今回はアジテイターのヒミツ無しです
(また……走れなくなっちゃった)
二度目の故障。
ボクは再び走れなくなった。
骨折じゃなく、腰の怪我。
それも筋肉がやられてるから、怪我の程度としては骨折よりもずっと重い。骨折は骨が治ればいいけど、筋肉はもう前みたいに動かせないかもしれない。
引退。
その二文字が脳裏にチラついて仕方なかった。
風がなんだかうるさいな。
(あ、ネイチャだ……)
二度目の故障だから前みたいに取り乱すことはなくて、ゆっくり学園で休養することになった。
でもやっぱりボクの脚はターフが恋しいみたい。特に目的がある訳じゃないのに、自然とターフの方へ向かってる。
(ネイチャは良いなぁ、ボクよりずっと丈夫で。こないだは金鯱賞勝ってたし……)
ターフにはトレーニングに励むネイチャの姿。ネイチャは怪我に悩むボクよりずっと堅実な結果を出し続けてきた。
G1とか、同期のボクを目標にするんじゃなくて、勝てそうなレースを選んでひたすらそれに出走する感じ。必ずしも勝ててる訳じゃないけど、怪我の程度を気にして長い休養期間がいるボクと違って出走回数は圧倒的に多かった。多分、獲得賞金もボクと同じか上回ってるくらいだと思う。
確かアジテイターはネイチャに走ってるウマ娘が一番偉い、怪我で走れないなんて本末転倒だ、みたいなことを言ったらしい。それになぞらえれば、綺麗なくらいボクとネイチャは対称的だった。
「……テイオー、何してんの? 休まなきゃいけないんじゃない?」
「ボクは散歩だよ。ずっと部屋にいると気が滅入るから」
「……そっか」
トレーニング終わりのネイチャが近付いて話しかけてくる。普段ならもっと会話が続くはずなんだけど、不思議とボクもネイチャもそんな気分じゃなかったみたい。
ただ恐る恐る、ネイチャが気にしてたことを聞いてきた。
「テイオーはさ、まだ、引退……しないよね?」
「どうだろ。まだ走りたいけど、でも正直厳しいかな。十分走ったといえるくらいには勝ったし」
「……なんでそんな風に言うの。一番辛いのはテイオーでしょ……!」
「菊花賞に出られなかった時よりは、マシだよ」
わなわなと、拳を握って震わせてる。意外だった。
ネイチャは結構ポーカーフェイスが得意な方だと思ってたから、こんな風に剥き出しの気持ちをぶつけてくるなんて思わなかった。
「私さ、テイオーに勝つつもりで菊花賞に勝ったけど、でもやっぱり納得してないんだ。私はまだテイオーに勝ててない」
「そうだね。ネイチャとは長い付き合いになったよ」
「このまま、勝ち逃げするつもりなの?」
「勝ち逃げ、かぁ……」
世間じゃボクとネイチャの関係を、会長とアジテイターの関係によく似てるなんて話がある。ネイチャがボクを追いかけてる訳じゃないけど、構図は似てるから。
「別に、ネイチャは必ずしもボクを追っかけてる訳じゃないでしょ?」
「でも、変わらないよ。あたしはずっと、テイオーに勝ちたいと思ってる」
「そっか……ボクもね、走り続けられるなら走って行くつもりだよ」
「テイオー……!」
「諦めるつもりはないけど、でも現実ってやっぱりそういうものだからさ。……リハビリは頑張るけど、ダメな時はダメってケリ付けなきゃ、けじめの一つも付けられない」
ネイチャは優しい。
きっと吠えたいくらいに言いたいことが山ほどあるはずなのに我慢してる。
握った拳から血が滴り落ちてることに気がつかないくらい。
「もし、ボクがダメになったらさ」
「もしだなんて言わないでよ……そんな話聞きたくない!」
「最後まで聞いて。ボクは前に復帰した時、三冠はダメだったから色んなレースで勝って会長を越えるウマ娘になるっていうのを目標にしたんだ。でも、それも難しくなった」
「何を────」
「
「……!?」
実際そうだと思う。
たまにいるんだけど、ウマ娘の中にはクラシックで実力が発揮できなくて、シニアになってから才能が開花するタイプがいるんだ。ネイチャはきっとそれ。ボクみたいに怪我に悩まず、多くのレースに出走出来てるその姿はボクが目指した目標に限りなく近い。
「ボクがダメになったら、代わりにネイチャに会長を越えてほしいんだ。ボクよりずっと可能性があるから」
「……分かった。でも、一つだけ約束して」
「約束?」
「絶対に復帰すること。最後にあたしとテイオーでケリ付けたいに決まってるでしょ」
涙をこらえてそう笑ってくれたネイチャに、ボクは報いなくちゃいけないな。
ああ、どうしてだか、風がうるさい。
二度目の故障から約半年、ボクはまだリハビリを続けてた。
やっぱりだけど思うように走れない。走ろうとすると、太ももから脚にかけてひきつった感覚が起こるんだ。それが邪魔して前みたいな走りができない。
トレーナーも一生懸命対策を考えてくれたけど、焼け石に水だった。マッサージやお灸、時には薬効成分がある温泉にも連れて行ってもらったけど、やっぱり上手く動かない。
ボクよりも、トレーナーの方がやつれてく様子にどうすればいいかボクも分からなくなってきた。
(ネイチャには悪いけど、やっぱりダメかもしれない)
マックイーンも復帰の目処が立ってない。マックイーンは屈腱炎も起こしてて、これは数あるウマ娘の故障の中でも選手生命に終わりを告げるとされる一番怖い故障だ。マックイーンの家は名門だし治療はそっちで行ってるそうだけど、マックイーンも厳しいと思う。
「今日はどうしよっか……」
宛てもなく彷徨う日々。ここしばらくはリハビリが中心でトレーニングはあんまりやってない。おかげで時間が余ってしょうがないんだ。
「アジテイターの部屋でゲームしようかな……あれ?」
急な着信音。
LANEを見れば、図ったようにアジテイターからの電話だった。
「もしもし? 珍しいね、アジテイターからかけてくるなんて」
『そりゃ俺からかける用事はこれまで無かったからな。今は用があるからかけてんの』
「ふーん、なになに? ボクがいなくなって、寂しくなったとか?」
『茶化してんじゃねぇよクソガキ。おまえ、今どこにいる?』
「どこって……カフェテリアを出た辺りだけど……」
『今すぐターフに来い。面白いもんを見せてやるよ』
そう言って一方的に電話を切るアジテイター。
今の話はアジテイターらしくない。言葉が少ないのはアジテイターあるあるだけど、それでも必要な情報は確実に伝えるのがアジテイターの話し方だ。どうして来てほしいかを言わないなんて、これはもう何か企んでるに違いない。
言われた通りターフへ行けばそこには体操着を着た会長と────
「えっ、アジテイター、なんで体操着……?」
「なんでって、これから走るからさ」
────同じように体操着を着たアジテイターの姿だった。
「え……アジテイターが、走る?」
「ふふふ、流石のテイオーでも驚くのは無理ないか」
そりゃ驚くよ。
だってアジテイターは、どんなにお願いされても引退したことを盾にこれまでずっと走る姿を見せてこなかったんだから。
「えっと……どういうつもりなの?」
「おいクソガキ。おまえまだ走るつもりなのか?」
「え、いや、まぁ、そのつもりだけど」
「やめとけ」
「え?」
「大人しく引退しとけって言ってんだバカ。おまえはもう、走れないんだよ」
仏頂面でそう告げるアジテイター。ふざけてなんかない。ボクに本気でやめろと言ってる。
でも、アジテイターにここまで言われる理由に心当たりなんてなかった。
「な、なんでそんなこと言うのさアジテイター。確かに今のボクは色々難しいかもしれないけど……でも、諦めたくないんだよ」
「人間、諦めが肝心な時もあるんだよ。おまえ今色々って言ったが、それ全部説明できるか?」
「そ、それは……」
アジテイターに言われて言葉が出ない。
ネイチャとの約束はあるけど、もう限界だっていうのは薄々分かってた。気付いたら走れる理由よりも、走らなくていい理由を探そうとするくらいにはレースの意欲を失っていたんだ。
「じゃ、じゃあ、アジテイターは何なのさ。会長と走る姿を見せて一体何のつもりなの?」
「おまえの憧れなんて所詮屁でもねぇよっての見せつけるだけさ」
「は……?」
「トウカイテイオー、俺が初めておまえのことをこいつから聞いた時、なんて哀れなガキがいるもんだと思ったぜ。こいつの三冠は、全部俺がお膳立てしてやったもんに過ぎねぇってのによ」
なに、それ。
つまり、アジテイターはクラシックを本気で走ってなかったってこと?
「いいかクソガキ。おまえが憧れてる奴の功績なんてのはな、全部が俺が弄り倒しただけの結果に過ぎねぇ。憧れなんて夢、今から覚まさせてやるから、大人しく脚大事に抱えとけ」
「……大口叩いているようで悪いが、私も負けるつもりは毛頭無いよ。こんな機会、二度も無いだろうからね」
アジテイターと会長の雰囲気がいつもと違う。
混乱するボクを置いて、二人はさっさとターフへ歩いていく。今からやるのはただの併走、のはずだけど、アジテイターも会長も併走じゃなく本当にレース場にいるような気迫を出してる。
「想定は府中2400左回り。分かるだろ、テイオーとそこのポンコツ皇帝が勝ったダービーとジャパンカップだ」
「テイオー、スタートの合図を頼む」
「う、うん」
言われるがままに手を挙げる。
位置に着いて。
よーい……
「スター……っ!?」
早い。
どれだけの集中力か、ボクが一番調子良かった時よりもずっと早い速度で二人が風を切った。
先行は勿論会長、後ろはアジテイター。
二人しかいないから実際のレース展開と比較するのは難しいけど、二人とも自分のペースをしっかり守っているように見える。
それはそれとして。
「アジテイターって……」
アジテイターが走っているところをちゃんと見るのは、これが初めてだと思う。
過去に見たことなかった訳じゃないけど、それは全部会長が勝ったレースを眺めてた時の話だ。アジテイターのことなんか昔は眼中になかった。
そんな今だからこそ言える。
「キレイ……」
どこまでも真っ直ぐな走り方だった。
口調や振る舞いで柄悪く見せようとするアジテイターだけど、それに反比例するような勢いでアジテイターのフォームは綺麗だ。
綺麗過ぎてなんの個性も感じられないくらい、まるで透き通った水のような走り方をアジテイターはしている。
(なんであんな走り方なの?)
アジテイターの綺麗な走り方に思考が奪われていたけど、冷静に考えたらおかしな話だ。普通ウマ娘の走りっていうのはそれぞれの個性が出る。それこそボクの柔らかい脚なら大胆なストライドが持ち味だし、パーマーならあの独特な上体を起こした姿で逃げたりする。
走るっていうのは、ウマ娘本来の魂だ。だからそれに、個性が現れないなんてのは凄く不自然なはずなんだ。
不自然なはずなのに、アジテイターのそれはどこまでも美しくて、ため息しか出なかった。
「……あっ、もう第3コーナー……!」
アジテイターの走りを観察し過ぎて、気付いたらラストスパートが目前。ここが府中なら、丁度ケヤキの向こう側を通過してる頃合いだ。
(ラストスパートだけど……まだアジテイターは脚を溜めてる……!)
アジテイターの末脚。
話が本当なら、アジテイターはジャパンカップの時しか本気で走っていないことになる。それをボクは思い出した。
あの鬼脚は、府中のような長いラストの直線でこそ輝くんだと。
「あ……!」
第4コーナー。
曲がってすぐは7バ身以上、下手すると10バ身は離れてたかもしれない。
けどアジテイターは。
「加速力が違い過ぎるっ……!?」
会長だってスパートしてる。なのに、会長の速さが全く感じられない。
会長が遅いんじゃない、アジテイターが速過ぎるだけなんだ。加速を始めてから最高速に到達するまでに、1秒もかかってない。
爆発するような勢いを見せたアジテイターは、そのままゴールまで400mほどのところで会長を抜き去った。
全く並ばなかった。
どこからどう見ても、会長────皇帝シンボリルドルフの敗北だった。
「……ふぅ。ま、ざっとこんなもんだろ」
「……」
まるで何でもないかのように振る舞うアジテイター。息を切らすようなこともない。会長もゆっくり息を吐いているけれど、その肩はわなわなと震えてる。
悔しいんだ。あの会長が、冷静に努めようとしているけど、耐えきれなくて屈辱に震えてる。だってそうだ、あのジャパンカップで見せた末脚より、今日見せた末脚の方がずっと速い。
会長の想定を、アジテイターはどこまでも上回ったんだ。
次元が違い過ぎる。
それが、ボクがアジテイターの走りに抱いた感想だった。
「……凄まじいな。君は、いつだって私の想像を越えてくる」
「おまえの想像力が足りないからじゃない? 確かに俺はジャパンカップでおまえに勝ったが、あれが
併走だとか、引退したとか、そんな言い訳は慰めにならない。
なぜならアジテイターのパフォーマンスは引退前と全く変わらないから。会長だってそれなりに仕上げているはずなのに。
才能の差────。
ネイチャが前にボクに勝てなくて悔しい思いをしてたっていうのは聞いてる。それはボクとネイチャの間に実力差があるからで、つまるところそれは才能もあるんだけど、アジテイターのそれはまさしく別次元だ。
これだけの才能を、アジテイターは会長を煽るためだけに使った。
「……んで、どうよテイオー。おまえの憧れはこんなもんだぜ?」
「……」
「……おい、驚くのは分かるがなんか返せよ。無言は困るんだが」
「す、ごかっ、た」
「あん?」
「すごかった。うん、凄かった。本当にスゴかった!」
「は? 急になんだ興奮して……」
だって、だって!
ボクの憧れを、アジテイターは簡単に越えた!
あっという間に、音すら置き去りするかのような勢いで!
「テイオー、分かったかな。私がどうしてアジテイターに執着するのか」
「うん、すっごく分かる! なんていうか、めちゃくちゃズルい!」
「ズル……!? おい、俺は真っ当に勝負してやっ……」
「違うよ! それだけ強いならもっと戦績が豊かでもいいのに! 日本どころか世界一のウマ娘になれるはずなのに! そんなことどうでもいいって思ってるのが一番ズルいんだ!」
「……あー」
ウマ娘みんなが欲して止まない強さ。それを持ってるのに、アジテイターはそれがなんでもないかのように思ってる。
こんなズルいウマ娘、
「うん、アジテイター。ボク決めた。ボクはまだ走る。何がなんでも脚を治して、絶対にレースに出る」
「……はぁ? いや、俺はおまえの憧れを叩き潰して……」
「
会長が諦めたように顔を振った。
そうだ。会長と今のボクは同じだ。こんな走り見せつけられて、走りたくないなんて思うはずないじゃないか……!
「テ……、いや"トウカイテイオー"。これで私と君はライバルだ。本気のアジテイターへの先着、誰にも譲ってなるものか」
「うん。その前に、会長だってボクが倒すから。会長に勝てなきゃアジテイターに勝つだなんて、夢のまた夢だよ」
会長から今まで感じたことがないプレッシャーを感じる。
たまにアジテイターが会長のことをライオン丸だなんて呼んでたけど、確かにこれは獅子だ。こいつは自分の獲物だぞと、鬣を逆立てて爪や牙を剥き出しに威嚇してる。そんなプレッシャーだ。
「盛り上がってるところ悪いが、俺はこれ以上走らねぇよ。そこのクソガキ分からせるつもりでしか……」
「別に君を本気で走らせるように仕向けるくらい造作も無いが」
「は? 走らねぇって……」
「ところでなんだが、お義父様とお義母様は壮健かな? 久しぶりに近況を語り合いたくてね」
「場外戦術はやめてください」
さっきまでの余裕綽々な態度はどこへやら、アジテイターはいつもの口調も忘れて全力で会長に媚び倒す。なるほど、アジテイターはパパとママに弱いんだね。覚えたよ。
気付いたら、あれほどうるさかった風の音が止んでいる。
いや、風なんて最初から吹いてなかった。心の中の雑音を、そうやって誤魔化してただけだ。
風は止んだし、合図も鳴った
さぁ、そろそろ本気で走りはじめなくちゃ
視界の端で、見覚えのある誰かがそう呟いた。
暮れの中山。
あれからたっぷり半年、脚を休ませた。
全部リハビリ中心で、トレーニングらしいトレーニングなんかしたこともない。
一年もレースを休んでいたのに、ボクのファンはみんな覚えていてくれて、おかげで中山に戻ってこれたんだ。ファンのみんなには感謝しかないよ。
発走前。
久しぶりにゲートを潜る。
スタート前のピリピリした雰囲気も久しぶりだ。ネイチャと話すこともなく、ただ本気で駆け抜けることを目標とする。
そう本気だ。
アジテイターの走りからボクは学んだんだ。如何にして、レースで全力を出さないか。どうすれば、本気のまま全力を出さずに走れるか。
その答えが、あの日のアジテイターにあった。
ゲートが開く。
そしてボクは
「あぁん?」
「おや……これは……」
《スタートしました! おおっとトウカイテイオーが出遅れている! トウカイテイオー、後方からのレースとなりました!》
「あのクソガキ、まさか
「そうみたいだ。完全には程遠いが、君の走りを模倣しているようだよ」
《トウカイテイオー、中々前に上がりません。中団やや手前といったところでしょうか》
《前につけないトウカイテイオーは初めてになりますね。もしかすると先ほどのスタートは出遅れではなく、作戦かもしれません》
「クソガキ……猿真似で使えるほど俺の走りは易かねぇぞ」
「だがあれで十分だ。他のウマ娘の動揺を誘うのに成功している。更に気配で後ろから追いたてているようだ。きっと彼女らは気が気じゃないだろう」
「それはおまえのやり方だろう。いっつも前からビンッビンに圧かけてきやがって。おまえと走ってると雑魚共がうるせぇんだよ」
「それで動揺する君じゃないだろうに」
《後方のトウカイテイオーを警戒したか? 第3コーナーを前に集団が大きく動き始めました! 先頭のメジロパーマーとビワハヤヒデの差は僅かに1バ身! 外の方からウイニングチケット、更にはライスシャワーも上がってきている!》
「ああ、完全に君の走りだ。あれだけ集団が上がっても、まだ前に出ない」
「別にどの位置からだろうが最後の直線で全員ぶち抜けば勝てるだろ。あいつができるかはまた別の話だが」
「やるさ、テイオーなら。あのウマ娘は────」
「────"絶対"だからね」
《さぁ第4コーナー、既にビワハヤヒデが先頭に立った! ビワハヤヒデが先頭に立った! 菊花賞レコードの実力を見せつける! このまま押し切るかビワハヤヒデっ……いや、いや!?》
《トウカイテイオーが来た!? トウカイテイオーが来た!!!》
《大外から一人突っ込んで来たのはトウカイテイオー、凄まじい速度で上がっていきます! ビワハヤヒデとトウカイテイオー、ダービーウマ娘の意地を見せるか!!!》
《トウカイテイオー、ビワハヤヒデに追い付き……並ばない並ばない! あっという間に躱した!》
《トウカイテイオーか! トウカイテイオーだ!》
《トウカイテイオー、奇跡の復活!!!》
《一年振りのレースをっ……! 制しましたトウカイテイオー! こんなことがあるんでしょうか……!》
「やーめた」
「あっ、こら……」
「なんだよ、このお涙頂戴と言わんばかりのレースは。俺はあいつを勝たせるために走った訳じゃねぇんだぞ」
「それでテレビを切る、と。……君を相手に直接的な表現はこれまで避けてきたが、今のは流石に幼稚が過ぎる照れ隠しだと私は思うよ」
「なっ……何が照れ隠しだって……」
「私よりテイオーを可愛がっていて今さらじゃないか。最後までテイオーのリハビリを遠目から見ていただろう? 更には彼女のトレーナーにまでこっそりアドバイスを……」
「ああ、いいから。そういうのいいから。……ったく、なんでおまえがそんなこと知ってんだよ。地獄耳か」
「生憎、君に対しては常にアンテナを張ってるつもりなんだ。例え天に駆け上がろうが、地の果てにまで行こうが私は君を追いかけ続けるよ」
「……そうかい。そいつはとんだ無駄足だな。なんせ俺は誰にも捕まらねぇ。いつまで経っても、俺が全力で走ることはねぇよ」
「そうか……やはり御両親に改めて挨拶するのが先か……?」
「そこで親引き合いに出すのやめてくれる??? なんの挨拶だよこんちくしょう……」
後のインタビューでボクにこんな質問があった。
────後方からのレースとなりましたが、あれは作戦だったのでしょうか。
ボクはこう言ってやったんだ。
「そうだよ! ボクの
「憧れの人……? すみません、記憶が確かならトウカイテイオーさんの憧れの人というのは……」
「うん、確かに前に目指してたのはかいちょ……じゃなかった。皇帝シンボリルドルフだけど、今はもう一人増えたんだ」
「そのもう一人というのは?」
「────アジテイター! ボクも皇帝も認める、最強無敵のウマ娘! あの人に勝つのが、ボクとシンボリルドルフの目標だよ!」
そしたらやっぱり、インタビューは大荒れでさ。
誰もが分かってないだろうから、ボクが言う。最強はアジテイターだ。
皇帝に一矢報いた善戦マン、なんて評価は覆してやる。何がなんでも、アジテイターを表舞台に引きずり出す。
まずはこうやって、外堀から埋めるのが会長のやり方だよね。
「テイオー、楽しかったか?」
車の中で、ふとトレーナーがそんなことを聞いてくる。
中山からの帰り、車を運転するトレーナーの横顔はやっぱり幼かった。
「楽しかったよ。久しぶりに勝てたんだもんね」
「そうか。それは良かった」
多分、話したいことは沢山あるんだと思う。でもボクを思ってあんまり言わないでいてくれてるんだ。ボクのトレーナーはそういう人だから。
「トレーナーはどうだった?」
「どうだったって……正直、気絶しそうだった。アジテイターの走りを真似する、なんて今でも信じられない作戦だよ」
「そっか。トレーナーでもそんなこと、思うんだね」
「トレーナーでもって……あのなぁ、俺はまだ養成学校卒業してすぐにテイオーを担当したんだぞ。新米ペーペーもいいとこだ。テイオーの才能を育て切れるかいつも不安だったんだぞ」
「ふーん」
「ふーんっておま……まぁいいか」
何となく気になってたことを聞いてみた。
「トレーナー、変な質問だけど、風ってどう思う?」
「風? それは何か別の意味があるのか?」
「いいからいいから。イメージで答えてみてよ」
「風かぁ……あまり好きなイメージは無いな。陸上やってたってのは前に話したろ? 俺が走るといつも向かい風でさ、それで他の奴等より遅く感じることがあったんだ。スポーツなんて結局自分との勝負だけど、何か嫌なことがあったら大抵は難癖付けて風のせいにしてたよ」
「向かい風かぁ……あんまり意識したことないかも」
「そりゃヒトとウマ娘じゃウマ娘の方が早いんだから意識しないさ」
「でも、トレーナーは走り続けたんでしょ?」
「いや、ダメだった。俺は続けられなかったんだ」
「なんでさ? 結構有望な選手だったんでしょ?」
「……ダメだったんだ。いくら有望でも、周りがダメなら腐るしかなかったんだよ」
トレーナーは、これ以上話したくなさそうだった。
トレーナーが言う周りがどんな意味かは分からない。
これ以上聞くのは野暮なんだろう。
でも聞けて良かった。
気付いたんだ。窓に映るトレーナーの顔がいつもよりずっと童顔に見えたこと。
その顔が────いつかに見た、視界の端で呟く誰かとそっくりだったから。
あれはきっと幻。意味なんて無くて、ボクが勝手に垣間見た蜃気楼みたいなものだろう。
それでも────赤毛の彼は今日もどこかで走ってる。
キャラ紹介
アジテイター
企みが裏目に出たいつものクソボケ。トウカイテイオーの目の前でシンボリルドルフに勝つことで彼女を諦めさせる魂胆だった。なおその動機は無理に走らせるのは最悪レース中に命を落とすからという極めて真っ当な理由。誰にもそんな動機は言わないが例の如くシンボリルドルフには悟られていた。
トウカイテイオーが勝利者インタビューでアジテイターの実力を暴露したため無用な注目が集まり焦っている。火消しに奔走しているが、噂話は全く絶えないようだ。
トウカイテイオー
見事奇跡の復活を遂げた新生トウカイテイオー。これまでのような先行型ではなくアジテイターのような後方のレース展開でじっくりレースを作りあげる強者となった。走りはアジテイター、プレッシャーはシンボリルドルフ譲りと双方の良いとこ取りをしている。
シンボリルドルフに続くアジテイター執着ウマ娘と化した。シンボリルドルフがアジテイターの実家を攻める中、トウカイテイオーは世間からの外堀を埋めようと画策している。とりあえず、アジテイターについてあることないこと(大体は事実)を喋るつもりでメディア出演にも躍起になっているようだ。
シンボリルドルフ。
自認も他認もアジテイターの嫁。トウカイテイオーとの疑似家族をしばらく楽しんでいた。
久しぶりにアジテイターが自分と走ってくれるとうっきうきでターフに駆けつけたがその理由がトウカイテイオーだと知りらしくもなくトウカイテイオーへ嫉妬していた。嫉妬をバネに併走で奮起するがこれも予想を越えたアジテイターに完敗する。気付いたらトウカイテイオーがアジテイターガチ勢にジョブチェンジしていたため虚勢を張ってトウカイテイオーを認めるしかなかった。
アジテイターに再び負けたのを期に古巣のリギルに戻ってトレーニングに日々を費やしている。時折チームの後輩達と併走を行うが一切手加減しないためトレーニングにならないとおハナさんによく怒られているようだ。