ブルアカ×8番出口 The Exit 8 Blue Archive 作:how-kyou
念押ししますが、外の先生の状態は
ご想像にお任せします!!
空崎ヒナはいつか眠る。
今日は…それなりの揉め事があった。
そんな学園の見回りを私は終えて、
『眠たい』と思いながら報告書を書こうとしていた。
うつらうつらと、瞬きをした次の瞬間、
私は見知らぬ地下通路に立っていた。
コンクリートの壁、冷たい床。薄い蛍光灯が、時折、息をするみたいに明滅している。
数歩踏み出してみる。
靴音が「コツコツ」と響く。
反響は、やけに大きい。
「……ここ、どこ?」
返事はない。
ただ、音が戻ってくるだけ。
もう少し歩くと、今度は、
前方の壁に、黄色い案内板があった。
・異変を見逃さないこと
・異変を見つけたら引き返すこと
・異変がなければ進むこと
・8番出口から外に出ること
はぁ…。
思わずため息が出る。
誰かの差し金か、夢なのかはわからない。
「……ルールは、理解した。やる」
正直、今付き合うのはめんどくさい。
でも、直感的にやらなきゃいけないことだと思う。
だから私は、やる。
また歩き始める。
空気が薄く、肺に刺さる。
〜〜〜
最初の異変は、静かなものだった。
掲示板に貼られた「風紀違反撲滅」のポスターが、私を追うように、じりじりと傾いた。
そしてそれらは、一枚目、二枚目……通路の奥へ行くほど、角度が増していく。
最後の一枚は、もはや逆さま。
「……確認、これは異変」
踵を返す。
案内板の数字は「1」から「2」に変わった。
ルールは機能している。
ならば、このまま続ける。
〜〜〜
次の角では、監視カメラが私を追って首を振っていた。
赤いLEDの点滅が、私の心臓の鼓動と同じテンポで光る。
レンズの中に、眠そうな自分の顔が小さく映る。
さっきも、あったのだろうか?
いや、それよりも…。
(夢の中なら、寝てもいい…?)
(いや、昼寝したいけど……ダメ)
(仕事は、きちんとやる)
そんなことを考えていると、
スピーカーがノイズを吐いた。
『報告書、まだ?』
女とも男ともつかない機械声。
足が止まる。呼吸が浅くなる。
「……異変。引き返す」
数字が進んだ。
道を曲がると今度は自販機があった。
見たことのない白い缶が整然と並ぶ。
ラベルには黒い字で「睡眠」「休暇」「仕事」と書かれていて、その飲み物のボタンに対応していそうなランプは……よく見れば「休暇」「睡眠」は消えている。
買ったら、終わる気がした。
色々と。
「……そろそろ欲しいけど、不要」
背を向け歩き出すと、
何かが後ろで「コトリ」と鳴った。
私は振り返らない。
〜〜〜
今度は、通路が分岐している。
左の矢印は「風紀委員会」、右は「休憩室」と書かれている。
……?
案内板のルールには「引き返す/進む」しかない。
分岐の指示は、なかった。
(異変。分岐自体が)
(右に左にも…行ったら、ダメ…?)
とにかく、近づいて行くしかなかった。
どういう原理かは不明だが、
私は正面──どちらにも向かない方向に目を凝らすと、先ほどまで見えなかった、隙間を発見した。
壁と壁の影の奥に、「まっすぐ」の矢印が小さく貼られていた。
「…次の数字が見えた」
はぁ、と息を吐く。
異変だとしても、戻らないパターンもあるのか…。
狭い影の中を抜ける。
〜〜〜
先ほどから…誰のものか分からない、
そんな足音が、私の後ろをついて回ってくる。
テンポは私より半拍遅い。
だからよく聞こえる。
急に止まってみる。
そうすると、足音も止まった。
「……無駄よ」
と、呟く。
私は振り返らない。
追ってきたモノの正体は分からない。
でも、私は屈しない。
歩調を崩さないで進む。
…うるさいから、諦めては欲しいのだけれど。
〜〜〜
八、8、はち…。
紆余曲折。
疲れ切った私は、ぼんやりとそればかりを考えていた。
さっきは「7」だった。
だから次は「8」番の出口。
その文字が見えるはず。
しかし、その手前、そこに、ひとり、
影が立っている。
「せ、先生……?」
薄い光の中で、
少し遠いからか輪郭がやわらかく滲む。
だんだん…くっきり見えてきた。
見慣れたシャツ。
緩んだネクタイ。
私と同じような、いつも疲れた目元。
その目が、まっすぐにこちらを見ている。
胸が、きゅっと縮む。
歩幅が勝手に大きくなる。
二歩、三歩——、もう直ぐ、先生に…。
「ヒナ。そこで止まろうか」
足が止まった。
名前を呼ばれただけで、いつもなら少し顔が熱くなるはず。
なのに、今日は……熱が、どんどん引く、引いていってしまう。
だって…、
声も、いつもの先生そのまま。
温度も、間の取り方も。
全部、本当に先生に見えてしまって。
「実はね、ここから…そうだね『境界』って言葉がイメージしやすいかな?踏み出すのはダメだ」
私があと、5歩も進んでいたら、
超えていた辺りを指差す。
「…異変、なの?」
口にした瞬間、嫌に喉がひりついた。
異変なら、引き返す。
それが絶対。それがルール。
でも、引き返す先は、もう何も残っていないと思いたかった。
今までのは、
どれも私の弱さを突くもので、
私の足を止めるためだけの仕掛けだった。
でも、これは違う。
「先生は……本物」
自分の声が少し掠れ始めているのに気づく。
でも、聞けた。
それでも——
「本物かどうかは、今は重要じゃない」
先生は歩きだし、さっき言ってた『境界』を超えた。
そのまま、こちらへ来て…私の肩に手を置いた。
手のひらは、ちゃんと重い。
「ヒナは、いつもしっかりやってる。…でも、全部をひとりでやる必要はない、と私は思うんだ」
「……風紀委員長だから」
「風紀委員長でも、ひとりの生徒でしょ?」
私の、とは言ってくれない。
でも、短く息が漏れる。
本当に、ずるい言い方。
「怖かったら戻るのも、疲れたら止まるのも、どっちもここの規律だよ。ヒナ」
肩の力が、ふっと抜けた。
膝が少し、笑う。
私は、目を閉じた。
まつ毛の先が少し震えるのがわかった。
「……先生。私はちゃんと、やれてる?」
「今日の仕事をこなした後でも、ちゃんとここまで来れたじゃないか。なら足りていないのは…」
肩に置かれた手に力が込められる。
それだけで、わかる。
もう大丈夫。
続けてもいいけど
今は——止まっていい。
「よし!じゃあ、行こうか」
先生は、私の横を通り過ぎて、
そのまま、ほんの少しだけ私の手を引いた。
瞬間、
通路の空気が、少しだけ、あたたかくなった気がした。
「ヒナ」
「……なに」
「おかえり」
「……ただいま、先生」
視界いっぱいに、光がほとばしった。
〜〜〜
目をこする。
見慣れた書類が前にある。
聞こえて来るのは、いつもの音。
私は、手のひらを見た。
虚空を掴む、何も触れない。
でも、温度だけは、まだ残っている、ような気がする。
「…やっぱり、寝ちゃってたのかしら」
…分からない。
「……もう一枚、あったはず…これで今日は『終わり』ね」
大きく息を吸う。
未記入の報告書を取り出そうとする。
(…?)
(あれ?ほとんど書き終わって………ぁ)
覚えのない、付箋が一枚。
【お疲れさま】と書いてある。
私は目を閉じた。
まぶたの裏で、出口の前に立つ先生の影が、淡く揺れる。
本物だったのか、異変だったのか。
…いや、今は考えるよりも早く寝ないとダメ。
言われたもの。
でも、これだけは。
「一緒にいてくれて、ありがとう……先生」
小さく言って、ペンを走らせた。
最後の行に署名を入れる時、思わず口元がゆるむ。
——いつか、眠る。
でも、今はもう少しだけ。
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