「週休4日、正社員雇用」なんて美味い話、ある訳ない! 作:ダブル亮禅
閉店後の静かな店内に珍しく真面目な顔の社長。
「インポスター症候群?」
聞き慣れない言葉にそのまま聞き返す。
社長もその反応は予想していた様で、しばらく思案した後、
「僕はずっとニートやってるって言ってたろ?」
と切り出した。
「ああ、面接の時、初対面でも言われたからな。海の家でも、高校もほとんど行って無いって言ってたよな」
あの時、高校からとか、かなりのニート上級者だったんだなあと思った記憶がある。まあ、社長に限って言えば、ニート上級者でもあんまり違和感無いけど笑
「あー、そうか。そう思うわな。まあ、高校の時はまだニートでは無かったんだけど、親父の方針で、お前は後継なんだから学校なんかより現場で仕事覚えろ!って親父の会社手伝わされて、あんまり学校行かなかったんだ。高校卒業後は親父の会社入って、一応働いてた。ちゃんと平社員でさ。ニートになったのは成人してからだから…22歳くらいかな。」
社長に社会人経験がある事にも驚いたが、自分と同じ様に家の手伝いに青春を費やしていたとは。
「社長も親の仕事手伝わされてたんだな…てか、ちゃんと働いてたんだな。しかし…学校すら行かせないとか、かなりのスパルタだな…。」
俺がそう言うと、社長は食い気味に、
「だろ。そのニートになったキッカケってのがそのインポスター症候群ってやつでさ。なんでそうなったのかは分からない。でも心当たりはない訳じゃない。例えば、そうだなぁ…、あ、優の親父さんの感じからして、優のところもそうだと思うけど、父親って子供の仕事褒めないじゃん」
親父の仏頂面を思い出す。
「そうだよな!こっちは色んなもん犠牲にしてやってるのに、それくらい当たり前って顔してやがる。しかも、ミスした時は烈火の如く怒られる。」
言いながら、親父にちょっと腹を立てる。
「やっぱ優のとこもそうだよな。うちもそんな感じだったから、自分でもちゃんと出来てんのか分からなくってさ。会社の人達が褒めてくれても、社長の息子だし、甘やかしてくれてるだけかな?とか疑ってた。」
社長の息子って結構大変なんだなと改めて思った。
周りの期待が大きい分、自分の力量をちゃんと把握しておきたいのに、ちゃんと自分を評価してくれる人が分からないっていうのは俺が思う以上に孤独なんだと思う。
俺の沈痛な表情に、社長は少し明るい口調で、
「まあ、仕事自体は結構成果出してたんだぜ、こう見えて。大きな仕事取れたり、新規の事業開拓したり。今となってはそれが分かるんだけど、でも当時はその成果を素直に受け止めてられなかってさ。たまたま運が良かっただけだとか、僕のプレゼンでクライアントに不利益な内容が抜けていたのではないか?とかなんかズルをしている様な感覚が常にあったんだ。」
社長、意外にも当時10代からガンガン仕事してたんだなと感心する。
それにしても、
「ズルしてる感覚って?」
そこが気になった。
「それこそがインポスター症候群の症状らしいんだけど、仕事で結果出しても、その結果は騙してたり、詐欺行為で手に入れた結果なんじゃ無いか?って思うんだよ。本気で。まあ、僕の場合は親父の会社にコネ入社してたから、その事実もあいまって本気で罪悪感に押しつぶされそうだった。取引先が騙したなって押しかけてくるんじゃ無いか!警察に通報されるんじゃ無いか?って毎日怯えてた。」
当時を思い出しているのだろう。
社長はいつもと違い沈痛な面持ちで話している。
出会って初めて見る辛そうな社長の顔に俺はどうしたらいいかオロオロするしか出来ない。
「そんな、でもちゃんと仕事してあげた成果なんだろ?」
励まそうとして言う。
「そうなんだよ。実際、ちゃんと仕事頑張ったから掴めた成果だったんだけど、当時はそう思えなかった。だって僕より先に会社にいた先輩達が獲得出来無かった商談とかもあったから。絶対こんなに上手くいくなんておかしい!って本気で思ってた。」
成果を求めて、その成果を信じられなくなる。
何と救いが無い事か。成果をあげられなかった俺にはいまいち想像が出来ないのがもどかしい。
「余りに俺が怯えるもんだから、姉ちゃんが病院連れて行ってくれて、結果、インポスター症候群って診断された。
でも、インポスター症候群なんてはじめて聞いたろ?
こういう自分を評価出来なくなったり、過小評価したり系の精神の病って、全然話題にならないんだよ。そりゃそうだ、正当に自分の成果を評価しろって人間より、成果上げても自分を卑下する様な人間の方が扱い易いからな。謙虚さは美徳とか言ってさ。
そんな事考えたら腹が立って、働くのがバカらしくなった。
インポスター症候群の症状に燃え尽き症候群ってのがあったから、それを理由に仕事も何も放棄してニートになってやったんだ。
親父が死んで、ああ、僕は結局最後まで仕事で親父から褒められなかったなって思った。
そんな時、たまたま宝くじが当たって、この金で何がしたいって思った時、そんな仕事の評価なんてくだらねえって言える会社を作りたい。仕事なんて適当にして、真面目にやってる奴らを茶化してやろうって思ったんだよ。」
一気に話して流石に喉が渇いたんだろう、社長はさっきまで飲んでたビールを一口飲んでから、再び話し出す。
「でもさ、最近になって、ほんとにここ数ヶ月の間に、実は僕が成果を上げられた理由が分かったんだよ。」
社長はテーブルに乗り出して言う。
「理由?」
あまりの勢いに引きながら聞く。
「僕と契約結んだり、新しい事業にトライしてみようって声掛けてくれた人達って、皆んな僕が高校の頃から親父の会社を手伝ってるのを知ってる人達だったんだよ。仕事って結局、お互いの信頼関係だろ。彼らは僕が学生のうちから父親に叩かれ、怒鳴られながら働いているのを知っていた。父親が本気で後継として手をかけて育ててるのを知ってくれてた。だから、まだ当時若造だった僕の話をちゃんと聞いてくれて、仕事も任せてくれたんだよ。」
社長は穏やかな目つきになって、またビールをグビリと飲む。
「やっぱり見ている人は見ているんだな!」
遅ればせながらも社長が今その事実を知れた事が自分の事の様に嬉しかった。
そんな俺の様子を見て、社長はため息をつく。
そして、テーブル越しに俺の肩を掴むと、
「それに気付かせてくれたのは、優、お前なんだよ」
普段感情をあまり感情を見せない社長が、まっすぐ俺を見ながら言う。
「優の周りの人達が。優を信用して色んな仕事を頼んでくれるのを見て、こういう事だったのかって目からウロコだったんだよ。」
「いやいや俺のはそんなんじゃ無いだろ」
思わぬ展開に思わず否定する俺。
「考えても見ろ。はじめに優がとってきた猫探し。いきなり家に入れてくれたろ?あれは優だからだぞ!」
山田さんがすんなり家に入れてくれたことを思い出す。
「その後にやった田植えだって、普通、大切な田んぼをど素人の俺らに任すと思うか?あれだって優だったから安心して任せてくれたんだよ。」
田んぼ手伝いに行った時、はじめから歓迎してくれた康っさん。最後は風呂まで入れてくれて、その後も農協に口聞いてくれた事を思い出す。
「ちんどん屋だって、海の家だって、今まで優が一生懸命、真面目に、しっかりと店の手伝いをしているのを見てきたから、店をやらせてくれたんだよ。」
自治会の会長や美川のばあさん。その時は無茶振りだと思ったけど、逆にそんな無茶をやらせてくれたんだなと改めて思った。
「皆んな、優の働きっぷりを見て、任せてくれたんだ。優が再就職したって聞いて、皆んな喜んでくれたろ?山田さんも美川の婆さん言ってたぞ。優が前の会社で上手く行かなくてどんどん辛そうな顔になっていったのに、何も出来なくて歯痒かった。今はこうして色々関われて嬉しいってよ。」
最後の方は涙声になりながら社長は言う。
「俺、そんなに皆んなに心配して貰ってたんだ…」
店の常連客が仕事を世話してやろうかと言ってくれるのを、全く不思議に思わなかった訳ではない。でも俺なんかの為にわざわざそんな手間かけてくれる訳がないって、たまたまだろって思い込んでいた。
でも今になって思い出す。
前の会社でヘトヘトで身も心も潰れそうになってた時の事を。
店に来るたびに心配そうに声を掛けてくれた山田さん。
会社なんか辞めて、うちの海の家手伝いなって冗談めかして言ってくれた美川の婆さん。
ちゃんと飯食ってるか?って新鮮な野菜をくれた康っさん。
他にも常連客の皆んな、励ましたり、心配したり、しっかりしろと言ってくれたり、皆んな気に掛けてくれていた。
その時、俺は自分の事でいっぱいいっぱいだから気付かなかったけど、こんなに多くの人達に俺は支えられていたんだと知る。
小さい頃から嫌々だったり、渋々だったり、惰性だったりで手伝ってきた店の仕事。その仕事をちゃんと見てくれている人がいたという事。そして、そのおかげで常連客や商店街の人達との縁がちゃんと育っていたんだと、思わず涙が込み上げてくる。
そんな俺を茶化しもせず、
「ちゃんと皆んな優を見てくれている。その上で仕事を任せてくれる。だから優はもっと自分の事を認めてやれよ。皆んなの評価は正しいんだって胸張って言ってやれよ」
社長も涙目だ。
社長もそれに気付いているのか、照れ隠しの様に
「せっかく適当な会社作ったのに、周りの皆んなが優の就職喜んで期待かけてくるから、僕も結構プレッシャーなんだからな!」
と少しおどけて言った。
俺も、
「社長はすぐサボるから、プレッシャーがあるくらいがちょうど良いんじゃないか?」
と赤い目のまま、わざとふざけて言った。
その後、しばらくは猫探しとか、櫓組みとか、ハイブリッジでやった仕事の思い出話しをして、社長は帰った。
店に一人残された俺。
社長の言葉を思い出す。
正直、社長の言った事全てを受け入れられたわけじゃない。
でも、自分の周りにこんなにも俺の事を信用してくれる人達がいたって事実は、確実に俺の中で大きな存在感を持って支えてくれる。そう思える様になれたと思う。