あ、私BLEACH大好きです(唐突)
「デート、ねぇ……」
全く俺らしくもねぇ。なんだってこんなことになったのやら。
タバコを吸いたくなるがそこは我慢する。アスリートやってた手前肺を悪くするのは見られが悪い。少なくとも、前世よりは長生きしたいんだ。
「……その、どうだろうか。こういったお洒落をするのは初めてなんだが……」
「なんでそこで初々しくなるんだよおまえは……」
元凶たるポンコツ脳内お花畑────ルドルフは、俺の前で顔を赤らめてもじもじさせていた。
経緯としては。
前に樫本さんと二人きりで会ったのが許せなかったらしい。あの後俺が考えてるトレセン学園共学化計画について熱心に聞いてきたが、家に帰ってからが大変だった。
別にこいつに対して無下に扱ったって良いんだ。問題なのは、やたらうちの両親と仲良いせいで、下手に無体な態度を取ると結託されて何やるか分からない。どうしたら矛を収めてくれるかと咄嗟に思い付いた言葉がデートだった。
年末の門前仲町連れ歩きも似たようなもんじゃないかと思ったがルドルフ曰く意識があるか無いで大分違うらしい。そういう訳で、わざわざ実家に戻っておめかししてきたルドルフと待ち合わせして、それはもうテンプレートなデート模様を演出する羽目になったって訳だ。
「はぁ……俺に服の良し悪しはは分からねぇよ。いつもよりはりきってるのは分かるが……」
服の種類なんぞ分からん。
一応、今世では女になっているからそれっぽい服屋を覗いたことはあったが男物よりずっと種類が多い上にどれ見ても似たようなものばっかりで全く区別が付かなかった。無駄にテンションが高かったギャルっぽい店員曰く、俺はシンプルにスタイルが良いからジーンズとかで足の長さを演出するのが似合うらしい。俺が出来る外向けの服なんて正直それくらいで上は適当な服合わせてるだけなんだよな。
「それだけ分かってもらえればいいんだ。私なりに、気合いを入れてきたつもりだからな」
「……ヒール、気を付けろよ。そんな高いの今まで履いたこと無かったろ」
ルドルフ、とは言うとベージュのコートにモコモコとした黒いマフラーを巻いている。分かるとしたらそれだけで他に目に付くところがハイヒールくらいしか無かった。
「君にそこまで気遣われるとはね。さて、今日はどこにエスコートしてくれるのかな?」
「全く、いい性格してるぜ。……お手をどうぞお嬢様。少なくとも、退屈はさせねぇよ」
東京都日本橋、人形町。
門前仲町と同じく、江戸の頃からある古い町だ。今だと瀬戸物市が有名で、陶磁器を東京で見たいんだったらここが一番手に挙がる。
しかし、今日の目的は瀬戸物じゃない。
「なるほど、明治座か」
「今やってる浄瑠璃が評判良くてな。気になったもんでちょうど良いかと思ったんだ」
一応俺がデートを提案したという建前になっているから、この段取りも俺がやっている。こんな機会が無ければ舞台なんて見ようと思わないからな。
待ち合わせた人形町駅から歩いて数分もすれば見えてくる。明治座の歴史も結構古くて、今建ってるところは30年ちょいくらいだが、前身まで遡るとこちらも江戸時代に由来がある。
そうした権威から、ここで上演出来るっていうのは役者にとってG1走るのと同じくらい大事なことなんだそうな。
「ああそうだ。入る前に寄りたいところがあってな。神社があるんだ」
「神社?」
「ほら、正面の脇にお稲荷様がいるんだよ。こういうの見かけると拝みたくなるんだ」
「そういえば君の信仰心は篤かったな。確かに見かけたら相応の礼儀は果たした……」
「あれっ、ルドルフにアジテイターじゃん。やっほー」
「おや、シービーじゃないか」
お稲荷様に挨拶しようとした矢先、先客がいたらしい。
ミスターシービー、軽い調子の風来坊だがこんなでも俺らの前の三冠ウマ娘だ。こいつとも何度か走ってはいる。同じ追い込みだが最後の末脚に懸ける俺と違ってロングスパートを主軸にしていたみたいだからあまり位置取りは被らなかったがな。
「へぇ、ルドルフ、そんなにめかしこんじゃって、もしかしてデート?」
「ああ。彼……アジテイターが私を誘ってくれてね。浄瑠璃を見に来たんだ」
「アジテイターが? 珍しいこともあるんだね」
「そこの皇帝様にいっぱい喰わされただけだ。こちとらご機嫌取りに忙しいんだよ」
「それでここの浄瑠璃をチョイスしたの? 私が言うのもなんだけど、結構渋いね」
「そういうあんたも浄瑠璃が好きで?」
「うん。どっちかっていうと、歌舞伎の方が好きなんだけど、能や狂言とか、古典芸能はよく見るよ」
ミスターシービーとたまたま趣味が被っちまったってだけの話らしい。
まぁ俺もどっちかというと浄瑠璃が本命じゃなくここの近くにある飯屋が本命だしな。飯だけ食いに行くのもデートとしてはおかしいし、近くに明治座があったから適当に選んだだけだ。
「敢えて先輩風吹かしちゃうと……ヘビーな内容だよ、これ」
「そうなのか? その割に客は多いが」
「物語としての完成度が高いんだ。だから時代を超えて、様々な表現で演じられる。けど内容は簡単」
「だってこれ、痴情の縺れで心中する男女の話だからね。古典芸能のお約束、悲恋物は定番の代名詞だよ」
一段目────躊躇疵分合
きっかけは些細なこと。
やれ、男の稼ぎが悪いとか、女の作る飯が不味いとか。
溜まりに溜まった鬱憤は、言い争いに発展し、互いに心の疵を負ってしまう。
二段目────慚愧の褥
なぜあんなことを言ってしまったのか。
男は己の台詞に悔い悩み、慚愧の念から癒えぬ病に伏してしまう。
三段目────断魚淵
男も女ももうお終い。こうなっては共に死ぬだけと、二人は覚悟を決めて冷えた水面に身を投げる。
踠き苦しむ水の中。最期に男は手を伸ばす。
共に死のうと誓った覚悟、恐れの前では意味も無し。
女が伸ばした手の先は、あたける男のいとし喉元。捨てて逝かぬと残した情、切って捨てよう未練の糸を。
此にて大詰。
〆の段────糸切鋏血染喉
「【枯松心中】ねぇ……」
どこかで聞いたことあるような内容だった。
三味線の弾き語り、最初は静かな語り口が〆に向かって徐々に迫力が増す。
こうした古典芸能に今まで興味はなかったが、気付けば引き込まれるくらいには満足出来ていた。
「凄かったな、アジテイター。音楽と語り口が、見事なまでに調和していて最後まで……!」
横でルドルフがうるさい。
思っていた以上に気に入ってくれたようだが、気掛かりが一つだけ。
(入水自殺は苦しいんだ。意識が消える最後まで、肺に水が入っていく感覚が死ぬんだという絶望を生む)
男の気持ちが分からんでもない。自殺なら首吊りに限る。逝くなら一瞬で逝け────。
「アジテイター? どうしたんだ、顔色が悪いようだが……」
「いや、済まん。なんというか、迫力に驚かされてな。ちょっと面食らってただけだ」
「アジテイターでもそう思うのか。今度機会があればまた来よう。他の浄瑠璃も、君と見てみたいんだ」
「ああ、その機会があったらな」
ルドルフのおかげで意識が戻る。
ああ、変なことを考えていた。
どうしてか、俺は
「それで……次はどこに行くんだ? ちょうど昼時だが」
「任せな。良い飯屋があるんだよ」
演目が終わればちょうどいい時間だ。ルドルフを連れて少し歩く。
これ見よがしに腕を組むルドルフにももう慣れた。ウマ耳さえ無ければ、誰が見てもカップルに見える二人なんだろうよ。
「ほう、ラーメン屋か。さっきと打って変わって君らしいチョイスじゃないか」
「んー、確かにラーメン屋なんだが……ま、そこは入れば分かるか」
いつの間にかあの風来坊はいなくなっていた。あちらもデートと揶揄していたし、俺らに気を遣ったんだろう。正直言うと、茶々が入るとルドルフの機嫌が急降下するからこれでいいと思ってる。今度学園で会ったら菓子かなんか奢ってやるか。
「ん……ラーメン屋なのに……カレー?」
「俺の本命はこれだよ。ここの辛いカレーが好きでね。おまえがうちに来るまでは通ってたこともあったんだぜ」
明治座からちょっと離れた表通りには、俺が前世から親しんでいるラーメン屋がある。
前世と今世で違いがある世界だが、やはりウマ娘が関わらない範囲は前世そのままらしい。ラーメン屋の癖して15歳未満禁止とかいう激辛カレーが名物なこの店もそのままだった。ラーメンも美味いがやっぱここのカレーが良いんだよな。
「マジで辛いから無理すんなよ。俺は好きで食えるが初見が食える辛さじゃねぇ。普通のカレーやラーメンもあるし、無難なの選んどけ」
「わ、分かった……そうさせてもらおう……」
おっかなびっくりに食券機で選ぶルドルフを見るとミスマッチ感が否めないな。明らかに良いとこのお嬢様がラーメン屋にいるのが既に面白い。
もしかしたら、食券機で飯選ぶのも初めてかもしれないな。
昼時なだけあって店内は混む。ただ、ラーメン屋の良いところは回転率が良いから待つのに苦労しないんだ。数分待てば二人分の席なんて余裕で空いた。
「お~来たきた。これだよ、これ。こういうのが良いんだよ」
「……ふふっ……アジテイター、急激に君が老けて見えるんだが気のせいかな?」
「俺はどこいってもこんなもんだって……それじゃあ頂きます」
ルドルフは無難にラーメンを……とは言ってもクソデカ角煮のおまけ付きだが。
まぁウマ娘なら余裕で食えるだろう。現役の頃はもっと食ってたんだからな。
「美味いな……角煮に圧倒されがちだがスープは繊細な味付けで調和が取れている……」
「おまえは一々食レポしなきゃ気が済まんのか。美味い分にはいいんだろうが……」
「……アジテイター、その、一口だけ試してみたいんだが……」
「ん? ああ、カレーか。一口ならいけるだろうが、後悔すんなよ」
やっぱりだが激辛カレーが気になっていたらしい。一口くらいなら頑張ってくれと、俺はそのままよそったスプーンをくれてやる。
「え……アジテイター?」
「なんで固まってんだ? 一口くれって話だったろうが」
「……いや、私が悪かった。よし、そのままいかせてくれ……!?」
なんでか知らんが葛藤してやがった。もしかして今さら間接キスを気にしたのか? 家で散々やってるだろうに。
頑張って頬張ったルドルフだが、案の定悶絶して声にならない悲鳴を挙げている。本当に辛いんだぞこれ。食っていく内にそれが快感変わればいけるんだろうが。
「………………!?」
「ほら、水。全く、顔が真っ赤じゃねぇか」
「んぐっ……はぁ……覚悟してたつもりだったんだが、予想以上の辛さだった……だが美味しさは感じられたな」
「ただ辛いだけの飯に価値は無い。美味さと辛さ、これがハイレベルに纏まってるのが良い激辛カレーなんだよ。人を選ぶ辛さだが、その分美味さは折り紙付きなのさ」
「ははは……どうやら、私ではその美味しさに辿り着けそうにないな。流石に二度目は遠慮するよ」
辛いって感覚、本当に無理な人はとことん無理だからな。俺も甘いのは受け付けない。今度はもうちょいマシな飯屋に連れて行くか。
「君と出かけると本当に驚きばかりだ……次も期待しているよ」
「へいへい。こんなので良かったら幾らでも付き合ってやるよ」
早々に食いきって店を後にする俺達。
この先も、こんな調子でこいつに付き合わされる日々が続くんだろうなと柄にも無く思っちまった。
「……はぁ」
(スズカさんの逃げ……あそこまでとは……)
出る杭は打たれる、とは言うけれど。
けどスズカさんにその意識は無かっただろう。
「シーザリオ……?」
「ごめん、クラフト……私、調子に乗ってたみたい」
「そんなこと無いよ! 私だってあのスズカさんと走ればああなると思うし……」
寮の自室にて。
私────シーザリオは親友のクラフトとアオハル杯の反省会をしている。
アオハル杯第2戦、中距離担当の私達に立ちはだかったのはあのサイレンススズカさんだった。逃げ、という一点において他の追随を許さない異次元の逃亡者。クラフト同様、ホープフルステークスで圧勝を決めた私は自信を持って挑んだけど結果は惨敗だった。
(逃げ差し、なんて言うけれどやっぱりあの脚は異常だ。どうしたらあの逃げ足で更に加速できるんだろう)
アジテイターさんが20年くらい立てばスズカさんに追い付けるウマ娘が現れると言っていたけれど、本当なんだろうか。あれに勝つには、同じだけ走るか、或いは最後までしぶとく残る末脚で追い縋るとかじゃないと。
(キングさんの末脚なら勝機が……? でもまだ足りない気がする。あれに対抗するにはキレのある加速力と、どんなバ場でも崩れない走破性……それこそステイヤーのようなフィジカルも持ち合わせてないと……*1)
そんな全部足して割らないようなウマ娘、流石に無理があると思う。
「クラフトの相手はヘリオス先輩だったよね。やっぱり差しきったの?」
「差しきったというか……向こうが勝手に自滅したというか……ターボさん並みに加速して終盤垂れてくれたからなんとかなっただけだよ」
「短距離で?」
「短距離で……」
「えぇ……」
そんなことがあるんだろうか。
このところこんな感想ばかり多い気がする。チーム:にんじんプリンにいると色々と非常識なことばかり起きるかいつも面食らってしまう。
「走った後凄く楽しかったみたいでね、ヘリオス先輩と二人で写真を撮ったんだ。こうやって、ウェーイって!」
「な、なるほど……」
負けたのに全く悲壮感が無い表情。
クラフトが見せてくれたウマホには名前の通り、太陽のような笑顔でばっちりポーズを決めるヘリオス先輩の姿。ぎこちないクラフトのポーズも、なんだかあどけなさを感じてとっても可愛い。ヘリオス先輩のノリに着いて行ける気はしないけど、一緒にいたらとても楽しい人なんだってこれだけでも分かった。
「スズカさんとはどうだったの?」
「それが……リベンジという意識も無かったみたいで、本人はただ走りたかっただけみたい……ゴールを駆け抜けても、ずっと上の空だったよ」
「スズカさんらしいと言えばそうなのかな」
「フクさんが近づくまでこっちに気が付いてなかったし……なんというか、天性の才能を持つ人ってみんなああいう感じなんだなって……」
歯牙にもかけられていない、と感じたのは私の意地が悪いせいだろうか。
勿論スズカさんにそんな意識は欠片もあるはずがない。けれども、私達は彼女が望む先頭の景色に割って入れる実力じゃなかった。
(ダメダメ。こんな調子じゃアジテイターさんに笑われる。気持ち切り替えていかなきゃ)
当たり前だけどアジテイターさんにとってはチームとして勝ったことの方が重要で、私達の負けは大したことなかった。むしろ良い経験をしたんだと、ケラケラと笑うくらいだ。
負ければ負けただけ、勝ちに繋がる勉強になる────アジテイターさんの考えは『失敗は成功の母』というあの発明王とも似通った理念だ。ティアラに挑む前に
アジテイターさんから貰う着実に強くなっているという評価が、今の私の心の支えだった。
「……うん、次だ次! 負けてくよくよしてられない!」
「その意気だよシーザリオ! 私だってこのまま勝ち続けていきたいし────」
頬に気合いを張って、心を入れ替えようとしたその時だった。
狙い澄ましたようにお互いのウマホに通知音が鳴る。差出人はチーム内のお知らせも担当してくれているヴィルシーナさん。
にんじんプリンのグループLANEに踊るそれは吉報か、はたまた凶報か────。
「次の対戦相手は……黄金世代!?」
チーム:
逃げシスを遥かに上回る強敵が、私達の前に立ちはだかろうとしていた────。
アジテイターのヒミツ⑬
実は、メイショウドトウと張り合えるくらいの辛党。
キャラ紹介
アジテイター
ルドルフをデートに誘ったら変なノイズが走ったクソボケ。前世も今世も下町育ちな上に、年齢=彼女いない歴が尾を引いている。本人はBF4を至上としているが誘えば割りと簡単に外に遊びに行く。
記憶は未だ不明瞭。しかし少しずつ、確実に、きっかけは積み重なっている。
シンボリルドルフ
上手いことアジテイターとデート出来た自認嫁。アジテイターのノイズは知らないが普段通りの振る舞いのおかげでアジテイターを助けている(本人は分かっていない)
お嬢様特有の性質で一般的な大衆店での外食経験が無かった。アジテイターのおかげで得難い経験が出来ていると、デートと合わせて一人喜んでいる。
シーザリオ
中距離担当の一人。マチカネフクキタル、ウインバリアシオンと揃ってサイレンススズカに敗北した。アジテイターとしては負けの感覚が分かってれば良いだけの話だが、これからクラシックに入ろうというジュニアウマ娘には酷な話である。
早くも次の対戦相手が決定。中距離担当のシーザリオの相手は……?
ラインクラフト
未だ負けの雪辱を知らないたった一人の短距離担当。シーザリオが負けて落ち込んでいるのを健気に励ましている。
キングヘイローとぶつかることが予見され気合いが入っている。アジテイターからはティアラでの走りをそのまま活かして良いと明言されており、全力を尽くすつもりでいるようだ。