シリアス風味ですがアジテイターは相変わらずです。是非ともクソボケはおまえと言ってやってください()
────皐月賞を獲った。
────ダービーを獲った。
無敗のまま、二冠勝ったんだ。
だから次は、会長と同じように────
『ダメですね。左足の指、ほら、ここが折れてます。少なくとも、年明けまでは絶対に安静です』
────なれなかった。
「クソガキが……無理するからこうなる」
朝の一時。
俺は株価だとかそういう情報が欲しくて複数の新聞社の記事ををよく読むんだが。
新聞の一面にはあのクソガキ────トウカイテイオーが故障により菊花賞を逃すというタイトルがでかでかと載っていた。
「……君の予想通りになってしまったね」
「見てりゃ誰でも分かるだろ。体が特別柔らかいんです、なんて少し考えりゃメリットばかりなわけないだろう」
「それでも、菊花賞までは保つと思っていたんだが……」
「おまえにしてはらしくねぇ楽観だな。脚部不安が都合よく保ってくれるわけねぇだろうが」
温室育ちちゃんが淹れてくれた紅茶を啜りつつ、記事の中身に目を落とす。
どこもかしこも中身は似たり寄ったりだ。少なくとも、年内の復帰は有り得ないだろう。今後の予定として来年春の天皇賞が予想されてはいるが、トウカイテイオー陣営からそういったコメントは出ていない。正直骨折明けで国内最長G1を走るっていうのも、予想としては中々難しかった。
「君からすれば、他人事かな。君は怪我とは無縁だったね」
「そりゃ怪我するような走りしてねぇもん。怪我するやつは大なり小なり無理してんだよ。俺からすりゃあアホらしい」
「……流石に辛辣じゃないかな?」
「本人には言わねぇよ。ただ俺からすりゃあ走ってなんぼのウマ娘が怪我で走れません、なんて本末転倒もいいところだろう。三冠取ろうが年度代表になろうが最多G1取ろうが、無事是名バに勝るウマ娘はいねぇんだよ」
「それは……尤もだな」
「ま、テイオーの場合は仕方ないだろ。普通クラシックまでのウマ娘はまだ才能だけで走ってるようなもんだ。その才能を取り上げるような走りじゃ二冠なんて達成してねぇ。夢を諦め穏当に走るか、叶わぬ夢をそれでもと追いかけ脚を壊すのか、テイオーの場合は後者だったってわけだ」
「いつになく饒舌だね。もしかして、テイオーのことは気に入っていたのかい?」
「まさか。絡みが多いからよく覚えてるだけだよ。しばらくはあいつも大人しいだろう」
問題はメディアだな。あいつらは好き勝手に煽り立てるのが好きだ。子供相手だからといって容赦はしない。既に幾つかの記事じゃテイオーのトレーナーを批判する内容がある。テイオー本人ではなく、周りの環境が悪かったせいだとする記事────トウカイテイオーを、あと一歩で夢破れた
三冠を望まれてただけに、テイオーのファンは多い。しばらくウマ娘関連のメディアは荒れるんだろうな。
「ま、結局は本人の問題だ。外野の俺らがとやかく言う話じゃねぇ。ほら、さっさと学園行くぞ」
「ああ。……全く、君の調子は変わらないな……」
俺が変わるわけないだろうに、全く何を言い出すんだこの頭お花畑は。
二人で行くのも慣れた登校だ。テイオーが故障しようが、学園でいつも通り変わらず過ごすつもり────だった。
放課後。
俺は旧校舎の裏手で呼び出されていた。
「……」
「……はぁ。言いたいことがあるんなら早く言え。こちとら暇じゃあねぇんだぞ」
「……お時間取らせてしまってすみません、アジテイター先輩。先輩に……お願いがあるんです」
「お願い、ねぇ」
俺の前でもじもじしてるのはテイオーの同期────ナイスネイチャだ。ツインテールの可愛らしい髪型に、テイオーより幾分起伏に満ちた体付きは男の視線を奪って仕方ないだろう。ただ、当人は俺の下世話な視線に全く気付いちゃいないようで、重苦しい口調のまま、お願いとやらを切り出した。
「稽古を……付けてほしいんです。私に……」
「へぇ、稽古ねぇ。そりゃ一体どういう了見だ?」
「私、菊花賞に出ます。そこで言われたくないんです。テイオーがいたらって。テイオーがいても、あたしが勝ってたんだって……!」
「それで俺? 悪いが繋がりが全く見えねぇな」
「だ、だって、アジテイター先輩は何度もシンボリルドルフさんに挑んでたじゃないですか……!」
「あー、なるほど」
何となく分かった。要するに、世間的な俺と温室育ちちゃんの関係を、自分とテイオーに当て嵌めてんのかこいつは。
「もちろんトレーナーとはずっとトレーニングを重ねてきてます! それでも、テイオーじゃないって言わせられる走りが全く見えてこないんです……」
「そりゃ見えるわけないだろ。何勘違いしてんだおまえは」
「え……?」
いるんだよなぁ。同期に強力なライバルがいて、中々勝てないからと俺に聞きに来る奴。気持ちは分からんでもないが、だとしたら余計に俺は参考にならない。
「テイオーがいたらって言ったな。じゃああれか、おまえは今までテイオーがいたから勝ち譲ってたのか?」
「……そんな訳無いじゃないですか! ずっと……あのキラキラに追い付きたいと思ってて……!」
「あのな、結論だけ言っとくと、俺を参考にするのは全くの間違いでしかねぇ」
「先輩が、間違い……?」
だってさ、実情が違うもん。
大言壮語の理想を語った温室育ちを煽りたいから、後ろから譲られた三冠どうですか~とかやってる奴のどこが参考になるんだよ。というか真面目な話参考にしちゃいけない奴の筆頭だよ俺は。
まぁ、ナイスネイチャがそんな実情知るわけ無いんで適当に誤魔化すしかないんだが。
「俺とおまえで決定的に違うとこはな、おまえがテイオーに抱いてる劣等感を、俺はあいつに持ったことが無いことだよ」
「え……? そ、そんな、だってアジテイター先輩は、何度もシンボリルドルフさんに挑んで……!」
「挑むぅ? 違う違う、たまたま走るレースが一緒だったってだけの話だ。何なら俺は裏であいつをさんざん弄り倒してたからなぁ。偉大な三冠ウマ娘の誕生を、特等席で間近に見れたんだ。とんでもない奴と、同じ時代に生まれた幸運には誇りと感謝しか無いんだぜ」
「そ、そんな……」
信じられない顔で俺を見るナイスネイチャ。
まぁ、嘘は言っていない。真実と言うには程遠いだけで。
「先輩は……なんであんなに走れたんですか……?」
「うん? そりゃどういう意味だ?」
「先輩は負けるのが苦しくなかったんですか!? いつまでも勝てない自分に焦って悔しくて……何度も泣いてそれでも挑み続けて……! 私は……私は……!」
「オーケー、落ち着け。おまえと俺とじゃ前提条件に違いがありすぎるってのを理解してほしい」
いかん、忘れてた。俺のレースに対するスタンスは一般的じゃないんだった。
別にレースで勝とうが負けようが入着してれば賞金貰えるからそれで良かったんだよな俺は。そもそもまともに走る気も無かったし、だからクラシック三冠も舐めプ出来たわけで。
「いいか、尤もらしい話をしてやるとだな。俺は走る理由に他人を使ってねぇ」
「走る、理由?」
「一般論としてだ。トレセンに入学するだろ。で、その動機にみんな大なり小なり目標持ってデカいレースに勝ちたいとかって夢あるじゃん。ここまでは分かるな?」
「はい。というか、それしか無いんじゃ……?」
「俺にはそういうの無いの。親が好き勝手するのはいいが、せめて経歴に箔付けてくれよっていう親の顔を立てるためにだけ俺は入学したんだよ。元々は適当なオープン戦走ってそれで終わるつもりだったんだ」
「……え? じゃ、じゃあ、なんでクラシックに……?」
「そりゃ同期に面白い奴がいたからだよ」
ライバルに勝ちたい、有名な大レースで勝ちたい。
一般論だからまぁ分かる。けどそれは、
「あのポンコツ生徒会長がさ、入学式の主席でバカ正直に全てのウマ娘の幸福をとかほざいてたんだよな。それが面白くってしょうがなくてさ。着いて行ったら無敗の三冠だぜ? 幸福どころか数多のウマ娘の夢を蹂躙してるんだ。こんな愉快なウマ娘、他にいないだろ?」
「ぽ、ポンコツ……!? いや、っていうか、愉快とか、そんな……」
「生憎俺は生粋の煽り屋だからよ、おまえその辺どうなの? って煽ってやるわけだ。そうするとこれまた面白くて思考にバグ起こしてんだよな。こんな面白い奴特等席で見るに限るじゃん」
「で、でも、それって走る理由がシンボリルドルフさんじゃないんですか?」
「違う違う。俺はあいつを
実際は譲られた三冠どうですか、が煽った内容だが流石にそれを言うわけにはいかないので。
面白いかどうか、俺にとって重要なのはこれだけだ。じゃなかったらわざわざ衆人環視の中で走ろうだなんて思わねぇよ。
「……その、先輩が他とは違う独特な感性を持ってるっていうのは、分かりました」
「そうそう。で、話を戻すとな? おまえがテイオー相手に勝てなくて悔しい、菊でテイオーがいたらなんて世間に言わせたくないって気持ちなのは分かった。けど、俺からすれば、おまえはもう
「え? だって、私一度も……」
「おまえは菊に出れるがテイオーは出れない。それが答えだよ。だってテイオーは、勝負の土俵にすら上がれないんだから」
「……!」
走ってなんぼのウマ娘、なら走ってる奴が一番偉い。俺はそう考える。
そしてナイスネイチャは走れるが、トウカイテイオーは走れない。なら答えは一つだ。
「テイオーが脚を壊した二冠をおまえは壊さず走れた。その点においてはおまえが上回ってる。
────自信持てよ。おまえは十分、主人公だ。俺の稽古なんざいらねぇぜ?」
「……! ありがとうございますアジテイター先輩! 私、必ず勝ってみせます……!」
なんかよく分からんが元気は出たらしい。
最近こういうの多くて困るんだよな。俺と走りたい、俺にトレーニング見て貰いたいってやつ。面倒だから適当言って煙に撒いてるんだが、今回も上手くいって良かった。
この後、ナイスネイチャが菊花賞でまさかの7バ身差の圧勝劇を見せ、俺のおかげだと吹聴して回るまでにそう時間はかからなかった。
おまえの勝ちがなんで俺の手柄になるんだよ。勝手に俺を巻き込むな!
「あー……ひどい目に遭った」
ナイスネイチャの奴、適当こいた俺の講釈へ勝手に恩義感じてやがった。
それだけならまだ良いが、それを話して回るもんだから俺に話を聞きたいクソガキ共が湧いてうざいったらありゃしない。
「な~にがトレセン一のご意見番だよ。俺の話を有り難がるなんざクソボケにしてももうちょい他にあんだろ」
俺に話を聞きたがる野次馬共を何とか躱し、這々の体で帰り道を辿る。
学園の外住まいで良かったのは間違いなくこれだ。確かに通学に時間はかかるが、学園の狂騒に巻き込まれなくて済むんだ。これが寮住みなら、部屋に帰っても面倒が湧き続けただろう。
ぶつくさ一人で愚痴垂れながら、玄関を開ける。これはもう憂さ晴らしにメリケン共全員煽らないと気が済まない。
「ただいまー……ん? 誰かいんのか?」
話声が聞こえる。それに、玄関口には誰の物か知らん靴もある。
おかしいな、俺はそこそこ人を招き入れることはあったが温室育ちちゃんがそれをするとは思わなかった。なんでか知らんが他人を呼ぶことにあいつが良い顔しないんだよ。俺の客だと言い聞かせて理解はしてるみたいだが納得しちゃいない。ジェンティルドンナやカフェとめちゃくちゃ煽り合うんだよな。
「おい、どうしたんだ
そこにいたのは困った顔の温室育ちちゃんと────
「済まないアジテイター。本当に申し訳ないんだが、しばらくテイオーをここにおいてやってくれないか。学園にいると、他所の目が煩わしくてね……」
「ぴぇ……」
────まるで親にでも縋るような顔で、温室育ちちゃんに抱きつくテイオーの姿だった。
1LDKに三人とか許容オーバーだよバァーカ!!!
アジテイターのヒミツ⑤
実は家だと、シンボリルドルフを普通に呼ぶ。
キャラ紹介
アジテイター
クソボケな振る舞いは相変わらず。当人は面倒事が勝手にやってくると思っている。ナイスネイチャにはおためごかしを言ったつもりである。原因は完全に自分なのだが本人は毛ほども気付いていないようだ。
ナイスネイチャ
ヴィルシーナやウインバリアシオンなどと同じくアジテイターに憧れているファンの一人。テイオーに中々勝てなくて悔しい思いをしているところをアジテイターに相談、上手くいけばトレーニング付けて貰えればと思っていたらとんでもスキャンダル(嘘も混じってる)を暴露されてそれどころじゃなくなった。
アジテイターの思考がおよそ常人のそれではないことを知り、応援してくれるみんなのためにという原点へ走る動機を着地させている。"主人公"だと心の中で一番欲しがっていた言葉をくれたアジテイターに深く感謝しており、菊花賞の勝利は自分一人の力じゃないというつもりで話を広めているようだ。
シンボリルドルフ
アジテイターの嫁を自認する妖怪ライオン丸。本人は慎ましやかにしているつもりだが、その様子は獅子が大事な獲物を横取りされまいと威嚇する姿とそっくりである。学園では生徒会長としての建前を崩さないルドルフが家だとライオン丸と化すのでジェンティルドンナからは面白半分に弄られている。こっそり人目を盗んでコーヒー豆をアジテイターに手渡すマンハッタンカフェついても許していない。
しかしテイオーについては……?
トウカイテイオー
史実と同じく夢は夢のままで終わった。
メディアによる玉石混淆の報道も然ることながら、ナイスネイチャが菊花賞で圧勝する様子を現地で観戦していたためメンタルが大変なことになっている。
見るに見かねたシンボリルドルフの手により……?