元死霊術師の魔法少女 作:TS魔法少女
「暗い、汚い、キモイってどういうことだよ?!」
前世の記憶を取り戻した天羽幽理が最初に発した言葉。それは前世で死ぬ間際に仲間だと思っていた人たちに言われた言葉だった。
「まさか、前世が死霊術師だったなんて……」
彼女の前世は、若手ながらも圧倒的な実力を持つ死霊術師の青年だった。魔王討伐のパーティーに加わり、仲間とも上手くやっていたという自負もある。だが、魔王を討伐した直後に仲間だと思っていた彼らに襲われ、「暗い、汚い、キモイ」という言葉を浴びせながら殺されたという事実には腸が煮えくり返る思いだ。
そうは言っても、現代日本に転生してしまった以上、彼らに復讐することもできない。現在の幽理も少し霊感が強いだけの平凡な女子中学生として過ごしてきた以上、死霊術を使うつもりもないし、気にしても仕方ないことだった。
──ピピッピピッピピッピピッ。
妄想の世界から引き戻そうとするかのように、目覚まし時計のアラームが鳴った。ポンッと叩いてアラームを止めるとベッドから飛び起きる。
「さてと、嫌なことは忘れて学校へ行く準備をしなきゃ!」
いつものように少し早めに家を出た幽理は、バス停へと向かう。ラッシュ時間前のバス停には、いつも通り幽理だけ、ではなかった。
「ちょっとぉ、アタシの方が先に並んでいたんですけど! 割り込まないでくれます?!」
幽理がバス停に並んだ瞬間、背後からスッと現れたガラの悪い女性が文句を言い出す。最初の内は無視していたが、ヒートアップしてくる女性に流石の幽理も我慢の限界だった。
「うっさい! 成仏しとけ!」
手の甲で追い払うように軽く女性の顔面に当てるとゼリーのような柔らかい感触が弾ける。女性の姿だったものは、そのまま光の粒子になって空気中に溶けて消えてしまった。
「やれやれ、朝っぱらからウザい幽霊に絡まれるなんて最悪だなぁ」
その後も歩道橋の上で助けを求める老婆や、公園の近くでしつこく絡んでくる子供、賑やかな通りで早朝だというのにナンパしてくる男。普段なら無視して通り過ぎるだけにしているのだが、この日はやたらとしつこく絡まれる。
同じように祓いたくても、周囲の人からは見えないせいで不審者扱いをされてしまう。それを避けるため、裏路地におびき寄せてから祓うことになる。
「今日はしつこいのが多いなぁ。学校に遅れそうだよ」
普段ならせいぜい一人二人程度なのだが、この日は既に四人に絡まれている。「主になってくれ」と言ってくる幽霊もいることを考えると、偶然ではなく前世の記憶が原因だろう。いずれにしても幽理にとっては迷惑な話だった。
「はあはあ、ま、間に合ったぁ……」
全力で走ったおかげで幽理はギリギリ始業時間前に教室へ入る。机に突っ伏して呼吸を整えていると、担任の先生が入ってきた。
一度、授業が始まってしまえば平穏な時間が流れるだけ。机に突っ伏して体力を回復させながら授業を受ける。窓際の席は暖かい日差しが差し込んで、思わずうとうととしてしまう。
微睡ながら受けている午後の授業、ふと窓の外を見ると閉ざされた校門をこじ開けて、数人の男が入ってくるのが見えた。フラフラとおぼつかない足取りで体育の授業をしている生徒の方へと向かっていく。
体育教師が、不審者に気付いて怒鳴りつけながら近寄っていくが、逆に一斉に飛びかかってきた男たちに押さえつけられ、瞬く間に全身を食いちぎられた。
「きゃああああ!」
体育教師が倒れると同時に悲鳴が上がる。まだ冷静な生徒は走って逃げだしていたが、多くの生徒は恐怖のあまり腰を抜かしていた。悲鳴を聞きつけていち早く駆け付けた警備員や教師が暴漢から生徒を守ろうと立ち塞がる。
警備員や後から駆け付けた教師は武器を手に持っていて、男たちと互角に渡り合っているが、何度殴っても倒れるどころか怯むことすらない彼らに、次第に押され始める。さらに犠牲となった体育教師が立ち上がり、男たちに加勢したことで教師たちに躊躇いが生じて殴る手が緩み始める。
「あれはゾンビ……。この世界にも似たようなことをする輩はいるのね」
学校にいるほとんどの人間が正体不明の男たちに動揺する中、幽理は極めて冷静に状況を見守っていた。彼女が前世と同じように動けるならば、あの程度の手合いなど脅威でも何でもない。しかし、今は少し霊感が強いだけの一般人。太刀打ちできるかどうかも分からないし、太刀打ちできたとしても死霊術師の力など使いたくない。
「操っている本体を何とかすれば、術は切れる。術者は……あのあたりか」
力の流れを逆にたどって術者の位置を特定する。教室からだとほとんど姿は見えないが、向かう先が分かれば問題ない。
幽理はこっそりと教室を抜け出すと、用務員室へと向かう。彼女の力でも扱うことができて、高い威力を持つ武器──バールを手に入れるためだ。
「よしよし、あっさり手に入った、と。あとは裏門から回り込んで術者を……」
校庭の様子を見てから裏門に回る。今のところ何とか持ちこたえているが、二人目の犠牲者が出るのも時間の問題だろう。気付かれないように小走りで裏門から出ると、一人の男が校庭の方を覗き込みながらニヤニヤと笑っているのが見えた。
「見つけた──あれはキモイわ」
少し遠目ではあるが、死霊術師かどうかに関係なく幽理はキモイと感じた。
「太りすぎだし、顔もニキビだらけでガマガエルみたい……。おまけに服装もマントというか、あれって散髪に使うケープみたいだし。趣味悪すぎでしょ……」
術者は校庭の様子に気を取られているようで幽理には気付いていないように見える。できるだけ近づいて両手で持ったバールを思いっきり振り上げると、術者の脳天目掛けて振り下ろす。技の名前を叫んでしまったのは、前世で行動を共にした勇者のカッコよさにあやかりたいという気持ちがあったからだろう。
「エクス──カリバァァァル!」
「なっ?! いつの間に!」
幽理の声に驚愕の表情で振り向く術者。だが、もう遅い。彼女のエクスカリバールは術者の脳天を完全に捉えていた。
──ぐしゃり。
頭が潰れる音が響きわたる。それは術者の頭ではなく、割り込んできた男の頭だった。
「ひっひっひ、残念だったな。危なかったぜ。一人残しておかなかったやられてたところだった」
「くそっ、卑怯者め!」
「ふん、後ろから不意打ちをするようなヤツに言われたくねえな」
「うぐっ……!」
術者は下卑た笑みを浮かべながら、右手で幽理の細い首を掴み上げる。首が締まる感覚に意識が少しずつ遠のいていく。
「ヒッヒッヒ、こんな可愛い子でもゾンビにすれば、俺のことが大好きになるんだよね。そうすれば、その体を好きなだけ味わえちゃうんだよ。最高だね!」
「くっそっ……」
術者の力は強く、幽理の力ではいくらもがいても振りほどくことができない。徐々に首が締まって意識が遠のいていくことに危機感を覚え始める。
死霊術師の力を使うのは嫌だったが、ここまで追い詰められてしまえば、四の五の言っている余裕もない。ダメ元で幽理は右の人差し指で虚空に呪文を刻む。
「ぎゃっ!」
次の瞬間、術者は隣にいたゾンビに殴られて吹き飛んだ。幽理の首を掴んでいた腕の力が緩み、地面に投げ出される。かろうじて受け身を取った幽理は地面にうずくまりながら何度も咳き込む。
「げほっげほっ」
「な、何でだ……。俺のゾンビが……?!」
支配下にあるはずのゾンビが、主である術者に牙を剥いた。その事実をすぐに受け入れられずに、呆然と殴ってきたゾンビの方を見つめていた。
「こいつの支配権は奪ってやったわ。ついでにそっちにいるヤツも──」
術者の方に向かって虚空に呪文を描く。すると、吹き飛ばされた先にいるゾンビも幽理の支配下に下る。ゾンビが蹴りを放ち、術者を校庭の中へ向かって蹴り入れた。
「命ずる。不遇なる死者の縛めを解き。我が言葉を真と為せ」
呪文を唱えながら、左の手に呪文を描く。その文様が微かに光を放つ。正門から校庭に入り、ゾンビと戦っている教師や警備員の方へと走り寄る──ついでに呪文を掛けた左手でゾンビに触れていく。
「大丈夫ですか?」
「危ないから下がってなさい!」
「もう私たちに危害を加える気配は無さそうですよ」
「えっ?!」
彼らを気遣いつつ、ゾンビたちに敵意が無いことをさりげなく伝える。彼らもしばらくは警戒していたが、ゾンビが自分たちの方ではなく、先ほど入ってきた術者の方へと向かっていることに気付いて警戒を解く。
「おい、お前たち。主は俺だぞ。俺の言うことに従え! くそっ、お前、いったい何をした?!」
術者が幽理の方を見て怒りをぶつける。死霊術師であることを知られたくない彼女としては、これ以上、彼の発言を許すのは得策ではないと判断して、一気に止めを刺すように心の中で命じる。
「何もしてませんよ。あなたが何か間違ってしまったのでしょう?」
「そんなわけあるか──ぎゃああああ!」
術者はゾンビに囲まれて、全身に噛みつかれる。ブチッ、という音と共に肉が食いちぎられ、血が噴き出しゾンビたちの全身を血に染めていく。露になった血塗れの骨もゾンビたちにバリボリと噛み砕かれ、彼らの胃の中に収まっていく。骨も肉も喰いつくされ、術者だった名残は地面に広がる血だまりだけだった。
術者が死んだことで術が効果を失い、ゾンビたちがただの死体に戻り、次々と地面に倒れる。その中には、最初の犠牲者となった体育教師も含まれていた。死というものに慣れていない学校の人たちにとって、たった一人の犠牲者でも、悲しみに暮れるには十分だった。
「これだけの襲撃で、犠牲者が一人なら十分だと思うけどなぁ……」
嘆き悲しむ声があちこちから響きわたる中、幽理の認識は一人だけどこかズレている。残念なことに、それを指摘する余裕がある者は誰もいなかった。
程なくして、サイレンの音と共にパトカーが二台、校庭の中に入ってくる。その中から、スーツに身を包んだキャリアウーマン風の黒髪メガネの女性とメガネが少しズレていて額が禿げ上がっている中年の男性が降りてきた。
十を超える死体が散乱している現場でも、女性の方だけでなく男性の方も顔色一つ変える様子がない。女性が現場をぐるっと眺めてから、男性の方に振り向く。
「乾君、予想通り、これは我々の領域の事件のようだ」
「はあ……。では、こちらの件は周防さんにお任せしてよろしいですか?」
「もちろん。こういった事件に君たちが関わると碌な事にならないのは既に知っているだろう?」
「ええ、まあ。命は大事に、っとね。それじゃあ、頼みましたよ」
乾と呼ばれた男性は術者の血だまりだったところの四隅にお札を置いて、二台のうち一台のパトカーに乗って、そのまま帰ってしまう。
「この手口は……
訝し気な表情を見せる周防が顔を上げると、まっすぐに幽理の方へと視線を向ける。立ち上がり、迷う様子もなく、まっすぐに彼女の方へと歩いて目の前で止まる。そんな周防の動きに周囲は状況を呑み込めず、ただただ呆然と見ているだけ。唯一、状況を理解している幽理だけが、露骨に嫌悪の表情を浮かべていた。
「何の御用でしょうか?」
「キミに事情を聞きたいんだけど、署までご同行願おうか」
「お断り──」
「私はキミが何をしたか、およその想像が付いている。あまり公にされたくないのなら、大人しく付いてきた方がいいぞ」
「……!」
周防の要求に、幽理が断りを入れようとすると、彼女は顔を耳元に近づけて半ば脅しのような台詞を言う。彼女に付いていくのは危険だと、幽理の直感が告げている。しかし、先ほどの力を公にされるのは、何としても回避したかった。
「分かりました。要求に応じます」
「よろしい。では行こうか──」
「ちょっと待ってください!」
幽理が周防と共に警察へと向かおうとすると、担任の教師が呼び止めてきた。
「天羽さんは、まだ未成年なんです。証言を取るのであれば、大人である私たちから先にすべきでしょう」
彼女の言葉は至極まともなもの。この事件にゾンビという異質なものが関わっていなければ、彼女の言い分は通ってしかるべきものだろう。しかし、事実を知っている周防と幽理から見れば、彼女の証言など全く価値のないもの。ほとんど同時に二人が大きなため息を吐く。直後にふたたび嫌悪感を露にする幽理を無視して、周防が反論を始めた。
「たしかに先生の意見はもっともだと思います。しかし、今回の事件について、あなたはどれだけご存知なのでしょう?」
「それは……でも、天羽さんも一緒では──」
「ありませんよ。彼女は今回の事件の裏側まで詳しく──」
「ちょっと待って!」
勝手にペラペラと暴露しそうな発言をする周防を、幽理は慌てて止める。これ以上、彼女に喋らせると、秘密を守るためについて行く意味がなくなってしまう。
「私が霊感があるのは知ってますよね? 今回の事件は霊が絡んでいたんです」
「霊感って……冗談でしょう?」
「冗談じゃないぞ。それは我々警察が保証してもいい」
「そんなバカな……」
「それじゃ、行こうか」
オカルトみたいな事件に警察が真面目に相手をしている事実は、教師たちには咄嗟に受け入れられなかったらしい。全員が呆然と見守る中、周防は当然のように幽理の手を引いてパトカーへと乗せ、そのまま警視庁へと向かった。
──警視庁異能犯罪対策課魔法少女係
警視庁の地下四階にある彼女の部署の前には、そのような看板が貼られていた。冗談のような看板だが、部屋の中は名前とは裏腹に机と椅子が並んだオフィスのような部屋だった。それだけでも、この部署がまともな部署であるように幽理には感じられた。
周防は奥にある応接スペースに幽理を座らせると、コーヒーを二つ持って向かいの椅子に座った。
「さて、キミに来てもらった理由は分かっているよね」
周防の問いかけに、幽理は無言でうなずく。あからさまに警戒の色を見せる様子に気付いた周防は「フフッ」と軽く微笑みを浮かべる。
「緊張しなくてもいいわ。ここで話したことは絶対に公になることはないから安心して」
「わかりました」
周防の言葉を聞いて、幽理は大きく息を吐きだすとコーヒーに口をつける。慣れない苦みと酸味に思わず顔をしかめてしまう。
「あら、口に合わなかった? 別のものを持ってこようか?」
「いえ、お構いなく。それより本題に」
「それじゃあ、さっきの事件だけど犯人──黄泉返りの作り出したゾンビの支配権をキミが奪い取ってヤツを倒した、という風に考えているんだけど、あってる?」
「はい」
幽理が頷いたことで確信したのだろう、周防が先ほどよりも柔らかい微笑みを浮かべる。
「ということは、キミも異能持ち、ということで良いのかな?」
「異能ですか?」
「そう、ヤツなら死体をゾンビにして自由に操れる、という異能を持っているの。一人一つ、という制限はあるけどね」
「うーん、異能ではないと思います……私の力は死霊術なので」
幽理の答えに周防は一瞬だけ驚いた表情を浮かべるが、すぐに興味深そうに目を輝かせて幽理の瞳を覗き込む。
「それは面白いわね。もし良かったらなんだけど、魔法少女として私たちの仕事を手伝う気はない?」
周防の言葉で、幽理を連れてきた本当の目的を知って目を細めて睨みつける。
「お断りします。私はもう、この力を使わないと決めたんです。今回は特別に使ってしまいましたけど……」
「どうして使わないって決めたの? 私には素晴らしい力としか思えないんだけど」
「それは……死霊術って『暗い、汚い、キモイ』っていうイメージがあるからです!」
しつこく聞いてくる周防に苛立ちが限界を突破した幽理は、バシンと机に両手を叩きつけて立ち上がり、吐き捨てるように理由を告げる。しかし、周防は動揺するどころか、我が意を得たりとばかりにニヤリと笑う。
「それなら、なおさら魔法少女になるべきだわ。なにせ魔法少女は『神々しい、綺麗、可愛い』っていうイメージがあるから、死霊術のイメージも払拭できるはずよ!」
「そんなはずは……」
両手を腰に当てて自信満々に告げる周防に、押され気味に幽理が否定する。しかし、周防は説得の手を緩めるつもりはないらしく、畳みかけるようにDVDを取り出した。
「これは、魔法少女がいかに人々の尊敬を集められるか、それをまとめた動画よ。これを見てからでも遅くはないわ」
有無を言わさずDVDをデッキに挿入すると、自動的に動画が流れ出す。動画の中ではアニメ調の魔法少女がキラキラした服を着て、可愛いエフェクトの魔法を使っている姿が映っていた。そして、何より魔法少女が人々を助けることで、多くの人に感謝されている場面は幽理が求めて止まないことでもある。
「これは……私も魔法少女になれば、こんな風に感謝されるようになりますか?」
「もちろん。それに魔法少女になることで異能が手に入るから、死霊術に頼らなくても済むようになるかもしれないわ」
それは非常に魅力的な提案だった。魔法少女になるだけで感謝されるようになるし、今回のような事件に巻き込まれても死霊術に頼らなくても良くなる。直感はやめた方が良いと訴えているが、頭に思い浮かんだ未来には勝てなかった。
「分かりました。魔法少女として頑張ります!」
「いいね。それじゃあ、さっそく契約をしましょう」
「はいっ!」
こうして幽理は魔法少女としての一歩を踏み出した。この決断をすぐに後悔することになるのだが、この時の彼女は浮かれすぎていて、この後に起こる悲劇を予想だにしていなかった。