ブルアカ×8番出口 The Exit 8 Blue Archive 作:how-kyou
結構頑張りました。
アロナちゃん感謝。
百合園セイアは歩幅を揃えて
息をするたび、蛍光灯から光が脈打つ感覚。
コンクリートの匂い、微かなオゾン。
靴底を通じて、冷えが足裏へ伝わってくる。
「……これは、随分と分かりやすい“迷い家”だね」
返事はない。
反響だけが、私のもとへ遅れて戻ってくる。
歩みを進めると、黄色い案内板。
黒い文字は整っていた。
案内板:
・異変を見逃さないこと
・異変を見つけたのなら引き返すこと
・異変がなければ引き返さないこと
・8番出口から外へ出ること
「ふむ…成程。ルールがある内は“迷子”の範疇に留まれる。……それだけで少し安心できるね」
ゆっくりと息を整える。
胸の奥が乾いている。
いつもの歩幅から、半歩短くして、私は進む。
〜〜〜
最初の異変は、時間にまつわる悪戯だった。
壁に時計があり——十二個の数字がすべて『8』に置き換わっている。
秒針だけは逆回転し、規則正しく「カツ、カツ」と音を立てる。
「ふむ。ここでは、いつだって“8時”というわけか……」
なるほど、時と共に囚われの身か、と…
肩を竦め、踵を返す。
案内板の数字は、静かに『1』から『2』へと増えていた。
次の角には、長椅子があった。
背景に合っている白い椅子ではあるが…黒々とした文字がえらく、目立つように書かれていた。
【座らないでください(起立を推奨)】
「おすすめが“起立”なのは、健康的で良い……と思うけど、説教が過ぎるね」
試しに指先で背もたれを軽く押してみた。
天井のセンサーが「ピンポーン」と嬉しそうに鳴った。
私は引き返した。
〜〜〜
進んで行くと、
薄闇の先に、自動改札がひとつ。
差し込み口の上には、白い切符が一枚、また一枚と吐き出されていく。
印字を見てみれば『比喩』『余白』『沈黙』etc。
「切符売り場で買えるものとしては、いささか文学的が過ぎると思うが」
一枚『沈黙』を手に取ってみる。
紙は音もなく発泡スチロールのような雪に変わり、足元にふわふわ積もった。
私はそっと元の位置に“雪”を戻し、また引き返す。
〜〜〜
スピーカーから、突然アナウンスがあった。
電子の女声。
『次は——七・五・三、七・五・三』
『お出口は、右でも左でもなく“上”です。』
「上……?」
見上げてみると、非常口マークが天井に貼られており、矢印は“宙”を指している。
私は足元の点字ブロックを目で追い、その不自然な継ぎ目から“梯子”の陰影を見つける。
「成程、見せ方は丁寧だ。……だが、私は今は上りたくない」
息が切れる前に、静かに引き返す。
次の数字は、『7』『5』『3』。
そのどれでもないのだから。
〜〜〜
次が終わりだろう。
息が浅くなる。
脈が一拍分だけ長く感じられたので、壁に指を軽く触れる。
そしてそこに“それ”は居た。
出口の案内板表示は——『8』。
そして、その手前には、立ち姿。
差し込む光に薄く縁取られた横顔。
緩んだネクタイ。
眼差しは、小柄な私の歩幅に合わせるように柔らかい。
「…先生か」
呼べば、“それ”答えは要らない、とでもいう顔で微笑む。
私は小さな歩みを止めない。
止めた途端、前にも後ろにも行けず。
もうどこにも行けないと、此処に根を張ってしまうだろうから。
「邂逅……と、言うべきなのだろうか?」
「残念ながら解答は持ち合わせていないね。セイア…もう少し、歩幅を狭めるといい。君に、通路がまだ慣れていない」
「通路が慣れる、という表現は斬新且つ新鮮だ。——だが、そう言われると妥当でもある」
素直に、更に半歩分、歩幅を縮める。
つまり、ゆっくりと近づいて行くことになる。
胸の奥で、乾いていた場所に水が染みるのに似た感覚がする。
……ここまで異変という名の“悪戯”が続いた。
そして、この『先生』もまた、異変の一種かもしれない。
けれど——。
「セイア。君は“異変を見つけたら引き返す”を守ってきた。充分頑張って、歩んできた。そして最後に、この先についても……」
先生は少しだけ眉を下げ、
言葉を選ぶ時の癖で視線を斜め下へ落とす。
「君の判断でいい」
「先生が判断を差し出さない、という異変。……ふむ、奪わず委ねてくれるのは…そうだね、好感が持てる」
私は少し笑ってしまった。
この優しい形の“ままならなさ”なら、
そう悪くない。
足先が“境界”に触れる前に、元来た道の方に向いた。
先生には触れていない。
指先は、ほのかに温かい。
引かれもしない。押されもしない。
「——手を繋ごうか?セイア」
「いや…導きは要らない。少し……並んで、歩こう」
二人で、ゆっくりと、一歩だけ前へ。
通路に満ちる光の粒子が、揺れる埃のように踊り、私のまつ毛に小さく触れた。
〜〜〜
眩しさが閉じたまぶたの裏でほどけ始めて、
世界に音が戻ってくる。
見慣れた天井、枕元の白い花。
窓の外で、午後の風がカーテンを撫でている。
「…帰ってきた、というわけだね」
ベッドサイドのテーブル。
未だ寝惚けた目を凝らすと、
いつ置いたのか覚えのない小さな紙片が一枚。
丸い字で、短い言葉がある。
『おかえり』
私は紙片を指先で摘み、日記の栞に差し込む。
胸の内には、問いたいことが幾らでもある。
本物だったのか?
あの通路に迷い込む方法は?
けれど、今は——。
「…君の“在り方”は、ままならないね」
窓に目をやり、笑う。
この『ままならなさ』は、世界の瑕疵ではない。
私が私であるための、軽い重石だ。
「ふむ。今日の結論は…それで良い」
私は『ゆっくりと歩める』歩幅をひとつ、覚えた。
その感覚は、まだ——確かに残っていた。
感想と評価を頂けたら幸甚です。