「週休4日、正社員雇用」なんて美味い話、ある訳ない! 作:ダブル亮禅
貼り紙を眺めながら俺は考える。
「さて、貼り紙貼ったはいいけど、今日は店、定休日。
お客さん来ないから依頼もない。明日の仕事どうしよう…」
正直、転売ヤーの片棒担ぐのはもう嫌だー!
でもこのままじゃ、明日はまた…
店員の冷たい目や泣いている子供の声を思い出す。
ぶるぶるっ。
恐怖に体が震える。
と、そんな時、定休日の店のシャッターを軽く叩く音。
「すみませーん、山田です」
昨日の猫の飼い主、山田さんだ。
「はいはい、今開けますね」
シャッターを開けるとそこには山田さんが立っていた。
「とりあえず、立ち話もなんですから中はどうぞ、どうぞ」
と店の中はお入りいただく。
店の椅子に掛けていただいた後、お茶を出す。
「どうしました?まさかフータロ、また逃げ出したとか!」
と、慌てている俺に、
「いえいえ、昨日は何もお礼出来なかったのでね。」
そういえば近所の菓子店のロゴの入った紙袋を持っている。
「そんな、気を遣わないで下さいよ。
それにしのぶちゃんからちゃんと報酬貰いましたし」
それを聞くと山田さんは笑いながら、
「ごめんなさいね、しのぶ、
どうしても自分がお礼するんだって聞かなくって。」
そういえば、謝礼をくれる時、
しのぶちゃん嬉しそうだったもんな、
としのぶちゃんの満足げな笑顔を思い出す。
「だからあの時は渡せなかったの。
もう、あの子も満足したみたいだし、遅ればせながら」
と言って、菓子折りの入ったであろう紙袋と封筒を渡そうとする。
「そんな、別に大した事してませんし」
実際やった事は保健所に行っただけだし、
改めて固辞しようとする。
「そういえば優太さん、再就職したのよね」
突然、話を変える山田さん。
「じゃあ、これは就職祝いも込みって事で」
と結局、強引に渡される。
「それにしても良かったわ。優太くんの事、
皆んな心配してたんだから」
意外な事に、常連客の中では俺の退職は
色々と話題になっていた様だ。
自分ではしっかりやっていたつもりだったけど、
見抜かれている事を痛感する。
「ご心配をお掛けしまして…」
気恥ずかしさから頭を下げてていると、
「あら、これ…」
と山田さんが先ほど貼り付けた貼り紙に目をやる。
「ああ、これ。新しく入った会社で仕事探してるんだ。
会社の知名度アップも兼ねて。まずは会社の事を
覚えて貰おうって社長の提案で」
若干の脚色は入れたが嘘は言っていない。
「あらぁ、変わってるわね」
と不思議そうな山田さんに、
せっかく再就職で安心してもらったのでこのままでは
また心配をかけてしまうと、
「社長が地元の人たちに愛される、
地域密着型の会社にしたいんだって。
その為にも周りのみんなに貢献したいらしいよ」
と、嘘をつく。
いや、まあ社長だって少しはそういう気持ちがあるはずだ!
ちょっとした拡大解釈だ!と自分を納得させる。
「あらあら、それは立派ね。良い経営者の
会社に入れてほんと良かったわ」
と心底安心した様にいうと、
出されたお茶の残りを飲み干し、スクッと立つ。
「じゃあ、こうしちゃいられない。
私も何人か心当たりを当たってみるわ。
また、今日の夕方くらいに電話するから。
よろしくね」
と言って店を出ていく。
お孫さんがいらっしゃる年代とは思えない
フットワークの軽さに驚きながらも、
まあ、社交辞令なんだろうけど、
会社を褒められてちょっと嬉しかった。
まだ2日しか働いていないのに、
4日前までは再就職すら出来ていなかったのに、
こんな気持ちになるだなんて、
人生とは分からないものである。
そして、夕方になるかならないかくらいの時間。
山田さんからの電話がある。
「もしもし、あれから何人か当たってみたらね、
近所で農家やってる筒井さん、あの人、
田植えの手伝いしてくれる人探してたの。
だから、優太くんが行くって言っといたから。」
えっ!行くって言っちゃったの?
と思ったけど、せっかく見つけてくれた仕事だ。
断る理由はない。
「わざわざありがとうございます!
何時くらいに行けば良いですか…」
集合時間と場所を確認した後、再度お礼を言って電話を切る。
まさか自分が田植えをするとは。
幼稚園の時、一度やったことがあったっけな。
覚えてないけど。
とりあえず問題は社長か。
みるからにインドア派だから田植えとか
嫌がりそう…
最悪一人でやるか…
明日は筋肉痛必至だな。
と覚悟を決めた。
翌日、昨日山田から貰った菓子折りと封筒を持って出勤する。
「いいって、
それに優の就職祝いも込みってんなら
なおさら、優が貰っときゃ良いのに」
まあ、社長はそう言ってくれるだろうなと思っていた通り、山田さんから戴いた謝礼金は俺にくれるという社長。菓子折りの方は即行食べてる癖に。
「いやそういうわけにはいかない。
あれは会社として依頼を受けてやった事だし、
何より、正式な依頼者である山田さんからの
報酬は会社に納めるのが筋だ」
俺もこれだけは譲れない。
今後の事もあるし、昨日の車だってガソリン代はタダじゃない。
こういう事はちゃんとしておかなきゃダメだ。
頑として折れない俺の様子に、
社長は呆れた様にフゥッと大きく息をつくと
「分かった、分かった。じゃあこれは猫探しの報酬という事で受け取るよ」
と正規の売り上げとして計上してくれる事になった。
「はー!良かった!正直、俺が持って来た初仕事が500円ちょいは流石に肩身狭かったんた」
と本音を言うと、
「なんだよ、そんな事気にしてたのか。ほんと真面目だな!」
と笑った。
ちなみに封筒の中には1万円入ってた。
山田さん、奮発し過ぎです。
さて、次が本題。
行く時間も約束しているので、ちょっと急がなきゃいけない。
「それで今日の仕事なんだけど、
山田さんが知り合い当たってくれて田植えの手伝いを
やらせて貰える事になった。
俺はそちらに行かせて貰おうと思うんだけど
社長はどうする?」
と、断りやすい様に伝える。
しかし、
「やる!やるともさ!
前からやってみたかったんだ、田植え!
猫探しに続いて田植えまで!
ありがとう!優!」
と興奮している。
「おっとこうはしていられない!
優、ちゃんと準備していかなきゃな!
城島リーダーに怒られる!」
と言いながら、事務所の近くにあるという自宅にダッシュして行った。
なるほど、あのアイドルが無人島や田舎の村で農業をやる番組の影響か〜と社長の興奮ぶりの理由を密かに納得した。
流石に40秒で支度…とはいかなかったが
10分もかからないうちに
スーツから完璧な野良作業姿になって戻って来た社長とともに
筒井さんとの約束の場所へ向かう。
それにしても事務所の場所については、
出勤を面倒臭がらない様に自宅の近くにした
って早紀さん言ってたから近いとは思ってたけど、
片道5分もかからないとは、早紀さんの
社長を社会復帰させようって本気を感じる。
気がつくと、辺りは住宅の間にポツ、ポツと
田んぼや畑があるそんな半住宅地に入る。
筒井さんとの待ち合わせ場所に着くと、
「あれ?康っさんじゃん」
店の常連客の康っさんがそこにいた。
そう言えば、康っさんは農家を営んでて、
たまに野菜とか持って来てくれてたなと思い出す。
店じゃあ康っさん、康っさんとしか呼んでなかったから筒井って苗字なの知らなかった。
「おお!坊主!来たか、待っとったぞ」
70代にして現役農家だけあって野良作業姿がキマっている。
さっき社長の野良作業着を完璧と思ったが、
やっぱり本物は違う。
「今日は宜しくお願いします!」
農家一筋の康っさんの姿に改めて
今日は仕事で来ているんだと思い出し、
ちゃんと挨拶する。
「こちらは弊社の代表の高橋です」
「この度は筒井様と田植えが出来ること、無常の喜びです!」
社長は社長でテレビで憧れていた農作業が出来ると舞い上がっている。
それでも、俺たちが遊び半分では無いと伝わったらしく、
「おお、おお、これはご丁寧に。今日は宜しくな」
とニコやかに答えてくれた。
仕事内容は初心者でも出来る様、簡単なものを
選んでくれた様で、田植え機が入らない小さな田んぼや
形の歪な田んぼ、後は田んぼの角の部分の田植えをやって欲しいと言うものだった。
流石に年齢的に腰を曲げて行う農作業は
キツくなって来ているのだそうだ。
明日の田植え、しんどいなぁと思ってた所に
山田さんが声掛けてくれたらしい。
山田さん、ありがとう!
早速作業を開始する我らハイブリッジ企画二人。
「さあ頑張ろう!」
と張り切って田んぼに入ったが、
ズボッ
俺は一歩目で足がはまり、そのまま田んぼへドボン。
大笑いする社長に
「ク、クソー!社長も入ってみたら分かるから」
となんとか立ち上がりながら言う。
ねんのため、着替え持って来て良かった。
とか考えながら、社長も田んぼの洗礼を受けるが良い!
と悪い俺。
しかし、
「ふっふっふ」
と笑いながら田んぼの中をサッサと歩く社長。
「鉄◯ダッ◯ュを毎週欠かさない僕に死角はない!」
と言いながら次々と田植えを進める。
俺もあわてて田植えを始めるが、ぐんぐんと差を広げられ、
一つ目の田んぼを終えた段階で3倍以上の差がついた。
「フッ、これがキャリアの違いってやつさ」
とドヤ顔の社長に、
「お互い田植え初心者だろ」
とツッコミを入れる。
二つ目の田んぼの前に社長がコツ?の様なものを
教えてくれたおかげで、二つ目の田んぼは
2倍差くらいで済んだ。
しかし、3枚目の田んぼでもそれ以上差を縮められなかった。
「すごいな社長!テレビ観ただけであんなに出来る?」
完敗!とばかりに素直に社長を讃える。
「なに、鉄◯ダッ◯ュでやってた事を実践したまでさ。
観たことない?あの番組勉強になるぞ!」
「あの時間帯は店閉める作業で忙しいからなー」
そういや有名な割に観ていなかった事に俺自身も気付く。
「よし!俺の録画コレクションを今度みせてやるよ」
と社長からあまり嬉しくない申し出。
「とにかく、言われた田んぼは終わったし、
康っさんと合流しよう!」
と話題を変え、筒井さんの元へ移動する。
「いやあ、はっはっ!まぁ、えらい格好になったな」
泥だらけの俺を見て仰天しながらも笑う康っさん。
はじめの一歩目でこけた事は敢えて言わない。
「あとで風呂に入っていけ」
とありがたい申し出。これは喜んで甘受させて貰う。
「その前に残った角っちょだけ皆んなでやろう」
先ほどまでなにも生えてなかった場所に
今は稲の苗が規則的に綺麗に並んでいる。
でも角の方に少し何も植えられていない場所がある。
田植え機が方向転換する際にできる死角なのだそうだ。
そこを皆んなで植えていく。
康っさんが社長の田植えをみて褒めている。
「あ、ありがとうございます!」
社長、嬉しそうだ。
そんな感じでわいわいしながらも、
その日のうちに田植えを終える事が出来た。
その後、康っさんのお宅でお風呂を借り、
さらに夕飯をご一緒させて頂く。
野菜の天ぷらに舌鼓を打つ社長に顔をほころばせる康っさん。
よく店に来るから自炊しない人なのかなと思っていたけど、なかなかに美味い!
素材が新鮮なのもあるんだろうけど、
盛り付けなどをみてもなかなか大したものだと思った。
一通り食べ終わると康っさんが、
「山田のばあさんに聞いたんだけど、
ほんとに何でも屋みたいな事やってんだなあ」
と感慨深げに言う。
「今はとにかく色々やってみようと思って」
「まあ何にせよ、元気になったみたいだし良かった!
社長さん、あんたのおかげだな、ありがとよ!」
どうやら康っさんにも心配をかけてたみたいだ。
「康っさん、俺…」
と俺が言いかけた時、
「とりあえず、これは今日の謝礼な」
と封筒を出す。
「あ、ありがとうございます」
正座し直して、封筒を受け取る社長と俺。
「少なくて悪いな。
で、話はここからなんだが、山田のばあさんから
なんか良い仕事ないか、他も当たれって言われててよ、
農協やら農家の仲間やら当たってみたら、
田植えのシーズンでどこも人手不足だって言うんだわ。
まあどこも懐事情はうちとどっこいどっこいだから
報酬は期待できねえけどやってみる?」
それから半月の間は田植えで毎日泥だらけな
半月を俺たちは過ごした。