かにずっと頑張ってたなぁーとなんだか懐かしく思う。でもそれもこれも仕事をしていれば当たり前の事だと改めて考え直す。

「まあ仕事なんだしそりゃ頑張るだろ!」

と社長に言い返した。

社長は俺がなかなか納得しないと見るや、しばらく沈黙した後、何かを決心したような様子で口を開いた。

「優、インポスター症候群って聞いたことあるか?」

 

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