結束バンドは可愛い子が多すぎる! 作:喜多ちゃんが可愛すぎてやばい
あの後は恋バナが終わり、好きな音楽の話を経て、ノルマという現実を知って交流会は終わりとなった。
今日はその翌週。後藤ちゃんが初めてバイトをする日だ。
ただ、後藤ちゃんのことだから、きっと死ぬほど嫌がっているに違いない。だから、励ましのメッセージをたくさん送っておいた。
仮病で休むならまだいい。だが、無駄に律儀に、わざと風邪を引こうとする可能性も無きにしも非ず。
だからそれについても予め釘を刺しておいた。これで無茶なことはしないだろう。あとはその時を待つだけだ。
「雪? こんなとこで何やってんだ?」
「どもども、星歌さん。今日から来るバイトの子を待っているところです」
「ああ、そういや虹夏がそんなこと言ってたな……あと、ここでは店長と呼べといつも言ってるだろ」
「営業前なのでセーフです」
というか別に、名前呼びでもいいと思うんだけどな。
ほら、アットホームな職場的な? その方がお客さんも親しみやすいかもしれないし。
「その子人見知りなんで、ここで迎えてあげようかなぁと。もしも店長と先に会っちゃったら、怖がって帰っちゃうかもしれないので」
「えっ、あたしってそんなに怖いか?」
「いえ、俺はそんなこと思ってないですけど……その子はちょっと反応が過剰というか、被害妄想が大きいところがあって」
「そうか、あたしって怖いのか……」
怖くねえっつってんだろ。
なんでそんな落ち込んでんだよ。むしろ今の状態はかわいいが勝ってるよ。
「おっ、後藤ちゃん。よく来たね」
「あっ、白石さん、こんにち、は……?」
そんな会話をしていると、タイミングよく噂の本人が登場した。
時間帯的に『こんにちは』か『こんばんは』か迷うよね。でもバイト先だと、最初の挨拶は一貫して『おはようございます』のところが多いんじゃないかな? たぶん。他のところはあんまり知らないけど。
「へぇ、こいつが例の──」
「ひっ……!」
星歌さんが視線を向けた瞬間、後藤ちゃんは悲鳴をあげながらビシリと固まってしまった。
ああ、残念。眼力が鋭かったか。
星歌さん、実はメデューサの生まれ変わりだったりします?
「……なあ、やっぱりあたしって怖いんだな」
「だから気にしすぎですって。後藤ちゃんは初対面の相手にはだいたいあんな感じです。だから元気出してください」
「ちょ、おまっ、頭撫でんな……!」
「安全アピールをしようと思って」
「あたしは犬か!」
星歌さんが吠える。だが、少しは効果があったらしい。
顔を赤くしている星歌さんを見て、後藤ちゃんは幾分か緊張を和らげている様子だった。
そうだよ〜。怖くないよ〜。この大型犬は無害だよ〜。
「それにしても後藤ちゃん偉いね! 初めてのバイトなのに臆せず来るなんて! しかも時間前にちゃんと到着する! まさに社会人の鑑だね!」
「うえ? うへへ……そ、そうですかね……」
「そうだよ! 後藤ちゃんは凄い! だから自信持って! 初めてのバイトでもきっと大丈夫! 何かわからないことがあったら俺が全力でサポートするから!」
「そ、それなら、いける、かな……へへっ」
バイトに対する憂鬱な感情はどこへやら。今の後藤さんはむしろやる気に満ち溢れた表情をしていた。まるで『楽しむくらいの余裕があるぜ!』とでも言わんばかりだ。
逆に、星歌さんは怪訝そうな……若干引いたような目で俺のことを見つめていた。
「えっ、なんだ急に。お前ってそんな熱血キャラだったか?」
「店長も覚えておいてください。後藤ちゃんは褒めて伸びるタイプなんです。間違っても店裏に呼び出して詰めたりしないように」
「いや、しねえけど……。まあ、わかった。とりあえず、教育係はお前に任せるわ」
「承りました!」
役職を与えられた俺は、張り切った勢いのまま後藤ちゃんの手を掴んだ。
「階段で転ぶと危ないからね。このまま案内させてもらうよ」
「あ、ありがとうございます……!」
お姫様のような扱いを受け、一時的にテンションが上がっている後藤ちゃんは満更でもなさそうな顔を浮かべている。
「……いや、それはさすがに過保護すぎるんじゃねえか?」
星歌さんの言葉は無視した。
初日はこのくらいでいいのだ。
ここから少しずつ慣らしていく。
自転車の補助輪を片方ずつ外していくみたいな感じで。
*
それから更に翌週。後藤ちゃんもちょっとずつバイトに慣れてきた頃。
学校にいるはずの後藤ちゃんから、こんなメッセージが送られてきた。
『すみません! EDMガンガンかけて、リョウさんと白石さんとエナジードリンク片手に踊り狂いながらバイトしててください!』
その文章を見ながら、俺、虹夏、山田の三人で顔を見合わせる。
「なにこれ」
「山田、EDMってなに?」
「エレクトロニック・ダンス・ミュージックの略」
「ああ、だから踊り狂えってことか」
「ええ、あたしシモキタ音頭くらいしか踊れないんだけど……」
「とりあえずエナドリ買いに行くか?」
「そうしよっか」
「二人で行ってきて。私は曲の選定してる」
「りょーかい」
ということで、俺と虹夏はエナドリを買いに出かけることに。
しかしエナドリって結構種類あるよな? どんなのがいいんだ?
そもそも高校生のうちからエナドリに手を染めるってどうなんだ? なんか不健康になりそうで微妙に拒否感があるんだけど……。
「こんなもんでいいかな?」
「むしろ買い過ぎじゃないか?」
「だって、どの味がいいとかわかんないし」
それで全種類買っちゃったと。まあ、余ったら後藤ちゃんにあげればいいか。なんか似合いそうだし。
「場所はスターリーってとこで──」
「えっ!?」
そして帰り道。俺たちはスターリーに向かっているだろう後藤ちゃんにちょうど遭遇した。
その隣……というか前? には別の女の子の姿もあった。
衝撃だったのは、その子が俺たちもよく知る人物だったという点だ。
「ごめんね、私やっぱり帰──」
「ぼっちちゃーん! よくわかんないけどエナドリたくさん──って、ああーっ! 逃げたギター!」
「あひいいぃー!」
後藤ちゃんと一緒にいた人物。彼女の正体は元結束バンドのメンバーにして行方知らずとなっていた少女──喜多ちゃんだったのだ。
「おっす、喜多ちゃんおひさ〜!」
「ゆ、雪先輩まで……あっあっあっ」
喜多ちゃんが泣きそうな顔で震えている。
どうやらバックれたことにかなりの罪悪感を覚えていた様子。
俺は持っていた荷物を虹夏に預け、喜多ちゃんを優しく抱きしめながら頭をなでなでしてあげた。
こうすることで感情を落ち着かせつつ、同時に逃げられないように拘束もできるというわけだ。
まさに完璧な一手。
そんな俺の行動を、後藤ちゃんはドン引きした顔で見つめていた。
「えっ、白石さん……喜多さんまで堕としていたんですか……?」
おい待て。『まで』ってなんだよ。
まだ誰も堕としてねえよ。風評被害はやめてくれ。
一時的に幼児退行してしまった喜多ちゃんを抱っこしながら、そのままスターリーへと向かう。
大丈夫。こんな時のために鍛えてあるからな。めんどくさがり屋の山田を肩に担いで運ぶこともよくあるし。
でも、ギター込みはやっぱりちょっと重いかも。でも弱音は吐けない。
もってくれよ俺の筋肉! えいっ、えいっ、パワァァァ!
*
喜多ちゃんがライブに来なかった理由。それはギターが弾けなかったかららしい。
なんだ、バンド名が理由じゃなかったのか。その可能性も考えてはいたが、まさかの二択で外してしまっていたとは。
山田にも顔を合わせ、綺麗な土下座を披露してくれた喜多ちゃん。
理由があったとはいえ、急にいなくなって迷惑をかけてしまったのは事実。
その罪滅ぼしとして、喜多ちゃんは一日だけスターリーのバイトを手伝うことになった。
なぜかメイド服姿で。星歌さんの可愛いもの好き趣味が火を吹いた形だ。
私物のメイド服を持ってるとか面白すぎるだろ。今度頼み込んで本人にも着てもらおう。
「いいね喜多ちゃん! 可愛いよ! ちょー似合ってる! 目線こっちちょーだーい!」
「ポーズはこんな感じでいいですかぁ?」
「いいねー! 最高だよー!」
「えへへへへっ」
さて、そんな俺はというと、絶賛メイド喜多ちゃんをスマホのカメラでパシャパシャと連写していた。
可愛い女の子が可愛い服を着ているのだ。男なら誰だってこうするだろう。
別に、俺がスマホの壁紙として使いたいから撮っているわけではない。
喜多ちゃんは生粋のイソスタグラマー。そこで投稿するための写真を撮影しているのだ。要するにカメラマン役である。
「ほらほら〜、撮影会はその辺で終わりにして、そろそろ準備始めるよ〜!」
『は〜い』
虹夏の声に揃って返事を返してから、各々の作業に取り掛かる。
喜多ちゃんの教育係は虹夏だ。
喜多ちゃんは手際がよく、教えればすぐに覚える驚異の吸収力はまるで乾いたスポンジのよう。
人と関わるのが得意だから、接客業は天職かもしれないな。受付とかに置いたら人気出そう。しかも謎のメイド服。喜多ちゃん目当てにやってくる客も大勢現れそうだ。
「あっ、あっ……先輩の私より、優秀な新人……」
と、喜多ちゃんが本領を発揮している横で、今にも死にそうな顔をしている人物がいた。
後藤ちゃんだ。この感じはあれだな。自分の存在意義を見失っている系のやつだな。
先輩としてきちんとフォローしておかねば。
「後藤ちゃん。どうしたの? そんな隅っこで縮こまって」
「あっ、白石さん……」
ゴミ箱の中でモゾモゾと動く後藤ちゃん。カタツムリみたい。
「私、そろそろクビですかね……いえ、望むところではあるんですけど……」
「いやいや、クビになんてならないよ。確かに、喜多ちゃんは初日なのにめちゃくちゃ仕事ができて凄いと思う。正直、山田よりも戦力になるくらいだ」
「うっ、ですよね……」
後藤ちゃんがゴミ箱の奥深くへと引きこもろうとする。小規模な天照大神みたいだ。
「でも、後藤ちゃんも同じくらい凄いと思うよ?」
「えっ……?」
「この仕事は喜多ちゃんにとっての得意分野かもしれない。逆に、後藤ちゃんにとっては苦手な分野だ。でも、後藤ちゃんは苦手なことに挑戦して、しかもちゃんと成長しているでしょ? それって最初から色々できるよりも、よっぽど凄くて偉いことだと俺は思うな」
「白石さん……!」
目に光が戻る後藤ちゃん。
しかし次の瞬間には、後藤ちゃんは逃げるようにして俺から距離を取っていた。
ゴミ箱に入りながら器用に後退りしている。どうやってるのそれ。それが後藤ちゃんの得意分野なの?
「そ、そうやって……わ、私のことも、お、堕とすつもりですか……?」
「えっ……? いや、別にそんなつもりないけど……」
「でも、白石さんは女誑しだって……」
ふう。なるほどね。
変なことを後藤ちゃんに吹き込んだやつがいるわけか……。
「一応聞いておくけど、誰にそんなこと言われたの?」
「えっ、あっ、リョウさんに……」
やっぱりお前か!
山田ァ! 来週のお弁当、全部お前が苦手なものにしてやるからな!
覚悟しておけよ!
「ほら、怖くないから出ておいで」
「えっ、ちょ……」
「そいっ!」
「ぴゃあっ!?」
俺はゴミ箱の中身を天に向けて射出した。
ぽーんと宙に放り出される後藤ちゃん。しかし怪我をさせるわけにはいかないので、落ちてきたところをしっかりとキャッチする。
衝撃を完全に逃がしたことで、後藤ちゃんへのダメージは皆無。
お姫様抱っこになってしまったのは偶然だ。
「あっ、あわっ、あわわわわっ……!」
強引な手段を使ってしまったが、今回ばかりは許されるだろう。
時には叱ることも必要。教育とはそういうものだ。
気づけば後藤ちゃんの肉体は形を失い、べチャリと床にこぼれ落ちていた。
なにそれ怖い。
最近の若者の人間離れは深刻だ。