PSYCHO-PASS ANOTHER INSPECTOR 作:Natural Wave
He who covers a transgression seeks love, But he who repeats a matter separates friends.
箴言 17章9節
愛を追い求める者は人の過ちを赦す。人の事を言いふらす者は友を離れさせる。
※今回は肉体の損壊描写があります。残酷な表現になりますのでそれらの表現が苦手な方は作中の★マークから次の★マークまで飛ばしていただければ幸いです。
「眠れていないのか、常守監視官。何度か危ない場面があったぞ」
狡噛さんが私の顔を横目で一瞥した後、そう言いながら煙草に火を点けた。今日は八王子でのドローン工場で起きたドローンの暴走による死亡事故での捜査だった。真相としては、ドローンの安全装置を特殊なプログラムを用いて強制的に解除した後の意図的な操作によって引き起こされた連続殺人。解決にまでにレーザーで体を切断されかけたり轢かれかけたりと、狡噛さんのサポートがなければ大怪我では済まなかった場面が何度かあった。
「すいません。少し考え事が」
"私、人を殺したことがあるんです"
そう言った智水監視官の顔がリフレインする。どうもあの後から仕事に集中出来ないでいる。前職は国防軍の軍人だったらしい。どういった部隊に所属していたかまでは分かっていないが、"任務"で"人を殺した"ということなのだろうか。
「智水監視官か?」
私の脳内を見透かしたかのように狡噛執行官が彼の名前を出した。驚いたように狡噛執行官を見上げると狡噛執行官は煙草の煙を吐き出した。
「縢から初日のあと二人で出かけたと聞いてな。そこから様子が変だとも。まぁ縢は変な予想をしてるみたいだが」
「…そういった浮ついたものではありません。ですが個人のプライバシーに関わることなのでお話しできることでもないのかと」
私がそういうと狡噛さんは"なるほどな"と言って煙草をもみ消した。
「だがその話せないことで死にかけてちゃ世話ないぞ監視官」
「それは、分かってますけど…」
「俺は嫌いじゃねぇぜあの監視官。鉄火場の経験があるみたいだし、佇まいを見ればわかる。――ありゃ別格に優秀だ」
狡噛さんはそう言って護送車へと乗り込んでいった。閉まっていくテールゲートを背に自分も公安局の車へと乗り込んだ。
翌日、住人が失踪したというマンションへと向かう道すがら、私は智水監視官の運転する車で現場へと向かっていた。
「何かお話ししたいことがあるのでは?」
車に乗り込んでから数分、お互いに無言であったが智水監視官は窓を少し開けてから煙草に火を点けると、察していたというような様子で運転を自動運転に切り替えて足を組んだ。
「先日の件です」
「あぁ、私が人を殺したというものですね」
私の視線を受けて智水監視官は一度煙を窓の外へと吐き出した。私の無言を肯定と受け取ったのであろう智水監視官は一度うなずいた。
「シビュラシステムというものが出来てから、日本人の生き方というものは大きく変わりました」
窓の外を眺めながら、智水監視官が呟くように話し出す。
「シビュラシステムの判定に不利になるようなストレスから遠ざかるように、職業の選択という自由は失われた。個人の精神状態を大きく左右する職業は駆逐されたといってもいい。屠畜にかかわる畜産農家、生き物を殺す猟師なんかがわかりやすいですね。でも、中にはいくら精神状態が悪化するようなものであろうとも無くせない職業というものがあります。――わかりますか?」
「治安維持に関わる刑事や……"軍人"ですか」
"その通り"と智水監視官は頷いて灰を灰皿に落とす。
「公安局の監視官は、苦肉の策として執行官という存在を用いて潜在犯を罰していきます。そうすることで自身のPSYCHO-PASSを維持している。でも――軍人はそうはいかない。任務の特性上、自身の手を汚し続ける必要がある。必然的に軍人は潜在犯になる可能性が高い。いくら適性があろうともです」
「誰かに任せる、ということはできませんからね」
「そうです。そして私のいた部隊は他所の国が日本に侵攻する可能性が薄い今、この日本において最も前線に出ることが多い部隊でした。海外に出向いて拉致された邦人の救助や重要な物資の護衛の任務が主でした。銃撃戦なんてものは飽きるほど経験しましたし当然多くの同僚を死なせて、敵を殺しました」
淡々と、自身の経験を吐露していく智水監視官。その目は、道の先ではなくどこか遠くを見ているようだ。
「では、智水監視官の言った殺しというのは"任務を遂行するのにあたって必要なもの"であったと」
「間違いなく」
「ではなぜ私にそう話したのですか?"任務"である以上それが裁かれることはないはずです。それにPSYCHO-PASSにも異常がないのであれば――」
――ふと、言葉が止まった。なぜ智水監視官は私にこの話をしたのだろうか。そう考え始めた時、車がナビゲーションに登録されたマンションの手前で停止した。
「着きました。考え事はここまで。目先の仕事に集中しましょう」
そう言って智水監視官は煙草を灰皿に押し付けてもみ消すと、車を降りてしまった。
「失踪したのは
通報を受けたマンションの一室に入ると、部屋の中は特筆するような異常は見受けられなかった。宜野座監視官や縢君、狡噛さんは周囲を見回しており、智水監視官はキッチンに入って冷蔵庫や戸棚などを開けている。
「無職って、今時いるんですかそんな人?」
「葉山はアフィリエイトサービスで多額の広告収入を受け取っていた。生活に困っては無いだろう」
「では、長期の旅行という点は?」
「出たら街頭スキャナに記録が残る。スキャナに記録を残さず遠出をするのは無理だろう。それに口座からの引き落としも二か月前が最後。旅行するのなら金は必要だ」
そこまでを聞いて狡噛さんが息を吐き、縢君が苦笑した。
「葉山はもう死んでるな」
「ですかねぇ」
「――結論が早いぞ」
宜野座監視官が二人に注意をすると、狡噛さんは内装ホログラムの制御端末を操作してホログラムを展開した。するとホログラムのソファーと実際にあるソファーの位置がずれており、狡噛さんと縢君がソファーをどかしてフローリングに敷かれていたマットを剥がすとフローリングに何かを打ち付けたような傷が付いていた。
「こいつを隠したかったんだろうな。そこの床の隅にはガムテの跡もある。これはこの部屋から葉山公彦を消した手品の種だろうな。まずは絞殺か毒殺でも何でもいいが、出血を伴わない方法で葉山を殺し、そのあとビニールシートを敷いて遺体を細切れに分解。トイレや排水溝から流して捨てたんだ。トイレの故障もそれが関係してるんだろう。調べてみれば血液反応が見つかるだろう。床の傷は殺す際に抵抗されたかな。その時に着いたんだ」
壁に身を預けながら狡噛さんは一つ一つ謎を解き明かしていく。確かにそれが事実ならこの部屋の住人はこの部屋を出ることなく姿を消せるだろう。
「とっつぁんならこの程度部屋に入った段階で嗅ぎ取ってたぜ。まぁ――とっつぁんだけじゃなかったみたいだが」
そういって狡噛さんは智水監視官へと視線を向けた。智水監視官はキッチンから出てくると端末を操作しながら部屋のソファに腰を下ろす。
「空気の入れ替えがされてない部屋特有の空気の淀み具合は入った時に気づいた。このマンションに入る前に街頭スキャナがあることも確認してたから出かけた線も薄い。なら消されてるというのは察しが付く」
『もしもーし。こちら分析官の女神、
「唐之杜分析官、聞きたいことがある」
『いいわよ?何が聞きたいの?』
「今から言う事が公安の権限で可能かどうかだ。大手の通販サイトの購入者情報や配送情報が知りたい」
「通販サイト?いったいそれになんの関係が――」
「まぁ待てギノ」
二人の会話を遮るように言った宜野座監視官の前に狡噛さんが立った。
『天下の公安よ?国家機密レベルならともかく一通販サイトの情報なんてちょちょいのちょいよ』
「では通話を繋げたままで。二人ともちょっと家具をどかすのを手伝ってほしい」
そういうと狡噛さんも縢君も息を合わせて椅子やソファテーブルをどかしていく。すると部屋の中央に広めのスペースが空いた。
「葉山の身長は……縢執行官、ここに寝てくれ」
「イエッサー」
よくわからないといった様子ではあるが、素直に床に寝転んだ縢君を見下ろしながら智水監視官はしゃがみ込む。
「狡噛執行官の言ったとおりに犯人は葉山を殺した後、ビニールシートを展開して葉山をこの辺りに寝かせた。葉山の身長は縢執行官より少し大きいくらい。体格は太めといったところか。さて、では今から犯人の思考を
そう言いながら縢君を見下ろす智水監視官。智水監視官は縢君の衣服に手を掛けると一つボタンを外した。
「え、ちょ」
「まず犯人は殺した葉山の衣服を脱がせる。だが死んだ人間、意識のない人間の服を脱がせるのは容易ではない。脱がすことから裁断する方法へとシフトした――"ハサミを使う"だろう。どこかにハサミは?」
傍にあった日用品の入っていそうな机の引き出しをいくつか引き出すと、ハサミや爪切りなどが出てくる。考えていたとおりなのか、ハサミには布を切ったような糸くずが根元に挟まっている。
「あ、ありました!」
「繊維が付いていると思います。鑑識に――では続きを。服を裁断し袋に詰めた犯人は全裸にした葉山を見下ろして、いよいよ解体に入ったはずだ」
そこまで言って、ついに宜野座監視官が智水監視官の肩を掴んだ。
「待て。自分が何をしているのかわかっているのか?」
「ちょ、ギノさん?」
「おいギノ。これは立派な「執行官風情が口を挟むな!!」」
再び宜野座監視官を止めようとした狡噛さんを睨みつけながら宜野座監視官は声を荒げた。
「……智水監視官。君は今犯罪者の思考をトレースしているんだぞ。そのトレースが精巧であればあるほど君は犯罪者と同一の存在となる。それはつまりPSYCHO-PASSの悪化を招く。潜在犯になりたいのか?」
確かに宜野座監視官の言う通りではあるしそれが正しいのだろう。でもそういった宜野座監視官の心配を他所に智水監視官は宜野座監視官の腕を抑えた。
「大丈夫です。この程度であれば心配いりません。もし心配ならば、私にスキャンをかけ続けてください。――続けます」
「――君は!」
「宜野座監視官、智水監視官なら大丈夫です」
おそらく、この程度の事で智水監視官は揺るがないのだろう。それこそ軍人として多くの戦場を渡り歩いた智水監視官はこれ以上に残酷な世界に揉まれてきたはずだ。なら、大丈夫なはず。
「何を根拠に――!」
「宜野座監視官。心配をしてくださりありがとうございます。しかし私の考えが正しいなら、この犯人はいち早く逮捕する必要があります。衝動的な殺人ではない計画的な殺人です。ここで追い詰めないと、後々新たな被害者が出かねない」
智水監視官の言葉を受け、宜野座監視官の瞳が揺らぐ。そして決心がついたのだろう、渋々、といった具合で一歩下がった宜野座監視官は手首の端末を操作しながらスキャナを智水監視官へと向けた。
「もし…PSYCHO-PASSの悪化が見られたら、止めるぞ」
★
智水監視官は一度こちらに微笑むと、再び縢君を見下ろした。何もない空中床に手をやり、何かを掴んだような仕草で縢君の太ももに当てる。
「まずすることは遺体の四肢を落とす。だがキッチンには包丁が一本だけ。包丁一本で動物の解体を行える人間なんてほとんどいない。関節を外して、腱を断つ必要があるからな。素人には難しい。――"ノコギリ"が必要だ。ノコギリで骨ごと切断した」
縢君の太ももの付け根でイメージしたノコギリを引く智水監視官。
「心臓は止まっているが、血は溢れてくる――"タオル"だな。洗面所なんかにタオルはありますか?」
智水監視官が確認すると狡噛さんは洗面所の扉を開けてタオルが入っているであろう引き出しやボックスを開ける。
「全くないな。洗面所にかかっている手拭き用のミニタオルくらいだ。バスタオルの類はどこにも無い」
「タオルも使用して処分したな。"タオルを取って血を吸わせた"。――四肢を落とした犯人は、続けて葉山の首を落とす。首は手足に比べたら落としやすいな。たいした労力ではない。これで四肢と首を落とした――縢執行官、もう大丈夫。立ってもらっていい。……胴と四肢、首を見た犯人はサイズが大きく目立つ脚を細かくすることにする。ノコギリで落とした足を再び切断……二等分、三等分くらいか。それだけ短くして足を終えた。腕は各関節で切断したな」
ジッと何もない床を見詰めなが手を動かす智水監視官。彼の脳内で創り出された葉山は今はもうバラバラになっているだろう。そこまでを想像してしまい思わず胸のあたりがムカムカしてあるはずもない遺体から目を逸らしてしまう。
「手足をある程度小さくして、犯人は葉山の胴を見た。包丁を葉山の腹に突き立てて、腹部を引き裂く。――脂肪の層、筋肉、腹膜を切り裂いて内臓がこぼれてくる」
「これ、俺聞いてなきゃダメ?」
同じ気分になったのだろう、縢君が顔をしかめながら智水監視官に問うと智水監視官は縢君を見ることなく玄関を指差した。
「気分が悪くなったら外で吐いてくれ。トイレは証拠が出るので絶対に吐かないように。――とりあえず手に取った内臓を引き出して包丁で切る。大腸、小腸を切断――血や便の臭いが充満した。"耐え切れずに換気をする"。宜野座監視官、このマンションで異臭騒ぎなんかはありましたか?」
「管理人に聞く。縢、聞いてきてくれ」
「ラッキー。……ご飯食べらんなくなっちゃうよ」
縢君が部屋を出ていくのを見送って、智水監視官が地面を見つめなおした。
「切った内臓は…"ミキサー"を使って細かくした。キッチンにあるミキサーをこの位置まで持ってきた。コードは…届くな」
立ち上がった智水監視官はキッチンにあるミキサーを取ってきて床に置くとコードを伸ばして電源を繋げた。思わず、のど元に吐き気がせり上がってしまう。
「うっ…」
「キツかったら外の空気を吸ってこい常守監視官。俺達が見届ける」
狡噛執行官が気遣って玄関を示す。しかし、これを見届けないと監視官として立つ瀬がない。なんとか耐えて智水監視官を見る。
「いえ、大丈夫です」
「切り出せる内臓はあらかた出してミキサーにかけていく――"バケツ"…いや、"風呂桶"だな。風呂桶に溜めた肉片をトイレに流していく」
立ち上がった智水監視官が風呂場に入り、風呂桶を一つ持ってくる。それを改めて床面に置くと、床面にしゃがんで再び手を動かし始めた。
「腹部の皮膚や脂肪を切り出していき、同様にミキサーに入れる。このあたりになると慣れてくるか。腹部の肉を切り出し終わって、次は手足の肉――太ももだな。太ももの肉を切り出して、ふくらはぎの肉を切り出す。あらかた大きな肉を削いだら骨と肉を別ける作業だ。手足の肉をある程度包丁を使って削いでいき、胴体のあばらを見て――困ったはずだ。"どう切り出すか"。とはいえとりあえず作業を進めて、腰回りとあばらから上を背骨を切断して離した後キッチンを見た」
"――煮るか"
「――っすいません!!」
あまりにもそれとない、まるで良いアイデアでも思いついたかのようなその呟きについのど元に胃の内容物がせり上がってくる。そのせり上がってきた吐き気を抑えるように、外に飛び出し葉山の部屋の前の雨どいの前で抑えていた吐き気が限界を迎えた。
「うっ、げほっ…えほっ…っぅ…!!」
すると、背中を誰かが優しく擦ってきて、視界の端にミネラルウォーターのボトルが置かれた。見上げると、縢君が手に持っていたボトルの水で私の吐いた吐しゃ物を排水溝に流していた。
★
「だいじょーぶ?」
「あ、ありがとう」
少しだけ吐き気が収まってきたところで様子を見に来てくれたのだろう、玄関から出てきた宜野座監視官がこちらを見て息を吐く。
「無理をするな。あんなもの新人の君が耐えられるものではない。俺でもキツい。それに言っておくが"アレ"が出来る彼と自分を比較しようなんて思うなよ。彼の前歴は俺も粗方調べ上げている。修羅場をくぐってきた数が違う。立場上先輩面をしているが、経験という物差しで測るのならあれに並べるのは局長や征陸執行官くらいだ」
「そーそー、たぶんコウちゃんも智水監視官を見てビックリしてるはずだよ。"外にはこんな奴がいたのか"ってね。あー、しばらく肉食えねぇーなー」
苦笑いをしながら縢君は傍に腰を下ろした。
「あんだけ優秀なら軍人クビならなかったでしょ。なーんで公安来たんだろ」
「さぁな。俺も
「え?てことは智水監視官ってスカウトで入ってんの?そんなのアリ?」
「俺に聞くな」
二人がそこまで話したところで、ガチャリ、と狡噛さんが葉山の部屋から顔を出した。
「終わったぞ。今はもう葉山の端末からいろいろ探ってる」
外に出ていた三人で中に入ると智水監視官は唐之杜分析官と話しているようだった。
『ねぇ、さっきの終わってから私に電話してくれればよかったじゃない。食欲失せちゃったわよ』
「いちいちその物品の購入情報を調べてほしい理由を伝えるのが面倒だったんだ。それで、どうだった」
『今検索中。一体このネット通販をどれだけの人間が利用してると思ってるのよ?焦んないの。そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうわよ?』
話しながら智水監視官は葉山の端末を操作していた。そして、その端末には彼がネットで用いていたアバターが表示されている。
「あれ…タリスマン…?」
そのアバターは、今朝私がネットで会話したタリスマンそのものだった。その疑問を聞き取った智水監視官がこちらを見る。
「ご存じですか?」
「はい、というか…その…今朝このアバターと会話しました。でも、それなら葉山は生きてる…?」
「それは無いでしょう。どう見ます?」
宜野座監視官が端末に葉山の口座情報を表示して映し出す。
「一番高い可能性は成り済ましだろうな。AIを用いた可能性もあるが。そしてアフィリエイトの報酬の振込口座が変更された様子もないことから金銭が目的じゃないな。では動機は何だ?人気者になりたかった?」
「…そこは調べるしかない。志恩、このアバターでログインした端末の情報は?」
あれよあれよと矢継ぎ早に会話が進んでいき、狡噛さんが端末に問いかけると唐之杜分析官が煙草に火を点けたのか"カチッ"という音が聞こえてきた。
『ちょっとちょっと、頼み事は一つにして。どっちを優先すればいいのよ?』
「私の方は後回しで結構。先にタリスマンを」
『あなたがそれでいいならいいけどね。ちょっと時間かかるわよ』
その言葉を聞いて宜野座監視官が手を叩く。
「じゃぁあとは鑑識ドローンに任せて撤収するぞ」
中にいた人間が出て行くのと入れ替わるように部屋に鑑識ドローンが入っていく。改めて部屋の中を玄関から覗くと血だらけのビニールシートが引かれた床が視えて、咽返るような血の臭いがした気がした。
公安局に戻った後、全員が唐之杜分析官の操作するモニターの前に立ちモニターに映った画面を眺めていた。
「因みにいうと、鑑識ドローンで調べた結果、トイレや風呂場の排水溝は勿論、キッチンに置いてあったミキサーやフードプロセッサーに寸胴鍋からも血液反応が出たわよ。智水監視官のトレースはほぼ間違いないみたい」
「管理人からも異臭や騒音で苦情が出てたっぽい」
唐之杜分析官と縢君の言葉を聞いて智水監視官が一度頷くのを見て改めて唐之杜分析官がモニターに情報を出す。
「で、件の葉山が使ってたアバター。これに関しては色んなサーバーを経由してから葉山のコミュフィールドにログインしてるみたい。正直この情報からログイン端末のIPを追っても無駄足になりそう」
「……タリスマンの方面から追うのは難しいですかね?そういえば智水監視官のおっしゃっていた"頼み事"はどうなったんですか?」
私がそう聞くと、思い出したかのように唐之杜分析官がキーボードを叩く。
「智水監視官のお願いってのは、二か月前ミキサーやフードプロセッサーに寸胴鍋なんかを買っておきながら食材やらは何も買ってない注文がないか調べてくれってものだったんだけどね。それがなんとヒットしました。配送先は葉山の部屋の前に置いておくように指示されてたみたいだし、智水監視官の予想通り支払いも足の着かないプリペイドタイプのカードだったわ。――でも、少し気になるものがあったの」
「というと?」
智水監視官が問うと、少しだけ自慢げに唐之杜分析官がモニターに別のウィンドウを出して煙草に火を点けた。
「実は
それを見た智水監視官の目が細まる。
「……買った人間の情報は?」
唐之杜分析官がキーボードを操作してウィンドウを一つ展開すると、人物のプロフィールと思わしきものが画面に表示された。
「
何かを思案するようにソファに座り込んだ智水監視官。智水監視官は一度目をつぶって天井を仰いだ後、呟く。
「……唐之杜分析官、ファインプレーだ」
「え?そう?」
「あぁ、今度良いワインを贈る。宜野座監視官、犯人はほぼこの男で間違いないでしょう。それに――もっと大切なことがわかった」
「大切なこと?なんですか?」
ガッツポーズをする唐之杜分析官を他所に画面にピックアップされた男を犯人だと言った智水監視官が問いかけた私を見て頷く。
「この事件の犯人、複数犯だ」
「何?複数犯だと?」
宜野座監視官が智水監視官を見ると、智水監視官は立ち上がってモニターに映った購入情報を指さした。
「えぇ、一週間前のこの購入です。この購入、これは御堂のミスだ。そして
「……聞かせてくれ」
唐突に、狡噛さんが智水監視官に問いかける。しかし、その顔はいつものような飄々としたものではなくどこか暗いものを感じさせた。それを見て智水監視官も何かを感じ取ったのか煙草を一本ケースから取り出した。
「それを話すにはまず俺があの部屋で観たものをどう要素にして推理したか、そしてなぜ今この推理に至ったか話す必要がある」
煙草に火を点けた智水監視官は何も言わずにケースを差し出すと、狡嚙執行官は煙草を一本手に取って火を点けた。
「まずあの部屋に入って葉山が死んでいることは察した。男の一人暮らしにしては荒れた様子がなかったし、
「だから購入情報を?」
狡噛さんがそう問うと、智水監視官がうなずく。
「そうだ。解体方法はそれらを用いて見せた通りのものだろう。それを唐之杜分析官にも聞いてもらい、購入情報を調べてもらった。プリペイドタイプのカードを使って買うところまでは予想したがその購入をした端末を追って特定可能だと考えていた。でも、今聞いた御堂の一週間前の購入で話が変わった」
智水監視官は顎をしゃくってモニターに映ったタリスマンの画像を示した。
「タリスマン。理由は知らんが犯人、おそらく御堂がタリスマンに成り済ましている。そしてその成り済ましている御堂の端末は複数のサーバーを経由しているため追えない。そうだろう唐之杜分析官?」
「え、えぇ。そうだけど」
「となると、御堂が単独犯の場合。人を殺してその死体を解体して処理する程度の度胸はあり、複数サーバーを用いてIPアドレスなんかを偽装する程度の知能もある。――だというのに寸胴鍋やフードプロセッサーを現場に残しながらその購入情報をも残す人間だってことになる」
「矛盾するな」
狡噛さんの言う通り、確かにサーバーを複数経由してまで痕跡を残すまいとする犯人が購入情報や死体の処理に用いた道具を残すとは考えられない。
「そこで複数犯だという要素を加えるとどうなる?」
智水監視官が問うと、今度は狡噛さんが目をつむり煙を細く吐き出した。
「御堂は――実行犯だ。殺しと解体の度胸はあるしその手段も考え着くだけの脳はある。だがそれらを完璧に隠蔽する方法には疎く、
智水監視官もまた狡噛執行官の推理を目を閉じながら聞いている。二人の閉じた目の裏ではいるかどうかもわからないもう一人の犯人の姿を描きだそうとしているかのようだった。
「では、ソイツのメリットは何だ」
「――"無い"。強いて言うのならば人間が犯罪を犯している所を観ることだ」
「とすると今の日本では対極的な思想を持つ思想犯だ。シビュラシステムに行動を左右される人々に対して、自身の意思決定で行動を起こさせている。相当に高いIQを持っているな。御堂とは比べ物にならないだろう」
「御堂には"ありがたいお仲間"に見えているかもしれないがソイツにとって御堂はただの駒でしかない。――いや、だからこそか。御堂が購入情報を残しているのを知っていて、それでもなおストップをかけずに犯罪を犯すことを止めなかった。もし調理器具の購入を取り繕わせるのなら、同時に食品を購入しておくことも思いついていたし、御堂を助けるのであれば間を置かせたはずだ。だがソイツはそうしなかった。犯罪は犯させるが、実行犯のその後の生き死にに執着は無い。これだけの条件が揃ってしまえば公安は時を置かずに御堂に辿り着く。そうすればこれだけのことをした御堂は即座にドミネーターで殺されるだろう」
狡噛執行官の細められた目が智水監視官に向けられた。
「そしてソイツは……」
"
「「「……」」」
智水監視官と狡噛執行官の二人を除く全員が息を呑んだ。いるかどうかさえ分からないもう一人の犯人がいつの間にか、存在している者としてどこかから二人を視ているように見えたのだ。そして智水監視官は先ほどソファに座ったあの時に、そのもう一人の犯人に辿り着いていた。
「"私が"というわけではない。恐らくソイツの脳内では"君が辿り着くこと"――になってるだろう。狡嚙執行官、君は私が複数犯の可能性を示唆した時に
智水監視官の言葉に狡噛さんがほんの少しだけ目を瞬かせた。そして小さく笑うと、自身の胸ポケットを探る。
「……"前例がある"」
自身の煙草を取り出して、そのパッケージを眺める狡噛さんの肩を宜野座監視官が掴んだ。
「狡噛」
「智水監視官、後で
しかし、狡嚙執行官はそれを意に介さず智水監視官を見据えていた。
「狡噛!――監視官命令だ。ついてこい」
ガッと宜野座監視官が狡噛さんの胸倉を掴んで智水監視官から視線を逸らさせると、やっと狡噛さんが宜野座監視官を見た。お互いに数秒の無言を貫いた後、諦めたかのようにため息を吐いた狡噛さんは宜野座監視官と共に部屋を出て行った。そしてその二人の背中を見送った後、少しして智水監視官が煙草を再び取り出して火を点けた。
「唐之杜分析官、事件の資料ファイルを。恐らくそれは未解決の事件であり狡嚙執行官が深く関わっているもののはずだ」
智水監視官の言葉に唐之杜分析官は驚いたように智水監視官を見た。
「なるほどねぇ。でもちょっと刺激が強いかも」
「それは私に言っているのか?」
「なわけないでしょ。朱ちゃんによ」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
私がそういうと、唐之杜分析官がキーボードを叩く。少ししてモニターに出された複数の資料。様々な現場の写真や凄惨な遺体の写真の数々。その数は容易く今の事件の資料を覆いつくした。
「"標本事件"。私たちの中ではこう呼ばれてる。朱ちゃん、プラスティネーションって知ってる?」
「えっと、生体標本の作製方法ですか?」
「そう、特殊な樹脂を浸透させて標本にする技術なんだけど、それを活用した猟奇殺人でね、犯人はバラバラにした遺体をプラスティネーションで標本にして街の中に飾り付けたのよ。ホログラム・イルミネーションの裏側にね。おかげでこの事件が明るみに出た時にはエリアストレスが4レベルも跳ね上がったのよ。自分が視てたイルミネーションの裏側にバラバラ死体が飾り付けられてたってんだから無理もないけど」
"報道管制まで敷かれたのよ"とため息を付きながらモニターを横目で見やる唐之杜分析官。その様子から見て当時の公安局は相当てんやわんやだったのだろう。横目で智水監視官を見ると、智水監視官は資料を見詰めながら煙草の煙を燻らせている。
「プラスティネーションってのは本来遺体の水分や脂肪分を抜けきらせてから樹脂をしみこませる工程を経るんだけど、どっかの天才が水分子と反応して硬化する薬剤を創り出してね。これがあれば数日間遺体を漬け込めば人体をプラスチックにしちゃえるのよ。なもんだから私たちは犯人を化学・薬学の専門家に絞り込んだんだけど、その途中で当時監視官だった慎也クンの部下の佐々山クンがこの事件の被害者になったの」
「え、っと、狡噛さんって監視官だったんですか?」
「そ。聞いてなかった?」
「は、はい……」
資料を見ていて初めて知った事実に驚きを隠せなかったが、智水監視官は特に気にする様子もなく、煙草を灰皿でもみ消した。
「大体理解した。狡嚙執行官はこの事件でPSYCHO-PASSが悪化して執行官に降格。だが今もなお未解決なこの事件と当時の部下を殺した犯人を追ってる。そして資料を見たところ限りなく黒に近いグレーなこの
「みたいね。あの二人があんな風になるのこの事件のことくらいだもの。で?どうなの?」
「可能性としては十分に考えられる。見たところこの藤間は教師だが化学系の理系科目は教えてない為科学の素養は無い。そういう意味では化学系統の職に就いている人間との繋がりは薄いだろう。協力者か薬剤の購入窓口がいるっていうのは間違いない。ただまぁ藤間を追うにも、九割五分くらいで死んでるだろうからな。そういった意味では手詰まりだった筈だ」
「なんで死んでると思ったのさ?――てか、さっきから会話のIQ高くて頭痛くなってきたんだけど」
縢君が顔をしかめながら智水監視官に問うと、智水監視官は一度息を吐いた。
「むしろ死んでるからこそ、この協力者が今回の事件にも関わっていると狡噛執行官は考え至ったんだろう。この協力者が今回の"もう一人の犯人"だとしたら、藤間もまた切り捨てられる尻尾でしかない。今回とは違い公安ではなく内輪で処理されたんだろう」
「じゃぁ、今回の事件を追えばこの協力者も逮捕できる可能性があると」
「狡噛執行官が言っていた通り、この協力者は御堂が公安に執行されることをすでに悟っている。自身に繋がる情報は残さない形で接触しているはずだ」
「じゃぁ、また振り出しかよー」
気だるそうに縢君がソファにどっかりと座り込むが、智水監視官はモニターから視線をそらさずに呟いた。
「いいや、まだ手はある――御堂を逮捕するんだ」
「はぁ?でも御堂はドミネーターで執行されるんでしょ?絶対死ぬじゃん」
「ドミネーターを使わずに拘束する。ということですか」
「そうだ。シビュラシステムの判定を無視して御堂を生きたまま拘束して取り調べる」
確かにそうすれば御堂から協力者の情報を獲得できるかもしれない。そう考えたところで縢君が肩を竦めながらため息を付いた。
「ちょいちょいちょい、自分で何言ってるのかわかってんの?ドミネーターが吹っ飛ばすって判断するだろう人間を生きたまま捕まえるって、つまりシビュラに対する反抗ってことだぜ?この前の巻き込まれたおねーさんとは違うよ?色相曇っちゃうぜ?」
「色相を曇らせるような反社会的な行動とこの行動は違う。まぁパトランプ回して制限速度を超過するようなものだ。唐之杜分析官、御堂の住所を端末に送っといてくれ」
ガタン!と背を預けてもたれ掛かっていた縢君が起き上がろうとしてローテーブルに脛を強打する。
「いったっ!?――って今から行くの!?」
「あぁ。宜野座監視官がいない今がチャンスだ。そうだろう?」
どこか悪戯を思いついたとでもいうような顔で智水監視官が私たちを見ると、同じように縢君が口の端を釣り上げた。
「はは~ん。確かにギノさんがいたらドミネーター使わずに逮捕なんて絶対反対するもんね。乗った!」
「あ、私も行きます!!」
"気を付けてねー"と、煙草を口の端で動かしながら手を振る唐之杜分析官に礼をして、私たちは公安局を後にした。
薄暗くカーテンの引かれた部屋の中で連続的な警報音が端末に鳴り響く。男が端末を操作して警報を止めると、隣の部屋から白を基調としたシャツやスラックスを履いた男が扉を開けて入ってきた。薄暗い部屋の明かりの中で間接照明に照らされた白髪や白い肌が男の白さを更に際立たせている。
「あぁ、これはよろしくないですね」
「どうしたんだい?――チェ・グソン」
チェ・グソンと呼ばれた男は再び端末を操作して白く塗られた壁にアラートの画面と監視カメラと思わしき画面を複数映し出した。丁度監視カメラの映像の中では公安局のホロを纏ったセダンから三人の男女が降りてきていた。
「御堂将剛の自宅マンションの前で公安のドミネーターが作動しました。随分と早いですね――どうしますかマキシマさん?」
「御堂将剛が残してしまった調理器具や通販の購入情報を追ってきたんだろう。予想は出来てたさ」
マキシマと呼ばれた男は腕を組みながらモニターを眺めている。
「そういえばそうおっしゃっていましたね。では私たちにも感づいている、というのも?」
「あぁ、どうやら公安には僕を追っている人間がいるみたいでね。3年前だったかな。そのころ関わっていた友人が事件に近づいた執行官を一人殺したんだ。ただその執行官、どうやら僕に繋がる何かを遺していたようでね」
「それは……少しマズいのでは?」
チェの言葉にマキシマは両の手を広げる。
「だが今も僕はこうして自由の身だ。それだけでは追えない程度の残り香だろう」
ただ、とマキシマと呼ばれた男は微笑んだ。
「そんな残り香を追い続けている人間がいて、そしてその人間が今こうして僕達の存在に辿り着いたのかもしれない。3年越しの執念の集大成――ワクワクするだろう?」
まるで子供のように朗らかに笑みを浮かべたマキシマという男にもう一人の男は思わず苦笑した。
「私なら、そんな執念を持った人間に追われるのなんて真っ平ですよ。では御堂将剛は――ダメでしょうね」
嘲笑気味にチェが笑う。映像の中に一つには御堂将剛の部屋すらも映し出されており、御堂将剛は今この瞬間も機材を体に取り付けてインターネットの海に潜っているようだった。その姿すらもこの後自分の身に起きることを見る事が出来ないのだと思うとチェにとっては失笑ものだった。
「まぁ興味本位で近づいたがこのまま彼が後々何を成そうとするのかも、その結末も見えてしまった。ここが潮時だろう」
「そうですか」
丁度、映像の中で御堂が機材を取り外して玄関に向かうところだった。恐らくこの後御堂はドミネーターで略式の処刑を受けて死ぬだろう。何度か話した仲だ、死に際だけでも見届けてやろうとチェはその映像をジッと眺めていた。
「おや?」
しかし自身の想像とは違い、御堂は扉を開けてすぐにその身柄を取り押さえられてしまった。チェが想定していた結末とは違った映像の中での結末に振り返るとマキシマは興味深そうにその映像を見詰めている。
「ドミネーターで殺されると思ったのですが…」
「あぁ。間違いなく彼らはドミネーターを向けていた。ドミネーターも変形していたしあれが噂に聞く人間を処刑する形態だろう。だというのに処刑されるべき御堂をドミネーターを用いずに取り押さえた。これが何を意味するかわかるかい?」
「恐らく、生きたまま取り調べて――共犯者の情報を引き出そうとしている、ということですか。想像していたより、随分と毛色が違いますね」
御堂を連行していく小柄な男と女性が部屋を出ていく中、残った長身且つ体格の良い男が部屋の周囲を見回しているのを二人はジッと見つめていた。すると――
「――おやおや」
「――ハハッ」
映像の中の男は指をVサインの形に作ると両目の前に指を持ってきた後――
"二人の観る映像を撮影している隠しカメラを差した"
「"
映像の中の男は着ていたジャケットのボタンを留めた後部屋を後にし、マキシマもまたその姿をジッと興味深そうに眺めていた。
「いやはや、不思議なものだ。どうやら僕らを追う猟犬というのは――」
"
「随分と、愉しませてくれましたね」
チェは映像の中で走り出した公安局のセダンを見送ると、端末の電源を落とした。